玄武 4
(…!……やはり、尾行られている……)
どうも上野の奏楽堂を出た辺りから、何となくは感じていた。
その前から……は、どうだったのだろう…?
王子からだったのだろうか?
それにしても、こうもあからさまに尾行られると、どうしていいのかを逆に迷ってしまう。
単に尾行に慣れていないだけなのか
それとも何か別に意図のある挑発なのか
敦盛は不安を募らせるのだった。
敦盛はもともと、他人の顔を覚えることや、身のまわりの微妙な変化などへの察しの良さは、優れていた。
その上、異世界では、病に倒れる前は日夜、兄上が命じたのであろう者が、敦盛に気付かれぬよう警護していた。
当然、そのことに気付かない敦盛ではなかったのだが。
その上、このような身になって神子に与してからは、平家方からも源氏方からも、常に刺客から狙われていた。
いわば、尾行には慣れっこだった。
敦盛は、尾行を振り切ろうかとも思ったのだが……意外と雑作も無いことのようにも思えたのだが、
しかし、かえって何で振り切らねばならないのかが分からない。
(こちらにやましいことがあるような素振りはするべきではない)
武門の子としての矜持がそう言っている。
(何のための尾行なのか、かの者達に問い質そうか……。そうか、それがいいのかも知れない。)
そう思い、横浜駅で降りた際にタイミングを測っていた。
いざ、と意を決して振り向くと、しかし見事に気配を消して姿をくらましている。
かと言って尾行が止んだのではなく、所在なく問い質すのを諦めて歩き始めると、どこからともなく気配が戻ってくる。
(まるで、これでは……)
歩いては振り返る動作を、もう何十回行っただろう。
知らない人が見ていたら、余程敦盛の方が挙動不審に見えるだろう。
(ひょっとして、私は狂ったのか……?)
そんな事まで思い始める。
桜舞い散る花冷えの日だというのに、背中に嫌な汗が流れる。
こんなに尾行を引き連れていては、マンションには戻れず、かといって行くあてもない。
かと言って、まさか八葉の誰かのところにも行けず、地下街をかれこれ1時間は彷徨っていた。
その時
「何やってるんだ? こんなところで?」
地下街の、香や和風小物などを扱う店の中から突然、ヒノエが声をかける。
(ヒノエ!)
思わず出会ったヒノエにホッとする敦盛だったが、
一瞬後に敦盛は考える。
(ヒノエは気付かないのだろうか? だとすると、今ここでヒノエと合流するのは得策では無いのでは……)
そう考え直し、ヒノエの声は聞こえぬふりをして通り過ぎようとする。
やや足早になる自分が露骨すぎて嫌になる。
肩を掴まれる。
(ああ、この掴み方は…、ヒノエだ)
「つれないね。オレが声をかけているって言うのに、聞こえないふりなんて」
「ああ……、じ、実は…ヒ」
次のヒノエの一言に、敦盛は驚くことになる。
《 シッ!! 分かってる。…そこの角を曲がったら、いいね 》
「で、何か買い物だったのかい?」
「い、いや。そういうわけでは」
「じゃ、うれしいね。愛しいオレをこの広い横浜中、捜していてくれたのかい?」
「そんなはず」
《 角を曲がったら、声は出さないんだぜ 》
「つれないねぇ」
《 一、二、三! 》
言い終わらぬ内に、ヒノエが印を結び、遁甲をかける。
そして、静かに立ち止まる。
敦盛を上野駅からずっと尾行していたと思しき者達にとっては、角を曲がった瞬間に2人が忽然と消えたように感じた。
専用の無線まで使っているのが見えるが、かなり慌てて、しかし無言で散開し、探索を始めるのだった。
(ち、骨董品屋に張りついている見張りから新しい動きがあったと連絡が入ったので、来てみれば。
骨董品屋にゃ、手を出すなと壬生から言われてるが、
骨董品屋の仲間は、あの犬神やマリアと繋がってるんだ。
オレは壬生ほど甘くないんでね。
新顔のガキ、しかも横浜方面、紫髪。未確認情報の奴だな。
しかし、下っ端では駄目か、こうも見事に見失われるとはな。
フフフ、別の手をかけておいて良かったぜ。
ガキだと思ってタカをくくっていたら、なんだ? どっちか、妙な術を使うな……
ということは、やはり一般人じゃぁ無いということは証明されたって事……だろうな。
面白い、もう少し証拠を固めりゃぁ、消去しても上層部も文句は言わないだろう)
すこし離れた場所でそんな事を考えている男がいることには、敦盛もヒノエも気がつかなかったが、
ゆっくりと2人は、その場を離れた。
歩きながらヒノエは何処かにメールを送った。
そして少し経って返信も来たようだった。
それを見たヒノエが言う。
「準備万端ってところかな。さ、行くよ」
「どこに行くのだろうか」
「ここでは…、言えないね。いいから付いておいで」
新しい地下鉄に乗り、馬車道駅で降りる。
ヒノエはゆっくりと、散歩でもするように辺りを眺めながら、のんびりと海に向かって歩いていく。
敦盛は、何か引っ掛かるものが心から消えず、不安で仕方がない。
「敦盛、そんなにキョロキョロしてると、かえって目立つじゃん」
「そ、そうなのだろうが……」
「ま、ワケも分からず尾行されたんだからね、ナーバスになるなって方が無理だろうけれどね」
「なぁばす?」
「神経質ってところかな。でも、大丈夫。次の手は打ったからね」
「次の手?」
「正確には、次の手を頼って移動中ってとこ、かな」
「そう…。それにしても、助かった。ありがとう。礼を言うのが遅くなったが」
「うれしいね。だけど、敦盛にそう改まって礼を言われると、なんだかくすぐったい気分だね」
「偶然とは言え、地下街のあの店にヒノエが居てくれて本当に助かった」
「偶然? おいおい、見損なわないで欲しいね」
「え? と、言うと…」
「お前が上野で電車に乗った時から…」
「え! ヒノエも…上野に?」
「あははは 冗談冗談、本当は、お前がホームに降りた時からずっと様子を窺っていたのさ」
「では、どうして私が上野に行っていたことを知っているのだろうか?」
「それは、ここ数日のお前の行動からの類推で」
「そうなのか? この時刻に横浜に帰り付くことも?」
「当然」
本当は、敦盛の携帯をGPSで捕捉していたからなのだが、
それを言うと敦盛が携帯を持ち歩かなくなるだろうことは目に見えているので、黙っているヒノエであった。
(それにしても)
ヒノエは思うのだった。
(上野の芸大で雅楽のコンサートだったのは知ってる。
それにしても、何でそのコンサートの前に、敦盛は王子なんて所に行ったのだろう?)
「ヒノエ、お前は凄いのだな。で、その時から…?」
敦盛のその言葉で、思考をいったん中断して、ヒノエは敦盛の方を向いて、言う。
「ああ、気が付いていたよ。で、地下街に降りたからね。あの店の前で準備をしておいたのさ」
「あの店…」
「好都合なのは、伽羅とかの香を扱っている店だからね。陰陽の薬を少量撒いても、気付かれなくてすむ」
「しかし、私があの店の前を通るとは限らないのではないだろうか?」
「おいおい、何年お前を見ていると思ってるんだい? お前がどちらに歩いて行くかなんて」
「お見通しなのか? 凄いのだな、本当に。ヒノエ…」
「敦盛…、今日はどういう風の吹き回しなんだ? お前らしくもなく、妙に素直に褒めてくれるんだね」
「そうだろうか…。私はどうしていいか判断もつかず、おろおろするばかりだったのだから……。
駄目だな、私は…」
「…本当は、ね、敦盛。お前があの店の方に行きそうになかったら、別の所で偶然を装って声をかけて」
「ああ、あの店の前に誘導する、のだな……。そうか……」
「タネを明かすと、ありがたみが薄れるね。それと…」
「何だろうか?」
「尾行ってやつは、1組でやるより……ってね」
「多い方がいい…。そうか、私の、このわだかまった気分はそれなのかもしれない」
「な、敦盛も分かってるじゃん。で、今、念には念を入れてるところ。
それに、もう一つ……」
ヒノエは突然、印を結び、敦盛の後ろ髪に触り
「ヒ、ヒノエ? 何を」
「しっ、声を立てずに、観てごらん」
指先につまんだ虫が、奇声を発する。
きぃぃ
周りを通り過ぎる人達には、この虫が見えないのだろうか?
「!!」
「たぶん、式神……だね。ちょっとグロイけど」
「では…!」
「大丈夫、こいつのことも最初から分かっていたさ」
「そうなのか……。やはり、私は……ダメだな」
「おいおい、敦盛、人には得手不得手があるからね。何もそんなにしょげることはないんじゃない?」
「そう……なのだろうか?」
「そうさ。これでもオレは、れっきとした神職なんだぜ。見損なってもらっちゃ、こまるね」
「フ、やはり、今日のヒノエには頭が上がらないな」
「おいおい、それじゃぁ、いつもはどうなんだい?」
と、そんな話をしながら歩いて来たのは、赤レンガを右手に見る建物。
「変わった形の建物なのだな」
「『ナビアス横浜』。船乗りのためのホテルなんだぜ」
「ホテル……。ここに泊まるのか?」
「お前が望むなら、いつでも連れてきてやる。でも、今日は……。
もうすぐ遁甲の効力も切れるからね。ここからはオレを信じて、黙ってついておいで」
「……分かった」
ホテルに入っていく2人を見ている男が5人。
その中でひときわ異彩を放つ男が言う。
「相手が単なるガキじゃないのが分かったな。
なめてかかると痛い目を見るんだぞ、この仕事は」
先程、ヒノエの遁甲に撒かれた3人は無言で頷く。
言い終わると、男は平然とホテルに入っていった。
(自宅を押さえられるのが嫌で、今日はホテル泊まりか? ガキの思いつきそうなことだ。
しかし、こういう行動こそ、かえって自分たちの怪しい事を証明しているようなもんだぜ
2人がエレベーターに乗ったのを見届けてから、男はホテルのエントランスに腰を下ろす。
都合のいいことに、2機しかないエレベーターのもう1機は1階にある。
座ったまま、男は外に待機している配下4人に合図を送る。
男は印を結ぶ。
傍を通りかかった異国の旅行者が不思議そうな顔をして、横目で男を見ながら通り過ぎる。
男が放った式神は7階に居る。
そう感じる。
「7……階か」
黙って男は指で「7」と示す。
1人が非常階段の扉を開け、駆け上がる。
1人は、エレベーターのボタンを押す。
1階に止まっていたエレベーターの扉が開き、乗り込んで7階へと上がる。
更にもう1人がまた、エレベーターのボタンを押す。
7階で止まっていたエレベーターがそのまま1階まで、どこにも止まらず降りてくる。
扉が開く。
乗り込み、地下1階の駐車場へ降りる。
このホテルは1階のエントランスか地下1階の駐車場を通らないと外には出られない。
(これですべての出口は押さえた。
フッ、やっぱりガキのやることだ、よりにもよってこのホテルとはね。
あっちの見えるランドマークのホテルだったら出入り口がありすぎて、100人いても足りないだろうに)
男はほくそ笑み
もう1人残った配下と1階のエントランスのソファに座り、
どこから降りてきても視認できること確かめて、7階に上った配下からの連絡を待った。
(あとは式神がどの部屋かを知らせてくれれば、踏み込んで……
! 待てよ。
あのガキは、このホテルに予め部屋を取っていたのか?
……いや、そんなはずはない…な。
では何故、あいつらは今、フロントにもクロークにも寄らずに上がって行ったんだ……
チッ! しまった!!)
配下の男を残して、男はエレベーターで7階に上っていく。
7階で男が発見したのは
コンビニのレジ袋に入れられ、しっかり封をされ、7階リネン室のダストポットに捨てられていた
式神だけだった。
ヒノエと敦盛の姿は、このホテルから忽然と消えたのだった。
「ち! 『なめてかかると痛い目を見る』か。
まったくだな……、ククク、アハハハハ!
今度会ったら、本気で消去してやる! この来栖狩夜の名にかけて!」
同時刻。
鎌倉は極楽寺にある書道教室の奥の1室。
「急な願いを聞いてくれて助かった。礼を言うよ」
「せ、先生! 私からもお礼を言わせてください」
優しく微笑みながらリズヴァーンは言う。
「無用」
「し、しかし……、御手を煩わせてしまい」
「…雑作もないことだ。気に病む必要は無い」
「フ…、リズ先生らしいね」
「しかし、ヒノエ。どうして」
「正月に、景時達が海ほたるまで行っちまった事があったろう」
「え? あ、ああ…」
「あの時、先生の跳躍は十分堪能したからね。
鎌倉から横浜だったら。アッと言う間だろうって考えてね。で、御足労いただいたって訳さ」
「問題ない」
「しかし、誰だったんだろうね。こっちの世界で式神まで扱うなんて」
「…式神…?」
「ええ、そうなのです。私はまったく気付かなかったのですが、ヒノエが…」
「……うむ」
「で、敦盛、お前、何か心当たりはないのかい?」
「い、いや……」
敦盛は、暫く考え込んでから
「やはり、心当たりは……」
「そうか…。とにかく、しばらくは用心するに越したことはないね。
連中は、熱烈なお前の横笛のファンって訳では無いだろうから」
08/12/29 UP