九郎さんルート 5月 T









工事現場の騒音

その中で、ホイッスルの音が高らかに響く。

と、同時に現場監督の野太っとい声がする。



  「うぉ〜い! 重機ストォ〜ップッ!! 飯だ! 飯!!」



  「ふぁ〜〜〜、やっと昼飯かぁ〜〜」



  「午後にはアスファルト流すんだからな、飯食ったら、さっさと仕上げろよ!」



  「おーい! そっちの長髪の兄ちゃん、飯だ、飯! 一息入れろや!」


  「ああ、すまない! ここがならし終わったら、飯にさせてもらう」



  「あの長髪の兄ちゃん、真面目だねぇ」



  「あんな髪してっからよ、どうせ役にゃ立たねぇって思ってたんだけんどもよ」



  「現場監督も最初は期待してなかったもんな」



  「そりゃ、そうだろ。今日びの若けぇモンはだらし無ぇのが多いからよ」



  「九郎って言ったっけ? この長髪兄ちゃんも、最初に見た時は一日で逃げると思ってたんだけどよ」



  「GW終わって、出稼ぎの岩手組が田舎に帰った穴埋めだったもんな」



  「俺達の組じゃ、秀さんと三達のおやじだっただろ」



  「あの二人の代わりに、こんな長髪野郎一人かよ! って思ったもんな」



  「まったくだ。だけんど、ひょろっこい身体の割に、力あるしな」



  「兄ちゃん一人、初日の午前中だけで、あっという間に五十間(約90m)掘り返したろ」



  「あん時ゃ、びっくりしたっぺなぁ。俺達の組、他の全員でやっとが四十ってところ、だったっぺ」



  「まったくだ。…お〜い! 兄ちゃん! いいから一緒に食おうぜ! みんな待ってっからよぉ!」



  「そうか? すまない! ならば、そうさせてもらう」



  「おう、こっち来いよ。今、茶ぇ煎れるからよ」



  「明日っからは、兄ちゃんも湯飲みぃ、持ってこいや。ほれ、今日のところはこれで」



  「お前、これ、よく洗ったか? 三達さんの忘れ物だろ、これ」



  「ああ、すまない。うん、この茶は美味いな」



  「だろ、狭山の玉露だ」



  「ところで、その『みたちさん』という方は……?」



  「ああ、兄ちゃんの前に出稼ぎで岩手の方から来てたんだ」



  「いわ…て?」



  「気仙沼と一関の間くらいって言ってなかったか?」



  「平泉の先って聞いてたけんどな、俺ぁよ」



  「平泉……」



  「兄ちゃん、知ってるんか」



  「あ? ああ、まあ……」



  「俺もよ、この間MHKの大河ドラマで流行ってたからな、家族連れて一泊旅行したことがあってよ」



  「へぇ、お前ぇが家族サービス! びっくりすんな! ワハハハ」



  「しかも奥州平泉! 渋すぎっだろ」



  「『東京ネェズミーリゾート』の方が、子供は喜んだんじゃねえのか?」



  「ああ。でも、かあちゃんは『柳之御所跡』っての、あれ観て、けっこう感動してたんだけどな」


  (や、柳の御所! そうか、望美の世界こっちにも、やはりあるのか…)



  「渋!!」



  「どうせ、カッキーのファンだろ!? MHK、『義経』やってたもんな」



ぷーー!!



  「ワワ! 兄ちゃん、どうした!? 茶ぁ、吹いちまって」



  「ゲホゲホ…、す、すまない。ああ、何でもない、大丈夫だ。つ、続けてくれ」



  「三達さんと秀さん…、今頃、どうしてっかなぁ」



  「野良仕事」



  「違ぇ無ぇや! ワハハハ」





御館の国、平泉……



九郎は、ふと懐かしいものを感じて、晴れた空を見上げた。











ホイッスルの音が高らかに響く。

と、同時に現場監督の野太っとい声がする。



  「うぉ〜い! 今日の作業は終了〜〜!! 各組! 片付けぇ!」



  「やっと今日の作業が終わりましたってか」



  「警備員! そっちのコーン、片付けてくれっか?」



  「明日で、ここも工事完了だな」



  「ああ、しっかし千葉の印旛沼の近くに、こんな大きい大学があるんだな」



  「しっかも、医学部だっぺよ。金持ちのお坊ちゃんとお嬢ちゃんなんだろな」


  「その前ぇに、ここが無くっちゃ入学はいれないって」



  「あれ? 長髪兄ちゃんは?」



  「さあ…? また、どっかで黙々とツルハシ振り下ろしてんじゃねぇの?」


  「いや、さっきツルハシそいつは綺麗に洗ってトラックに返却かえしてた……あ! いたいた」



九郎は、ヘルメットを肩に下げ、腕を腰にあてて、道路の向こうをじっと見つめていた。



  「兄ちゃん、何ぃ観てるんだ?」



  「さぁ〜??」



  「うおぉ〜〜い! 長髪兄ちゃん 帰ぇるぞ! うおぉ〜〜い!!」



  「あれ? 珍しいね、監督の声、聞こえないのかね?」



現場監督は九郎に心配そうに歩み寄り



  「兄ちゃん、どうかしたか?」



と話しかける。

九郎は、そんな現場監督の心配など気づかず



  「監督…、あれは?」



  「あぁん? 何だ、ありゃ??」



監督と九郎の二人が、首を傾げながら見つめるものに興味がそそられたのか

マイクロバスに乗ろうとしていた、同じ組の作業員がみんな、

気が付くと九郎の回りに集まり、道路の向こうを眺めていた。



そこに見えたものは



  「ジャングルジムじゃん?」



  「ジャングルジム? に、しちゃぁ、でかくないか?」



  「隣の木で出来た半月形の、ありゃ何だ?」



ごく普通の民家の庭先と思われるのだが、

そこに建築現場の足組に使うようなパイプを組み上げて、児童公園の遊具に似たものが

その庭を埋め尽くすように置かれていた。



  「ああ、ここがそうなんだ」



と、一番歳の若い作業員が言った。



  「『ここが』とは?」



  「『ここが』ってのは?」





九郎と現場監督が同時に質問を発しようとした、

その瞬間、一向に乗車する気配のない作業員達に業を煮やしたマイクロバスの運転手の

苛立ちの混じったクラクションが鳴った。











マイクロバスが発車すると、堪えきれずに皆が、その歳若い作業員を注目した。



  「で? 『ここが』ってのは何なんだ? 知ってるんだろ、お前ぇ」



  「ええ、あそこはSASUGAオールスターズの城鳥文吾っていう人の家ですよ」



  「さすが……何だって??」



  「あれ? 監督、知らないんですか?」



  「さっぱり」



  「ほら、TBBで春とか秋とかにやってる特番で」



監督は首をひねっているが、何人かが「ああ」とか「あれか」とか言いだした。



口々に説明が始まる。



要約すると、



TBBテレビが年に数回特番で放送する番組で、

4つの巨大なジャングルジムのような障害物を指定時間内にクリアする競技なのだそうだ。

10年以上続く長寿番組で、優勝賞金は200万円。

その中でも、歴代、活躍した選手達を敬意を込めて

「SASUGAオールスターズ」と呼ぶのだという事も聞いた。



  「じゃ、そのオールスターズは優勝者達の集団ってことか?」



  「いやぁ、無理無理」



  「何がムリなんだよ?」



  「毎回100人本選出場してるけど、今までファイナルステージをクリヤしたのって、

   …確か2人…かな?」



  「え〜! もう二十数回やってんだろ? って事は…、2000人以上の出場者で2人ってこと?」



  「それって、ありえねぇ〜!」



  「だって、野球選手やJリーグのサッカー選手、あ、それに韓国とかアメリカとかの

   オリンピックの体操で、メダル取った選手でも駄目なんすから」



  「何だか分からないが、何やら胸が躍る。

   これが望美のいうところの『ワクワク』というものか?」



  「あり? 兄ちゃん、隅に置けないねぇ〜〜。『のぞみ』って誰だい?

   兄ちゃんのコレ??」



  「ええええ!!! 兄ちゃん、彼女、いるの!??」



  「な、な! な〜! 意っ外ぃ〜!」



  「し、失礼なことを言うな!」



  「オーオー、赤くなって。意外とウブだね」



  「ち、違う! オ、俺と望美は、そのような間柄では無い!」



  「じゃ、どんな間柄なのかな〜。九郎クン」



  「オ、俺と望美は…」



  「ふんふん、『俺と望美は』?」


  「共に剣の道を極める兄妹きょうだい弟子だ!」





車内、一瞬の静寂



の後、爆発する笑い声





  「な、何を笑う!」



  「に、兄ちゃん! 言うに…言うに事欠いて『兄妹弟子』! ブワッハッハッハッハ!」



  「ヒーヒー、しかも、しかも、『共に剣の道を極める』…!!! ヒャヒャヒャ!」



  「く、苦しい…。こんなに笑ったのは倅の結婚式以来だ、アッハッッハッッハ」



  「ファファファ、じ、時代錯誤も、ファファファた、大概に」



  「笑うな! 失礼な奴らだ!」



憮然とした表情で車の外に流れていく風景を見る九郎に



  「ただモンじゃ無ぇと思ってたよ」



と、ボソっと語ったのは、現場監督だった。











08/05/25 UP

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