知盛の何気ない日常いちにち





   月はみ様のキリリクです。

   「あの日の知盛」ということですので、
   過去拍手ログ「九郎、箱根駅伝を観る バージョンE」とリンクした話となっております。 こちら参照





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平知盛は、元旦の夜を彷徨っていた。



元旦の夜の浮かれたテレビ放送の、

どの局にしても似たような「明けましておめでとうございます」と声を張り上げる

少しもめでたそうでない女子アナの妙に甲高いうわずった声と、

芸人と呼ばれる貧相な男共がアイドルと呼ばれる筋肉だけで笑顔を貼り付けた女達と

嬌声をあげて戯れている絵やら、

何やらやたらとうるさい楽器の耳障りな音ばかりなのにうんざりして

有川兄弟には何も告げず、正月元旦の夜に足を踏み出したのだった。





極楽寺の駅前を抜け、切り通しの坂を下り、虚空蔵堂の角を曲がって

何という目的もなく鎌倉海浜公園前の国道に向かった。



路地を下り始めるとすぐに、海風の冷たさと、微かな波の音が聞こえてくる。



特に海を目指した訳では無かったのだが、

それでもしかし、こちらの世界に来てから、知盛はよくこの海岸線を歩いていた。

国道134線沿いに、東は逗子の手前の和賀江嶋の見える材木座海岸辺りから

西は烏帽子岩の見える茅ヶ崎の漁港辺りまで。



鎌倉の海は嫌いではなかった。

あちらの世界の福原に似ているとかいった郷愁とも

「海は男のロマンだ」といった熊野別当的な熱い思いとも違っていたが。





と、その時だった。

背後でバイクのアクセルを噴かす騒音と

それに掻き消されるような

 「うわぁ! ひったくり!! だ、誰か!」

という男の叫び声とがした。

本能的に素速く身構えた知盛の左脇を

二人乗りのバイクが派手な音を撒き散らして走り抜ける

刹那

バイクの後に乗った男が

 「どけ!!」

と、知盛に蹴りを入れて走り抜け

ようとして突き出した右足だったのだが、

知盛はしっかりとその足首を左手で握りしめた。

途端に男はバイクから落ちそうになり、前の操縦者にしがみついた。

しがみつかれた操縦者もバランスを崩してしまい、

結果、

バランスの崩れたバイクはアスファルトに綺麗な火花を撒き散らしつつ10m程横滑りをして

向こう側前方、一時停止の標識のポールにぶつかり停止した。



乗っていた二人のうち、操縦者は路面で二度転がり、肩か腕をしたたか打ち付けてから起きあがった。

後ろに乗っていた男は、ひったくったと思われるショルダーバックを抱えたまま仰向けに路面に横たわり

しかも、いまだ知盛に右の足首をつかまれていた。



 「ほぉ、この俺に…、蹴りを入れようとしたのは、……この足か? ククク、おもしろい」

それでも離さぬ知盛に対し、仰向けの姿勢で必死に知盛の握っている手を振り払おうと、

左足で蹴りを試みるのだが簡単に避けられた上、

二度目の蹴りを逆に握られ、両足首をつかまれた格好になってしまった。



 「いい度胸だ…。覚悟は…できているのだろうな…、クク」

足の力で抗えない握力

狂気と殺意に満ちた満面の笑み



道路に仰向けになったままの男は恐怖にかられ、

もがき、暴れ、とうとう抱きかかえていたバックを投げつけまでした。

知盛がそのバックを右手で受けたのと同時に、

仲間を助けようとしたのか、操縦者がヘルメットを知盛に投げつけた。

左手でそのヘルメットを払った隙に

男は知盛から転がり離れた。

追い掛けてくる様子のない知盛に向かって

 「覚えてろ!!」

と吐き捨てるように言うと、二人は転がるようにバイクに駆け寄り、慌てて走り去った。



一瞬の後の静寂



 「あ、あの……」



可哀想に、ひったくられた被害者は、

「男二人の体重+バイクの重量×バイクの加速」を左手一本で受け止めた目の前の人間に

どう声をかけたらいいのか逡巡していた。



 「……つまらん」



目の前の恩人は、そうつぶやくとバックを投げてよこした。



 「あ、あの…」



 「ん…?」



 「ありがとうございました。本当に。何と申し上げたらいいのか」



立ち去ろうとする知盛を見て慌てた被害者は

 「あ、あの、何かお礼を…」



 「お礼……?」



 「は、はい! 是非」



 「では…」



 「何でしょう。私にできることなら、なんなりと」



 「俺と……戦え」



 「はいそれはもう…、?? はい? 今ぁ、何と?」



 「…戦え」



 「『たたかえ』とは? え!? わ、私が! めめめめっそうもごございません!!」



目の当たりにした化け物じみた握力と狂気



 「ほほほ他のここ事でしたたら」



 「無い……」



 「そそんそんな! でではでは、こここれで!!」

と、バックの中の財布から紙幣を二枚抜いて、知盛に差し出す。



 「? これ…は?」



 「さ、些少でございますが、お礼で」



 「金……か?」



 「どうかこれで! ではではではありがとうございました失礼します!!」

と言い終わらないうちに走り出す被害者。



手にした二万円と逃げるように去った男の後ろ姿を見比べて



 「…つまらん…」



と呟く知盛であった

ポケットに札はねじ込みながら。















平知盛は、もうかれこれ4時間は歩き続けていた。

時計の針は午前0時をとっくに過ぎて、正月2日になっていた。



『4時間は歩き続けていた』、いや、正しくはそのうちの1時間ちょっとは

途中の若宮大路との交差点近くにあるにあるファミレスで食事をしていたのだった

謝礼として、半ば強引に押しつけられた金で。



午前2時での閉店を告げられ、何人か残っていた他の客と一緒に店から出ると

若宮大路とは言え、さすがに2日の深夜、しかも海のすぐ近くだけあって

往来を歩く人は皆無に近かった。

店から出た他の客は全員、当然のように駐車場へと歩いていく。







交差点の歩行者信号が点滅し始めたので、特に何ということは無いのだが、

横断歩道を渡り、材木座の海岸へと歩いて来た。



真夏の昼間なら海水浴客でごった返して、それこそ足の踏み場も無い程だが

真冬の深夜、草木も眠る丑の刻だ。

誰もいない。

こんな深夜でも、いつもなら若者のグループや恋人達が、いてもおかしくはないのだが

いまにも雪か雨でも降ってきそうな雲行きと、

前線の影響か、容赦ない風が吹き付ける荒れた天候とに

さすがに彼らも、暖かい幸せな場所で愛情や友情を育むことにしたのだろう。





歩道脇の自動販売機で、暖かい飲み物を買おうとポケットから

先程のファミレスの釣り銭を取り出し、

500円玉をコインの投入口に差し込む。



最近、知盛はこの自販機での買い物の仕方に慣れた。



如何に金属と思しき箱に入っているとはいえ、

商品が24時間、人目に付かないところにでも置いておける不思議。



 「この世界の者は…、皆…、お行儀が良いとみえるな……」



いつだったか譲に、自販機での買い方を聞いている時の知盛の率直な感想だった。



温かい「ぺっとぼとる」の茶を選び、ボタンを押す。

下の取り出し口から、購入した物を掴みだそうとした



瞬間



殺気!!!





この世界に来てから、初めてといってもいいその感覚。

瞬時に知盛のアドレナリンが爆発し、

身を屈めて迫り来る殺気を避ける動作と、

その殺気に向かって正確に後ろ蹴りを入れる動作とが、

同時に知盛の身体によってなされた。



グワッシャン!!



屈めた頭のほんの数cm上で空を切り、派手な音を立てて自販機の一部をたたき割る鉄パイプ

「グボッ」と嫌な声を出して前のめりに、腹を押さえてうずくまる男



 「後ろから殴りかかったのに!」



 「ば、化け物か!」



鉄パイプや木刀を手に持ち、知盛を取り囲んでいた男達の輪が、動揺と躊躇とで後ずさり、大きくなる。

それでも多勢に無勢、凶器を持った集団vs素手一人、

常識的に考えれば圧倒的優位である。

知盛を取り囲んだ輪はじりじりとその距離をつめてくる。



 「に、逃げられねぇぞ!」



 「逃げる?……ククク、誰が?」



 「強がってんじゃねぇぞ!!」



 「分かって…いたから、わざわざこっちに……渡って来てやってのに……

  礼の一つも……、言ったらどうだ? ククク」



 「何だと!!」



 「ざけやがって!」



 「さっきはよくもやってくれたな!!」



 「さっき?……ああ、あの…のろまなひったくり…か」



 「その、まだるっこしい喋り方の手前ぇに、『のろま』なんて言われたくねえ!!」



 「お前の…相方は……? どうした? ククク」



 「肋骨2本も叩き折りゃぁがって!」



 「敵討ちだ!!」



 「ほお…『敵討ち』…か」



 「大人しく殴られろ!」



 「こちらの世界にも……『敵討ち』は…あるのか」



 「なんだと!」



 「こちらの世界にも……『敵討ち』は…あるのだな」



 「ざけんな!!」



 「ば、馬鹿にしやがって!」



 「いたって…まじめだがな、ククク」



 「なめんなよ!」



 「こっちは7人だぞ」



無様にのたうち回っている1人を顎で指し示して、知盛が言う。



 「もう、すでに6人……だな、ククク」



 「クソッ!!」



 「ぶっ殺してやる!」



 「ほお、お前達に……、できるかな?」



知盛が指を鳴らす。



途端に4人の男が綺麗に宙を舞い、嫌な音を立てて地面に叩きつけられた。

声も出ない様で、叩きつけられたままの姿で動かない。



 「ヒ!!」



 「!! て、てめぇ! な、何をやっ」



 「これで……あと2人…か、つまらん…」



 「こ、こいつぅぅぅ!!!」



 「な、何しやがった!!」



 「もっと楽しませて……くれよ」



 「ぶっ殺してやる!!」



振り下ろされた木刀を、綺麗にいなして逆手に取り、

逆に後ろから羽交い締めにし、木刀をもった腕を捻りあげる。



 「うああああああ! 痛てぇぇぇ! は、放せ!」



 「望美あいつの世界は…、男の方がだらしない…とみえる」



 「あああ! 放せ!! お、折れる折れる折れる!!」



 「この野郎!! いいきになりやがって!! こいつを見やがれ!!」



と、ひったくり男は懐からやや大きめの無骨なスライド式のピストルを取り出した。







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                 長くなってしまったので、前後編に分かれてしまいました。

                 後編は追ってupいたしますので、少々お待ち下さいっ!!












08/06/15 UP

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