帰らないの?  敦盛さんルート・6月X

 
敦君あっくん紅緋色あかい自転車シリーズ MTB編 3 〜












  「も、もう一度、言ってはもらえないだろうか!?」

敦盛は狼狽えていた。
手が震えるのが分かる。


  (落ち着かねば。こういう時こそ落ち着かねばならない)











10時の開店とほぼ同時に店に戻った敦盛は、
いそいそと整理券を握りしめて、
もはや顔見知りという以上の運命共同体のようにさえ感じる、MTB購入者の列に軽く黙礼をして、加わった。


  「あ〜、来た来た」


朝方、敦盛の後ろに並んでいた2人組の片方が、敦盛に親しそうに話しかけてきた。


  「よ! 良かったじゃん、御希望の赤が買えて」


  「そ、その折りはお心遣いいただいて」


  「堅っ苦しいねぇ」


  「お前がぞんざい過ぎるンだよ。
   あ、こいつ、別に悪気があるわけじゃないから許してやってね」


  「許すなどと、そのような……」


  「あのさ」


  「?」


  「で、あんたのプレゼント相手って、彼女?」


  「は? いや、男だが」


  「な、やっぱりそうだろう」


  「なんだ、男かよ」


  「?? 何かあったのだろうか?」


  「いや、こいつが、アンタが買うMTB、彼女が欲しがってるからプレゼントするんじゃねぇかって想像して」


  「だって、あれだけ赤にこだわってたからよ、
   『私、赤いLUIZ-GANAUが欲しいの』とか何とかおねだりされたって線で考えたんだがなぁ。
   華奢な彼氏とマッチョな彼女って、いい線いってると思ったんだけどな。何だ、男か」


  「す、すまない。ご期待に添えなくて」


  「で、そのプレゼント相手ってどんなやつ?」


  「どんな? …わ、私より1つ年下の幼なじみで……大学生で……」


  「幼なじみ……。へえ、幼なじみにどういう経緯でLUIZ-GANAUのMTBなんて、
   けっこう高いプレゼントをすることに」


  「おい、もう止めとけよ。
   ごめんな。こいつ、何にでも好奇心いっぱいで首突っ込んでくのが悪い癖で」


  「いや、別に何があるというのでもないのだが。
   ……強いて言えば、以前、私が自転車を買って貰ったので、そのお返しにと考えていただけのことなのだ」


  「へぇ、LUIZ-GANAUの赤いMTBなんて、ちょっとマニアだね、その彼は」


  「そうなのか?」


  「あんたもやっぱり、MTBを買ってもらったのか?」


  「いや、私は……籐の籠のついた自転車で」


  「ああ、分かる! その彼のセンス、分かっちゃうね」


  「そ、そうなのだろうか?」


  「うんうん、あんたが籐の籠にフランスパンか何か突っ込んで走ってたら、けっこう絵になんじゃん」


  「軽井沢か蓼科って感じだな」


  「そうそうそうそう!」


  「『かるいざわ』? 『たてしな』? そ、そういうものだろうか?」


  「そういうものだって。な」


  「ところでその買ってもらった自転車って幾らぐらいだったんだい?」


  「え?」


  「いや、あんまり突っ込んだ話は失礼かもしれないけどさ、
   でも彼の方はLUIZ-GANAUのMTBの値段知ってんだろうから、
   あんたがプレゼントして、向こうが1〜2万のママチャリだったら損しねぇかって思ってさ」


  「損……。考えたこともなかった」


  「ま、損得の問題じゃないんだろうけどな」


  「でも、値段が釣り合わないと、返って相手が気にするってこともあるかなって、
   ちょっとだけお節介なこと、考えたまででさ」


  「いや、お節介などと……。お気遣い、痛み入る。しかし、その心配は無用だろう」


  「どうしてだい?」


  「誰に見せても、ヒノエの買ってくれた自転車は『大切にしたほうがいい』と忠告されるので」


  「へぇ」


  「ある程度、高価なものだろうという想像はしていた」


  「ちなみに、その買って貰った自転車って、どこの会社のだか分かる?」


その時、店員が2人に話しかけた。


  「お待たせしました、次の方、どうぞ」


  「お、俺達の番だ、じゃあな」


  「ま、あいつの言ったのは、ここだけの話ってことで、あんまり気にしないでね」


  「いや、いろいろとお気遣いいただき、かえってありがたかった。こちらこそお礼を言う。
   ところで、ああそうだ。私が買って貰った自転車は……確か『せりぃぬ』と言ったと思う」


  「え!」


  「そりゃあ……」


  「CELINEって自転車、作ってたかぁ??」


  「いいから、お前は自分の自転車買ってこいよ!
   へぇ……、CELINEにLUIZ-GANAU、か。
   ま、高級外車同士でいんじゃね」


  「そうだろうか」


嬉しそうにうつむく敦盛に、更に何か言おうとした瞬間


  「はあ! どうしてだよ! だって広告にちゃんと49,600円って書いてあるじゃねぇかよ!」


  「どうしたんだよ!?」
  「ど、どうかしたのだろうか?」


  「聞いてくれよ! インチキだよ、こいつ」


  「い、いえ、お客様。ですからですね」


  「広告に偽り有りじゃねぇか!」


  「落ち着けよ、どうしたっていうんだ? ちゃんと事情を説明しろよ」


  「だから広告が49,800円でぇ、なんたらって追加の金で51,100円になるって」


  「さっぱり分からねぇよ」


  「あの……。よろしければ、私の方から御説明させていただいてもよろしいでしょうか」


胸ぐらを掴まれかかった店員は、
逆上半ばの男より、とりあえずは言葉が通じそうな方に助けを求めたと言ってもいいかもしれない。


  「あ、お願いします」


  「こちらのお客様の仰るとおり、確かに自転車本体価格は広告通り49,800円なのです。
   しかし、それに諸経費が加算されまして」


  「え! 諸経費……」


今度は敦盛が狼狽える番だった。


  「……そんな……。も、もう一度言ってはもらえないだろうか!?」


敦盛は狼狽えていた。
手が震えるのが分かる。


  (落ち着かねば。こういう時こそ落ち着かねばならない)


そんな敦盛の狼狽を知らず、店員は明るく言った。


  「51,100円になります」


聞き間違えではない。
敦盛は震える手で、朝から持っている広告チラシを見た。


  『LGZ-XCモデル MTB 99,200円が超特価 50%の49,600円』


そこには間違いなく『49,600円』と書かれていた。


  「あ、あの……、チラシには『49,600円』と……、その…」


  「あ、はい。確かに自転車本体価格は、50%OFF価格で、特価の49,600円です。
   ただ、それに自転車防犯登録料の500円がかかります。
   それから1,000円で自転車盗難保険に御加入いただきますと、
   お買いあげいただいた自転車が万が一1年以内に盗難にあわれた場合、保証いたします。
   あ、これが約款でして。詳しくはこちらをお読みください。
   あ、故障や整備も当店にお持ちいただけば、メンテナンスも1年間工賃無料となります。
   それらを合計いたしまして、51,100円となります。」


  「自転車…、ぼうはんてすうりょう……? めんて…なん……す?」


  「防犯登録につきましては、平成6年から自転車を御購入された方に義務づけられておりますので。
   ま、御登録いただけますと、ステッカーが交付され、盗難防止に役立つかと」


  「とうなんぼうし?」


  「ええ、自転車が盗まれた時に、この登録ステッカーが交付されておりますと、
   警察への届け出ですとか、御本人様の確認がスムーズにいきますので」


  「よ、要するに、盗まれた時に役立つ、と理解すればいいのだろうか?」


  「そうですね」


  「盗まれなけりゃ、いいんだろうがよ!」


  「義務づけられたって言ったろ。法律できまってんだよ。
   この店員さんに文句言ったってどうしようも無ぇだろう」


  「恐れ入ります」


  「かぁ! なんでもかんでも法律法律! ったくよ!」


  「義務……なのか」


  「だったら、そう書いとけよ、広告にも!」


  「申し訳ございません」


  「で、『めんてなんす』とは」


  「MTBですからね、ヘビーユーズされることが多いかと思います。
   そこで、快適に乗っていただく為にも、きちんとした日頃の整備が大切かと存じます。
   それもこの自転車保険にご加入いただいた際は、弊社のサービスといたしまして、
   部品代だけで、工賃としての手数料は頂戴いたしません」


  「要するに、壊れた時に安価で修理していただける、ということだろうか?」


  「はい、そうですね」


     ああ……、やはり私は甘いのだな。
     あれ程焦らずに普段通り、いつも持ち歩く財布を持って出てさえいれば、
     このようなことにはならなかったろうに……。


  「だから、なんやかんや必要なんじゃねって言っただろ。まったく」


  「だってよ」


  「いいから。貸してやっから、帰ったら返せよ」


  「お、おお……、悪りぃ」


敦盛は世界にたった独り取り残された気分で、呆然としていた。


  「あの、お客様」


  「あんたも広告の金額しか持ってこなかったクチかい?」


  「何かのよしみだ。貸してやろうか?」


  「お前が言うな、お前が」


  「へへへ、でも、貸してやるだろう」


  「まあ、そういうことになれば、な」


  「そこまでお世話になるわけには……。
   あ、あの、今から、その…い、家まで戻って取って来ても構わないのだろうか?」


  「はい、本日中でしたら何時御来店いただいても結構ですから」


  「何だ、この近くなのか」


  「で、では…急いで」
     ああ、何という失態なのだろう。やはり私は詰めが甘いのだな)


その時だった。
ふと取りだした封筒が4つあることに気付いた。


  「?」
     1つは雅楽さーくるの『ばいと代』
     1つはランドマークでの取材費
     1つは会館前での撮影代
     もう1つは??


敦盛はその真っ白な封筒を見たが、心当たりがまったく無かった。
ゆっくりと封を開け、中を見るとそこには


     お金?


慌てて中身を取り出すと、そこには1万円と


  『これは現代の雇用関係において僕が君に支払わなければならない義務であり、君は受け取る権利がある。
   些少ではあるが受領してもらわないと、今後、僕は君に店の用事を頼めなくなる。
   笑納を』


  「!! き、如月殿……。いったい何時の間に……」


1週間程前に3日ほど王子の骨董品店で、確かに店番をした。
頼まれたとおり、店先に陳列されたモノの掃除も、怖々だったが、確かにした。
しかし謝礼は固く辞退して帰ってきたはずだった。
なのに……
あの日、この服を着ていたのは確かだが、一度として脱いだ記憶がない。
にもかかわらず、いったい何時、内ポケットにこの封筒を……???

敦盛はその封筒を捧げ持ち、感謝した。
そして、店員の方に振り返り言った。


  「やはり、今、包んでいただこう」











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