朱雀   2











   「〜で、久しぶりにみんなで食事でもどうかって話になったんだ。

    先輩とリズ先生、あと、時間が取れたら弁慶さんと九郎さんも来るんだけど、どうする?」



   『あ、い、いや……、その…』



   「ヒノエの奴はまだアメリカから帰ってないんだろう?」



   『あ、ああ、帰国は2日後の予定だが…』



   「だったら」



   『いや、…誘ってもらったことは嬉しく思うのだが……』



   「何だよ、はっきりしないな」



   『す、すまないが……、先約があって、これから出掛けるところなのだ』



   「先約? いったい誰なんだ?」



   『…譲は知ら……いや、と、とにかく、すまないが行けない。皆によろしく伝えておいてくれないか』



電話の切れる音。



   「え!? もしもし! 敦盛! ……あいつから電話切るなんて……。何があったんだ? 先約…? いったい誰だ??」











   「〜というわけで、敦盛の様子が変なんです」



   『ええ、それは確かに敦盛君らしくありませんね……』



   「ええ。それで弁慶さんに」



   『分かりました。ヒノエからも留守の間をよろしくと頼まれていますしね。

    では、今日は景時の店には九郎一人で行かせますので』



   「え? 今日、ですか?」



   『ええ、「善は急げ」と言いますからね。

    それに、今日は間違いなく敦盛君は、その「先約」の方にお会いするのが分かっているわけですから』



   「ああ、そうか」



   『彼はまだ、横浜の自宅でしたか?』



   「ええ、『これから出かける』と言ってましたから」



   『それでは尚更、急がねばなりませんね』



   「変な事に巻き込まれていなければ良いんですけど…」



   『それは、星の一族の啓示と考えて良いのでしょうか?』



   「いや、別に夢に見たわけでは……。単に、俺の杞憂ならいいんですけど。

    あいつ、しっかりしているようでいて、変なところで誰でも信じてしまうところがあるから、心配で」



   『分かりました。では、急ぎますので』



   「よろしくお願いします」











    今日が緑丘スタジオで「ラッキー」でした。

    九郎には、後でメールでもして、景時の店に一人で行ってもらうとして、さて、本当に急がないといけませんね



小走りで歩きながら、慣れた手つきで携帯の乗り換え検索サイトを確認し、



    この時間だと長田津・菊野と乗り換えて……ああ、30分もかからずに敦盛君の駅まで辿り着けますね。

    問題は、すでに敦盛君が出てしまっていたら……。



そう考えながらも弁慶は、すでに最寄り駅のホームに立っていた。



    それにしても、先約とは言え、僕達、特に望美さんやリズ先生と会うこと以上に優先する相手とは……分かりませんね



浄蓮寺駅に着いたのは、思った通り28分後だった。

運良くと言うか、意外な事にと言うか、とにかく弁慶の乗った電車が浄蓮寺駅のホームに入り、停まる直前

弁慶の目の前に、反対ホームの敦盛の姿があった。

弁慶は敦盛を見失わなかった安堵感と同時に、自分の姿を敦盛に見つけられないように細心の注意を払った。

扉が開くのももどかしく、弁慶は反対ホームに急いだ。

渋谷行きの電車が近付いていることを知らせるアナウンス。

敦盛が乗った1両後ろの車両に、弁慶はぎりぎりで飛びこんだ。

呼吸を整え、連結器の向こうに見える敦盛の横顔を観察した。



    どうやら敦盛君に気づかれてはいないようですね。

    ああ、それにしても何処に行くのでしょうか。

    あんなに無防備な微笑顔をふりまいて…、余程、着くのが待ち遠しいのでしょうね。

    ヒノエが知ったら逆上ものですね、フフフ。



田園調布駅で東急目黒線に乗り換えた。

弁慶は、てっきり敦盛が渋谷で降りると思っていたので、少し意外だった。



    どこまで行くのでしょうね…?



目黒から直通で、地下鉄南北線へ。



    直通で地下鉄、ですか。いやいや、敦盛君を侮っていましたね。

    まさかこれほど慣れているとは、乗り換えに……



    王子……ですかね、これは。



いつだったかヒノエが


   『敦盛あいつ、王子に一人で花見に出掛けたらしいんだ』



とガラにもなく愚痴を、しかもこともあろうに弁慶に、こぼしていたのを思い出していた。



   桜の季節ならいざ知らず、この季節にわざわざ横浜から飛鳥山に行くからには、桜、ではないですね。

   王子に何があり、どうしたら、あの人見知りの激しい敦盛君が足を向ける気になるのでしょうね?



そう思うと、弁慶は異様に好奇心をかき立てられるのだった。











弁慶が予想したように、王子の駅で敦盛は降りた。

しかし、花見の名所の飛鳥山とも熊野由来の王子神社とも反対側の方に歩き出す。



駅前ロータリーの歩道橋をトコトコと歩き、駅前商店街を慣れた足取りで進んでいく。



    何処まで行くつもりなのでしょう



そう弁慶が思った途端だった。

商店街のはずれにある一軒の古風なたたずまいの店の扉を開けて、店内に入っていった。

何くわぬ顔で弁慶は店の前を通り過ぎた。

その瞬間



    この店は…!!



「如月骨董品店」…そう暖簾にも看板にも書かれたその店はしかし、見事なまでに厳重な結界が張られていたのだった。



店からの人の出入りを見過ごさないように細心の注意を払いながら、この駅前商店街をじっくりと観察する。

一見ごく普通の何の変哲もない商店街なのだが、目立たぬように護符があちらにもこちらにも貼ってあり、

二重、いや三重の結界、が町内に同心円の様に張り巡らされており、しかもその護符群同心円の中心は、

たった今、敦盛が嬉しそうに入っていったあの店、如月骨董品店に間違いなかった。



    望美さんの世界で、どうしたらここまで厳重な結界が必要なのでしょうね……



単なる好奇心から敦盛を尾行していただけだった弁慶は、全身に緊張が走るのを感じた。



    気を抜きすぎましたね、この世界に。



武器または防具となるようなものは、隠し持った携帯警棒1本だけという心許なさ。

それでも無いよりはましと心を決め、印を結んで張り巡らされた結界を刺激しないようにし、

ゆっくりと店の入り口の方へ近付いた。



入り口の扉は閉まっているので、中の様子を窺い知ることはできない。



店の様子をすこし離れた電柱の陰から窺っていた弁慶だったが、
くだんの骨董屋の扉が音もなく開き、奥から店主と思しき男の声がする。



   「やあ、いらっしゃい」



弁慶は、それが誰に向かっての言葉か一瞬、理解できなかった。

それが自分に向けられたものだと知った弁慶は、本当に驚いた。



   「!!(気配は完璧に断っていたはずですが! これは)」



身構え、隠し持った武器に手を伸ばしたその時



   「物騒なことは考えなくても大丈夫だ」



その声は、店内から聞こえるものの、店主の気配は手が届くほどの真後ろにある。



   「ぼ、僕としたことが……(術に気付かないとは…、油断しました)」



   「気にしなくていい。ああ、君は、朱雀、だね?」



数メートル飛び退きざまに弁慶は身構え、心許ないながらも唯一の武器である携帯用警棒を伸ばして、構えた。



   「あなたはいったい何者です!」



   「それは、こっちが聞きたいね。

    ああも見事に気配を断って、僕が苦心して張り巡らした結界をあっさり通過して、

    その上、人の店の様子を窺っているなんて、君こそ何者だ?」



   「……(で、できる…。間合いが測れない…)」



   「その構え……、ああ、君は弁慶、だね」



   「!! ……な、何故それを…!?」



   「源九郎君に平敦盛君。で、棒術か薙刀の構えをする男が次に現れたら……。まぁ、イメージとはかなり違ったけど……ね」



その時、店の中から今度ははっきりとした声で



   「べ、弁慶殿!」



と敦盛の声がした。











店の奥の帳場の前の椅子を勧められ、そこに腰を下ろし店内を一瞥する。

ごく普通の骨董品店…とは少々毛色の違う品も取り扱っているらしい。



目の前に出された茶とお茶請けの和菓子と、

隣にチョコナンと座り、当たり前のように茶をすする敦盛と、

そして正面に端正に座り、懐手に腕を組む和装の如月翡翠という絶世の美男子と、

その前に座っている自分……



ほんの1時間程前には想像すらしていなかったこの展開だが

それ以上に、この店内に陳列されている品々に弁慶は興味津々だ。

如月は天性の銭亀アンテナで、この目の前の金の髪の男は金になると感じていた。

弁慶の視線の先にある物を目聡く察し、間髪入れず解説をしていた。



   「ああ、それはつい最近手に入れた宋銭だ」



   「宋…ですか」



   「七百年から八百年くらい前のものだろう。

    松前の方の旧家の蔵から、ほら、そっちの薬壺とか薬籠と一緒に出てきたものでね」



   「薬壺…ですか」



弁慶はふと思うことがあって、聞いた。



   「こういった薬壺は、売買するとしたら、どのくらいの値段になるのでしょう?」



   「物の状態にもよる。美品だったら100の値段が付くこともあるだろう」



   「100……万円ですよね」



   「当然。でも、まあ、普通は5〜6万円ってところかな」



   「そうですか……」



身につけていたので、こちらの世界に意図せず持ち込んだ小さな携行薬壺が2つあるのだが、

弁慶は、まさかそんなものに値段が付き、売買されるとは思いもよらなかった。



   「何か? ああ、もし持っているのなら高値で引き取らせてもらうが」



帳場の算盤を手に、如月翡翠が商人の目をして、弁慶を見つめた。



   「え? い、いえ……」



   「そう。それは残念」



    状況は見極めないと……。

    売れる物だと分かれば、何もこの店に売らなくてもいいわけですからね。



弁慶はそう考えた。



    この男は何か、そう、多分、宋代の薬壺を持っているようだが。

    まぁ、問題はその状態か。この男の身なりからすれば、そこそこの……



如月も静かに値踏みしていた。





   「それより、さっきから気になっていたのですが」



   「何か?」



   「あの店先の袋はなんでしょう?」



   「ああ、あれは福袋だ」



   「福袋?」



   「知らないわけじゃ無いだろう」



   「え? ええ。ただ、骨董品店の福袋というのは、初めてなものですからね。

    中にはいったい何が入っているのですか?」



   「試しに買ってみる、というのはどうだろう?」



   「まあ、そのうちに、ということで」



   「中もピンキリだが、買っても損はないと僕は思っているよ」



   「そ、そうですか」


   「安い物で『月草ソーマ』から、高い物だと『神水』まで、いろいろだな」



   「『神水』……、それはどのような?」



   「ま、『力』を幾つか上げる効力があるのだが」



   「『力』…ですか?」



   「ああ、普段は50万だが、君とは初対面を記念して25万でいい。どうだい?」



   「に、25万……円ですよね」



   「ドル建てにするほどあこぎじゃない。かといってウォン建てにするほど気前がいいわけでもないからな」



   「きょ、今日はちょっと」



   「そうかい、残念だな。絶対損はしないと思うがね」


『ナース服』と『青磁の壺』と『ミイラの腕』と『遮光器土偶』を一緒に並べている店の主の言である。

にわかには信じがたい弁慶であった。











09/07/12 UP

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