知盛の何気ない日常いちにち  後日談・2











伝票を整理していた朔が、驚き慌てて景時に詰め寄る。



 「兄上! また、こんなにワケの分からない出費!! いったい何を買ったのです?」



 「ほ、ほら〜〜、この前壊れた自走式ティーポットのLSIとか部品とか…」



 「兄上!!」



 「それにそれに、ほら〜クリスマス用にって、揃えたテーブルクロスに……」



 「あのテーブルクロス……、星空のように瞬く光の…」



 「朔だって喜んでたじゃないか〜〜〜♪」



 「エエ、確かに綺麗でした…」



 「ね、ね♪ ね〜〜♪」



 「だからって、こんな値段……、

  どうしたらテーブルクロスに、こんな0が六つも並ぶ金額になるんですか!!」



 「だって、だって極小LSIと光センサーを無線LUNで」



 「そんな御説明は結構です! それより、そんな金額になるのなら事前に相談してください!」



 「だって、相談したら却下されそうで…」



 「当たり前です!!!! どこの店が、半年分近くの利益をテーブルクロスの購入費に使いますか!!」



 「わ〜〜〜〜! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめん」



 「こんなことではいつになったら2号店が出せることやら……。

  その前に、アルバイトの人すら雇えないわ……

  あぁ、それならいっそ、私もクリスマス用に

  ブルゴニュー産のワインと、ナポリ産のモッツァレラチーズを買ってしまうのだったわ……」



 「美味しそうだね〜〜♪ 買えばよかったのに」



 「私が食べるんじゃないんです! ケーキの材…でもでも、お店の経営のことを考えて、我慢したんです!!

  まったく!」



 「さ、朔…、ごめんよ〜〜」



その時、将臣が見知らぬ男を連れて、店に入ってきた。



 「オイオイ、相変わらずこの店は客そっちのけで、兄妹でじゃれてるのか」



 「じゃれてなど、おりません!」



 「お帰り〜、将臣君♪ 珍しいね、学校帰りに来るなんて〜」



 「ま、な…」



いつもの軽いノリとは違い、先程から辺りの様子をうかがう将臣に



 「将臣殿、どうかなされたのですか?」



と、2人分のコップに水を注ぎながら、朔が心配そうに尋ねた。



 「ん? ああ……ちょっと…な」



素っ気ない返事で、将臣は店を一瞥している。

朔の好みで、かなり落ちついた内装に仕上げられている店内には

この店に来る誰かに出会うことを期待してなのだろう

若い女性(それもたぶん私服に着替えた高校生)が4人、七里ヶ浜の良く見渡せるテーブル席に陣取っている。







口コミを侮ってはいけない。

dragon noirは、ほとんどの観光ガイドブックに載っていないが、

美形の男性が多く集う店として、様々な年齢の女性達の口コミで評判になっていたのだ。



その評判が世間に出まわり始めた、ちょうどその頃に、

この店の常連客の九郎とリズヴァーンが、テレビの戦隊モノや釣り番組でレギュラーとなり、

昨秋からはこの店のマスターまで、旅番組で占い師・太木加寿子にこき使われるお供役で出演するようになった。

その3人ほどテレビの露出度は高くないが、敦盛は新進気鋭の邦楽演奏家として日本にとどまらず、

いや、かえって日本以上に海外で注目される存在となり、

昨年12月には、世界3大テナーの1人であるホセ・カレースキ氏の招きで、彼のヨーロッパ公演に帯同し、

正月には凱旋コンサートが国内3カ所で行われた。


3人だけではない、弁慶やヒノエや知盛や、その彼等が最近知り合った*注人達といい

芸能界ですらめったにお目にかかれないほどの美形がかなりの人数、頻繁に出入りする店であり

湘南を訪れる女性達にとって、寄ってみたいお店ベスト5の内の1つという地位を確立していた。







 「朔、郵便…」



ポストの中にあった郵便物を手に、厨房側の出入り口から、譲がいつものように入って来た。



 「あ、譲殿。はい、そこに置いておいていただければ」



しかし、やはりいつもと違って、譲の表情も硬い。



 「今日は弓道部の練習は無かったのですか?」



 「ん? ああ……、? 景時さん、ちょっと奥の部屋を借り…? 景時さん、何、泣いてるんですか?」



 「や、やだな〜〜♪ 泣いてなんか、いないよ〜〜」



 「譲殿、放っておいてください」



 「また、朔を怒らせたんですか? しかたのない人だなぁ」



 「だって、譲殿」

 「だって、譲君」



 「景時さん、ダメですよ」



 「ゆ、譲君…、話も聞かないうちから朔の味方なんだね……」



 「当然です」



 「ゆ、譲殿…」



 「どうせ、無駄遣いでもして、経費を切りつめている朔の逆鱗に触れたんでしょ」



 「ご、御明察ぅ…」



 「当たり前です兄上!! やはり譲殿は」



 「兄さん、ちょっと ………!! 朔、ゴメン。ちょっと急ぎなんで」



さらに堅い表情になった譲に、朔の表情からも笑顔が消えた。

こんな顔、八幡宮の迷宮が消えてから一度も見たことがなかった。







カウンター席に老人が1人、座って紅茶を飲んでいる。

近所の住人とはちょっと思えない身なりの良さで、

どことなく風格のある、しかしスキのない顔だちに、将臣は



 (誰だ? 最近よく来ているみたいだが……)



 「兄さん!!」



そんな、将臣の思考を、小さく、そして緊張した譲の言葉が遮る。



 「オ!? ああ、OK…」



自分の後ろに間抜け面をさらして突っ立ったままの松田刑事に、



 「適当に座っててくれ」



そう将臣は言うと、譲の呼ぶ、この店の厨房脇の扉の中に入っていった。







扉を閉めるなり、譲が言う。



 「どうも、まずいよ」



 「やっぱり、そうか」



 「外の駐車場…」



 「あの黒い窓のベンツだろ」



 「いや、あのベンツは、運転手らしい初老の男性が本を読んでた。あの人が、そんな組織の人間だとは…」



静かに入ってきた朔は、譲と将臣の脇にそれぞれ珈琲を置くと言った。



 「表のベンツが、どうかされましたか」



 「朔…」



 「何でもない、って言っても納得してくれないだろうな」



 「はい。おふたりのそんな緊張したお顔は、あの迷宮が壊れて以来でしょうから」



 「ん〜、…OK、朔、本当の」



 「に、兄さん!」



 「しかたないだろ! それに、知っておいて貰った方が、朔や景時だって対応が」



 「だけど」



 「2人だって、あっちの世界の戦場で、あれだけの働きをして生き残ってるんだ。信じてやっても」



 「逆!! だからこそ、もうあんな目に」


 「譲殿! いくさ働きだの生き残るだの、いったい何があったのです? 仰ってください」



 「な、譲。もう、引き返せないんだよ。巻き込んじまったんだから」



 「巻き込んだのは、知盛じゃないか!!」



 「実は、知盛がヤクザともめて」



 「ヤクザ? あの時代劇に出てくる?」



 「ま、そいつの現代版のやつだと思ってくれ」



 「はい」



 「で、そのヤクザの組が丸ごと、知盛を狙ってる」



 「知盛殿は大喜びなのではないですか?」



 「ハハハ、やっぱり朔もそう思うか?」



 「はい」



 「知盛は、あいつを狙ったヤクザの刺客とどこかでこっそり戦って、ことごとく病院送りにしているらしい」



 「はぁ……、知盛殿を倒すには、万の数の兵が要るでしょうに…」



 「俺もそう言ったんだ」



 「誰にです?」

 「誰にだい?」



 「さっき一緒に入ってきた、サングラスの刑事…、あ! そう言えば譲、何がまずいんだ?」


 「『外の』って言うのは、『この店の』ではなく、道路隔ててはす向かいにある海岸駐車場」



 「!! いるのか?」



 「ああ、たぶんね。そうだろうなっていうのが4人ほど」



 「今日か?」



 「まさか……ん〜、でも、いつでもおかしくはないと思う

  用心はしておいた方がいい」



 「朔、申し訳ないが、景時に言って、今日は閉店だ」



 「分かりました。今いらっしゃるお客様がお帰りになり次第」



 「理由を聞かないのか?」



 「知盛殿と直接戦って勝ち目が無いと分かれば、搦め手から来るのが戦の常套」



 「朔…」



 「ホォ…。で?」



 「武門としては禁じ手ですが、相手はヤクザというならず者ですから、

  たぶん、知盛殿の縁故者を、それも女・子供を見せしめに傷付けるか、拉致する…

  これが一番手っ取り早く、相手を屈服させる策でしょうね……だから、私か…あとは……、

  まずいわ、譲殿! 望美が…、望美が危ない!」



言い終わらないうちに、朔は携帯を取り出す。



 「ナイスな読みだ。さすがは武家の女性の鑑といわれた梶原朔姫だな

  譲、お前の彼女はたいしたもんだぜ」



 「……ああ、望美、早く出て……、……早く!……」



7回目のコール音の途中で、繋がる。



 「あ! のz」



 《ごめん、今、電車の中》



そう言って、望美の携帯は切れた。



 「ちょっと待って! 望美……。どうしましょう、譲殿。

  『電車の中』と言っただけで切られてしまって、望美に用件を伝えられなかったわ」



 「メールなら大丈夫だから、慌てずに。

  そうだな、そのまま降りたホームで、駅から出ずに、こっちの携帯にかけて欲しいって」



 「分かったわ」



朔は急いで、メールを打とうとするのだが、焦っているのだろう、打ち間違いをする



 「あぁ……」



 「大丈夫、落ちついて」



そっと譲が朔の肩に手を置く。

2人のその様子を見ながら、将臣も携帯を取り出し、



 「…あ、もしもし」



 《へぇ…、珍しいね。還内府殿直々に電話してくるなんて。初めてじゃん》



 「悪い、緊急事態だ

  知盛がヤクザと馬鹿やって、あいつの知りあい、つまり俺達全員がめでたく、ヤクザのターゲットってわけだ」



 《ヤクザ!? また、何を派手にやったんだい?

  ああ、それでか…、私服の刑事がこの半月程、オレと敦盛の周りをやたらとウロウロしていると思った》



 「気づいてたのか」



 《オレを誰だと思ってるんだい?》



 「そうだな。で、その『熊野の頭領』を見込んで頼みがある。

  大至急、望美と連絡を取って、あいつをガードしてくれないか」



 《姫君のナイトをせよとの御命令、ね……。いいのかい? オレへの頼み事は高く付くぜ》



 「そいつは知盛に付けておいてくれ」



 《あいつじゃ、支払いは滞りそうだね。

  ま、いいだろう。ちょうど今、敦盛と2人でそっちに向かってる途中だからね》



 「望美も今、たぶん江ノ電の中」



 《じゃ、すぐ連絡とってみる》



 「ああ、頼む。俺は今、譲とdragon noir」



 《そっちのメンツは?》



 「俺に、譲に、朔に、景時」



 《おいおい、えらく心許ない人数じゃん。望美と急いで合流するよ》


 「望美とは合流してくれ。だが、dragon noirこ こには合流するな」



 《安全圏に隠れていろ、と?》



 「ああ」


 《両手に花で、オレ的には申し分ない話だけれど、神子姫様がそれで納得すると思うかい?》



 「すると思うか?」



 《やれやれ、そっちの方がおおごとだね》



 「納得させられるかどうかは、お前の腕次第だろうけど……。

  出来そうもないなら、OK、説得は別の人間に頼むから、無理しないでくれ」



 《別の人間って?》



 「べn」



 《分かった分かった、そいつに出来てオレに出来ない事なんて、あるわけないじゃん!!》

冗談じゃない、オレには無理そうだから弁慶に!

そんなことになってみろ、死ぬまで勝ち誇った笑顔でオレのことを見下す「あいつ」の顔が

イヤになるくらい鮮明に想像できる。

やれやれ、……敦盛もいることだし、神子姫様の大好きなスイーツでつるか……

…この時間で予約できるとすると…



携帯を切る瞬間に、すばやくヒノエはそう考えを廻らした。







 「サンキュー 頼むぜ」



将臣が携帯を切ったその時、ガラスの派手に割れる音と、店の女性客の悲鳴が聞こえた。











                *注……この場合の「友人達」とは、如月と壬生のことです。











08/07/05 UP
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