九郎さんルート・7月 1
この話は、
「敦盛さんルート・7月・あっくんかまい隊U」
の翌々日のお話です。
源九郎義経は逡巡していた。
一昨日の晩、自分は不覚にも酒に溺れ、文字通り前後不覚に陥ってしまったのだった。
こちらの世界の酒は『アルコル何とか』が高いから用心しろと、
以前自らも失敗した事を教訓にしてなのか事を棚に上げてなのか、
弁慶からくどいくらいに言われていたのに、である。
確かジャネーズの柿沢秀彰と六本木の『魔窟』という名の『だいいんぐば』というところで
もつ鍋をつついていたはずなのだが、気が付くと自宅のリビングのソファーに寝ていて、その上……
「ああ、目が醒めましたね、九郎」
「こ、ここは?」
「嫌だな。自分の家も忘れてしまったのですか? 困った酒ですね、フフフ」
二日酔いなどほとんどしたことのない九郎の、人生でも何度目かという類の気分の不快さが消し飛ぶような
恐ろしい笑顔の弁慶の顔が、源氏の総大将をして、瞬時に正座させたのだった。
「な、何か……、あったのか?」
「いえ、幸いなことに、何もありませんでしたよ」
「さ、幸いなことに、とは?」
「ハァ、本当に何も覚えていないのですね、君という人は……」
「す、すまん……」
「だから、あれほど外で飲むときは気をつけなさいと言ったでしょう」
「すまん。個室で他人が入って来る心配がないと思って」
「酔いつぶれてしまっては、意味がないんですよ」
「だから、すまんと言っているじゃないか。頼むから、あまり大声を出さないでくれ」
「自業自得です。だいたい、九郎、君のせいで僕はヒノエの友人に借りを作ることになってしまったんですよ。
それに、あんなにまっすぐ帰るように念を押したのに、あの子達ときたら
結局、どこかに寄っていたようだったし。
時間を見計らって家電に電話したのに敦盛君は出ませんでしたからね」
「あ、敦盛…! そうだったのか?」
「そうだったんです。さ、九郎行きますよ」
「え? 敦盛のところにか?」
「どうして、今、敦盛君のところに行く必要があるんですか。
お礼と謝罪は今度、オフの日に自分で行ってくださいね」
「では、どこに行くんだ?」
「君は実はお酒で身を滅ぼすタイプだったんですかね。
今日は朝から撮影だと言ったでしょう。
朝一で敵との戦闘シーンです。がんばってくださいね、
九郎
タオ・レッド
」
いつになく怒っている弁慶に恐怖を感じつつ、
同じように酔いつぶれた柿沢に今日はアクションシーンがないことを、少し羨ましく思う九郎であった。
その収録を何とか乗り切った九郎であったが、実はディレクターやスタントのコーディネーターは、
「今日の彼は、そこそこ力が抜けていていい感じだったんじゃないか」
「そうですね、あのくらいだとカメラからもフレームアウトせずに済むし」
「九郎の寸止めにビクついていたスタントの連中も、今日は絡みやすかったって話で」
「やっと彼も『現場』が分かってきたんじゃないのかな」
「だといいですね」
という、実に不幸な会話をしていたのだった。
翌日には、その期待はあっさり裏切られるのだが……
源九郎義経は逡巡していた。
(どうして、この『けいき』と云う物は、ワケの分からない名前がついているのだ!?)
何軒目かの洋菓子店を廻りながら、九郎には理不尽な怒りが込み上げていた。
今日の九郎自身のスタジオ入りは午後の3時、昨日弁慶に言われた
「お礼と謝罪は今度、オフの日に自分で行ってくださいね」
を実行すべく、手土産を求めてあちこちぶらぶらしていたのだ。
(敦盛は甘い物が好きだからな)
そう考えたまでは良かったのだが、
陳列棚のガラスの向こうにある、いかにも敦盛が喜びそうな装飾の施された『けいき』には
九郎には、理解どころか音読すら不可能な名前が御大層に表記されていた。
「あぁ、この『かへどみるふいy…』、『かふえどみりf…』…。
ああ、済まん。急用を思い出した、また出直してくる」
何軒目かの店で意を決して試みたのだが、案の定撃沈し、
指を指して「これを2つと、これを…」と言えば済むことすら思いつかず、
店を逃げるように後にするのだった。
(どうしたものだろう? 他に何か敦盛の喜びそうなものは…)
そう思いながら歩いていると、甘い香りが漂って来て、思わずその店に入った。
(こ、ここは!)
その店は、陳列棚にガラスの被いが無く、
盆を自ら手に持って、何やら見たことのない不思議な形の菜箸で自分で好きに選べるのだった。
陳列棚には……「けいき」と見まごうばかりに装飾の施された丸い輪の形の揚げ菓子が。
「みせす・どぉなつ?」
これだ!
九郎は心の底から、この店と遭遇できた自分の幸運を喜び、
あちこちの店で見た『けいき』に比べて、値段の安さにも喜び、
店内のすべての種類の揚げ菓子を2つずつ買い求めたのだった。
(敦盛の奴、喜んでくれるだろうか?)
九郎は「ミセス・ドーナツ」のお馴染みのロゴの袋を両手に抱え
足取りも軽く、敦盛のマンションへと急ぐのだった。
8行目から32行目までは、6月19日のブログにUPした紗良のSSを使用しております。
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