御伽話の王子様   〜ヒノエ君 お誕生日SS〜  7













  「皆さぁん! こっちに集まってくださぁい!」



ザワザワと仁和寺白書院にいる人々が、望美のところに集まった。



  「えーと、これから、この紙に書いてある歌を覚えてもらいまーす!」



  「我に歌を覚えよと?」


  「まぁ、いくら姿なりが幼くなられても、物覚えが悪いのは御歳だからですわ、オホホ」



  「おのれ……」



  「あら、失礼。御歳だからではなく、生まれついてのものでしたわね、オホホホ」



  「何じゃと! 我を愚弄するか!!」



  「そこ! 2人!! 喧嘩はやめなさい!! 今日は、源氏も平家もありません! みんな仲良く! 良いですね! 返事は!?」



あまりの望美の気迫に呑まれた、二人とも



  「え、ええ……」



  「わ、分かった……」



  「いいですか、皆さん! 皆さんもですよ! 返事!!」



渋々、会場の人間は皆、承諾する。

それを聞いて、満面の笑みをたたえた白龍の神子・春日望美は



  「はい、いいお返事ですね。では、これから、ここに書いてある歌詞を覚えて歌ってもらいます」



  「何故じゃ?」



  「何故って、清盛さん。当然、お誕生日会だからですよ」



  「当然、なのか? 説明になっておらぬだろう」



  「何か文句でも!!」



  「面倒……だな……、クク」



  「笑ってる場合じゃないよ、知盛。皆さんも! 紙を見ながらでも構いません、元気に歌ってください。もし、歌えなかったら」



  「どうだと言うのだ? 白龍の神子?」



  「はい、頼朝さん。お誕生日会への参加資格はないものとお思いください!」



  「と言うと?」



  「出てってもらいます!」



  「なんと! それは一大事ではありませんか! さあ、小娘、その紙を渡しなさい!!」



  「これこれ、余の分をこちらへ」



惟盛の言葉を契機に、我も我もと人々は、先を争って望美の手にした歌詞カードを奪った。



  「『はっぴぃばぁすでぃつぅゆぅ』? オホホホ、何かしら? この呪文は?」



  「和歌ではないのか?」


  「歌と言うから、誕生を言祝ことほいだ祝詞のりとか短歌かと思うたが? 我は」



  「繰り返しばかりですのね、白龍の神子殿」



  「そうです。だから、覚えやすいでしょ。では、この歌をメロディーに乗せて歌ってもらいますので」



  「神子殿、『めろでぇ』とは、なんでしょうか?」



  「経正さん、そうですね……、『節回し』? 『抑揚』? 『旋律』? ま、手本に一度唄いますから、良く聞いて覚えてくださいね」



と望美が『ハッピバースディ』の歌を声高らかに唄った。



  「不思議な唄だ」



  「皆目、意味が分からん」



  「これが龍神の神子の世界の歌なのでしょうか?」



  「フン、小賢しい」



  「では皆さん、私の後について唄って下さいね! 『ハッピバースディ トゥ ユゥ』、サン、ハイ!」



皆、不承不承「はぴばすでぃつぅゆぅ」



  「ストーップ!」



  「すとっぷ?」



  「あ、止めて止めて!」



  「歌えと言ったり、止めろと言ったり、どちらなのです! これだから田舎娘のやることは嫌なのです!」



  「何といっても、ダメですよ! 元気に楽しく歌わないと!!」



  「やれやれ、面倒じゃのう」



  「後白河院!」



  「な、なんじゃ?」



  「嫌なら、帰っていただいても結構ですよ!!」



その場の全員が緊張する



  「ぐっ……、余に対してそのような…」



  「誕生会は、お祝いする相手に『おめでとう』と『あなたと知り合えて嬉しい』っていう、

   そんな気持ちを伝えることが一番大切なんです!

   そんな、どうでもいいから飯食わせろって根性の人は参加出来ないと、覚悟を決めてください! さもないと」



  「さもないと?」



  「誰であろうと、『花断ち』ぶち込んで、叩き出します!」



  「やれやれ、九郎の許嫁殿は怖い怖い。真面目にやらんと、本当に余でも叩き切られそうじゃ。

   では皆の者、よいか! 『おめでとう』と『あなたと知り合えて嬉しい』を込め、声高らかに唄うとしようかの」



  「院」



  「何か?」



  「ありがとうございます。失礼は、御容赦くださいね」



  「良い良い」



  「ククク、面白い……女だ…」











何度か、いや数十回、繰り返された歌の練習が終わり、望美が退出すると

室内に安堵の空気が流れ、雑談があちこちで再開される。





  「後白河」



  「なんじゃ」



  「白龍の神子の前では、かなたしじゃな」



  「ああ、まったく。あの娘は人を恐れることも畏れることもせぬからのう。

   ?? ところで……はて? ! …その方は?」



  「分からぬか? ま、無理もないが」



  「ま、まさか……、入道相国……なのか? そうなのか、二位の尼殿」



  「は、はい」



  「覚えていてくれたとは光栄じゃ。我は清盛じゃ」



  「な、何と……」







  「政子」



  「はい? 何かしら、あなた」



  「お前の歌声というものを初めて聞いた」



  「あら、恥ずかしいわ」



  「美しい」



  「もう、あなたったら」







  「『ハッピバースディ トゥ ユゥ〜♪』……」



  「敦盛!?」



  「兄上、何でしょう」



  「お前は、この歌詞を見ずとも歌えるのだね?」



  「え? ええ、先月も景時殿の誕生会を、皆と祝いましたので」



  「だったら敦盛や、もう一度、ゆっくり歌ってはくれないかい?」



  「私の拙い歌で、お役に立てるなら」



と敦盛は歌った。



  「………」



  「あ、あの…、兄上?」



  「あ! ああ、済まない。しかし……」



  「しかし?」



  「神子殿の節回しと、微妙に違う箇所があるのが気になって」



  「それは……。実は私も、前の誕生会の時から気になっておりました」



  「と言うからには、お前の歌は」



  「私の節回しは還内府殿と譲、特に弟の譲に習ったものなので」



  「この会の料理を作るという?」



  「ええ。ですから、考えますに、男の節回しと女の節回しとで違うのではないかと」



  「ああ、なるほど! そうでしょうね。その微妙な違いで共鳴させるのでしょうね」



  「はい、私もそうだろうと」



  「あの」



  「さ、朔殿?」



  「これは黒龍の神子殿、何か御用でしょうか?」



  「僭越ながら……。せっかくのお考えですが、残念ながら望美の節回しには、そんなに難しい理由など無いと思います」



  「と申されますと?」



  「単に望美が『音痴』なだけ。そのように将臣殿は申されております」



  「還内府殿が?」



  「あの…、朔殿、その『おんち』とはいったい……」







午の刻である。







  「では! 予定の時刻となりました。これよりヒノエ君の誕生会を始めまーす!」



高らかに望美によって、会の開催が宣言された。



  「さ、主賓のヒノエ君の登場です! 皆さんも御着席ください。では、いきますよ、サン、ハイ!」



  「はっぴばぁすでぃつぅゆぅ〜♪」



仁和寺白書院を取り囲む様に配備された源氏の兵達が、声高らかに唄い出す。

白書院内にいる人々も、それに唱和するように唄いだした。



その中を、ヒノエが相変わらずの服装で登場した。



  「ちょっとちょっとヒノエ君」



  「なんだい神子姫?」



  「直衣姿じゃ無いの?」



  「なんでオレが、あんな動きづらい格好をしなきゃならないんだい?」



  「だって……ここまで大々的なお誕生日会だから、思いっきりパリッとした正装で現れるって」


  「姫君がお望みならば、直衣だろうが水干だろうが禰宜ねぎの格好だろうがしてさしあげるよ。

   ただし、他の機会にだ。今は動きやすいのが大切だからね」



  「え〜〜、残念」



  「フフフ、それより随分と凝った装飾だね。苦労したろう、神子姫」



  「そうでもないよ。あ、ヒノエ君の席はあそこね」



  「へぇ、一番の上座だね。院や清盛や頼朝がいるっていうのに。畏れ多くて身震いがするね」



  「え〜、嫌?」



  「そんなことあるわけないじゃん。気に入ったよ。特に気に入ったのは」



と望美の指し示す席に座ると、敦盛の肩に手を回し



  「お前の隣ってことかな、敦盛。オレ達、運命の赤い糸で結ばれてるんじゃない?

   御室の御仏も御承認下さったってことじゃん」



  「ヒ、ヒノエ? この手をどけては貰えないだろうか」



  「さて、始めよう」



敦盛によって抓られ 、強引に振り解かれた腕をさすりながらヒノエが着席したことによって

『ハッピィバースディ』の大合唱が終わる。

そして間髪おかずに、ここで前菜が運ばれてくるはずであった。本来なら。



しかし、前菜はまだ衣笠から到着していなかった。








平家に伝わる賄いの奥義書『譲伝御厨みくりや類聚秘抄』にも、当時の模様が記述されている。



この『譲伝御厨類聚秘抄』は、
平清盛の命によってヒノエの誕生会に料理人として参加した者達の備忘録メモであったものが、

写本や伝本で伝播し、現存する1冊が国立国会図書館に所蔵されるに至ったとされている。



それによると、この日、会の始めに、この会を言祝いで龍神の神子二人に、

飛び入りで平知盛も加わって、舞を舞ったという。

しかも平経正の琵琶に、敦盛が笛を合わせて楽の華を添え、


『霊妙優美華麗なり。神仙の境地なれば、人語にては、え語られで』とある。


続いて、『龍神も御照覧あればこそ、感涙にむせび給うてか、天にわかに掻き曇り驟雨有り』





実は、料理が届かないので、場をつなぐ形で望美が急遽、舞をヒノエの誕生日祝いだと言って舞い始めたのだったが



  「何やら……面白そう……だな」



と、舞になのか、望美になのかは定かではないが、興味を持った知盛が扇を手にして、立ち上がったのだった。



これには平家一行が、他の誰よりも驚いた。



  「ほぉ、あの知盛めが、誰にせがまれてもおらぬに舞うというか?」



  「フン、これとて単なる気まぐれに過ぎないのでしょう」


  「少将殿……、それにしても何年ぶりでしょうね、新中納言殿あのこの舞を見るのは」



  「時子…」





しかし舞い始めていた望美は、朔を手招いたのとさして変わらぬ様子で言った。



  「知盛! 舞、出来るんでしょう? 一緒に舞って」



  「の、望美。あなた、平知盛殿と面識があるの?」



  「ククク……、面白い……女だ。俺は……会ったことなど……無いが……な」



  「頑固いこと言わないで、さぁ」



  「では……、共にひとさし……、舞わせていただこうか……」



  「ああ」



  「どうされたのです……、兄上?」



  「あの知盛殿が、本当に舞を」



  「ええ」


  「敦盛、こうしては居れません。青葉ふえは?」



  「ここに」



  「では楽の音を合わせますよ」



  「は!? はい、喜んで」







舞と楽が最高潮に達した、ちょうどその時、蹄の音も高らかに仁和寺に走り込む栗毛の馬が一頭。

手綱をさばく弁慶の後ろで、大事そうに包みを抱えた有川譲が叫んだ。



  「お待たせしました! 先輩、お疲れ様です!」



  「譲君!」



  「譲殿!」



  「おお、そなたが有川譲か!」



白書院に集った人々が一様に目を輝かせて



有川譲に、いや正しくは有川譲の手にした包みに、注目したのだった。









NEXT→