知盛の何気ない日常いちにち  後日談・1











突然、物陰から男が飛び出し、知盛の後ろに立ちはだかる。



 「c&vh*p@:!!!」



目をきつく閉じ、わけのわからない雄叫びを上げて、男は両手でピストルを突き出し、引き金を引



こうとするのだが、引き金が落ちない。



 「え!」



と、我に返った男が、目を開けると



標的であった知盛が狂気のような笑顔で自分の脇に立ち、

突き出した両手の先の銃のスライドをきつく握っているので、引き金を引こうにも動かないのだった。



 「こうすると……撃てないのだったな…。さて……、ククク、次は…どうする?」



耳元で甘くささやかれる。

しかし、男にはもはや死の宣告に等しかった。











組の兄貴に、銃を渡され



 「チャカぁ貸してやるから、奴の首ぃ、獲って来て、男ぉ上げろや」



そう言って、車の脇を歩き去る知盛を指さしたのは、ほんの2、3分前のことだった。







初めて手にする本物の『トカレフTT−33』に興奮し、

縦に首を振り、ピストルを握りしめ

車を飛び出した。



 (奴がどんなに強くとも、素手vsピストル。防御できないように、あっという間にぶっ放せば終わりだ)



理論的にはそうだったのだが、

やはり、人を殺すという緊張からか、大声を出したのが間違いだった。

それも、目を閉じてしまっては。



標的は、信じられない速さで近づき、ハンマーと銃との間に指を入れてスライドをきつく握った。

これでは、引き金を引こうにもスライドが動かず、ハンマーが落ちない。

結果、357マグナムより高い貫通力を持つと言われる7.62mmモーゼル弾は、1発も発射できない。







 「次は…どうする? ククク」



狂気に高揚した瞳で、間近から食い入るように覗きこむ標的に



 「ヒ!」



と、小さな悲鳴をあげる。



 「何も…無いのなら……、こちらから……いくぞ。ククク」



逃げようにも、拳銃ごと両手がつかまれている。

片手vs両手にもかかわらず、両手はピクリとも動かない。

それどころか、両手の甲に加わる握力が増す!



 「グ! ウワワワ、止めろ!!」



目の前の男は、嬉しそうに笑いながら、自らの握力の限界に挑戦するかのように



 「フン!」



と力を込めた。

途端に、両手の骨が嫌な音を立てた…。

手の甲が灼けるように熱い。

相手の指が反対側に突き抜けたような感覚。



 「グワァァ! 止めろ!」



 「つれない…な。…もっと……、楽しませて」



 「ワワワ! 止め!」



 「くれよ……」



楽しそうに、歌でも謳うかのように知盛は言い終わると、

空いた左手で、男のみぞおちに手刀を食い込ませる。



 「!」



声もなく、男はその場に崩れ落ちる。

と、同時に、遠くからホイッスルの音。



 「ピリリリ〜〜!! そこ! 何をやっている!!」



巡回警邏中の警察官が、白い警察自転車を必死でこぎながら、近づいてくる。



 「クク、この世界は…、邪魔が多い…」







その様子を見ていた黒い窓のベンツが、ゆっくりと発車する。



 「なんてぇ野郎だ!! これで4人目だぞ!!」



中で『兄貴』と呼ばれた男は運転手に八つ当たりをしていた。















学校帰りの将臣が、
隣の七里ヶ浜の駅で降りて「dragon noir景時の店」に行こうと思い立ったのは、何気ない気まぐれでしかなった。

振り向いた将臣と視線が合い、一瞬の躊躇の後、



 「や、やあ。き、奇遇だねぇ…」



改札を出た所で、トレンチコートにサングラスの男は、そう声をかけてきた。

電車の中から気づいていた、いや、その前からずっと…。



鎌倉警察署捜査第1係の刑事。



正月に、知盛が材木座で暴走族相手に乱闘して、検挙された時

弁慶があれこれ裏から手を回して、正当防衛の被害者という立場を得、

貰い受けに行った将臣に対し、同情半分、好奇心半分、それも職業柄か、かなり鬱陶しい視線で

 「また、何か困ったことがあったら、いつでも相談に乗るから」

と名刺まで渡した、「松田」とか言う刑事。

その男が着ているトレンチコートとサングラスは一種のダンディズムなのだろうが、

 (今時、しかもこんな曇り空の天気に、テレビの刑事物でもそんな格好する奴はいねぇよ)

と、うんざりする将臣だった。

 (この人、俺と譲を心配してくれてるんだろうけど、やっかいなんだよな。話は長いし…)



 「や、やあ。き、奇遇だね。え〜と……有…有…」



 「いい加減覚えてくれよ、有川」



 「あ、そうそうそう。有川将お…え〜と、ちょっと待ってね…あ、将臣 ! 有川将臣君だったね。

  ほら、ちゃんと覚えてるだろう」



 「ハイハイ、覚えていてくれて光栄だよ。松田さん」



 「そんな顔して言う台詞じゃないなぁ。で?」



 「『で?』とは?」



 「だから、おとなしくしてる? 彼?」



 「おとなしく…。ああ。あれ以来、警察沙汰はないからな。逆に、最近は妙に機嫌が良くて」



 「そう、ま、良かった。ところでさ、」



 「はい?」



 「前から、聞こう聞こうと思ってたんだけど」



 「ええ」



 「彼とはどういう間柄なの?」



 「……(ったく、物覚え悪ぃ奴。会う度に聞いてるだろう。ま、その度にはぐらかいしてるけど…)」



 「知盛と君達兄弟さ」



 「う〜ん、何と言ったらいいか…」



 「そんなに言いづらいのかい? まさか、何か脅されてるとかじゃ」



 「俺があいつに? 冗談!」



 「そう…、なら良いんだけどさ」



 「刑事さん」



 「うん?」


 「あいつは義弟おとうとなんだ」



 「そうなんだ、弟さん……って、刑事からかったら『公務執行妨害』で、しょっぴくよ!」



 「からかってなんかいないって。

  しかも、もう何度も言ってるだろう」



 「何で未成年の君が兄で、あっちが弟なの?」



 「だから、義理の弟なんだってば!」



 「ああ、義理の……」



 「OK、本題に入ろう。俺も受験生で、それほど暇じゃないんだ。

  知盛が俺の兄弟かどうかが聞きたくて付いてきたんじゃないんだろ、刑事さん。何の用?」



 「ん? いやいやいや、本当に偶然でね。聞き込みなんだよ、聞き込み。

  でね、丁度いいとおもったんでさ、有川君、君、『カフェ ドラゴノアール』って喫茶店知ってる?」



 「お、誤魔化したね」



 「いや、そんなことは……。で、どう? 『カフェ ドラゴノアール』、知らないか」



 「その店が、どうかしたのか?」



 「いや、その店自体はどうと言うこともないんだけどね……」



 「何だか、言い淀んだね?」



 「いや……、う〜ん、ま、いいか」



 「何だよ」



 「一応、君にも伝えておくべきかなって、今、思ったので」



 「今?」



 「知盛君、最近どう?」



 「さっきも言ったぜ。別に…、どっちかって言うと最近はおとなしいし、譲をからかわないし、機嫌良いし、

  我が家的にはいたって平穏、だけどな」



 「そう……。よく分からない怪我してる、とかない?」



 「あいつが怪我? ありえない」



 「そう…。しつこいようだけど、知盛君から何も聞いてない?」



 「聞いてない…って、だから何をだ!?」



 「……実はね、正月の例の事件で鎌倉・横浜の拳銃密売ルートと覚醒剤密売ルートが検挙できたんだ」



 「それはよかった。で? それと、dragon noirと、ウチの知盛とが、どう結びつくんだ?」



 「何も知盛君がらみって、まだ言っては……。君、高校生にしておくのはもったいないほど察しがいいね」



 「バレバレだろう! いいから、先を続けろよ」



 「前から思ってたんだけどさ、将臣君、君どうしてそう『上から目線』の物言いなんだい?」



 「そうか? そんなこと無いですけど」



 「何気に馬鹿にしてる?」



 「そんなことありませんです、はい」



 「まあ、いいか。…でね、どうもその正月の一件で、元締めをしていた組関係が、知盛君に報復を…」



 「何だって!」



 「ま、襲った相手は3人ほど大怪我して、現在、警察病院に入院中だ」



 「だろうな…」



 「え? どうして?」



 「あいつ殺したきゃ、ミサイルでもぶっ放さないと無理」



 「そう……なのか? ま、そうかもね、どっちもピストル持ってたから」



 「知盛に返り討ちにあった、ってことか」



 「その通り。一人は蹴られたらしく、下腹部の内蔵破裂でいまだに集中治療室。

  もう一人は、手の甲にある第2中手骨ってのが両手とも粉々。

  あと一人は、殴られたのか頬の骨が折れ、頸の骨もずれてしまって、流動食でダイエット中」



 「は、アハハ(やり過ぎだろ、知盛! それで最近、機嫌がよかったのかよ)。

  ま、殺さなかったんだから、OK」



 「そんなに強いの、彼?」



 「素手で勝てる奴なんて、この世に何人もいないだろう」



 「で……、実は、彼もなんだけど、君達兄弟もこっそり警察関係者が警護を」



 「知ってる」



 「え?」



 「1月の下旬くらいからだろう。

  俺にはあんたと背の低いおっさん、譲にはガタイの良い奴とまだ若いネエチャン」



 「わ、分かってたのか…。すごいよ、将臣君、君、本当に探偵みたいだね」



 (ああ、あっちの世界でも

  源氏の暗殺者やら、熊野の鴉やら、平家の(たぶん経正あたりが寄越したのだろう)警護の者が、

  俺が動くたびにゾロゾロくっついて来たからな。

  しかも、どいつもこいつも俺に気付かれてないと思ってたんだから、幸せなもんだったぜ。

  それに比べても、バレバレだね、あんたらの尾行は)

 「ま、何かあるとは思ってたんだけどな…知盛か、そうか」



 「どうして分かったんだ?」



 「(こいつ馬鹿か、本気で言ってる?)で、dragon noirは?」



 「どうして分かったんだよ!?」



 「…そんな目立つ格好してるんじゃな」



 「やっぱ、ダメかぁ……この格好。チーフにも言われたんだけどな…」



 「泣くなって、OK、似合ってる似合ってる。で、dragon noirは!」



 「ああ、そこには……。その元締めと思しき組の、更にもっと上の組織の人間が最近」



 「来てるのか!」



 「らしいね。いつも駐車場で中の様子を窺っているって、横浜署の生活安全課から連絡があってね」



 「おいおい、ヤバイんじゃねえか」



 「何故、そう思う?」



 「知盛に報復しようにも、あいつに直接では歯が立たない。俺と譲は警察がガードしてる。

  とすりゃぁ、次に狙われるのは、いつも出入りしてるdragon noirの関係者…」



 「さすが高校生探偵!」



 「だれが探偵だ、誰が! テレビの見過ぎ!!」



 「そんな〜」



 「急ぐぞ! 景時と朔が危ない!」



 「ちょっと待った!!!!」



 「え?」



二人が振り返ると、そこに仁王立った譲がいた。



 「ゆ、譲…」



 「弟さん?」



 「『朔が危ない』ってどういうことだい! 兄さん!!」












08/06/28 UP
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