御伽話の王子様 〜ヒノエ君 お誕生日SS〜 1
このお話は景時さんの誕生日SS「パーティしましょ」のおよそ1ヶ月後
三草山から一ノ谷に続いた合戦が一段落した、寿永3年の3月下旬、異世界の京の設定です。
「譲君! 大変! 大変だよ!!」
けたたましい足音で望美が走ってくる。
平家が福原に立ち退き、京の街が形ばかりの静けさを束の間、取り戻した寿永三年。
今年は遅れていた桜もやっとほころび始めた。
そんな季節に似つかわしくない、慌てた望美の声と足音に
譲は、まだ朝靄も晴れきらぬこんな時刻にいったい何事かと身構えた。
「先輩、どうしたって言うんですか? こんな朝早くから」
「いいから来て! 早く!」
「どこへ行くっていうんです? 俺はこれから朝食の支度を」
「神子、早く譲と!」
いつの間に入ってきたのか、リズヴァーンまでが緊迫した表情で譲の出立を促している。
ただならない事態だというのは二人の表情から分かったが、
どういう事態なのかが、皆目見当もつかない。
「説明は後だ。譲、急ぎなさい」
「こっち! 早く!!」
「あ、ああ、……あの」
「まずは櫛笥小路の景時さんの所へ! 私に着いてきて!」
「!! 待ちなさい。……神子、どうやら遅かった」
「せ、先生!?」
「……囲まれた…な」
「!! では先生、非常時なので、譲君をお願いします!」
「分かった。神子、お前の選ぶ道は常に正しい」
「え? せ、先輩は!」
「私なら大丈夫だから! ここは少しでも早く譲君を!」
「譲、しっかり掴まっていなさい」
「し、しかし、先輩が」
「ぐちゃぐちゃ言ってない!! いいから早く!」
「でも!!」
「先生! 行っちゃってください! お願いします」
「うむ。神子、すぐに戻る」
「だから、何がどu」
一瞬にして二人の姿は、四条堀川の九郎の屋敷から消えた。
「今日という今日こそは、と思うておったのだが……逃げられたようじゃのぉ」
衛門府の騎馬を引き連れて四条堀川に乗り込んだ後白河院だったが、
九郎の屋敷を隈無く探索させた挙げ句に、落胆して座り込んだ。
傍らの公達が居丈高に言い放つ。
「畏れ多くも院御自ら行幸なされたというに
下賤の者は、礼というものを知らぬでおじゃるな」
その前に緊張して控えている九郎は、それでも反論を試みようとする。
「畏れながら申し上げます」
「控えよ、下郎!
官位も無いその方のごとき板東の田舎武者が、直接に院に奏上しようなど」
「良い良い」
「しかし、院…」
「構わぬ。九郎、申してみよ」
「は。畏れながら申し上げます。
有川譲の件でございますが、何度も奏上しておりますように、もうしばらくの猶予を。
しかも、このような行幸のなさりようは脅し以外の何ものでもありません!
畏れ多くも院御自らが、僧兵の強訴の如き事をなさっては
それこそ下々の者達に示しがつきかねるかと」
「控えよ! 言葉が過ぎるでおじゃる!」
「で、ですが……やっと平穏を取り戻したばかりの、京の人々を脅すようで」
「しかしのぉ、九郎…」
「どうか、御自重ください。院御自らが法住寺より早馬での行幸など前代未聞」
「だが、間もなく一ヶ月になろうとしておるのだぞ!」
「そ、それは……」
「よいか九郎。余としては十分過ぎる程待ったのだ。
もう余は待てぬのだ。勅命である」
「え! ちょ勅命……ですか」
「やれやれ。法住寺殿にしては、やり方が『すまーと』では、ないですね」
「『すまぁと』? 『すまぁと』とは何じゃ? おお、そちは…。」
「げ! これ!! 身分をわきまえぬ下郎が増えたでおじゃる。
こりゃ、小僧。やんごとなき御方と、直接、御言葉を交わそうなどと、
身の程知らずにも程があるでおじゃる」
「かまわぬ、許す。申してみよ」
「ヒュ〜、こういうところの話はお分かりなのに、だだっ子が過ぎるんじゃないですか」
「なんと、余はだだっ子か」
「ヒノエ お前もいい加減にしないか。言葉が過ぎるぞ」
「おいおい九郎。そんなこと言って、まさか勅命で譲を引っ張ってくるんじゃないだろうね」
「では湛増、そう言うからには、お前は有川譲に件の物を作らせるに
何か良い智恵があるのじゃろうな」
「当然ですね」
「官位も金銀財も女も要らぬと申した輩じゃぞ。
そのように頑なな輩に、どのような策があるというのじゃ?」
「頑なにしてしまわれたんですよ、院御自身が」
「余が?」
「ええ。ちょうど白龍の神子の世界の御伽話みたいにね」
「九郎の許嫁の…」
「い、院!」
「ワハハハハ、分かっておる分かっておる。
で、湛増。どのような智恵なのじゃ」
「お聴きになられるからには、御協力くださるでのしょうね」
「件の物が手に入るなら、是非もない事じゃ」
「九郎も、いいね」
「あ!? あ、ああ……」
「約束だよ。では、院、御耳を」
「つまり、俺がケーキを作らないもんだから、後白河院は痺れを切らして
九郎さんの屋敷まで押しかけた……、と言う事なんですか?」
「そ」
「たったそれだけの事ですか!? 大人げないんじゃないですか?」
「ね」
「それは、そうなんだけどね〜」
「でも、譲殿。院御自らが行幸なさるなんて、余程のことですわ」
「そうだね〜。しかも院御自ら馬に乗って、なんて、ちょ〜っと信じがたいけどね〜」
「まぁ、朔や景時さんの世界の人々にとってはそうなんでしょうね」
「作ってさしあげればよろしいのではないですか? 譲殿」
「う〜ん、確かにパトロンだったんだから、そうなんだろうけど」
「『ぱとろん』?」
「あ、え〜と…、『援助者』とか『出資者』とか」
「その通りではないですか」
「だけど、どうもこう…『金を出すから作れ』って上から目線でモノを言われて、
はいそうですか、って言う気分にはなれなくて……」
「でも、兄上には作って下さったではありませんか」
「だってあれは、景時さんの誕生日なんだ。
先輩じゃないけど、『ハッピィバースディ』って祝ってあげたかったから…」
「譲君〜〜ん♪」
「譲殿」
「それに、まさかあれだけの材料を、この時代にもかかわらずあんな数日で、
揃えることができるなんて思わなかったしな。
かなり無茶振りしたはずなのに……。
弁慶さんとヒノエと九郎さん、それに兄さんまでもが、
かなり苦労してやっと揃えたのを分かっていて、
『でも俺、作りませんから』も、ないだろうし」
「本当に、一生忘れられない程の金額でしたわ。
それを、兄上は勝手に半分以上召し上がってしまって…」
一月近く経とうかというのに、朔はつい先程のことのように
『あぷるぱい』を鷲掴みにして半分近く食べてしまった景時の姿が甦り、
同時に、あの時の怒りもまた、込み上げてきたのだった。
「あ・に・う・え〜!」
「ゴメンゴメンゴメン! さ、朔ぅ〜〜」
「朔、許してあげなよ。何度も言うけど、景時さんの誕生日だったんだから」
「譲殿がそのように仰って甘やかすから……。
その兄上の誕生日『けぃき』は、法住寺と源氏と平家が分担したものだったのでしょう?」
「譲君、比叡も一枚咬んでいたのを忘れないでくださいね」
「弁慶さん」
「弁慶殿」
「弁慶」
「声はかけたのですが、誰もお出にならなかったものですから、勝手にお邪魔しました。
譲君、こんな時になんですが、お願いがありまして」
「後白河院の命令なら断りますよ」
「いやだな。何で僕が法住寺の命令などを、君に伝えなければならないのですか?」
「え? じゃぁ……」
「話は最後まで聞いて下さいね」
「すみません」
「まあ話といっても、法住寺と似たようなものなのですがね。
実はもうすぐ、君や望美さんの世界で言うところの『誕生日』なんですよ」
「弁慶さんのですか?」
「いえ。僕は如月ですから」
「では、誰のです?」
「ヒノエの」
「え? 本当なのか?」
譲は弁慶ではなく、部屋の隅に小さく控えていた敦盛の方を見た。
「ああ、本当だ。確か、卯月の一日…、だっただろうか」
「嫌だな、僕は嘘なんてつきませんよ。まごうことなき真実です。
そして、後五日ほど、なのです。
あんな子でも、僕にとっては可愛い甥なんです。
このように八葉として一緒に行動することがなければ、疎遠なままだったでしょうし」
「そうなんだ……」
「そう思うと、望美さんには感謝しているんですよ。
で、そんな可愛い甥のために、若干二番煎じの感はありますが……。
あの時、ヒノエもたいへん嬉しそうにケーキを頬張っていましたしね。
だから、『バースディ・ケーキ』を譲君に作っていただいて、
誕生日を祝ってやりたいと思ったのですよ」
「そうですか。…分かりました。断る理由もありませんしね」
「ああ、ありがとうございます」
「だけど、『ケーキ』では無くてもいいですか?」
「え?」
「ケーキの材料をもう一度調達するには、時間が足りないでしょうし」
「しかし…」
「大丈夫。別に手抜きってものではないと思いますよ。
幸い、少しですけどこの前の材料も残ってますし。
まずこの世界では食べることの出来ないものでしょうから」
「この世では食べることの出来ないもの……ですか?」
「ええ」
「それは、望美さんの世界の食べ物、と理解してよいのでしょうか?」
「先輩の? まあ、そうですね。先輩も大好きだし」
「望美の好物なの、譲殿?」
「ああそうだよ、朔」
「『けぃき』よりも、ですか?」
「う〜ん、どうだろう。良い勝負だとは思うけど。
ただ、ケーキはこの前食べたから、こっちの方が新鮮でいいかなって」
「『けぃき』と同じくらい望美が好むもの……。
これから譲殿が作ろうとなさっているものも『すいぃつ』というものなのですか?」
「ああ、そうだよ。って「スイーツ」? 朔、凄いな。何処で覚えたんだ?」
「『けぃき』とはまた別の『すいぃつ』……。ああ、本当に望美の世界は、奥が深いわ」
「『この世では食べることの出来ないもの』…、くぅ〜〜!
なんか、それを聞いただけで、めちゃくちゃ美味しそうだね〜〜」
「実はここ何日か、やたらと夢に見てたんですよ」
「夢に? それはやはり譲君の『星の一族』の力なのでしょうね」
「さぁ……、弁慶さん、それは分かりませんが……
…そうですね、こうなってみるとそうだったんでしょうね。
朔、済まないが紙と筆を…? 朔?」
前回の、あまりに甘美な『けぃき』の味を思い出し、
その上で、今回の『すいぃつ』とはどのようなものかに思いを廻らしていた朔は、
譲の声で現実へ引き戻され、慌てた。
「あ、はい。か、紙と筆、ですね。ただ今」
「では、弁慶さん、景時さん。これから書く材料を揃えてくれませんか」
「え〜、オ、オレもかい〜?」
「源氏の戦奉行、兵站と調達の天才が何を言っているのでしょうね」
「べ、弁慶〜」
「やれやれ。兄上は、御自分の時は贅沢をしたというのに、冷たいのですね」
「え〜〜、朔ぅ〜、そんなことないよ〜」
「では、お願いできますね、景時」
「ぎょ、御意ぃ〜〜」
「今回一番大切なのは、乳の出る牛、でしょうか。多ければ多いほどいいですね」
「『多い』というのは乳の出が、ですか? それとも頭数が、でしょうか?」
「どちらも、です」
「どちらも……。それほど乳を使う、ということですね」
「はい」
「牛の乳、あれ、『みくる』って言うんだったよね〜
牛の乳があんなに、まろやかで甘くてコクがあって美味しいものだったなんてね〜〜」
「それからもう一つ、この近くに氷室はありますか?」
「え? 氷室……ですか」
「氷室なんて、譲君、良く知ってるね〜〜」
「奈良の都の時代から、冬の間に氷を切り出して氷室に保管し、
夏の間に使用していたって、以前、何かで読んだことがあったものですから」
「すごいね〜〜」
「そうですか? おだてないでください」
「いえ、本当ですよ。さすがは、龍神の神子の世界の方、と言うべきなのでしょうね」
「その氷室を一つ、使わせて欲しいんです」
「私の『月影氷刃』ではダメなのですか……」