帰らないの?  敦盛さんルート・6月Y

 
敦君あっくん紅緋色あかい自転車シリーズ MTB編 4 〜












  「やはり、今、包んでいただこう」


  「包んで……ですか? LUIZ-GANAUのLGZ-XC・MTBを?」


  「ああ、そうだ。全体を紙でくるんで、できたら赤いリボンをかけてもらえないだろうか」


  「それでしたら組み立て前のパーツで梱包されたものがございますので、そちらを」


  「いや、申し訳ないが……。何と言ったらいいのだろうか。
   こう……、リボンを解いて紙を取ると、すぐに乗れる、という状態にしてもらいたいのだが」


  「そ、そうですか……分かりました。かさばりますが、よろしいでしょうか?」


  「ああ、かまわない」


  「そうですか。かしこまりました。それでは、御購入はこの赤のMTBでよろしかったでしょうか」


  「ああ、そうだな。それを」


嬉しそうに頷く敦盛の表情に、
応対していた店員も、自転車を持ってきたアルバイトの高校生もドギマギしながら、
しかし何故だかは分からないが、顔がほころぶのだった。


そしてアルバイトの高校生は、何かをしなくてはならない気分に駆られて、
赤のMTBを店員にそっと渡すと、踵を返して倉庫に向かって駆け出すのだった。


  (あの赤のMTBを包んでくれって言ってたよな。
   紙だ紙、あのチャリを包めるだけの包装紙を倉庫で探してこなくちゃ!
   それとリボン! あの大きさのモノに飾るリボンなんだ、よっぽどブットいのじゃないと……
   そんなの、自転車屋の倉庫にあったっけなぁ…)


そう思いながら。







  「お客様、サドルとペダルも赤でよろしいのでしょうか。こちらの4色からもお選びいただけますが。」

  「いや、赤でお願いする」


  「承知いたしました。では、整備して参りますので、
   その間にこちらの書類に御記入の上、必要な手続きをお済ませください」


  「わかった。……あ、あの」


  「はい、何でしょう?」


  「い、いや……、その……整備、よろしくお願いする」


  「はい。全力で整備させていただきます」


  「すまない」


敦盛の期待に満ちた笑顔を見るにつけ、ここが自分の自転車屋としての腕の見せ所だと切実に感じるのだった。


  「いえ。では、しばらくお待ち下さい」


出来る限り平静を装って、自転車を捧げ持つように恭しくゆっくりと転がして、整備スペースに停めた。
大きく目を見開いて、真っ赤なLUIZ-GANAUのMTBを見つめた。
使い古した軍手に染みこんだ機械オイルがやたらと気になって、新品の軍手を下ろす。


  (よぉし、やってやるぜ! 坊ちゃん、待ってなよ!
   伊達にプロのロードレースチームの整備屋をやってたんじゃねぇんだ!
   お〜〜し! 今まで習得した整備技術のすべてをぶち込んで、最高の仕上がりにしてやるぜ!)


そう思い、腕をまくり直し、新品の軍手に指を通し、深呼吸を1つして工具箱を開くのだった。







入れ替わりに、朝、整理券を配っていた店員が敦盛の応対についた。


  「では、その間に諸手続をお願いいたします。どうぞ、こちらへお座りください。
   こちらが、自転車防犯登録の用紙です。
   ここに御購入……あ〜、えっと、お客様の場合はプレゼントされるのでしたね。
   でしたら、そのプレゼント相手の方の御名前と御住所をお書き頂いた方が面倒がないかと」


  「分かった」


敦盛がサラサラとペンを走らせる。
店員は、その敦盛の達筆ぶりに少しだけ驚きながら、


  「はい、ありがとうございます。
   では、こちらが防犯登録のお客様控えです。この番号が大切となります。
   お忘れにならぬように、どこかにメモしておいていただきたいと、プレゼントされる方にお伝え下さい」


  「分かった。この番号が大事なのだな。必ず伝える」


  「はい、よろしくお願いいたします。
   続きましてこちらの書類ですが、これは











早めのランチをと考えた人々や、昼休みになる前にもう一仕事と急ぐ営業マンや、観光客や、
不思議とどんな時間帯でも街をふらついている学生服達や、買い物途中のおばちゃんや、なんやかんやで
いつものようにごった返している横浜駅西口の歩道の人垣が
それを見て慌ててサッと左右に別れる様は、まるでモーゼが海を渡るようであった。


道路反対側の歩道から見ると、
和服の帯ほどもあろうかと思われるどでかいリボンが蝶々結びになった 巨大な紙包みが、
ゆっくりと移動しているようで、
物見高い人は、わざわざ横断歩道を渡って、こちら側に何事かと見物に来るのだった。
そして一様にギョッとして立ち止まり、
続いて、その超巨大な紙包みを担いで、にこやかに、それでいてどこか恥ずかしそうに歩く
1人の青年の姿を発見するのだった。


  (あの巨大な紙包みは何なのだろう?)


  (こんな華奢そうな男の子が、肩に軽々と担いでいるのだから……、何???)


  (シルエットからするとどうも自転車っぽいけど、いやいや、こんな軽々とは担げるもんじゃ無いだろう?)


好奇な群衆に見つめられ、敦盛は店を出た瞬間から、ずっと後悔と羞恥とに嘖まれていた。


  (ヒノエもこの様な衆目の中を、私のために持ってきてくれたのだ。私とて……。
   それにしても、こうしてヒノエと同じようにして初めて
   ヒノエがしてくれたことの有りがたみが分かるものなのだな)










  「お客様、自転車の整備が終了いたしました」


  「ああ、すまない。感謝する」


  「いえ、これが私の仕事ですから」


  「で、この紙でラッピングをしようかと考えているのですが、よろしいでしょうか?」


  「紙? この大きなものは紙なのだろうか?」


  「え、ええ。そうです。この者が倉庫から見つけてきたのですが」


と店員はアルバイトの高校生を示した。


  「ああ、綺麗な紙だな……。わざわざ、私の我が儘のために、見つけてきてくれたのか。すまない」


  「そ、そんな……。これ、俺の仕事ですから……」


耳まで赤くして照れながら答えるアルバイトに


  (こいつも可愛いところがあるもんだ。時給、ちょっとは上げてやるか)


そう思う店長であった。







  「で、御配達方法ですが、宅配にしますと少々金額が」


  「いや、その心配はいらない」


  「え? どなたか車でお迎えに来られるのでしょうか?」


  「いや」


  「では……?」


  「自分で持って帰るので」


  「ああ、お持ち帰りで……、……え!」


アルバイトの高校生も他の店員も、一斉に敦盛の方を驚いたように見つめる。


  「そ、それは、いくらなんでも……」


  「いや、大丈夫だと思うのだが」


  「このお近くですか」


  「ああ、浄蓮寺駅の近くだから」


  「4〜5kmあるじゃないですか!? そこまでどうやって持ち帰るおつもりです」


  「担いで、だが。まずいのだろうか?」


  「あの」


おずおずとアルバイトが口を挟んだ。


  「俺、今持ってここまで転がして来ましたけど、結構な重量がありますよ」


  「LUIZ-GANAUのLGZ-XCモデルはヘビーワークに耐えられるような作りになっているので
   重量的には結構重くて、だいたい12〜13kg位はあります」


  「ああ、そのくらいなら大丈夫だと思う」


  「本当ですか、途中で動けなくなっても困ると思いますが」


  「とにかくちょっと持ってみてよ」


アルバイトは、整備の終わった真新しいオイルの香のするLUIZ-GANAUを敦盛に渡した。
敦盛はそのピカピカのMTBのハンドルを優しく掴み、これにヒノエが乗るところを想像して嬉しくなるのだった。
店員達はその敦盛のとろける笑顔に我慢できず


  「当店の車でお送りいたしますから」


という店長の申し出に、深く賛意を示すのだった。
しかし敦盛はその店長の申し出に


  「お心遣いは痛み入るが、ここまで値引いてもらい、整備までして頂き、
   更には、このような紙や『りぼん』まで用意していただいて包装もしてもらうというのだ
   これ以上、御好意に甘えるわけにはいかない」


そう、きっぱり言い切るのだった。
そして、総重量12,7kgの真っ赤なLUIZ-GANAUを片手で持ち上げた。
それはまるで風船か何かを持ち上げでもしたかのように軽やかで、見ている者に重量を感じさせなかった。


一瞬、あっけにとられていた店員達は


そっと、本当に慈しむようにそっと、敦盛が片手で自転車を置き


  「大丈夫だと思う。私が持って帰るのに、なんの問題もなさそうだ」


という言葉に我に返り、そして、反論の言葉を失ったのだった。


  「しょ、承知いたしました。ではでは、いそいでラッピングをいたしますので」











自宅マンションが近付く。
敦盛は、自分がヒノエにそうしてもらったように、エントランス脇に巨大なラッピングを置き、
自宅へのインタホンを鳴らした。


  「やあ、お帰り。どこに行っていたんだい?」


  「ああ、ヒノエ。帰っていたのだな」


  「ああ、やっと仕事も一段落したんでね。で?」


  「ちょっと、見せたい物があるのだが。下に降りて来てはくれないだろうか?」


  「へえ、お前がオレに? 珍しいね……分かった、今行く」


そう言って、ヒノエは、施錠して、階下に降りていった。
エレベーターホールで、敦盛は出来る限り表情を消し、ヒノエに鼓動の高まりと興奮とを悟られないようにして
待っていた。


  「で? どうしたというんだい?」


  「……」


  「お前がそんな顔をして表情を読み取られないようにする時はたいがい……」


  「これをヒノエにプレゼントしたかったのだが、受け取ってもらえるだろうか」


敦盛の後ろには、かつてヒノエが敦盛に贈った以上に大きな赤いリボンの掛かった巨大な包みが置かれていた。


  「え? これは…」


  「包みを解いてみてはくれないだろうか」


  「オレ…が、かい?」


ゆっくりと敦盛が頷く。


  「分かった」


とリボンを解いて、丁寧に梱包紙を開くと、そこに現れたのは


  「ああ、やっぱりね」


  「……」


  「どうして、こんな高いモノを」


  「い、いいではないか。決して生活費を使ったわけではないのだから」


  「え? 10万近くするんじゃん。どこにそんな……お前」


  「いや、言うとありがたみが薄れるが、特価で売りに出ていたのだ」


  「お前、あのキャンディーボックスの中の金、使ったね。どうして」


  「気に入らなかっただろうか? しかし、預かっている生活費を流用したわけではないのだが」


  「お前……せっかくお前が貯めていた金を、オレへの自転車代なんかに使っちまって。いいのかい?」


  「ヒノエも私に自転車を買ってくれた」


  「だからって」


  「だからこそ、私も自分で稼いだ金子きんすで、ヒノエに、ヒノエの欲しているモノを贈りたかったのだが」


  「それを無駄遣いって言うんじゃん」


  「そうだろうか? 私はそうは思わないが。それに」


  「それに?」


  「一緒に自転車で、横浜の街を走ってみたかったのだが……、やはり迷惑だっただろうか」


  「そんな事あるわけないだろう!まったく、お前っていう奴は……」


そう言ってヒノエは自転車を慈しむように、ハンドルに触り


  「覚えていてくれたんだ……」


そして、敦盛を抱きしめるのだった。


  「ヒノエ?」


  「ありがとう、大切に使わせてもらうよ。
   横浜だろうと、唐・天竺だろうとどこへでも、お前の望むところまでこいつで走っていってやるさ」


  「そう言ってもらえると、嬉しいものだな」


  「敦盛」


  「ところでヒノエ。ヒノエはどこの店から私の自転車を担いで来たのだろうか?」


  「どこの店?? おいおい、無茶言わないでくれ。
   ここのマンションの前まで自転車屋の軽トラックで運んで貰ったに決まってるじゃん」


  「え! そ、そうだったのか……」


  「そうだったのか……って、敦盛、お前……まさか」


  「ヒノエもそうしたのだと思って、横浜駅の西口近くから担いで来てしまった」


  「はははは、あっはっは、お、お前って奴は」


  「ふふふ、はは、そうだな、考えてみれば、ははは」


そうやっていつまでも笑い転げる2人であった。


  「ところで1つ質問」


  「ヒノエ?」


  「お前、オレにMTBをプレゼントしてくれたけれどね。
   オレが自転車に乗れなかったらどうするつもりなんだい?」


  「ヒノエが自転車に乗れないなど、そのようなことがあるとは思えないのだが。
   間違っているだろうか?」


向こう1週間、ヒノエの機嫌が良すぎて、大学の仲間連中は気持ち悪がった。











籐の籠の付いた紅緋色い自転車と、サドルやペダルまで真っ赤なマウンテンバイクに乗った、楽しそうな2人組カップルが、
横浜近辺各所で見かけられ、
新たな話題となるまでには、それほどの日数は必要なかったのである。















10/05/28 UP

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