時空の螺旋
紅蓮の炎
断末魔の悲鳴
燃え尽きた人間の形をした炭
吹き上がる炎の熱
髪の毛が焦げ縮れる臭い
見上げる空には
B29の編隊
地上の炎に照らされ爆撃口からはき出される
焼夷弾の一つ一つまで鮮明に見える
あっけにとられている私を誰かが突き飛ばす
「ぼけっとしとったらあかんで! 死にたいンか!」
強引に手を引かれる
「あそこの角に防空壕がある! 飛び込め!」
「あなたは!」
「まだ向こうに」
言い終わることなく駆け去る
「! そっちは駄目!!」
私の叫びは
崩れ落ちる家屋と
巨大な爆発音に
虚しくかき消される
涙も出ない
防空壕、と指さされた穴の前に立ちつくす
炎が中の人々をなめ尽くしていた
蛋白質の焦げる臭い
ここは
地獄だ
ちゃま、お祖母ちゃま? お祖母ちゃま!?」
「え? ああ、ごめんごめん」
「大丈夫? 怖い顔してた」
目の前の孫が、心配そうに覗きこんでいる。
「心配してくれたの? ありがと」
どうやら、また夢を見ていたようだ。
今日の夢は過去。自分の実体験。
第二次世界大戦、この国では太平洋戦争と呼ぶ
戦争末期のアメリカ軍による空襲。
思えば、
私は炎に包まれる運命にあるらしい。
確か、私は
入道相国殿と対面するため福原へ単身、訪れた。
治承四年の神無月末のことだった。
孫の頭を撫でながら
温室の中にしつらえた安楽椅子にくつろぎ
ここしばらく見なかった、生々しい過去の夢の残触を反芻しながら
数奇な過去を思い返す
入道相国殿は神無月の初頭から厳島に長期参詣中で、いつ福原に戻るか分からないと言われた。
やんわりとした面会拒絶の言葉とも取れるのだが、時間が無かった。
その言葉を事実と受け取り、厳島に向かうことにした。その私に、
「誰か警護の者をつけましょう」
あの青年は、涼しい目元に心配そうな色を込めて言ってくれた。
『星の一族』という名は、
怪しげな幻術使いと同義語か、
落ちぶれて都落ちしてきた物乞い貴族くらいにか扱ってくれない福原の平家にあって、
彼だけは親身になってくれた。
福原を一人で闊歩し、誰彼構わず声をかけては笑う、平家の公達とは思えない青年。
市井の人々は親愛と尊敬をこめて、
平家の人々は親愛と少しだけ侮蔑を込めて『還内府様』と呼ぶ。
でも、『星の一族』の哀しい力は、
彼がこの後、炎と戦乱と人々の怨嗟の中を歩む事となる未来を、私に教える。
「誰か警護の者をつけましょう。
もし何なら、俺がついて行ってもいいぜ。
ここでは俺も居候だからさ、息抜きに、あんたについていくってのは、
俺にとってもラッキーなのさ。
大丈夫、心配するなって、
襲ったりしないから。」
明るく笑う彼。
聞いているこちらも、つられて笑う。
「なんだ笑うんじゃん」
「?」
「いや、あんた、この屋敷に来てからず〜とさ、ここにしわ寄せて、思い詰めてる顔しかしないから」
と、眉間を指さす。
「OK、その方がいいって。笑う門に福来るってね」
「し、失礼な。私とて笑います」
少しだけ顔が紅くなってくる。
しかし、その彼の申し出を振り切って、誰にも告げず一人で厳島へ向かうことを決意し、
身支度を調えて、部屋を出ようとした
その刹那
ただ一つ肌身離さず大事にしていた宝玉が
輝き
気がつけば
昭和20年7月7日未明の
炎の中
明石市空襲
「お祖母ちゃま、また怖い夢、見たんでしょ」
孫の声で、我に返り、
「そうね、でも大丈夫、あなた方には関係しないわ」
「そう」
「でも、いつもと一緒。内緒のヤ・ク・ソ・ク OK?」
「うん、オッケー」
この子にも夢見の力がある。それは、薄々分かっている。
だからこそ、その力を他人に悟られてはいけない。
「お兄ちゃんは?」
「また蔵の中。呼んでくる?
さっきは『ちくおんき』の隣の黒い箱を開けようとしてた。大っきい鍵かかってるの」
「黒い箱?」
蔵の中は、孫二人の自由にさせた。好きな物を好きなようにしなさい、と。
そのための蔵なのだから。
娘夫婦は、蔵の中の物を壊すことと、蔵の中の物で怪我をすることの両方で、いつも心配した。
その度に「大丈夫、その心配はない、私を信じなさい」と言い続けた。
「いいわ、好きにさせておきなさい」
「譲君、お水汲んできたよ」
小さな女の子がよろよろとバケツを手に、温室に入ってきた。
「あ、望美ちゃん。言ってくれれば、オレが運んだのに」
譲は最近、お兄ちゃんへの対抗意識から、大人びた言葉や悪い言葉を、わざと使う。
どうやら、隣のお嬢ちゃんのために花の種をまこうと温室に来たらしい。
二人して小さなプランターに種をまく、その後ろ姿に似つかわしくないその言葉が、微笑ましくある。
温室の扉が勢いよく開き、兄が入ってきた。
「譲! お前にいい物、見つけたぞ!」
「将臣君」
「あ、ちょうどいいや。望美、お前にもいい物がある」
「何?」
「譲は、これ」
と、ずるずる引きずってきたのであろう、子供には持てあます長い筒を渡す。
「何? これ」
「弓だ」
「ゆみ? ゆみってロビンフッドがリンゴを射抜いたやつ?」
「望美ちゃん、それ、ウイリアム・テル」
「それにな望美、ウイリアム・テルもロビンフッドも、ボウガンっていう西洋の弓を使うんだ。これは和弓」
「あら、将臣はよく『わきゅう』なんて言葉、知ってるのね」
「なんだ、ばあちゃんも居たのか。へへへ」
筒からどうやったのか、弦の張られていない弓をとり出し、その小さな両手で持つ。
「ゆみ……、なんか重い」
「譲君、かっこいい」
格好いい、のだろうか。
一見すると身長の倍はありそうな弓だ、
やっと今年、幼稚園に入ったばかりの譲は持つだけでよたよたしている。
お世辞にも格好いいとは思えない。子供の感覚は計り知れない。
思わず笑ってしまう。
「望美にはこれ」
と、将臣が差し出したものを見て菫は、少し驚いた。
「うわ〜あ、きれいなお花。造花なんだ、ステキ」
まだ、残っていた。
忘れかけていたもの。
あちらの世界でも造った清めの造花。
こちらの世界では、何をする役にもたたないだろうに
あちらの世界が懐かしいからか
こちらの世界で自分が星の一族であることを忘れぬためか
清浄な水を、紙を、土地を、気を探し求め
やっとの事で一つだけ造った『花』。
今となっては造れるかどうかすら、定かではない。
汚されることを恐れ、
箱に入れ、鍵をかけ、小さな小さな結界を張り、蔵にしまっておいた。
でも、将臣は見つけ出し、難なく結界を突破し、鍵を開け、今こうして差し出している。
それが驚きであった。
(この子には『力』がある……)
「ばあちゃん、いいよね」
蔵の中の物は好きにしていいと約束してある、少しだけ心の奥にチクリと感じるものはあるが。
「ええ、いいわよ」
「ラッキー、ばあちゃんのOKも出たから。ハイ、望美」
「ありがとう」
小さな手が、その花を受け取る。
とたんに
煙のように消えた。
「あれ〜?」
幼子たちは、目の前で手品でも見たように驚いている。
それ以上に驚いたのは、菫だった。
その驚きは、何とも形容出来ない。
どのように形容しようと陳腐にしか思えない。
「の、望美ちゃん! あ、あなたが……」
後は言葉にならない。
熱いものがこみ上げてくる。
望美をきつく抱きしめ
「見つけた! やっと見つけた!」
紅蓮の炎
燃え尽きた人間の形をした炭
吹き上がる炎の熱
髪の毛が焦げ縮れる臭い
また私は夢を見ている。
また、空襲?
私はそんなに、あの空襲に恐怖していたのだろうか
見上げる空には
?
空には何も見えない
誰かが笑っている
声は……
今日の夢には声が無い
無いのに笑っていることが分かる
誰?
その人物に近づく
知盛殿?
源平時代の戦装束ながら、その姿は福原の清盛屋敷で何度か見かけた。
間違いない、平知盛殿。
吹き上がる炎の中に人がいる
いけない!
助けなければ
それは不思議な戦装束を纏った、まだ若い娘
!!!
望美ちゃん!?
間違いない、この娘は春日望美
私の探し求めて 探し求めて 探し求めて 探し求めて
やっと今日、私の温室で対面した
私の神子様
5歳の幼子の面影をやどした
17、8歳の娘
間違いない
私の神子様
それが紅蓮の炎に包まれ
涙を流し
何かを叫んでいる
気づいて 気づいて 気づいて
私に気づいて!
何も出来ない!
焦燥感 焦燥感 焦燥感 焦燥感 焦燥感
「ばあちゃん」
この夢で初めて声がする
「ばあちゃん、心配しないで」
「将臣? 将臣ね?」
「望美は大丈夫」
「何故?」
「望美は俺が助けるから」
「あなたは……、そう、あなたは……。
分かったわ。
それでは、明日から練習を始めましょう」
「練習」
「ええ、私のすべてをあなたと譲に教え込むための」
「え〜、面倒だよ」
「望美ちゃんを御覧なさい」
「……泣いてる」
「私には時間があるのかどうか。だから、助けると言ったんだから」
「うん」
「助けるには、それなりの力が必要よ」
「うん」
「この夢を、朝になって、目が覚めても覚えていたら
譲と二人で、温室にいらっしゃい」
「は〜い」
去っていく将臣の後ろ姿
は
戦装束の
還内府殿
すべてを理解した。
私がここに、この世界に存在している意味。
ゆっくりと目を開ける菫。
あの子達の十数年後を思うと
涙が止まらない。
だからこそ
炎の中に私の神子様がいる
炎の中に私の孫達がいる
そんな状況に
決して
決してならないように
と
ゆっくり温室にむかう菫だった。
完
07/04/01 UP