九郎さんルート 5月 U









次の日の夕方



印旛での道路工事が終了し、引き上げるトラックの群れ。

作業員達も帰り支度の整った組から、マイクロバスが出発していく。



  「兄ちゃん、今日までお疲れさん。これ、一週間分の給料だ。

   兄ちゃんの働きで、俺達の組は常にノルマ達成がトップだったからよ、

   ちょっとだけど、バイト代にイロをつけといたからな」



  「イロ?」



  「ああ、でもちょっとだけだからな。あんまり期待しねぇでくれよ」



渡された封筒には一万円札が八枚入っていた。



  「監督、一万多い」



  「だから、イロだってばよ」



  「でも、……イロ……分かった、すまない。恩にきる」



  「よせやい、どうもお前ぇのモノの言い方は時代がかってて、堅いんだよな」



  「え? そうか? それは気が付かなかった。すまない、以後注意する」



  「それそれ、言ってるそばからだもんな…。
   また、千葉こっちの方に来ることがあったらよ、必ず事務所に顔、出してくれよ。
   兄ちゃんなら、あいだ組の佐倉支部・河越組おれたちは、いつでも歓迎すっからよ」



  「ああ、約束する。その時は必ず」



  「監督…、話ぃ終わったかい?」



  「あ? ああ」



  「じゃ、じゃあ、いいかい?」



  「いや〜、今日で兄ちゃん、『アガリ』なんだろ」



  「ああ、世話になった」



  「でよ、本当だったらよ、佐倉に戻ってどっかで一杯って思ってたんだけどよ」



  「それは」



  「分かってるよぉ」



  「行くんだっぺ?」



  「兄ちゃん、SASUGAやるんだろ?」



  「このまま、城鳥さんのお宅に伺うんでしょ?」



  「どうしてそれを?」



  「分かるって」



  「いやぁ〜分かんねぇ方がおかしいって」



  「そうそう、今日は何度も、あのジャングルジムの化けモン、見てたもんな」



  「そうか…、そうだな。ああ、そのつもりだ」



  「頑張れよ!」



  「で、これ」



と、なにやら包装紙にリボンまでかけてある箱を、

いつも茶を煎れてくれる最年長の作業員が九郎に渡した。



  「これは?」



  「つまんねぇもんだけどよ」



  「昨日、帰ってっからみんなで相談して」



  「僕が買いに行かされたんですよ。開けてみてください」



  「みんな…」



  「さ、はやく」



九郎にしては丁寧にリボンを外し、包装を解き、箱の蓋を取る

と、中には真新しいランニングシューズがあった。



  「サイズは、九郎さんの安全靴と同じだから大丈夫だと思います」



  「これ、を…俺に…?」



  「兄ちゃんとは、短い付き合いだったけどよ」



  「楽しかったっぺ」



  「でも、あんたぁ、飯場暮らしぃしてるような人にゃ見えなかったもんな」



  「きっと、何かでっけぇ事ぉやる人なんじゃねぇかって、みんなで話ててよ」



  「だけんどもよ、『剣の道』ってのは難しいんじゃね?」



  「まずは、きっと『SASUGA』じゃないかって事になって」



  「みんな…」



  「大変だったんですよ、夜の10時にスポーツ用品店、たたき起こして」



  「その上、このおっさん、酔っぱらってて」



  「お前ぇだって監督だって、みぃんな、そうだったっぺぇ」



  「監督なんて、店ぇ開けさせた上に値切って、なぁ」



  「んだんだ」



  「九郎さん、俺達、河越組の気持ちです」



  「そんなに極上のシューズではねぇけんどもよ、使ってやってや」



  「みんな……ありがとう…、本当に…感謝する」



九郎の胸に熱いものが込み上げてくる。



  「めでてぇ、門出だっぺ」



  「九郎の門出を祝うぞ! みんな、集まれや」



ガヤガヤと、それでも嬉しそうに河越組の十二人が九郎を中心にして円陣を組む。



  「九郎とのぞみちゃんのためにも」



  「! だから違うと言っただろう!!」



ドッと笑いこける人々の中で、一人、現場監督がまじめな顔で



  「一本締めな! それでは、源九郎のこれからを祝って! お手を拝借!

   いよ〜〜おぉ!」



みんなの声が重なる。



  「いよ〜〜おぉ!!」



   パン!







マイクロバスが交差点を曲がって見えなくなるまで、

源九郎は深々と頭を下げて、そのマイクロバスに乗った人々を見送った。















九郎はさっきから、

かれこれ10分以上悩んでいた。



呼び鈴というものを押したのだが返事がない。

中に向かって「ごめん!」と何度か声もかけたのだが応答がない。

どうやら留守らしい。



この時点で、九郎の計画は頓挫した。

九郎のことだから、もともと「計画」と呼べるかは疑わしかったのだが…。



城鳥氏に会い、

手本を見せてもらい、

できれば自分もやらせてもらい、

更に、できればSASUGAの話を伺いたい。



一直線のこの計画が、そもそもの発端の「城鳥氏に会い」の部分でズッコケルことになろうとは

九郎には想像できなかった。



「帰る」と「待つ」とで悩み、

「門前に侍す」という表現と「不審人物として通報される」という表現とで悩み、

「迷惑だったのでは」と「俺の思い」とを計りかねていたのだった。







  「何やってんだ? この兄ちゃん」



  「さぁ?」



  「どうせ、SASUGAのセット、使わせてって来たんだろ」



  「じゃぁ、オレ達とおんなじじゃん」



城鳥家のSASUGAセットで遊ぼうとやって来た子供達が

門の前で悩んでいる九郎の姿を、後ろから面白そうに覗きこんでいることにすら気づかない程。







  「あの…、何か御用でしょうか?」



九郎より年上の、ネクタイ姿の男性が九郎に声をかけた。

言葉とは裏腹に手慣れた対応で、

こうしてSASUGAのセットを使わせて欲しいという申し込みが、

決して九郎が初めてというものではないことを物語っていた。



  「あ、お帰り、文吾さん」



子供達が一斉にネクタイ姿の青年にまとわりつく。



  「あ、怪しい者ではないのだ。俺は源九郎。実は」



  「良いですよ、どうぞ」



  「え? まだ、全部、話し終わってないが」



  「SASUGAのセットを使いたいのでしょ。

   そのために作ったのですし、どうぞ。ただし、この子達と一緒でよろしければ、ですが。

   僕も着替えてから、行きますので。

   みんなも僕が行くまでは、ちゃんと準備運動をしてね。

   それと、ムリはしちゃ駄目だよ。約束できる人ぉ!」



  「は〜い!」

と子供達の声が響く。



  「す、すまない。ただ…」



  「はい? 何でしょう」



  「まず、教えてほしいのだが、よいだろうか?」



  「何を、でしょうか? 僕でお教えできることなら」



  「何と言ったらいいか……、その…」



  「はい?」



  「『サスガ』とは何なのだ?」



一瞬にして、その場にいた子供達も城鳥文吾も、唖然とした表情になった。











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