御伽話の王子様 〜ヒノエ君 お誕生日SS〜 5
パーティー当日が2日後に迫った夜
衣笠近くの某所
源氏の料理人が頭を付き合わせていた。
「『ミルク』と有川殿は申されていたが、あれは間違いない、牛の乳だ」
「そのようなものを頼朝様の食膳にお出しして良いモノなのだろうか」
「しかし、政子様は『すべてを』と仰られていらっしゃったではないか」
「それはそうだが…」
「それより、あの『さらど』とか『さりた』とか言う」
「『サラダ』だ」
「その皿料理の大根と海草の盛り合わせだが」
「ああ、あれは儂もよく分からなかった。
何故、茹でもせず、『どれすんぐ』とか言うものをかけるのじゃ?」
「『ドレシング』だ」
「その『どれしんく』とかいうものの作り方が」
「有川様はお忙しいから、というのはよく分かっておるが、ああも早口だと」
「しかも『えぇご』とかいう聞いたことの無い言葉が多すぎて」
「ゴマ油を一、醤油を一、酢を四の割合で混ぜると仰っていた」
「その後に何か隠し味的に入れておられたぞ」
「そ、それは……」
「我らは鰆の柚庵焼きにかかりきりだった故……」
「う〜〜む。分からん??」
同時刻。
こちらは平家の料理人達。
「〜で、油の中に入れるのだったな」
「何だ、簡単ではないか」
「いや、それが……。のぉ」
「ああ。我らも二度ほどやらせていただいたのだが」
「?? どうしたのじゃ?」
「譲殿ほどには、何と言うたら良いか」
「カリッとしないと言うか、のぉ」
「ああ、サクッとしないと言うか…」
「しかし譲殿の作られた具材でからめて、油の中に入れただけじゃろうが」
「そうなのじゃ…。そうなのじゃが」
「カリッだかサクッだかしないのじゃな」
「ああ」
「分からん」
「まるで魔法じゃ」
またしても同時刻。
「では席順はこの通りで」
「平家のメンツは宿に戻ったぜ」
「あんなに人数が増えるとは思わなかったね〜〜」
「将臣、宣伝し過ぎじゃん」
「仕方無ぇだろう! 蜂蜜プリン以来、譲の料理には清盛が御執心なんだ!!」
「へぇ、『あの』清盛が、ね……。ところで法親王には?」
「ええ、伝えてありますよ、ヒノエ。
会が始まって、前菜が出た辺りでという段取りに」
「弁慶……。ま、あと2日。いよいよ勝負だからね」
「ねぇ、本当にいいのかな?」
「おいおい、言い出しっぺはお前だろう、望美」
「だからこそ、真言宗の寺にしたんだからね、神子姫様」
「そう…なんだけど…」
「神子姫様の情報は、間違い無いんだろう?」
「え? それは……うん」
「なんだ、望美。何んだか心許ない返事だぜ」
「間違いは、無い」
「リズ先生……」
「熊野の情報網にも引っ掛かってはいないけどね。
驚愕の事実ってやつじゃん。
でも、白龍の神子とリズ先生の情報だからね、オレは信じるね」
「OK、分かった分かった。やれやれ、源氏もとんだ隠し球を持ってたもんだぜ」
「ええ、本当に。これには僕も驚かされました」
「隠し球が『源氏』を持っているのかも、ね」
更に同時刻。
院の遣わした内膳司(宮中の食事を司る者)達も悩んでいた。
「〜『サラダ』、『鯛飯』に『鰆の柚庵焼き』も『テンプラ』も問題ない」
「『クラムチアウダア』も大丈夫であろう」
「『デザアト』もあらかたは」
「うむ。では、院に奏上いたしても良かろう」
「いやいや、まだだ」
「何故?」
「明日、有川氏は我々に作れと申された」
「『てすと』と申しておったの」
「それが済んでからでもよかろう」
「なんと! 貴公は我らの腕を危ぶまれるのか?」
「そうではない」
「では何故?」
「まだ、あの男は我々に伝えておらぬ事があるのではないか?
そう思えてならんのだ」
「と言うと?」
「何故、氷室なのじゃ? 聞けば、あの男のたっての希望で
院がここ衣笠の氷室を使うよう仰られたそうな」
「そう言えば…」
「『ミルク』を大量に保管するためではないかの?」
「いやいや、それなら搾りたてを使えば良いだけのこと。
何もわざわざせっかく搾ったものを何の加工もせず、徒に日を置かずとも良かろう」
「そうじゃな……」
「まだ、何かある……」
「うむ」
翌日。
「さ、いよいよ明日はお誕生会ですからね!
皆さん!! 張り切っていきましょう!!」
気合いの入った声で、龍神の神子・春日望美は何やら書かれた紙を配っていた。
「神子様、これは?」
「出席者はこれを歌って、お誕生日をお祝いするんです」
「歌って?? これは、歌ですか?」
「はつぴばあすでい つう ゆう??」
「五七調でも七五調でもないな??」
「そもそも日ノ本の言葉ではないのでは?」
「これは???」
「この歌は神子様の世界の歌でござろうか?」
「そうです」
「おお!!」
と、どよめく男達。
「どおりで何やら神々しい感じがしたはずじゃ」
「では、まず私が歌いますから、いいですね?」
「は!!」
「エヘン、『ハッピバァスデー トゥ ユゥー』。さ、後について、サン、ハイ!」
「『えへん、はぴい ばあすでい とう よう』!」
「『えへん』は要りません! それと、もっと元気よく!! サン、ハイ!」
「『えへんはいりません それと もっとげんきよく』!!!」
「ストップ!!」
「『すとっぷ』!?」
「中止中止!!!!! ゼイゼイ…」
「神子様『とう よう』の後は、書いてはおらぬ文句でござったが??」
「え〜〜〜ん、落語じゃないんですよ〜」
「敦盛、寒くはないか?」
「いえ、私は大丈夫です。先生こそ御無理はなさらずに」
「問題ない」
「こうしてこのように寒く暗い中で作業をしていると、
逆に、何やら心が落ちついてくるようです」
「そうか」
「しかし、明日まで、本当にこうして順番に掻き混ぜているだけで良いのでしょうか」
「譲が言った言葉だ、信じなさい。それに」
「それに……?」
「気づかないか?」
「……! 手に伝わる感じが変わって来ています」
「どうやら、これが……」
緊張した面持ちの男達を前に
「ええ、皆さん合格です。よく、この短い時間で、料理の手順から段取りまで覚えましたね」
「おお!」
「ただ」
一瞬の歓喜、その後の静寂。
「クラムチャウダーは、もっと火加減に気を配ってください。
焦げると見た目も味も落ちてしまいますから」
「は!」
「サラダのドレッシングはもう少し酢を多めにして、味醂か酒で割りましょうか」
「え?」
「サラダ油が手に入らない世界なので、ちょっと胡麻油がキツイ感じがしますから」
「『さらだ湯』???」
「鯛飯は、鯛をほぐす時が料理人の腕の見せ所です。丁寧に」
「は!」
「でも、遅いとご飯が冷めて風味を損ないますので素速く」
「は!」
「鰆の柚庵焼きは〜」
緊張した面持ちの男達を前に
「九郎」
「は!」
「出迎え、大儀である」
「勿体ない御言葉です。兄上こそお疲れでしょう」
「心配無用。景時も出迎え御苦労」
「は〜〜!!」
「景時、私の送った料理人達は、どうかしら?」
「は! 今頃は衣笠の地で、譲く…あ、有川譲の特訓を受けているかと」
「そう…。それは楽しみだわ。ねぇ、あなた」
「政子……」
「ところで、九郎。その包みは何かしら?」
「は! これは件の有川譲が、兄上、義姉上が御到着されると申しましたところ
急遽、作った『ぷれ……』? 『ぷれで…』?? か、景時」
「確か『ぷれぜんと』と」
「そうそう。その『ぷれでんと』です。どうぞ召し上がってみてください」
「まあ、気の利く坊やだこと」
と包みをいそいそと北条政子が解くと、そこには
「あら、これは……?」
「これが『ぷれでんと』か」
「いえ、兄上。これは『蜂蜜ぷりん』です」
「まあ!! これが二十歳に若返るとうわさの『伽羅蜜宝輪』!
まあ、早速いただきましょう」
と、頼朝共々、プリンを口に運ぶ。
「兄上、お味はいかがです?」
「甘い」
「美味しいわ! 九郎、あの坊や、見直したわ。ね、あなた」
「うむ」
「その言葉、有川譲に成り代わりましてお礼申し上げます」
「ねぇ、あなた」
「何だ、政子」
「私、二十歳に若返ったかしら?」
「そ、それは……」
「あら? どうなさったの?」
「い、いや…若返った……。のう、九郎」
「は! は!? は……」
「どうしたの? あなた? 九郎?」
「あの、畏れながら〜」
「なぁに、景時?」
「許す。景時、申してみよ」
「御意〜。ま、政子様にあらせられましては、若々しくていらっしゃいますので
変化が分からないのは当然のことかと」
「あら!? どう言うことかしら?」
明らかに怒気を含んだ政子の笑顔に怯えながらも、
「…その〜、つ、つまり、21歳にしか見えなかった方が20歳になったとしても、
さほどの変化は、当然のことですが、その〜……」
「まぁ♪ オホホホ、景時ったら」
「還暦を迎えた二位の尼が40若返って20歳となったのとは、元が違うのでしょう〜」
「そ、そうです、景時の言う通りです、義姉上」
「うむ、その通りだ。政子」
「まあ、みんなして、そんなに私を嬉しがらせて、どうしようというのかしら。オホホホ」