御伽話の王子様   〜ヒノエ君 お誕生日SS〜  11









当日、御室・仁和寺上空には真っ黒な雷雲があったという。



馬で衣笠との間を往復したはずの譲、弁慶、景時、九郎、将臣達は、誰一人として

そんな黒雲は見ていないと言ったが。



昼過ぎから稲光が激しく、仁和寺は靄に包まれて、

近隣の住人から畏れられていたという。

ただ、中から聞こえて来るのは、僧達の読経、それも普段とは違うものだけだったという。



住民達の報告と、以前の守覚法親王の回状を思い起こし、近隣の寺では

事の詳細は分からぬまでも、御室・仁和寺に於いて何事か、

それもこの国の一大事となるような何事かが、現在進行中であることを察していた。



そして、数刻が過ぎ、

仁和寺の門という門が開かれた時、心配や不安で集まっていた多くの民衆は、

壮麗にして巨大であった御室御所・仁和寺が外門だけを残して、

単なる瓦礫の山と化していることを知り驚愕したのだった。

ただ、その瓦礫の山の上に立って、妙に晴れ晴れとした顔をしているのが

後白河院、その人であった。







後白河院は厳かに言い放った。



  「今日、今この時をもって、源平の争いは終焉した。

   今後、如何なる私闘であろうとも、この日ノ本での武力衝突を為したものは

   双方とも朝敵とみなすものである!



   これでよいのか、湛増?」



  「……」



  「ヒノエ君!」



  「あ? ああ、そうだね……」



  「では、源平の和睦の儀は後日、神泉苑に於い」



  「いえ!」



  「?」



誰もが、声の主の方向を振り向いた。



そこに居たのは



  「二位の尼!」



  「尼君様!」



二位の尼は、瓦礫の柱に腰掛け、辺りを見渡して言った。


  「今この場で、平家わたしどもは和睦でも降伏でもいたしましょう。

   もう戦は……終わらせねばなりません!
   平家わたしどもも、そして源氏も、このような恐ろしいことを望んではいなかったはず。

   夫・入道相国は茶吉尼天を、この国を滅ぼす元凶として、

   その力に対抗することだけを考え、それがここまで暴走してしまいました」


  「暴走? 暴走だけで平家の死反まかるがえしと怨霊を済ませるおつもりなのか!?」



  「く、九郎……止めてください」



  「しかし、弁慶」



  「それを言うなら…、元を辿れば僕が」



  「弁慶さん! 怪我人は怪我人らしく、おとなしく寝ててください!」



  「の、望美さん…」



  「望美! なにもそんな言い方を」



  「九郎さんは黙ってて!」



  「な! ……ああ、分かった」



  「望美さん、いえ、龍神の神子殿、あなたはどこまで知っているのです?」



  「弁慶さん、信じてくれますか?」



  「ええ、もちろん」



  「じゃあ正直にいいますね。全部、です」



  「え……、そうですか…。全部、ですか。フフフ、まったく、あなたって人は。

   ……分かりました。かなわないな、僕など。……分かりました。

   それでも黙っていろと仰ってくださるあなたの八葉でいることに、僕は感謝します」



  「では」



  「ええ、黙っていましょう。僕が京を守護する龍神を滅したことは」



  「弁慶さん!」



  「京の地がこのように荒廃したのも、朔殿が未亡人となられたのも」



  「知っておりました」



  「え?」



  「朔ぅ〜〜!」



  「望美さん…が?」



  「私が話す前に、もう朔は気付いてました」



  「そう……ですか」



  「弁慶殿が何故そうなされたのか、今となっては、良く……、良く分かってしまう……

   だから、怨んでなど……、誰も怨んでなどおりません…。

   ああ、望美、ごめんなさ…」



と後は言葉にならず、望美の胸にすがって嗚咽する朔の髪を優しく撫でながら



  「不幸な戦だったんです。そんな言葉なんかじゃ、少しも足りないのは知ってます。

   誰もが傷付いて、誰もが誰かを守るのに必死で。

   だから、もう、終わりにしませんか! もうこれ以上、誰かが死ぬのを見たくない!

   斬り合って、殺し合った過去はそんなに簡単に消せないでしょう!

   でも、これ以上争った先に何があるんですか!?

   この仁和寺の有様を見ても、まだ戦おうと言うのですか!」



  「白龍の神子様」



  「尼君さま」



  「それでは、余と両龍神の神子2人が仲介人じゃ。今この場で和議を執り行う!

   ……これ、湛増」



  「ああ、そうだね」



  「ヒノエ君」



  「ん? 何だい、神子姫様」



パッシン!



辺り一面に鳴り響く、望美の平手打ち。



  「しっかりしなさいよ! そんな事じゃ、敦盛さん、帰るに帰れないじゃない!」



  「の、望m…」



  「さあ!」



  「ああ、そうだね…。目が醒めたよ。じゃ、あいつが戻ってくる前に、

   ちょっと『ひぃろう』になっておかないとね」



  「『ヒーロー』? どこでそんな言葉を? ハハ、でも、そうそう。その方がヒノエ君らしい」



  「じゃ、よっと」



とヒノエは後白河院の隣に立ち



  「熊野別当・藤原湛増と、従五位下鎮守府将軍陸奥守・藤原秀衡の後見によって」



  「御館も!?」



  「ああ、そうだよ。彼の承諾を受け取るのに時間が掛かったんじゃん」



  「そうだったのか、御館が後見に」



  「和睦の儀を」



  「待て」



そこには、瓦礫を押しのけ、愛する妻・北条政子を抱いた源頼朝の姿があった。



  「和議は認めぬ」



  「頼朝さん!」



  「兄上!」



  「景時、今こそ平家を根絶やしにする好機。やるのだ」



  「……」



  「どうしたの、景時? 終わらせよ!」



  「……できません」



  「何!?」



  「よ、頼朝様! もう、戦は終わらせましょう」



  「ならば、そこの新中納言と二位の尼を」



  「だから! 出来ません! もう頼朝様こそ終わりにしませんか?」



  「景時」



  「石橋山で初めてお会いした時の頼朝様はこんな人じゃなかった。

   お忘れですか? あの時の優しくも涼やかなお覚悟を。

   だからオレ、ああこの人なら〜って思って」



  「もう遅い」



  「え?」



  「今頃、福原の雪見御所は」



  「それも、無いです」



  「景…」



  「頼朝様と九郎の連名で昨日、現在の場所の保安・治安に全力を注ぐようにと、

   征西軍だけでなく、源氏全軍に発令しました」



ピシャン!



  「白龍の…」



  「痛かったですか? 良かったですね、痛いって感じて」



  「の、望美ちゃ〜〜ん」



  「いつまで源氏だ平家だ、親の敵だって小さいことにこだわってるんですか!!

   源頼朝ともあろう人が!」



ピシャン!

望美の平手がもう一度、頼朝の頬を叩く



  「望美!」



  「九郎さんは黙ってて! それに…、敦盛さんの気持ちを無にするつもりですか!

   そんなこと!! そんなこと、この私が許しません!」



泣きながら頼朝の胸ぐらを掴む望美の手を制して、ヒノエが言う。



  「ああ、オレも神子姫様に賛成だね。何なら、ここで、オレ様とさしで勝負、してみるかい?」



  「余も白龍の神子や湛増と同じ気持ちじゃ、頼朝。

   これ以上、何か事を荒立てるようならば、朝敵となるを覚悟する事じゃ」







  「では、この書状に署名を」



  「ここに源氏・源頼朝、平家・平知盛の合意の元、

   奥州、熊野の後見により和議の成立を宣言する」



人々の歓声のこだます中



  「さて、じゃ、こんなになっちゃいましたけど、デザートにしますか?」



と有川譲は言った。



  「譲殿、こんな時にですか?」



  「こんな時、だからじゃないか」



  「そうだね〜〜、な〜〜んか、戦も終わったんだし、みんな、ホッとしたいもんね〜」



  「じゃぁ、九郎さん、兄さん、持って来てくれるか?」



  「ああ、何と言っても、あの神仏の争いの最中でも、将臣が死守していたものだからな」



  「だから姿、見えなかったんだ」



  「オイオイ、こっちはこの荷が飛んでいかないように、必死だったんだぜ。

   それでも降三世明王も呼んだし、術だってぶっ放したろう!」



  「分かった分かった」



  「譲! お前、何だよ! その言い方!」



  「朔、済まないけど一回、月影氷刃をかけてくれないか?」



  「え? ええ、いいけれど」



  「あ! 分かった。朔、やってやって」



  「そう? 望美がそう言うなら。では、コホン…。何だか注目されていて恥ずかしいわ」



  「朔、頑張って」



  「(深呼吸)月影氷刃!」



一瞬で将臣の持ってきた荷が凍り付く。



  「これで大丈夫だろう。ありがとう、朔」



箱を開け



  「じゃぁ、これは朔の分」



  「これは?」



  「はい、先輩」



  「ワ〜イ! やっぱりアイスクリームだ!!」



  「あいすくりぃ?」



  「そうだよ、匙ですくって食べるんだよ」



  「匙で…」



  「朔ぅ〜、これこれ」



  「これは匙。どうして?」



  「今、瓦礫から九郎とオレで探してきたんだよ〜。食べてごらん」



  「はい。……あ、甘い…」



  「朔?」



  「朔ぅ〜? どうしたのかな〜?」



  「甘くて、美味しくて、その上、戦が終わったんだなぁと思うと……」



後は言葉にならず、俯きながら、匙でアイスクリームをすくう朔であった。







  「はい、これが最後の料理です。後白河院」



  「ああ、『くらんちゃうだ』に『鯛飯』に『天麩羅』じゃったな。

   それと『さらだ』か……。先程までの食事は、はるか昔のようじゃ」



  「『鰆の柚庵焼き』も美味しゅうございました」



  「ありがとうございます、尼御前。どうぞ」



  「帝、これを」



  「あ、これをどうぞ」



安徳帝は二位の尼に隠れて、まだ震えていた。



  「守覚法親王様、お疲れ様です」



  「ええ、本当に疲れました。一生分の驚きと恐怖を今日一日で経験いたしました」



  「でも、法親王の一歩も引かない勇気には感服致しました」



  「ああ、まったくだ。武士でもあそこまで肝の据わった者は滅多にいない」



  「源氏の総大将に褒められるとは、光栄です」



  「はい、九郎さんと兄さん、景時さんも」



  「おう、サンキュー」



  「すまん」



  「うわぁ〜、ホントに冷たいんだね〜」



  「はい、先生と弁慶さん」



  「うむ」



  「ああ、すみませんね」



  「はい、知盛」



  「ククク……」



  「知盛? どうした?」



  「戦の無い世……考えただけで……退屈だな」



  「気にしないでくださいね、頼朝さん」



  「政子、これを」



  「え? ま、政子さん!!」



  「あら、なにかしら?」



  「生きていらっしゃったのですか」



  「ええ、なんだか長いこと寝て起きたようでスッキリ。

   ところでここはどこかしら? あなた?」



  「大丈夫なのか? 白龍」



  「うん、あの北条政子は単なる人でしかないよ」



  「そうか…。はい、白龍」



  「これが『あいすくりぃむ』?」



  「そうだよ」



  「冷たい、甘い…。譲、大好き」



  「おいおい、一層幼児化したのか?

   はい、ヒノエ」



  「……、いらない」



  「受けとっとけって」



  「兄さん…」



  「何たって、この世界じゃ『御伽話の王子でもアイスクリームは食べられない』ってやつだからな」



  「ヒノエ君…」



  「オレの誕生日じゃん! 戦も和議にこぎつけたじゃん!

   だけど…敦盛が居なくなったら、何の意味も無いっ!」



  「匙…だ」



  「だから! いらな !!!! え!?」



  「そうか。いらないのなら、私が食してしまっても良いのだろうか」



  「あ、……敦…」



  「敦盛おまえ! 遅っ! 遅刻するにも程があるって!」



  「将臣殿、…す、済みません…」



  「どこ、寄り道してたんですか!」



  「神子……そ、それは…」



  「ま、デザートに間にあったんだから、OK!」



  「で、でざぁと??」



  「早く食べないと、溶けちゃいますよ」



  「敦盛! 欲しければ、オレの分なんて、いくらでもくれてやるよ」



ヒノエは敦盛を抱きしめる。



  「ヒ、ヒノエ?」



  「オレの誕生日、なんだからね」



  「ああ、そうだな」



  「祝ってくれよ」



  「はっぴ ばーすでい ヒノエ」



  「敦盛……」



泣き崩れるヒノエ

みんなの「バースディソング」の大合唱の中、



  「…お帰り」



そう言ったきり敦盛の首に抱きついて離れないヒノエに、優しく微笑みながら



  「はっぴぃ ばーすでい とぅ ゆぅ」



と言っては、アイスクリームを一匙、口に運ぶ敦盛であった。













  「御伽話の王子様はいつだってハッピーエンドって決まってるんだよ、ヒノエ君」







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