帰らないの?  敦盛さんルート・6月W

 
敦君あっくん紅緋色あかい自転車シリーズ MTB編 2 〜












 「お待たせいたしました!
  本日は朝早くから当横浜サイクルショップ・横浜駅西口店、新装OPENに御来店を賜りまして
  まことにありがとうございまぁす!
  予定の時間よりは多少早いのですが、ただ今より整理券を配布いたします。
  くれぐれも列を崩さず、その順のままでお願いいたします」



    ああ、いよいよなのだな。
    しかし、果たして私は望みの品を手に入れることができるのだろうか……。
    ………ああ、…兄上、私に力をお貸し下さい……



 「ではSANYU電動アシスト自転車をご希望の方は青い整理券を、
  LUIZ-GANAUのマウンテンバイク・白をご希望の方は白い整理券を、
  マウンテンバイク・赤をご希望の方は赤い整理券を、
  黒をご希望の方は黒い整理券を、それぞれお渡し致しますので、
  ご希望の商品を係の者にお申し付けください」


列に並んだ、特に後半の人々に緊張感が高まっていくのが、敦盛にも痛いほど感じられた。



    MTBを求める方々が此の様に多いとは思わなかった……



そんな敦盛の数人前に並んだ20歳前後と思われる男性2人の会話が聞こえてきた。


  「ヤバイんじゃん」


  「ああ、参ったな」


  「だから始発で来ようって言ったんじゃん」


  「悪りぃ。まさかこんなに並んでるなんて思わなかったからよ」


  「だからお前は甘いんだよ」



    まったくだ……。私は……、相変わらず……甘い



 「整理券は、青が8枚、白・赤・黒がそれぞれ5枚となっております。
  整理券が無くなり次第、申し訳ございませんが限定商品は完売ということで御了承ください。
  なお開店は10時ですので、それまでは整理券を紛失されませんよう、くれぐれもお気を付けください」


列がゆっくりと動き始める。
列の20数人前の会話はさすがに良くは聞き取れなかった。
そこで、敦盛は列の先頭で受け渡されている整理券の色に注目した。



    青、つまり先頭の男性は『電動アシスト自転車』とやらを買い求められたようだ
    次の方は、ああ御二方で白を1枚……、
    その次の初老の男性はまた青……











  「お父さん、大丈夫かな」


  「う〜ん、どうだろうね」


  「ごめんね。お父さん1人で来た方が2本は前の電車に乗って来られたね」


  「ま、大丈夫なんじゃない」


  「根拠は?」


  「無いけどね」


  「そんな…」


  「大丈夫、まかせなさい。お父さん、こんな時の運はけっこう良い方だから」


  「でも、お父さんの買ってくるジャンボ宝くじ、1回も当たったこと無いじゃん」


  「300円は毎回」


  「あれは『当たり』とは言わないよ」



    目の前の親子殿、首尾良く御母上への品が手に入ることをお祈り申し上げる。
    そして私も……
    !
    3枚めの赤が手渡された。
    これで青が3枚、白が2枚、黒が2枚、そして……何ということか…赤が3枚……
    ああ、やはりだめなのでは……



  「運が無ぇよな」


  「バ〜カ、てめえが遅れっからだろうがよ。あ〜あ、色なんか何でも良いから残っててくんねぇかな」


  「ダメなんじゃん。あと10人以上並んでっけど、もうMTB10台近くハケちまったんじゃん」


  「何、冷静に言ってんだよ! 誰のせいだと思ってんだ、こら」


敦盛の後ろに並んだ若者2人が、半ば諦めの口調で話している。



    いや、後ろの方々、MTBは10枚ではなく、まだ7枚手渡されただけだ。
    残っているのは8枚。白が3枚、黒も3枚、そして赤が2、あ!

敦盛の目には、4枚めの赤い整理券が渡される光景が。


    ああ……赤が…、ヒノエの赤が4枚め……。











  「…ちゃん。おい、聞こえない? 前のお嬢ちゃん」


整理券の行方に固唾を呑んで見守っていた敦盛は、さすがにその言葉が自分に向けられたものだとは
肩を軽く叩かれるまで気が付かなかった。


  「シカトかよ、なあ」


  「!? わ、私のことだろうか?」


  「へ?」
  「え?」


後ろの2人組は顔を見合わせた。


  「男?」
  「マジで!?」


  「何か、用なのだろうか?」


  「……あ、おお、悪ぃ。あんた、何買うの?」


  「SANYUの電動アシストだよな」


  「いや、LUIZ-GANAUの赤が希望なのだが」


  「へえ、あんたみてぇな華奢なのがMTB? マジで?」


  「い、いや……。友人へのプレゼントに、と……」


  「へぇ……」


2人組がまだ何か話しかけてこようとしたのだが、その瞬間に


 「え〜、お並びの皆様に申し上げまぁす!
  LUIZ-GANAUマウンテンバイク白は、ただ今を持ちまして完売とさせていただきまぁす!」


と店員が大声を出したことで、止んだ。


  「マジ、やべぇよ」



    あと青が3、黒が2、そして赤が1、残っているはずだ。
    そして、私の前には…、7人……。



ゆっくりと、しかし確実に整理券を配布している係員へと近付いている。


  「俺達の前で終わりってこと無ぇよな」


  「言うなって。マジ、そうなりそうでやべぇんだからよ!」


老夫婦が嬉しそうに青い整理券を1枚もらって、去っていった。
そして、妙な髪型をして、耳に派手な飾りをした…、ちょうど譲と同い年くらいの男性が
意外なことだが、嬉しそうに青い整理券を受け取っていった。


    いや、人を外見で判断してはならないのだろうな。妙な髪型の方、おめでとう。



 「え〜、お並びの皆様に申し上げまぁす!」


列に並んだ誰もが、ビクリと身を硬くして、店員の次の言葉を待った。


 「この方を持ちましてぇ、SANYU電動アシストバイクは完売となりましたぁ!」


列の最前列では、母親への『プレゼント』にアシスト自転車購入を希望していた父娘の喜ぶ姿があった。


  「お父さん! 凄い!」


  「言った通りだろう」


  「まぐれでも良かったぁ。お母さん、喜ぶね」


  「ま、まあね……」



    御父上殿、娘殿に威厳が保たれて良かったと思う
    ただ、明日まで、どうその自転車を隠しておかれるのか、もう1つの難題に悩まれることになるのだろう
    くれぐれも親娘で喧嘩などなされぬよう



列の後ろの方では、「なんだよぉ」「あぁぁ」「……」様々な態度と反応で、離れていく人々が多い。
MTB狙いだったと思われる人達も、列の残りの人数を数えて、もはや絶望的と理解して列を離れていくのだった。


残っているのは敦盛の前に1人、後ろに先程話しかけてきた2人組だけとなった。
それもそのはず、あとはLUIZ-GANAUのMTBが3台なのだから……。
問題は黒が2、赤が1だということ



  「さ、お次の方、黒と赤のどちらをお求めでしょうか」


  「あ、はい。赤の」


  「え!」


ピクリ
前の男性と、応対していた店員が動きを凍らせて、敦盛の方を凝視した。



    しまった……。
    …思わず声に出してしまったのだろう
    前の方が何色を選ぼうと、それは前の方の当然の権利であって、
    私が何か口を差し挟むべきものでないのは充分分かっている。
    それは分かっているのだが……


  「……あぁ…」


    ! す、すまない……
    しかし、ヒノエの赤が……
    本体だけではなく、『さどる』という座る所も、
    『はんどるぐりっぷ』という握る所も、
    『ホイィル』という車輪の鉄の部分も、
    そのどこもが、ヒノエ好みの赤い色をしている。
    だからこそ、ヒノエも気に入っていたのだろうと思う。
    ここで赤が売れてしまったとして、私は黒を買うべきなのだろうか?
    ヒノエは黒のMTBで、心から喜んでくれるのだろうか?
    いや、ヒノエのことだ。何を渡しても喜んではくれるだろう。
    しかし、ヒノエが赤のMTBを好んでいることを知っている私は、それでも、黒を買えるのだろうか?


    ヒノエ……、すまない
    相変わらず、私は詰めが甘い……



思わず目頭が熱くなり、敦盛はそっと俯く。


その様子を見つめていた、前に並んだ男性と店員は、どちらからともなく顔を見合わせる。


  「あ、あの、お、お客様…」


それが敦盛にの向けられた言葉だと気付かず、敦盛は俯いたまま熱くなった目頭を手で被った。


  「あの、あの、も、もし何でしたらあの赤を」


  「あ! えっと、あの! 俺、赤じゃなくて黒! 黒だったんだっけなぁ!」


  「え!?」



    ああ、なんと私はあさましいのだろう
    それでも、赤が私に回ってくる、
    そう思うと意地汚くも嬉しくなってしまう
    兄上、敦盛はそのようなさもしい穢れた存在なのです


    !


    そうだ、ヒノエ
    ヒノエとて、このようなあさましい行為の結果として手に入れたモノなどで歓びはすまい



  「すまない。私などの為に気遣いをいただいて。
   しかし、これは『ふぇあ』というものではないような気がする。
   あなたはあなたの求めるモノを手に入れるのが最善ではないのだろうか」


  「い、いやいやいやいや、俺、『赤じゃなくて黒』って言おうとしただけだから」


  「だから、そのような」


  「だったらオレが『赤』、貰い!」


後ろの2人組の片方が茶目っ気たっぷりに笑いながら言った。


  「何で、お前がそんなこと言い出すんだよ」


  「いいじゃん。だって、前の2人が『赤』、譲りあってるンだったらオレが貰ったって」


  「お前、空気読めよ。それにお前、色なんて何色だっていいんじゃなかったかよ?」


  「そうだよ」


  「だったら」


  「あの〜、俺もそうだからさ。
   2つ残ってるのより、ほら、何か、ラス1の方が希少価値かなって、そう思っただけでさ。
   あんたみたいに、『赤』に特別な思い入れなんてないからさ」


  「そ、そうなのだろうか」


  「そうそう」


  「お前が言うな」


  「それに、それ程までに思い入れのある奴が買った方が、買われた自転車も喜ぶだろうしさ。
   だから、気にしないでよ」


  「分かった」


  「じゃ、黒を」


  「あ、あの……。すまない。本当に、感謝する」


  「あはは、いいっていいって」


『俺、何顔が赤くなってんだろう。相手、男の子だって』……、そう思いながらも、
黒いMTBに乗る度に今日の事を思い出してちょっぴり幸せな気分に浸れる、そんな予感がするのだった。


こうして敦盛は赤い整理券を手に入れることができたのであった。











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