玄武 3
話は弾んでいた。
控えめに言っても、弾んでいるように見えた。
談笑
そう、敦盛としてはこちらの世界で初めて
八葉以外の人間との談笑。
少なくとも平敦盛には、そう感じられた。
とは言え、用心を怠っていたのでもない。
如月には、
横浜に住んでいること。
幼なじみと『るぅむしぇあ』をしていること。
現在、定職に就いていないこと。
身の上を話さなければならない必要に迫られたら、そう言えと、
以前、ヒノエから教えられていた話を近況を織り交ぜながら話した。
嘘ではないので、敦盛は気が楽だった。
如月も、
祖父の店を一人で切り盛りしていることを、
そして祖父も父も失踪中であることを、語った。
それだけのことだが、如月の話を聞き終わるなり、いや、聞いている途中から
この平敦盛という青年は、瞳を潤ませ、今にも泣きそうな顔をして
「ご、御苦労…されたのですね……」
と言って俯いてしまった。
如月にしてみれば、こんな身の上不幸自慢のような話をするために、敦盛を家に招いたのではなかった。
(どこでどうなって、こんな状況になってしまったのか……
やはり、雨紋が訪れてから、どうも調子が狂ってしまったようだ)
「やはり雨紋…、いつか殺す!」
思わず声に出して言ってしまった。
「殺す」という語にビクッとして、俯いていた顔をこちらに向けた敦盛が、何か言葉を発しようとした、
その直前に
「え〜〜〜〜!! 何でですか? 如月さ〜〜ン!」
と、店の帳場の雨紋が叫んだ。
(どうしてこういう事は聞こえるんだ?)
と、少々うんざりしながら如月は
「何でもない、こちらの話だ」
と言ってから
「このあと壬生も来ると言っていたから、久しぶりにメンツが揃うかな
平君、君、麻雀できるか?」
「ま、まぁじゃん???」
雨紋は店の帳場から声をかけてくる。
「あ! それ、いいっすね〜〜」
「どうだろう、半チャンでいいから付き合わないか?」
「半チャン……?」
「無理に、とは言わないが」
「あ、あの…、申し訳ありませんが、『まぁじゃん』というものは、まったくやったことが……」
「え〜、そうなの。じゃぁさ、オレ様が教えてやるから」
「せ、折角ですが、これから用事もありますので……」
と、時計に目をやると、あと30分ほどで演奏会が開演となる時間であった。
もう、開場は始まっている。
「あ! も、もう…上野に戻らないと」
何だか、わざとらしいように敦盛自身感じて、かえってどうしていいのか分からなくなり狼狽える。
「ええ〜〜、なンかこの後、用事あンの?
ちぇ、せっかく4人揃ったと思ったのに」
「折角のお誘いですが……」
そうだった
今日は、上野に邦楽の定期演奏会に来たのだ。
本来の目的も忘れ、今日初めて会ったばかりの人の家に上がり込み
茶までもてなされて談笑し
私はいったい何をやっていたのだろう。
「ああ、もう、開演の時間が……」
どのくらいで戻れるのだろう?
上野から王子までどのくらいで来たのだろう?
遙か昔の記憶のようになってしまったのか、定かには思い出せない。
気持ちがますます焦る。
「思いの外に長居をしてしまい、申し訳ないが、お、お邪魔した…。失礼します」
本当に慌てて
転がるようにして店番する雨紋の脇をすり抜け、店の外に出る。
追うように如月が、敦盛の後ろに立つ。
「駅まで送って行こう」
「そ、そのようなお手間は…。分かりますので、大丈夫です」
「そう、そうなら無理には……。気を悪くしたかい?」
「いえ、そのようなことは、決して」
「ならば、よかった」
「こちらこそ時間を忘れてしまって、不作法をいたしました」
「時間を忘れたということは、それだけ居心地が良かった…、そう解釈していいのかな」
「え!? え…、ええ……」
「ならば良かった。気が向いたら、また来てくれたまえ」
「え? わ、私のような者など……。よ、よろしいのですか?」
「ああ、君ならいつでも歓迎するよ。良い菓子を用意しておくから」
と、店名と住所の入った名刺を渡された。
「それに」
「…それに?」
「…同じ『玄武』だし、ね」
「……あ、…はい」
「まだまだ、積もる話もある」
遠離る平敦盛の後ろ姿を見ながら、如月が言う。
「もう出てきてもいいだろう……、壬生」
「敵わないな、如月さんには。分かってましたか…」
「ああ。雨紋も奥で待っている。入りたまえ」
「よぉ、やっと来たな」
「また帳場やってるのか?」
「ああ、そうだぜ」
「如月さん、気を付けた方がいい。こいつは小銭をちょろまかしますよ」
「おいおい、もうすぐメジャーデビューするミュージシャンに向かって、何て言い様だよ」
「ああ、いよいよ決定か」
「や、まぁ、流れなけりゃの話っすけどね」
「なんだ、まだそんな段階なのかい。やっぱり如月さん、気を付けた方が」
「大丈夫。銭函の中は空だから」
「き、如月サンまで!」
「フッ…、さすがは如月さん 人を見る目は確かですね」
「え〜!京一じゃあるまいし」
「で、その人を見る目の確かな如月さんから見て、どうでした?」
「彼…か?」
「ええ」
「あぁ! じゃあじゃあ、今のが!?」
「え? 知らなかったのか、雨紋?」
「ああ、まったく。如月サンも冷てぇや。
今のが、壬生のM+M機関がマークしてるっていう……。どうして、教えてくれなかったンです?」
「何をどう教えればいいんだ?
それに、君が女性と間違えたり、一方的に話しまくったりで、教える暇がなかっただろう」
「そりゃそうですケド…」
「平敦紀。幼なじみの慶桜大学生・藤原ヒノエと横浜で暮らしている」
「高校生?」
「いや年齢的には卒業しているはずだ」
「見えなかったなぁ」
「ああ十分、高校生で通るな」
「しかも頭に『女子』とか『美少女』を付けても、十分に
そんな奴を、何でM+M機関が? ああ、玄武だからか?」
「だったら如月さんだって」
「そうなるね」
「そうなっていない、ってことは他にも何かあるンすか?」
「どうも素性がはっきりしない」
「でも、それってM+M機関っていうより、公安か警察なんじゃ?」
「そっちは館長が調査済み」
「拳武館も…?」
「『素性の分からない玄武』、しかも去年の暮れまではM+M機関の網にかすりもしなかったんだ」
「どういうことだい?」
「実は如月さん。彼は去年の暮れに、突如としてこの世に現れたんじゃないかって…」
「だって『幼なじみ』っていうのがいるンだろう?」
「慶桜大生?」
「洗脳されているって事も考えられるので」
「でも、確証はない……か」
「ええ、そうです」
「フ」
「何ですか? 如月さん」
「いや……」
「気になりますね。飛水流の情報網は、何かM+M機関と違う情報を把握しているってことですか?」
「いや、いましがた直接会って、気づいたばかりだ」
「だから、何を、です」
「……」
「如月さん!」
「悪いが、御門と相談してからでないと、話せない……。そういう事にしておいてくれないか」
「御門さん……東の頭領の名がどうして?」
「不確実な推測だけでは、物事の実態を把握し損なう。臆測では、何も言えないからな」
「オレ様、さ〜〜〜ぱり分かンねぇや」
08/11/03 UP