母 帰る 14
「別当殿は……御存知なのだろうな……ククク」
「へぇ、何をだい?」
「こう見えても……大夫殿は、まだ舌も良く回らぬうちから……
『とののりどの』『とののりどの』……と言っては、オレの後を……ついてまわっていたものだ」
「へえ、経正殿は何をしていたんだろうね。
危ない大人についていってはいけないって、きちんと教えなかったのかい?」
「こんな背丈……の頃から、……可愛い可愛いと……女官達からも評判で」
「やれやれ、教育上よろしくない所に行くなとも、ちゃんと教えておいてほしいものだね」
「い、いや、まったく覚えが…」
「四つの時の……五節には、舞姫の姿をさせた……な。
本人も……喜んで『きれいきれい』と……」
「い、いや、そのようなことも……覚えていないのだが…」
「五つの……重陽の節句には……、オレが初めて酒を教えてやった……、ククク。
初めてにしては……本当に良い飲みっぷり……だったな、ククク」
「じゃあ、熊野でオレが、敦盛に木登りを教えたのは知ってるかい」
「ヒ、ヒノエ?」
「今でこそ、高いところや屋根の上が大好きな敦盛だけれどね、
ま、最初は六尺も登れなかったじゃん」
「ああ……、その話は経正から……聞いている。
『さすがは別当殿……。猿でも……ああは上手に登れぬ』と……
感心していたそうだな、ククク」
「い、いや、そのように言ったことは……無い……はずだが」
「鯨獲りにも連れて行ったんだぜ。
いまだに語り継がれる、子供だけの銛撃ち船だったんだ」
「兄の経正の……琵琶にあわせて笛を吹いたのは……、
やはり、五つの……管弦の宴の折だったか」
「しかもあの時、敦盛は生まれて初めて泳ぎも覚えたんだったね。
潮岬の沖合で、陸などどこにも見えなかったけれどね」
「院の覚えも……めでたかったな…」
「銛撃ちも泳ぎも、敦盛に一番いいところを持って行かれたけれどね」
「貴船の川床で……落ちて溺れかけたのは……いつだったか……な。ククク」
「と、知盛殿…」
「そう言えば、水車もみんなで作ったんだぜ」
「ヒ、ヒノエ…」
「土鈴を壊して……泣いたこともあったな……」
「宋の貿易船にも探検に行ったっけ
危うく、宋まで密航してしまうところだったけどね」
「土鈴の代わりだと……、父上が本当に……金剛石で鈴を作らせたのは……驚いたがな」
「あ、あの……、私の昔話は、や、やめてはいただけないだろうか」