玄武   2










   「さあ、入りたまえ」



薄暗い骨董品店の中に案内され、

商品ともガラクタとも判断に困るような品々の、山と積まれたそれに触れて崩さないよう細心の注意を払いながら

敦盛は「僕も玄武だから」と言ったこの男の後を、ついて来てしまった。











本当に、王子の駅前商店街の一角であった。



何かあれば、この通りに飛び出せばいい。それだけのことだ……普段の敦盛にしては意外な程、気楽に考えていた。

名前さえ知らぬ初対面の男の後に従って、その男の家までついていくなど、ヒノエが知ったら卒倒ものだろうな。



そう思うと、敦盛はすこし面白い気がした。



『如月骨董品店』 ―― 所々墨の薄くなった、これ自体が骨董品のような看板を見上げた。



   「きさらぎ…」



屋号なのか、この人物の苗字なのか分からず、思わず声に出した敦盛に、



   「ああ、そういえばまだ互いに名前も名乗っていなかったね。僕は如月翡翠。君は?」



   「わ、私は…」



本名「平敦盛あつもり」を名乗るべきか、この世界での「平敦紀あつのり」を名乗るべきか、一瞬の躊躇



   「ふっ……、まあ用心深くなるのも当然だな。

    だがこうして、僕の店まで来たんだ。苗字か名前、せめてどちらか教えてくれないか?

    そうでないと、いつまでたっても『君』では僕も落ち着かない」



   「用心などと、決してそのような……、敦盛…です。平敦盛……」



   「え! ……そう…、フッ」



『あつもり』と本名を名乗ったことが、かえって妙な状況を招いてしまったような気がして後悔し、

その後悔の気分が、どうしてここまでついてきてしまったのか、という別の後悔を生み

さらには、なぜ王子の飛鳥山などに来てしまったのか

なぜ一人で上野まで来ようと思ってしまったのか

あれやこれやそれや後悔の嵐が吹き荒れ、

 

   「ああぁ…、あの…」



と、声に出してはみたものの、何をどう言ったものか分からず、敦盛は仕方なくうつむいてしまった。



   「本名を名乗ってくれたようで、嬉しいよ」



   「え!?」



   「さあ、中に入ってくれたまえ。立ち話もあれだから…」



『あれ』とはどれのことか、まったく見当の付かない敦盛は、仕方なく頷き、

『如月翡翠』と名乗る、この男の後から、骨董品店に入った。





店を通りぬけ、靴を脱いで座敷に通される。



   「店はああ見えても、散らかっているのではなく、置き場が狭くて雑然としているだけだから

    気にしないでくれ。今、茶を煎れよう。足を崩して、楽にしていてくれたまえ」



   「あ、あの…」



   「ん? 何か」



   「い、いえ、お気遣い無く」



   「ちょっと待っていてくれ」



と、音もなく部屋を出て行ってしまったこの家の主人の、再びの訪れを待っている間の、敦盛の所在なさ……。



所在なさを紛らわすために、部屋をぼんやり眺めてみる。



古びてはいるが綺麗に掃除された、趣のある欄間

開け放たれた障子の前にしっかり磨き込まれた縁側

縁側の雨戸は開け放たれ、小さいながらも春の風情が漂うこざっぱりした庭からは

穏やかで暖かな風が入り込んでくる。

小鳥のさえずりさえ聞こえてきそうだ。



   「ああ、いらっしゃ……、何だ、君か。今日は何の用だい?」



   「如月さン、実はですね……」



来客らしい。声だけが聞こえてくる。



   (私はここにいて良いのだろうか?)



敦盛は、躊躇した。

来客者らしい声が続く。



   「え? 如月さンにお客さン…ですか? 珍しいですね」



親しい間柄の客とみえて、如月が何も言っていないのに、勝手に上がり

敦盛が今座っているこの部屋へと歩いてくる音が聞こえる。



   「あ、その部屋は…」



   「如月サンに俺達以外の客なンて……! あ!」



敦盛と目があった来客は、怒髪天を突くような逆立った金髪をしていた。

しかし目があった一瞬で、その怒髪天男は踵を返し



   「オレ、帰りますわ」



柄にもなく狼狽えた様子を見せて言った。



   「何故だい?」



と、3人分の茶と和菓子の載った盆を手に、如月翡翠が部屋に入り、敦盛の右前に座った。



   「いや……だって、その……ねぇ」



来客は縁側に立ったまま、照れたように言った。



   「いや、わ、私の方こそ、突然伺ったのだ。失礼するなら私の方が……」



と立ち上がろうとする敦盛の声を聞くと



   「え? 男???」



うんざりしたような、しかしどこか失笑を押し殺したような、何とも複雑な表情で

如月は立ち上がろうとしている敦盛を制しながら、金髪の男に向かって



   「何をどう勘違いしたのか、おおかたは想像つくが、そういうことだから、つまらない気を回す必要はない。

    君もそうだ。誘ったのは僕の方なのだからね、君が気を使う必要はない。

    今、せっかくお茶を煎れたのだし。雨紋、君もいつまでそこに突っ立っているつもりだい」



   「いや〜〜、あり得ない光景に遭遇したのかって思っちまいましたよ」



   「あり得ない光景?」



   「あ、あの……」



   「いや〜〜、悪い。あンたを見た瞬間に、如月さンが女ぁ家に上げたのかってさ。

    しかもすこぶる付きの美人さンをってね」



   「勝手に変な想像をしないでくれないか? 僕は京一やアランのように見境ない人間ではないのだから」



   「いやぁ、だからこそ、ですよ。だからこそ、こりゃ、犬に蹴られるような状況かなって…」



   「平君、すまない」



   「いえ、そのような……」



   「すまねぇな、女と見間違えちまってよ」



   「い、いえ……慣れておりますので……」



   「オレ様は雨紋雷人。 インディーズで、CROWっていうバンドのギターを…」



   「九郎…?」



   「お、うれしいね、知ってるの?」



   「あ、い、いや……『くろう』というのが、知りあいの名と同じだったもので」



   「チェッ、な〜ンだ」



   「雨紋」



   「アハハ〜、失礼しました」



   「わ、私の名は……、そ、その…」



   「? ま、素性の分からない相手を警戒するのは当然だね。

    言いたくなければ、無理に言わなくてもいいよ。教えてもかまわないと思った時に、名乗ってくれ」



   「いえ、別に、名乗りたくないのでは……いや、やはり私は名乗りたくないのではないのだろうか」



   「焦れってぇな! どっちなンだよ!」



   「雨紋」



   「ただ、こちらの世界の方にとっては、突飛なことなので信じて頂けるか…」



   「こちらって?」



   「雨紋!」



   「あ、ははは。オレ、黙ってますワ」



   「ああ、そうしてくれ。

    失礼した。気を悪くしないでやってくれ。悪い奴ではないのだが、少々遠慮というものに欠ける男なので」



   「そりゃないでしょ、如月さン…」



拗ねたような顔をする雨紋に



   「雨紋……、修行が足りないな」



   「しゅ、修行とは?」



   「ヘヘヘ、驚くなよ! 如月サン、実はにン…」



   「雨紋!」



   「にん?」



   「にん…、にん……、……人参が嫌いなンだ!」



   (雨紋! あとで殺す!)



   「そう…ですか」



   「どうかしたかい?」



   「あ、いや、失礼した。ただ、」



   「ただ?」



   「(修行が足りない話と人参が嫌いなのとは、どう結びつくのだろう??

    しかも、その点は如月殿はあまり話される事を快く思われておらぬ様子……

    ヒノエが言うところの『でりけぇと』な問題なのだろうか…??)

    あ、いや…、わ、私も、人参が苦手なもので…」



   「ね〜、意外だろう……って、あンたもかい!」



   「は、はい」



   (馬鹿雨紋!! 絶対、殺す!!)

   「健康の為の、食べるようにはしている」



   「そ、そうなのですか。すごいな」



   「ね〜、如月サン、すごいだろ〜」



   「はい」



   (たかだか人参を食べるだけの事だろうに、何故そんな素直に、感動の眼差しを向けることができるんだ?)

   「君も食べた方がいい」



   「え、は、はい…」



   「雨紋、いいから店にいっていてくれないか。

    別に僕たちは、お互いの食生活の改善について話をしようとしてるわけではないんだ」



   「分かりました。俺様ぁ、店番、します!」



   「ああ、そうしていてくれ。できれば、ずっと」



そう言って神妙な顔はするものの、少しも立ち上がって店番に向かう気配のない雨紋

それを敢えて指摘するでもなく話を続ける如月



この二人の関係と日常が垣間見えたような気がして、敦盛は少し口元の緩む思いがするのだった。











08/09/11 UP

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