母 帰る 7
「……ここは、……魔窟……だな」
今朝も弁慶は、何度も『くれぐれも勝手に手を触れないで下さいね』と言い含めてから出掛けていった。
『手を触れるな』と言っておきながら、地震でも起こったらどうなるのだ?
この部屋の状況を見て、そんな事を思う知盛であった。
知盛には今、これといってする事がない。
景時の店に出勤するには、まだ時間が早すぎる。
この部屋の外では総大将殿が、何か世話を焼きたがって待ちかまえている。
知盛は、遮光カーテンで薄暗い弁慶の部屋をぼんやり眺めている。
脇の棚には、何が入っているのか皆目見当もつかない大量の薬瓶が、
弁慶にとっては整然と、それ以外の人間にとっては雑然と、大量に置かれている。
昨夜、薬瓶を1つくすねたのだが、弁慶は部屋に入ってくるなり気付いて、叱られた。
叱っている笑顔というものを、生まれて初めて怖いと思った。
「さすが、……源氏の軍師…殿……、と言ったところ…か……」
大きな透明な瓶の、何の液体だか分からないモノの中には、蛇だの、虫だの、その他得体の知れないモノまでも浸かっている。
どうしてなのかはさっぱり分からないが、いくつかはぼんやり光を放っているモノもある。
瓶の中に浸かったモノと、時々目が合うと、言いようの無い程ウンザリした気分になったりもする。
目の前の文机の上は、羅盤だの算木だの天体図だの地球儀だの、
更に、知盛には何なのか分からない様々な物体で、モノを書く場所など全く無くなっている。
羅盤を手に取って回すと、何故か煙が上がり、慌てて元の場所に置いた。
壁には曼荼羅やら占星図やら、『西欧』とか言うところの神やら神の使いの裸体の子供やらの絵だったりが、
本の壁が見えないくらいに張られている。
「武蔵坊……ククク、坊主が何を外道なことに……勤しんでおられるのやら…、」
巻物やら書物やらも、これまた本人にしか分からない整然さで整えられている。
巻物や書物の棚の脇には、何かの呪具としか思えないような品々が、大きな木箱に十幾つか積み重ねられている。
耳をすましていると箱の中のあちこちから、何やら物音がしている。
さすがの知盛も、気になって仕方は無いのだが、箱を開けて音の元を確認するのは躊躇われた。
昨夜は弁慶がかなり深夜になっての帰宅だったので、この部屋の中に1人でいるとうるさいくらいだった。
「賑やかな……ことだ…。新参者を……皆で……値踏みしておられる……らしいな」