御伽話の王子様 〜ヒノエ君 お誕生日SS〜 9
「おん まかきゃらや そわか」
「オン マカキャラヤ ソワカ」
「おん まかきゃらぁや そわか」
御室の堂という堂から、すべての僧が一心不乱に唱えている。
いや、仁和寺だけではない。
数日前に仁和寺から宗派を越え、各寺院に
『卯月一日、当山仁和寺の宝号に和して、大黒の御真言を宝号し給はんことを切に請ひ願ふ』
旨の守覚法親王直筆の回状が送られていた。
東密の根本道場・東寺、のちに教王護国寺とよばれるこの寺でも、すべての僧が唱えている。
ヒノエの故郷、和歌山にある真言の総本山・高野山でも。
台密の総本山、京都の鬼門守護でもある天台宗の比叡山においても同様であった。
それだけではなく、密教と縁もゆかりもない、すべての宗派の寺院が、
いや寺院だけですらない。
守覚法親王の回状が間にあった、千を越える神社仏閣から陰陽寮にいたるすべてが、
大黒の真言を唱えたのである。
この時になって初めて、北条政子は自分の中の力に対する過信に気付いた。
「結界が、くぅぅ、に、二重になっているのは、こういうことだったのですね!」
「政子…」
頼朝は隣で苦しみはじめた妻を気遣って、抱き寄せる。
「残念だったね。二重じゃ無いんだな、これが。
この場にいるとグチャグチャと一番厄介な九郎が退席する、この機会を窺っていたのさ」
ヒノエがゆっくりと立ち上がる。
「あなた……、く、苦し…」
「政子」
「グゥ! おのれ、こしゃくな!!」
北条政子は、いきなり自らの膳を蹴倒し、夫・源頼朝を突き放して立ち上がった。
「こ、この私に挑もうなどと、その身の程を知らない不遜、思い知らせてあげますわ!」
「その割には、脂汗が滴ってるじゃん」
「こ、こ、これは一体!!」
「院、尼御前、こちらへ」
朔に誘われて、幼い安徳帝を抱えた二位の尼と後白河院が別室へと非難して行く。
守覚法親王は震える身体を自ら鼓舞し、印を結び、必至に真言を唱えている。
「清盛さんも! 逃げて」
望美の言葉に、しかし清盛は笑みを浮かべただけで目の前の膳の天麩羅をつまんでいた。
「この抹茶塩にまで、真言の護符を焼いた粉をまぶすとは、念の入ったことだ」
「き、清盛さん!」
「白龍の神子、熊野の頭領を従えたお主の狙いは、あい分かった」
「ククク……、面白い……余興だ。望美は…本当に見ていて……飽きない……な」
「食事の時くらいは静かになさい。これだから東夷は下賤で嫌なのですよ」
「あ、兄上…」
「敦盛、あれが平家一門の真の敵です。しっかりと見据えるのですよ」
そう経正が指さす先には、気を失い頼朝の腕に抱えられた北条政子の背後にわき出た靄が、ある形へと凝固しつつあった。
そこに現れた形は、異形としか言いようがなかった。
首から上には三面の顔があり、肩には六本の腕が生え、白い狐に跨っている。
白書院の狭い空間には収まりきらず、天井を突き破り、建物が崩れ始める。
「我が食べ終わるまで待てぬとは、性急な」
「あああ! もう、これだから! 天麩羅に埃が付いてしまうではないですか」
「ククク、我が一門は……食い意地が張っている……」
この世のモノではない雄叫びが、辺りを圧倒する。
「みんな! 油断しないで!」
望美の檄に八葉が頷き、素速く誓願を唱える。
「南天老陽 火の気よ!」
「さあ! ここに来いよ!」
「軍茶利明王の名の下に!」
「西天小陰 金の気よ!」
「集え 我らの下へ!」
「大威徳明王、我らに力を!」
「北天老陰 水の気よ!」
「今、ここに集い来たれ!」
「金剛夜叉明王の下に!」
「来よ! 闇よ、静寂の力よ! 白龍、力を貸して」
「うん! 黒い方の力の名残を感じるから。太陰、太陽は相和す!」
「それすなわち、一なる力! 応龍の力!」
「陰陽同一たる力の片鱗をここに!」
軍茶利明王、大威徳明王、金剛夜叉明王、応龍までも現れて、茶吉尼天と戦っている。
そこに、仁和寺中門を守護する毘沙門天と持国天、
弐応門の仁王2体、
ついには、金堂の阿弥陀三尊までが、ゆっくりと立ち上がり
この争いに加わる。
御室の弐応門から金堂にかけては、さながら神仏の戦場であった。
「戦い? これが戦いなの?」
「まるで……」
「神楽か」
「舞のよう」
「あ、兄上…、天上から楽の音が…?」
「ええ、敦盛。これは越天楽ですね?」
それでも、鎌倉の神仏を喰らい尽くし強大化した異国の邪神は強かった。
持国天がゆっくりと倒れる。
そこにゆっくりと茶吉尼天が近寄る。
毘沙門天と仁王が茶吉尼天を押さえようとする。
「こ、これじゃ、封印できないよ!」
望美の叫びに呼応したのは、茶吉尼天だった。
茶吉尼天は、望美めがけて三鈷杵を投げつける。
「神子! 危ない!!」
リズヴァーンが身を挺して望美を庇う。
「グ!」
嫌な音とともにリズヴァーンが膝をつく。
「先生!」
「神子、私は大事無い。意識を相手から逸らしてはならない」
「は、はい!」
金剛夜叉明王が消えかかっている。
「敦盛、次だ」
「し、しかし先生」
「あの邪神を倒す。今は、それだけに専心しなさい」
「は、はい」
敦盛は茶吉尼天をキッと見据え、叫ぶ。
「北天を守りし聖獣玄武よ! 穢れを祓い清めよ!」
そしてリズヴァーンも傷付いた身体で唱える。
「北天を守りし聖獣玄武よ その神威を示すのだ!」
そこに巨大な玄武が召喚され、茶吉尼天は足下をすくわれ、ゆっくりと倒れる。
「おのれ!!」
人々の頭の中で鳴り響く茶吉尼天の声。
それと同時に、茶吉尼天の六つの手それぞれに持った様々な金剛杵が光輝く。
「ぐわっ!」
「う!」
景時と譲が倒れ込む。と同時に大威徳明王が消えた。
茶吉尼天を押さえていた仁王も一体消滅する。
「譲君!」
「兄上!」
「だ、大丈夫大丈夫〜! 譲君! 次、行くよ!」
「ええ、景時さん! 西天を守りし聖獣白虎よ! 俺たちに勝利の光を!」
「さぁ、ど〜〜んと行ってみようか〜! 西天を守りし聖獣白虎よ! 汝が爪で敵を討て!」
「やれやれ。白龍の神子、旗色が悪いようではないか」
「き、清盛さん」
「惟盛、知盛、我を補助せよ」
「ええ、やはり下賤な輩には任せておけませんからね」
「ククク……、神仏との…一戦…か。…面白い……」
そう言って立ち上がる平家一門に対し、茶吉尼天が
「清盛! お前だけは許さぬ!!」
と周りを取り囲んだ諸仏を蹴散らすようにして襲い掛かる。
「おのれさえいなければ、今頃私は」
「この日ノ本の神仏を食い尽くし、頼朝を傀儡にしてこの国を支配できたとでも?」
怒りの為か、茶吉尼天はますます巨大化した。
「ほお、大喰らいな女はどこまで太るのだ? 賤しいものだ」
「清盛! その軽口も、これまでだ!」
「我が何の策もなく、女狐と同席するとでも思うたか!」
清盛はにんまりと笑い、ゆっくりと黒龍の逆鱗を取り出し、高く掲げる。
逆鱗の黒い閃光が辺りを圧倒する。
「ぐうううぅぅぅぅ!!!」
「そうじゃ! 我はそなたを倒すため、この世に戻ったのじゃ! 思い知れ女狐!!」
御室の空に突如として黒雲が沸き起こり、竜巻が舞い狂い、雷鳴が轟く。
一瞬で仁王が竜巻に吸い上げられ、虚空へと消える。
「ハハハハハハ! 明王も四神も無用! 甦った我にこの逆鱗さえあらば無敵よ!」
「さあ! 私の可愛い鉄鼠達! かの化け物を食い尽くしてしまいなさい!」
「ククク……、神も仏も…不要……。頼るは我が……力のみ!」
知盛は指を鳴らしての術と、印を結んでの束縛付与を茶吉尼天にかけ続ける。そして
「今が……好機…!」
と二刀を抜き放ち、茶吉尼天めがけて斬りかかる。
持国天と茶吉尼天の間に割って入った形で、平知盛が正面から茶吉尼天に斬りつける。
茶吉尼天の怒号とも悲鳴とも区別のつかない雄叫びが、御室に響き渡る。
「来いよ……! ククク…、…もっと来い!」
「グゥォ! こしゃくな! 人の腹から生まれた人間ごときが、この私を傷付けたと言うか!
その罪、永遠に後悔するがいい!!」
茶吉尼天は後ろを向く。
「?」
知盛の一瞬の驚き。
「知盛!! 危ない!!」
望美の叫び声より速く、茶吉尼天は右の三本の手を高く掲げ、それぞれの指を鳴らす。
「グゥ!!」
知盛は遥か後方に弾き跳び、先程まで白書院だった瓦礫に埋め尽くされる。
「知盛!」
「と、知盛殿!」
もうもうと上がる埃の中、瓦礫から知盛は立ち上がり、口から滴る血を左手で拭い、笑う。
「おっけぃ……ククク、来いよ。……もっとd」
ゆっくりと崩れ落ちる知盛を支えようと、慌てて駆け寄る経正と望美。
暴風はさらに激しさを増し、御室のすべてを飲み込み、虚空へと舞上げていた。
「グググゥ、おのれ!」
茶吉尼天は大地にしがみつきながら、力を振り絞って清盛めがけて独鈷杵を投げつける。
逆鱗を掲げていた清盛に防ぐ術は無かった、その刹那
「ぐうぅぅ!!」
独鈷杵に胸を貫かれてうずくまるのは、惟盛であった。
「惟盛」
「お、お祖父様…。ああああ、怨霊たる私が、な、何故痛みを感じるので……」
惟盛は一瞬で灰になり、虚空へと舞い上がった。
「おのれ、茶吉尼天! 我を本当に怒らせたな! もう、容赦せぬ!!」
更に逆鱗を高く掲げ、
「黒龍の逆鱗よ! すべてのモノを黄泉へと吹き上げよ!!!」
「おん まかきゃらや そわか」
「オン マカキャラヤ ソワカ」
「おん まかきゃらぁや そわか」
「ま、まずいよ〜〜 望美ちゃん! これじゃ、結界が保たない」
「神子、この暴風は結界をも吹き飛ばす」
景時の作った陰陽の結界も、リズヴァーンが作った鬼の結界も、軋み、ひび割れ、悲鳴を上げていた。
「景時さん! 先生! もうチョットだけ頑張ってください!!」
「先輩!」
「巡れ天の声! 響け地の声! かのものを封z!! キャァ!!」
「望美!」
「朔! もう一度、もう一度、力を貸して! 巡れ天のk…グ!!」
「望美! 大丈夫!?」
軍茶利明王、応龍、毘沙門天と持国天、阿弥陀三尊に、白虎、玄武までもが、吉尼天を押さえつけようとしている。
腕から流れる血を押さえながら白龍の神子・春日望美は歯ぎしりをする。
「あと少し……なのに…」
その時、黒い竜巻を突き抜けて茶吉尼天に斬りかかるモノが現れる。
「おい、九郎! 遅れるんじゃねぇぞ!」
「誰に向かって言っている、お前こそ手を抜くなよ! 東天小陽! 木の気よ!」
「俺たちの下に集え!! 降三世明王の力となれ!」
「降三世明王!!」
「将臣君! 九郎さん!」
「九郎〜〜〜! 待ってたよ〜〜!」
「望美! 今よ!」
「巡れ天の声! 響け地の声! かのものを封ぜよ!!」
「ギャアアアアアアアアアア!!!!」
茶吉尼天は絶叫し、靄となり、竜巻によって黄泉の虚空へと吸い上げられていった。
「やった!!」
「き、清盛殿! 逆鱗の呪詛はもう… !! 望美!」
「朔? 何? え!?」
そこには清盛の姿は無く、あるのは逆鱗の呪詛によって荒れ狂う黒い巨大な竜巻だけであった。
あとがきと言う名の裏ネタ(この下から反転です)
清盛が茶吉尼天を知っていたのは、当サイトオリジナル設定となっております。
後白河が茶吉尼天の秘術で権力をほしいままにしようと思ったけど、茶吉尼天の力が想像以上に大きく御せなかったので、中途半端に成功した状態で、なかったことにして闇に葬っちゃったんです。
清盛も権力を手に入れるために茶吉尼の秘術を行いましたが、失敗してしました。
んで、後白河が放置していた茶吉尼が偶然、政子さんにくっついちゃって、それをかぎつけた清盛がその力に対抗するために黒龍の力を手に入れたわけです。