知盛の何気ない日常 後日談・4
七里ヶ浜、dragon noirの道路を隔てて斜向かいにある海岸駐車場
車の中で4人の男が相談している。
「そろそろやるか?」
「どうすんだよ」
「このまま、あっちの車で店に突っ込んで」
「あの化け物が働いてるって店だろう」
「派手すぎて、やばくねぇか?」
「派手な方が花火はいいんだよ」
「親父っさんと組の面目が丸潰れのままじゃ終われねぇだろう」
「他の組にシメシがつかねぇんだよ!」
「そのために昨夜、横浜で路駐してたのを盗難ってきたんだ」
「アシはつかねぇよ」
「まさかの時の次善の策って奴も用意しているし」
「ま、こっちはみかじめ料の徴収だと思えばいい」
「ついでに店ぇ潰して、当分営業できねぇようにしろって事だし」
「あの店のネエチャンも拉致って来いってよ」
「とうしろへの見せしめにしちゃぁ、随分だな」
「覚醒剤と拳銃、家宅捜査でほとんど押さえられちまったんだ」
「それより、暴走族が余計なこと自供しなきゃいいんだけどな」
「ああ、そんなことになったら他の組にまで迷惑がかかっちまう」
「だから、グウの音も出ないようにして、あの銀髪野郎を」
突然、右側後方座席の窓ガラスが砕ける。
と同時に、その席に座っていた男が派手に左に飛ぶ。
「どどどうした!!!」
「ヒ!!」
もう意識が無い男は、顎が外れて白目をむいている。
次の瞬間、運転席の窓がたたき割られて、運転席に座っていた男の胸ぐらが掴まれた。
たぶん彼は、自分に何が起こったのか分かる間もなく、信じがたい力で、そのままドアごとアスファルトに叩きつけられた。
残った二人はやっと事態の尋常でないことを理解した。
車の外にいるのが、この半月の間、組をあげてその命を狙っている
そして、その尽くが返り討ちにあっている標的本人であり、
一瞬にして仲間の1人は、車の窓ガラスごと殴られ1発で顎を砕かれて気を失い、
もう1人は、車のドアごと投げ飛ばされた。
車のドアが人間の力でねじ切れることだけでも脅威だ。
化け物化け物と口では言っていても、今、初めて自分たちが標的にしているのが、
人間とは言い難い化け物であったことを、本当の意味で理解した。
慌てて、残った2人は車を転げ出て、そして初めて標的の姿を眼にした。
標的は何と言うこともないラフな服装で、
近所を散歩の途中にコンビニに寄って、そのついでに2人の男を一瞬で叩きつぶしたとでもいった、
何でもない風で、無造作に車の向こうに立って、右の拳を舐めている。
「ククク、ガラスで拳を……切ってしまった…」
狂気と歓喜の混じった眼を真っ直ぐ2人に向けて。
2人とも暴力団構成員として10年近い年月を、そして様々な修羅場をくぐり抜けてきた。
その2人が、たかだか素人1人、しかも素手の相手に足がすくんでいる。
ひょっとすると本当の恐怖というものを、生まれて初めて感じているのかもしれない。
(殺される)
そう本能が叫んでいる。
「手加減は…しているのだがな。ククク…、殺してしまうと……有川弟に、飯を抜かれる……のでな」
2人の反応は違った。
その違いが、その後の2人の運命を分かつ。
1人は、「野郎! ぶっ殺してやる」
と、ポケットから拳銃を取り出し、素手の人間に突きつけることで、優位を誇示した。
1人は、「この! ぶっ殺してやる」
と、隣の車に飛び移り、慌ててエンジンをスタートさせた。
車を急発進させ、駐車場の隅まで走っていってからUターンし、
知盛めがけてハンドルを切り、床を踏み抜く程アクセルを全開にして加速した。
タイヤが悲鳴と煙を上げる。
「轢き殺してやる!」
しかし、知盛の姿が消える。
「どこだ!!」
知盛は単にその場で高く飛び上がっただけだったのだが、
運転席の天井がその姿を隠し、まるで消えたように感じたのだった。
運転していた男は瞬時に考えを変える。
(この標的とまともにやりあってもダメだ。そうだ、人質!)
そのまま道路に出、交差点の信号を無視してdragon noirの駐車場に飛びこんで行った。
決して交通量は少ないわけではない。
交差点に進入しようとしていた車は、突然、駐車場から飛び出してきた車に急ブレーキを踏み、
ハンドルを慌てて切って難を避け、その後、クラクションを鳴らした。
交差点を信号無視して斜めに横切ったこの無法な車に対し、それぞれが危機を回避して、怒りを表明した。
着地した知盛は、銃口の標的にならないように左に飛び退き、さらにすぐさま前に出た。
男は、拳銃を持ったまま目の前に降ってきた相手に対し、身体が硬直して引き金を引くことも出来ず立ちつくす。
その上、あっという間に背後を取られる。
「残念……だったな」
振り向くこともできず、しかし楽しそうな標的の声を聴いて、足が震えた。
「た、助け」
「さあな……」
組関係でもっぱら噂になっていた、例の指を鳴らす音がすぐ耳元で聞こえたような気がしたと思ったのは、
1週間後に意識を取り戻した、警察病院の集中治療室のベッドの上でのことだった。
「1人くらいは……景時に任せると…するか…」
店で最初にこの車に気づいたのは、七里ヶ浜の良く見渡せるテーブル席に陣取っていた女の子4人だった。
信号を無視して交差点を斜めに横切り、この店の駐車場に突っ込んできて、
減速するでもなく、それどころか更に加速して、こっちに向かってくる車が1台。
「え!?」
「うそぉ!!」
「マジ!」
そう言いながらもポカンと眺めていて、立ち上がろうとしない友人を突き飛ばして、1人が叫んだ。
「逃げるのよ!!」
ハッと我に返り、慌てて飛び退く。
テーブルからティーカップやグラスが落ちて、その中の一つが音を立てて砕ける。
その間にも車は、加速しながら近付いてくる。
『窓ガラスを突き破って店内に突入し、人質を取って車で逃げる』
到底うまくいきそうにはないこの計画だけが、車を運転している男のアイデンティティを支えていた
のだが、
グワシャ!!!
派手な音を立てて潰れたのは、車のほうだった。
窓ガラスは、ヒビ1つ入っていない。
窓を支える窓枠や建物も傷1つ付いていなかった。衝突のショックで揺れはしたが……。
衝突のショックでエアバックが膨らみ、シートベルトもショックできつく固定してしまい、運転手は身動きできなくなっている。
「景時ぃ! 今のは…」
「景時さん! 大丈b……」
「兄上!」
慌てて奥から飛び出してきた3人が眼にしたのは、
本来七里ヶ浜の景色が広がるはずの窓に
蛇腹のようにボンネット部分が潰れて窓に立てかけられた車の腹と、虚しいまで律儀に回転を続ける前輪だった。
(FF車か…)
将臣は、その回転を続ける前輪を眺めて、どうでもいいような感想を抱いた。
景時の動きは速かった。
店を飛び出し、久しく使っていなかった魔弾で相手を気絶させ
車によじ登り、キーを抜いてエンジンを止め、動けない相手のポケットを探って拳銃を奪い、
相手を車から降ろそうとしていた。
「景時! 大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫ぅ♪」
「それにしても、これは!?」
「車が突っ込んできてさ〜〜」
「そいつは見れば分かる。そうじゃなくて、お前の店!
なんで突っ込んできた車とまともに勝負して、店の窓ガラスが勝つんだよ!」
「いや〜〜、もしもの事があったらって思って特殊強化ガラスと装甲外壁にしておいたのが
まっさかホントに役に立つとはね〜〜〜ハハハ(自慢自慢)♪」
「特殊強化ガラスっていったって、限度があるだろう!!」
「……何でです?」
「え? 何、何、譲君?」
「何でカフェレストランの壁や窓を、要塞やトーチカと同じにしようって思ったんですか?」
「アハハハ、何でかな〜〜? ほら、頑丈で安全じゃない」
「兄上は、私や望美や、八葉の皆さんに何かあった時の砦となることが出来るようにって」
「ここまでとは思わなかったよ〜〜♪ 凄いよね〜〜」
「でも、『何か』があるってどうして」
「譲」
「兄さん?」
「『いざ! 鎌倉』、『備えよ常に』ってな」
「後の標語、違うから」
「細かいこと言うな。それよりもだ、やっぱり景時も鎌倉武士だった、ってことだ」
「それはそうだろうけど……でも、それで説明がつくようなものじゃないだろう」
「ま、景時だからってことだろうな。その景時の酔狂のお陰で助かったんだから、いいじゃねぇか」
「酔狂……そうなんだろうけど。……いったいこの店建てるのに、いくらかかってるんだ?」
「この店には、まだまだお前でも知らない仕掛けがありそうだな、譲」
「ま、まさか…!? 朔!?」
「私はいっこうに…」
「それより、将臣君、譲君、こいつを降ろすの手伝ってよ」
「え? ああ、そうですね」
「OK、OK、朔、悪いけど縛り上げる紐があったら持ってきてくれ」
「はい、将臣殿」
「それと朔、警察に電話だ」
「はい、ゆずr」
「それは、もうしてるから」
サングラスをはずした松田刑事が、片手に手錠を持ったまま、携帯でどこかと連絡を取りながら出てきた。
「刑事さん」
「ホォ…あんたでも一応警官なんだ。意外と素速い対応だな」
「『でも』も『一応』も『意外と』も、いらないからね、有川君。それにお嬢さん、紐も不要だからね」
素速い警察の対応なのか、早くも遠くにサイレンの音が聞こえる。
景時から拳銃を受け取り、車から引きずり降ろされた男を受け取った。
「やれやれ、これで一件落着、か?」
「俺はこれから警察署にこいつを連行して行きますんで」
「早いね〜〜、もうパトカーが来たんだ〜」
サイレンの音も高らかに覆面パトカーと思しき車が1台、
マグネット式の赤色灯を点滅させながら、dragon noirの駐車場に入って来た。
「じゃっ、パトカー来たから。
そうだ、そちらの御兄妹は被害者と言うことになりますので、できましたら一緒に署まで御同行願えますか?」
「あのパトカーはあんたの仲間かい? 刑事さん」
「え? いや……。まぁ、運転してる警官は顔見知りだし、同じ警察署の人間だから仲間って言えなくは……? 何故だい?」
「同じ警察署…って神奈川県警・鎌倉警察署ってことかい?」
「勿論そうだよ」
「ふ〜〜ん、神奈川…ね」
「それが何か?」
「いやぁ、パトカーの対応がすっごく早いなって、感心したんだよ」
「ま、まあね。ちょうど近くを警邏中だったんだろう」
「兄さん、何言ってるんだ? こんな時に」
「さ、どうぞ。梶原さん乗ってください」
「さすが、松田さんだ。立ち位置まで俺そっくりだな」
「は???」
「ハハハ、御苦労さん」
笑いながら、将臣は松田と握手をし、そのまま肩を組んだ。
「あ、有川君? あ、ああ」
松田刑事は、曖昧に頷きながらも怪訝な顔をした。
それでも将臣は笑みを崩さずに、譲に話しかける。
「な、譲もそう思うだろう」
「兄さん! 失礼だろう、刑事さんに! いったい何だって言うんだ!? 訳が分からない」
「だからほら、熊野でさぁ」
「はぁ? 熊野?」
「還内府リターン、だな。それともエピソード2かな」
「あ、有川君? な、何の映画? 帰りナイフ!?」
「……! え!」
「ま、敦盛は何も言わなかったけどな」
「に、兄さん…! ま、まさか…」
「分かってくれたなら、何より」
「じゃあ、松田刑事、ちょっと待っていてもらえますか?」
「え? 何で?」
「友人にこっちは無事だって連絡を。朔、店の電話で敦盛に連絡してきてくれないか」
「店の…? ゆ、譲殿?」
携帯ならポケットに入っているのに。そう朔は思ったが、それを知らない譲でもないだろう。では何故?
譲の眼は笑っていない。
「急いでくれないか、朔。パトカーを待たせているんだから」
「はい」
急いで店内に走る朔の後ろ姿に向かって、譲が付け加える
「あ! あと、こっちには政子さんがあと2人いるのも、忘れずに言ってくれ。
そういうことでいいんだよな、兄さん」
「OK、譲、グッジョブ」
「と、言うことですよ、景時さん」
「え? え〜〜〜!!!」
「有川君、『まさこさんが2人』ってどういうことだい?」
「そいつは……な、こういうことさ!!」
と言うより早く、松田刑事の肩に置いていた左手を首に回して締め、右手は相手の右腕をねじり上げると、
松田刑事の足を払って、そのまま地面に押さえつけた。
将臣に足を払われ倒れ込んだ衝撃と、将臣にのしかかられた圧力と、
首に回された将臣の腕の締めと、ねじり上げられた自らの腕の痛みとで
松田刑事の肋骨と鎖骨、喉仏に右肩、上腕部は悲鳴をあげた。
半ば意識が飛びそうになりながら、松田刑事が言う
「グェ! ……な、…何を…」
「景時! 運転手!」
「御意〜!」
入ってきたばかりのパトカーから慌てて降りようとした運転手を、素速く魔弾で気絶させる景時。
「ま、将臣君!!! 梶原さんも! 君達、警官に何て事を! 公務執行妨害で」
「松田、やめろよ。バレたから」
「何がバレたって言うんだい! いい加減にしないと」
「いい加減にするのは、そっちだろう」
「何を!」
「警察内部に、暴力団と内通している奴がいるとはな」
「な、何を言ってるんだ!」
「まだ、芝居続けるのか? お前は本物の刑事かもしれないがな、あのパトカーはいただけなかったぜ。
何事も、やりすぎは失敗の元だ」
「パ、パトカーが……、どうして」
「いざとなったら、あんたと仲間、それと梶原兄妹の4人が乗るって計算だったんだろう?
だったら5人乗りの車はマズったな。1人で運転してくるハメになっちまった」
「どういうことかな〜〜? 将臣君??」
「覆面パトカーで警邏ってのはいただけなかったぜ。
しかも警邏中のパトカーの乗員が、私服っていうのは失敗だ。
その上、警察車両の運転は基本2人」
「警邏中じゃなくて何かの捜査中に、たまたまこっちの応援に来てくれたのかも知れないじゃないか。
今ならまだ不問にするから、離しなさい!」
「あの運転手と車を調べても、そう言えるか?」
「いい加減に…」
「いい加減に観念するのはそっちだぜ。松田!
赤色灯を点滅させてサイレン鳴らせばパトカーだって?
テレビの2時間ドラマでも、も少しましな演出するぜ。民間人をなめすぎたんだよ、お前達は」
「神奈川県警って書いてある訳じゃないのに、あんたは『同じ警察署の人間』って言ったよな」
「そうだよ。だから」
「では、あちらの所属部署と階級と名前は?」
譲は携帯を取り出して尋ねる。
「知りあいって程じゃない。名前までは…」
「そうですか。では、車両番号で聞いてみます」
「か、彼の自家用車かも知れないだろう。
警察って所は、テレビドラマみたいにパトカーを自由に乗り回せる訳じゃないんだ」
「でも、神奈川県警鎌倉署なんだろう」
「当然じゃないか。さっきも言ったろう顔見知りの同じ警察署員だって」
「だったら、なんでピーポ君なんだ?」
「……!」
「さすが本職。あんたは分かったようだな」
松田刑事はがっくりと肩を落とした。
「ち……バカが…」
「まったくだ。横浜のヤクザって本当か?」
「兄さん、どういうことだい? それは俺にも分からないんだ。どうしてピーポ君じゃまずいんだ?」
「譲、神奈川県警のマスコットはな、ピーポ君じゃなくて、ピーガル君だ」
「ピーガル君…?」
「Yes、ピーポ君は東京の、警視庁のマスコットだ」
「兄さん、警察オタクだったのか…」
「ええ、そうです。いろいろありましたが、丁度今、警察が来ています。
はい、御安心下さい、敦盛殿。
あ、そうそう、もう一つ、譲殿から言伝が…。はい。
『こっちには政子さんがあと2人いる』そうです。え? はい、確かにそう忘れずにお伝えせよと。
……さぁ、私には…。はい、そうですね。では、失礼いたします」
「政子様が2人……???」
由比ヶ浜のホームで敦盛は、慌ててヒノエに連絡すべく携帯を握り直したのだった。