朱雀 3
柔らかな香気が食欲をそそる白い飯
絹ごし豆腐とワカメのシンプルな味噌汁
インゲンの胡麻和え
だし巻き玉子
筑前煮
初鰹のたたき
アサリの酒蒸し
何ということもない夕餉の食卓
魚沼産最高品質のコシヒカリと天然醸造の味噌は村雨からの貢ぎ物だが、
それは今、この食事を出された敦盛と弁慶には知るよしもなかった。
「君も敦盛君と、食べていかないか?」
「いえ、僕は……」
「そうか、それは残念だな。もう用意してしまったのだが」
「しかし……、困りましたね」
「弁慶殿……」
「敦盛君も、そんな顔で僕を見ないで下さいね……」
そんな問答の果てに、弁慶はこうして座敷に上がり、
目の前に並んだ料理と隣でにこやかに箸を進める敦盛の横顔を交互に眺めている。
「安心してくれ。妙なものは入ってなどいないから」
「ええ……(今日は、思いがけないことばかり起こりますね)」
そう思いながら弁慶は箸に手を伸ばし、
「では、失礼して……。いただきます」
椀を手にして味噌汁を一口すする。
(! ああ、これは……、とても美味しい)
しっかりとしたダシの旨味と、やや薄味ながらそのダシに負けない味噌の香味が口いっぱいに広がる。
「気に入ってくれたようだな。さ、遠慮はいらない。
酒蒸しに使ったのは、この酒でね。料理に使ったなどといったら、こいつを持ってきた奴が機嫌を悪くしそうだが」
と弁慶が酒屋で見たことのない一升瓶を示した。
「酒にはやたらとうるさいのがいて、そいつの貢……、手土産でね。
なんでも灘の小さな蔵元のものだそうだが、通の間では有名なのだそうだ。
どうだい? 敦盛君には申し訳ないが、まだ未成年だからな」
「い、いえ、私は酒は……。弁慶殿、私のことはお気になさらず、どうぞ」
「え、し、しかし……」
「僕も今日は呑みたいと思っていたんだ」
「弁慶殿、如月殿の折角のお誘いですから」
「ああ、困りましたね。お2人にそこまで言われては、断るわけにはいかないでしょうね。
では、御相伴に与らせていただきます」
「では、用意してこよう。冷酒でかまわないか?」
「ええ、おまかせします」
数分後、氷で冷やされた徳利が3本と猪口を2つ、盆に乗せて戻ってきた如月翡翠は
先程の和やかな顔で、しかし、思いがけない言葉を発した。
「ゆっくり食事していてくれ。それからこれを」
と手にした盆を弁慶の前に置いた。
「僕はちょっと所用が出来たので、それを片づけてくるから」
そう言って目の前の、如月翡翠という捕らえどころの無い男は、ふらりと出掛けようとする。
「よろしければお手伝いしましょうか? もし僕に出来ることがあれば申しつけてくださいね」
「ああ、私も」
と立ち上がりかけた2人を制して、
「いや、いつものことだから、それには及ばない。敦盛君、それより済まないが、おかわりは自分でよそってくれたまえ」
(え? 敦盛君がおかわり…ですか)
「君はいけるクチなんだろう。僕が戻って来るまで少しの間、すまないが手酌でたのむ」
そう言って、席を立った。
「確か、この辺りの路地に入っていったと」
「べ、弁慶殿? 店を空っぽにして良かったのだろうか?」
「気になるのでしたら、敦盛君が戻って店番をしてあげればいいのではないですか」
「それはそうなのだが……」
「こちらも気になるのでしょう?」
「……そうだな…、し、しかs」
「し!」
そう弁慶が敦盛を制した視界の先にあったのは、如月が路地の先の四つ辻に立つ着流し姿であった。
しかしその彼を、大勢の異形の姿のモノが取り囲んでいたのだった。
「キィー!」
「破ッ! 如影斬」
「キィ〜〜ィ!!」
「キィー!」
「彼は、確かに強いですね」
如月翡翠は次々に異形をなぎ倒していった。
しかし、どこから湧いて出るのか、異形はますますその数が増えていく。
「こ、これは……」
「ええ、多勢に無勢、ですね」
「あ! 後ろ!!」
間一髪で、後ろからの異形の攻撃をかわしたものの、如月の姿さえ見えない程、異形の数が増える。
「水裂斬ッ!」
「ピギャァ〜〜!!」
ますます異形の数は増え続け、ついには如月の姿は弁慶達からは見えない程になった。
その時、異形の後ろに二回り程大きいな、異形とは異なった姿をしたものが現れた。
「いよいよ親玉の登場……か」
「プシュィー!」
「水流尖!」
しかし如月の一撃は簡単に跳ね返された。
「く! 水属性か……」
いきなり如月は防戦一方となる。
「地久滅砕!!」
「! ……君達…」
「弁慶殿!?」
「さすがに彼といえども、手に余るようですからね」
「では!」
「義を見てせざるは勇無きなり、とも言いますからね」
「はい!」
嬉しそうに敦盛は走り出し、異形のモノの群れに飛びこむなり、手当たり次第に投げ飛ばした。
一瞬にして4体の異形が地面や電柱に叩きつけられた。
「プギィ〜〜!」
「敦盛君! 君が何故…」
襲い掛かる異形の攻撃をかわし
「水裂斬ッ! 何故、来たんだ!」
「それは……」
掴み掛かってきた異形は綺麗に投げ飛ばしたものの、敦盛は答えに窮してしまった。
「あ、あの…」
その敦盛の後ろの異形が3体、綺麗に宙を舞った。
「確かに冷酒も捨てがたかったのですが」
異形に回し蹴りをめり込ませながら弁慶が答える。
「あなたが何処に行くのか知りたい、という好奇心に負けてしまいました。僕の悪い癖です」
綺麗に忍刀を振り下ろしながら、如月は呆れた顔で笑った。
「水、裂ッ!! ……まったく」
「ピギャァ〜〜〜!」
「敦盛君、君、これを使い給え」
如月は手にしていた忍刀を敦盛に渡し、更に言葉を続けた。
「扱えるのだろう」
「え!? べ、弁慶殿…」
異形を組み伏せながら弁慶が言う。
「ここまできたら、隠してもしかたないでしょうね」
「それは弁慶殿が……い、いや、分かった…。平敦盛、参る!!」
振り向き様に袈裟懸け一閃、異形が消滅した。
「ほぉ、さすがだな。では」
一瞬、2人の視界から如月が消えたような気がした。
気のせいだったのだろうと思った瞬間に
「君は、これだったね」
と如月は、どこから取り出したのか抜き身の薙刀を弁慶に渡した。
「え? これをどこから」
「売り物だからね。刃こぼれはさせないでくれ」
これまたどこから取り出したのか、もう一振りの忍刀を取り出して、構えた。
「刃こぼれ……ですか。久しぶりですから」
「ピュゲ〜〜!」
振り上げた瞬間に、異形が2体消えた。
「確約は出来かねますが」
振り下ろした瞬間に、また異形が3体消えた。
「ピギュ〜〜!」
「では、君が買い取ってくれればいい。 破ッ!」
「ギャピィ〜〜!」
「え! 僕が、ですか?」
「ピュェ〜〜!」
「君が使っているんだ。当然だろう」
「ギョピェ〜〜!」
「何か、はめられた気がしますね」
「ピギュゥ〜〜!」
「それが嫌ならば」
「ピギュ〜〜!」
「嫌ならば?」
「ギャピィ〜〜!」
「こいつらを1列に集めてくれ」
「ピュゲ〜〜!」
「1列に?」
「ピギュ〜〜!」
「ああ、一気に片を付ける」
「ギャピィ〜〜!」
「分かりました。お聞きのとおりです、敦盛君」
「ピュェ〜〜!」
「わ、私1人で!?」
「ピギュゥ〜〜!」
「ええ、頑張って下さい」
「ギョピェ〜〜!」
「べ、弁慶殿っ!」
「飛水流奥義、瀧! 遡! 刃!!!」
「ピギュ〜〜!」
「ハアハアハア……、や、やっと……、終わったのだろうか?」
「お疲れ様です」
「弁慶殿!!」
「油断するな! あの親玉がどこかに潜んでいる」
「ええ、分かっています」
「お、親玉……ですか?」
「奴が雑魚を次々生み出す親だ」
「と言うことは、その親玉を倒さない限り」
「そう、こちらが消耗して動けなくなるまで戦うことになる」
「そういう事でしたら、僕にお任せ下さい」
そう言うと、弁慶は印を結び、真言を唱え始めた。
09/08/23 UP