朱雀 1
「お嬢ちゃん、オレ達と楽しい所、行こうぜ」
ああ、どうして私は、こうも女性と間違われるのだろう……。
しかも…、
必ずと言って良いほど、たちの悪いこの手の連中に絡まれてしまうというのは、どういうことなのだろうか。
兄上……私の前世は、余程罪深いものだったのでしょうか……。
今月上旬、1人で上野へ出掛けた帰りに、妙な者達に付け狙われるという事があった。
その後ヒノエに、「しばらくは用心するに越したことはない」と言われていたのだが、
この1ヶ月、何事もなく過ぎた。
桜の季節はあっという間に終わり、
その間は不本意ながらも我慢して、
横浜駅、赤レンガやみなとみらい方面、ましてや東京の王子には近付かないようにして過ごした。
時々、注意深く様子を伺いながら近くを出歩くだけにして、
最近になって、人気の少ない場所と時間を探して笛なども始めたのだが、
特にこれと言った事も無く過ぎ、間もなく皐月の花も咲き始めていた。
もう大丈夫かと思い、また上野の大学の奏楽堂のコンサートにも出掛けた。
そして、王子の如月骨董品店に行こうと思い立った矢先だったのだ。
『こういう連中には、多少の灸を据えてやらないとな』
いつだったか、「お台場」という所で、九郎殿はそう仰っていた。
私とて武門の子、九郎殿や弁慶殿の御助勢がなくとも、「灸を据える」ことは出来るだろう。
ただ、周りに無関係な方々が居られ、巻き添えで怪我などなされては申し訳ない。
そう思って、この手合いが連れて行こうとする、人気の少ない所へと私も歩いているのだが
「この女、妙に聞き分けが良いじゃねぇか」
「あのおやじ、何だっt」
「シッ! 馬鹿野郎、それは言うんじゃねぇよ!」
「ヘヘヘ、そうだったそうだった。お嬢ちゃん、そんなに恐くないからね」
「恐くて何も逆らえないってところじゃねえか」
「どっちでもいいだろ」
「そんなことより、俺達が気持ち良ぉ〜くしてあげるからねぇ」
「他の連中も呼んどけよ」
新宿駅から歌舞伎町というところまでの道すがら、大勢の人が行き交っているからか、
誰も、私達の集団にとりたてて注意は払わない。
注意を向けた人がいたとしても
酔客が絡んでいる
チンピラに絡まれている
どっちにしたところで、こんなところに1人で来るような者なのだから…
どっちにしてもとばっちりはゴメンだ
その程度の同情と蔑みの視線を向けるだけで、足早に通り過ぎる。
こうした光景は日常茶飯事なのだろう。
男達もそれが分かっているから、ことさら声高に威嚇するような態度で、私を取り囲んでいる。
相手が何人になろうとも別に恐いとは思わない。
それよりも『灸を据える』ことによって、この者達を傷付けてしまいはしないだろうか。そちらの方が心配だ。
それとも……、やはり「灸を据える」とは大義名分、自分自身への言い訳に過ぎず、
無意識に他人の流す血を求めているのではないのか? 穢れた私は……
「やはり、私は…」
「何ぃ今更言いだすんだよ、…って風邪でも引いてんのか?」
「なんか凄んげぇハスキーな声じゃん」
「!! ってか、こいつ男じゃね?」
「へ? そうなのかよ!?」
「そ、そうだが…、何か」
「『何か』だぁ!? てめえ、騙しやがって!」
「い、いや、私は騙してなど」
「ざけんなよ!!」
「わ、私は一度たりとも、女性だといった覚えはない。そちらが勝手に思い違いを」
「この! 2丁目関係か!?」
「あのおやじ、騙しやがって…」
「のこのこ大人しく付いてくるから、おかしいと思ったんだ」
「バカにしやがって!! 」
と、いきなり蹴り上げてきた男の右足を掴み、
「け、怪我をさせたくはない。付いて来たことは謝るが、決してバカになどはしていない」
「ふざけるな、なに時代劇みてぇなセリフぬかしてやがるんだ!」
「このガキ!! 脚ぃ放せよ!」
「わ、私は…」
「痛ててて!! 脚ぃ放せ!! だ、誰かぁ」
「す、すまない」
慌てて手を離したのだが、相手はその場に足を抱えてうずくまり
「くぅぅ!!! こ、こいつ! すんげぇ力だ、痛ててて」
「お前、何か格闘技とかやってんだろ!」
「そんなレベルかよ! この脚、見ろよ! 掴まれただけなのに紫色になっちまった!」
「ガキ!! 慰謝料だけじゃ済まねぇぜ!!」
「クソ! てめぇ、痛い目、見せてやる!」
「どうしても、灸をすえないと分からないのだろうか…」
ああ、ダメだ……、やはり私は、穢れているに違いない。
どうしようもないほど、身体の奥から沸き上がるこの、高揚感にも似た怒りに抗えない…。
兄上…。
ああ、変生しかかっているのだろう……
怒りからなのか、高揚感からなのか、自分で自分を止められない!!
と、その時だった。
「止めねぇか!!!」
私に襲いかかろうとする男達を恫喝して、顎に傷のある大柄な男性が現れた。
「何だ!! お前ぇは!」
「てめえもまとめてぶっ飛ばすぞ!!」
「ふん! この歌舞伎町でオレ様のことを知らねぇたぁ、お前らどこのもんだ!」
「何だと!」
「誰だ、てめえ!」
「教えてやってもいいが、後悔するぜ」
「何ぃ!!」
「偉そうに!」
「オレの名は、村雨祇孔」
「え!?」
「げ! 『歌舞伎町の帝王』!」
今にも殴りかかろうとしていた男達の囲みが一瞬で遠のく。
と、同時に男達の怒気の萎えるのが分かる。
どなたなのだろうか? 『歌舞伎町の帝王』と男達の誰かが言ったが……。
そんな事を考えていると、目の前が白一色になる。
『歌舞伎町の帝王』村雨殿が、着ていた白い上着を私に頭から被せ
「ちょっと、深呼吸しとけ」
と小声で私に言ったのだった。
「ヤバイんじゃね!」
「こんなのまで出てくるなんて、話が違うだろ」
「ハハハ! バカか、お前ら」
「何だと!!」
「ほれ」
と村雨と名乗る男は、顎で街灯の方を示した。
「防犯カメラに、お前らの顔はバッチリ映っちまってるぜ」
「まずいぜ! 兄貴…」
「チッ、こんな人気の多いところでやる予定じゃ、無かったからな」
「中止中止! に、逃げろ!!」
「ちきしょう! お前ら、覚えてろ!」
男達が走り去り、多少いた物見高い野次馬もあっという間に消えた。
頭から被せられた上着を、渡そうと彼に差し出す。
「す、すまない。助かった」
「まだ、少しの間、ひっかけときな」
「な、何故……」
「瞳。充血してるって言うのとは、ちょっと……、な」
「!」
「へ! しっかし、あの連中が間違えるのも無理は無ぇな……。」
「わ、私は……」
「分かってるよ。お前はオカマでも女でもない。ただ……、……ま、気を付けるんだな」
「あ、あなたは私を変には思わないのか?」
「あ? 変? ああ…、そうだ、な」
「何故?」
「オレは……、まぁ何だ、その…、虎だの亀だのに変身する奴らをよ、知ってたりするもんでな」
「え!」
「信じないだろうけどな」
「……そうなのですか…」
「信じるのかよ! は!? ところで、お前、どこに行こうとしていたんだ?」
「え?」
「そのジャケットを返して貰うにゃ、もう少し時間がかかるだろうからな」
「あ…」
「いいぜ、ちょうど暇だし。送ってってやるよ」
「い、いや……、それでは申し訳が…」
「さっきの連中が、お前1人になるのを狙ってるってこともあるしな」
「そ、そうなのだろうか?」
「知らねぇけどな。 で? どこに行こうとしていたんだ?」
「お、王子…」
「王子って、巣鴨の先の、あの王子か?」
「ああ、そうだが」
「……」
「どうか、したのだろうか?」
「い、いや……、ちょっとだけ、嫌な野郎の顔が思い浮かんだもんでな……。
で? 王子に行きたい奴が、何処をどうすると新宿は歌舞伎町の路地裏にいて
しかもチンピラ6人相手にこんなことになってるんだ?」
「い、いや、その……」
「ま、ワケありってとこか?」
「いや、そのように複雑な事ではないのだが……。渋谷の乗り換えを……」
「渋谷だぁ?」
東京渋横線で渋谷まで出たものの、
横浜から京浜埼北線でしか上野や王子に行ったことの無かった私は、駅の構造が分からず
しかも、山手線の『内回り』と『外回り』のどちらが早く上野に着くのかも分からず
結局、人の流れに抗えず押されるように乗ったのが、この電車であった。
凄い人出だ。
正月の鶴ヶ岡八幡宮前の段葛以上の混雑で、
「らっしゅあわぁ」と言うらしく、人混みに押しつぶされそうになる。
このような人混みに女性も子供もいることが驚きだ。
しかも、この人混みに少しも負けておられないのが、もっと驚きだ。
(なるほど、神子があのように意志も体力も強靭なものとなる素養は、
こういった状況で培われてきたものなのだろう)
ということが至極納得できた。
「原宿」という駅での人の流れには、何とか踏みとどまれたのだが、
「新宿」という駅では、電車から降りる人の流れに抗えず、押し出されてしまった。
(後でヒノエに『そう言うところではいったん電車から降りて、降りる人に道を空けるものだ』と叱られた)
慌てて再度乗ろうとした私の目の前で、電車の扉が閉まってしまった。
ホームで狼狽えている私を、先程の男達が取り囲み、そして駅から連れ出されて、という事なのだが……
信じてくれるだろうか?
「いいよ、そんなに黙り込まなくても。それより王子には何の用事なんだ?」
「あ、すまない。実は…、王子には、骨董品店に」
「あ!? 骨董品…。あの…よ……、ひょっとして、それって駅前商店街をちょっと行ったところの『如月骨董…』」
「御存知なのですか!」
「お、おう。…ま、まぁ、な。御存知って言うか、あいつがオレを逃がしてくれねぇって言うか……
そんなに目ぇ輝かせて見るなよ!
ああ、知ってる! 御存知! 奴とは雀友っていうか」
「じゃんゆう?? ですか……」
遙か遠くのビルの上から、この様子を見つめている影が一つ。
「ち! 村雨祇孔……厄介な奴が邪魔に入ったものだ」
09/06/22 UP