龍脈 3
如何に神社の玉砂利の奥とは言え、府中駅間近の旧甲州街道沿いにズラリと並んだパトカーの赤色灯は、
帰宅途中のサラリーマンや学生、買い物途中の主婦などの注目を嫌でも集め
何の事件かも分からないまま、多くの見物人の人垣を作っていた。
封鎖線が引かれ、緊張した表情の警察官が数名、見物人の整理に借り出されていた。
何の事件か尋ねる近隣の住民や報道関係者もいたが、全てマニュアル通りの警官の応対によって、
何の情報も得られないまま追い返されるのだが。
陽も次第に傾き、野次馬や近隣住民は徐々に少なくなった。
報道関係者も、これ以上新たな進展が見込めない現場に見切りをつけ始め、1社、また1社と撤収を始めた。
そして、更に数時間後。
警察の捜査が全て終了し、捜査員も鑑識も検察も撤収した封鎖線は意外なことに
それまで増員された警察官によって厳しく規制されていた。
その中では現在、M+M機関・来栖チームの捜査が開始された。
「巡査長、連中はいったい」
封鎖線の警察関係者は、得体の知れない連中による捜査という事態の意外な展開に、小声で話を交わす。
「さあ」
「挨拶しても無視しやがる。なんか、変な連中」
「自衛隊かな」
「いや、自衛官じゃ無いな」
「どうして分かるんです?」
「自衛隊なら、自衛隊って分かるように大々的にカーキ色か迷彩の車を連ねて来るはずだろ」
「そうかな?」
「じゃぁ、公安とか内閣調査室とかかな?」
「そんな、小説や映画じゃあるまいし」
「それにしても、何だって府中警察署管轄の現場に」
「さあ……」
「上からの命令だ」
「え?」
「あ! 警部殿!?」
「お帰りになったとばかり」
「封鎖線整理の現場責任者、だとよ。今日は娘の誕生日だってのに……」
「ご苦労様です」
「で、上からの命令っていうのは?」
「連中の好きにさせろってよ」
「そんな……」
「『上』って署長ですか?」
「もっとだよ」
「え? 警視庁刑事部からなんですか?」
「もっと」
「ま、まさか……。…け、警視総監から……ですか……?」
「……『もっと』なんだよ。これ以上は聞くな」
苦笑しながら警部は、溜息まじりに声をひそめて言った。
周りに集まった警察官は皆、顔を見合わせて、つられて小声になる。
「『もっと』って??」
「警察庁長官?」
「検事総長とかですか?」
「聞くなって。知らない方が良いって事も世の中にはあるってことさ」
警部の眼差しは、その場の全員が
「は!」
と、思わず敬礼してしまうほどの緊張感が込められていた。
「分かってくれて、ありがとな」
警部はそう言うと、社の杜を一瞥して溜息をついた。
「この木の幹の傷は」
「ああ、間違いないだろう。人間の力じゃぁ、こんな傷は付けられない」
「かと言って、こんなに道路から奥まった神社の杜に、クレーンやユンボは入れないですからね」
「殴られたら、一発で死ぬな」
「ところで来栖さん、ここの現場で3件目ですよね」
「立て続けに3件」
「いや」
「え?」
「5件目だ。下手すればそれ以上」
「5件!?」
「警察や消防が気付いてない、と言うより気付けない場所で起きたのが1件」
「え?」
「航空自衛隊、都頃沢基地」
「あと1件は?」
「関越道、河越インターの事故」
「え!? しかし、あれは…」
「ま、こっちの方はM+M日本支部でも確証は無いらしいが。でも、間違いない」
「どうして、そう言い切れるんです?」
「オレの勘だ」
「な、何がいったい起こっているんです」
「分からん。ただ、何かが起こりつつある。それだけは確かだ」
「……」
1人が宝物殿の管理者からの事情徴収を終えて戻って来た。
「来栖さん」
「何か分かったか?」
「同じ頃に宝物殿から狛犬一対と絵馬が無くなっているそうです」
「狛犬一対と絵馬?」
「狛犬の方は国指定の重要文化財だそうです。盗難届けは提出済み。
ただ警察は、こっちの死体遺棄事件とは無関係って考えてるみたいですね」
「ま、普通、そう考えるだろうな。で、絵馬っていうのは?」
「『源頼朝旗揚図』という大絵馬だそうですが」
「ふむ……」
「もともとこの神社は1180年間に源頼朝が、妻である北条政子の安産を祈願しt」
「そんな事より他の4つの神社からは何か連絡が入ったか?」
「いえ、今のところ何も」
「ここは『東京五社』という格式の高い神社だ。
ここで事件が起こったということは、他の『東京五社』でも何か起こる可能性が高いからな」
「靖国神社と日枝神社、明治神宮と東京大神宮、ですね」
「ああ」
湯飲みの茶を壬生に差し出しながら、如月は尋ねた。
「で、君は黒崎にいったい何を聞きたいんだ?」
「それは……」
「まあ、無理にとは言わないが」
「そういうわけでは……。そうですね、如月さんにも相談した方がいいのかも知れない」
「何をだい?」
「実は、僕は今、ある組織を追っています」
「ローゼン・クロイツ、いや、その新組織といった方がいいのかな」
「え! どうしてそれを………」
「M+Mの君にしては、最近の行動は珍しいと思ってね」
「どういう事だ? 如月さんよ」
「どうって、村雨。退魔師が異形ではなく、カルトを追いかけているんだ。
拳武館関係での頼まれ事かと思ったが、どうも違うらしい。
だから不思議に思ってね」
「どこをどうすると、M+M機関や拳武館の内部情報が分かるんです?」
「フッ」
「まったく、如月さんには敵わないな」
「ローゼン・クロイツだぁ? ローゼン・クロイツ? ローゼン……、ああ。
だからドイツ帰りの黒崎に聞きたいことがあるってえわけか」
「まあ、そういうことですね。
連中は以前、人工育成した超能力ミュータントを兵力に転用する人体実検を行っていた」
「ああ、マリーの1件な。いつだったか京一に聞いたことがあるぜ。
しかし、連中の組織は真神の連中が壊滅させたはずじゃねぇのかよ」
「そう。だけれども連中の組織にとって日本支部なんて極東に過ぎないんですよ」
「新しい日本支部が、また開設された?」
「ええ、そのようです。それに連中はまた、超能力ミュータントの兵力転用実検を行っているらしい。
しかも、異形の身体を使って」
「へ? 異形の?」
「そう。以前、連中は人間の超能力を人工的に開花させようとした」
「しかし、失敗した」
「ええ、そうです。真神の連中が介入しなくても、華奢な人間の身体では、
薬物や外科的措置による人為的超能力の開発には無理があったんでしょう」
「それじゃあよ、今度の連中は、人間より頑丈な異形の身体を使って超能力開発を?」
「僕が掴んだ情報によると、ですが」
「マジかよ……」
「超能力を操る異形……」
「おいおい、そんな異形、誰が制御するんだ?」
「誰にも出来ないだろうね」
「ええ。だから暴走している」
「暴走だぁ?」
「詳しくは現在調査中。ただ、これだけは確信があります」
そう言って、壬生は如月の差し出した茶を一口啜り
「連中は昨年の暮れに、何かを手に入れた」
「何かって、何だよ?」
「それはまだ分かりません。ただ、間違いなく、昨年の暮れから連中の動きが活発化した。
そして、それと呼応して」
「M+M機関が把握している最初は12月29日、だったね。その日から妙な事件が起き始めた」
「え? 12月29日って……、何でその情報を!
……本当に怖い人だな、如月さんは。飛水流は、どこまで把握しているんですか?
まさか、M+Mが把握していない事もあるんですか!?」
「発端はやはり、君や来栖がマークしている『彼』の出現と考えているのかい?」
「如月さん、僕の質問に……」
ハァと1つ溜息をついて、壬生は如月の質問に答え始めた。
「……まったく、敵わないなぁ。いえ、そこまではM+M機関では、その関連性は注目されていません。
ただ、彼が要経過観察対象から要注意対象にランクアップしたのは確かです」
「M+M機関がマークする、昨年暮れに横浜に忽然と現れた『玄武』……」
「正しくは『鎌倉に』です。横浜には今年に入ってから転居のかたちをとってます」
「鎌倉……。ふぅん、M+M機関の情報網はさすがだね」
「え? 横浜の『玄武』だぁ? そりゃあ…」
「村雨、ここまでいったい誰の話だと思っていたんだ」
「他言無用ということにしてください。ま、誰にも言うはずは無いでしょうけど」
「では、お礼に。来栖はまだ『玄武』を諦めていない」
「え? でも本部からストップがかかった筈ですが」
「しかし、狙っている」
「1度は報告が、来栖本人からなされてますが」
「運良く、村雨が通りかかったので」
「オレ様がしゃしゃり出なくても何とかなったんじゃねぇか」
「彼が何とかしたとしたら、それこそ来栖の思う壺だったろう」
「そうですか……。来栖の行為は本部命令違反になりますね」
「ま、彼にとっては本部や日本支部が何をどう言おうが、『狙った異形は逃さない』ってことなんだろう。
かく言う僕の家も、いまだに彼の監視下に置かれているくらいだからね」
「済みません」
「いや、君が謝るようなことではない」
「それにしても、M+M機関の中でもタカ派で、しかも武闘派でならしている来栖狩夜の異形狩りを
2度までかわした『平敦紀』……。彼はいったい何者なんですか?」
10/10/05 UP