朱雀   5











酔いもまわってきた頃だろうか、弁慶・藤原慶二が突然、真顔で相談があるのですがと切り出した。



  「相談があるのですが」



  「何だい? こうして酒を酌み交わしているというのに他人行儀だな」



  「実は今度、僕の友人がテレビ旭という所で新番組の主役に抜擢されたのです」



  「それはそれは。で?」



  「ただ、相方となるべき役をこなせる役者が見つからないのです」



  「どんな番組なんだ」



  「日曜の朝8時から放映される特撮・戦隊ヒーローモノなんです」



  「特撮戦隊? ああ、『コスモレンジャー』とか『ガオレンジャー』とかいう、あれのことかな。
   申し訳ないが、僕はテレビでは見たことがないが」



  「そうですか。……え? 『テレビでは』?」



  「いや、まあ。で、その特撮・戦隊ヒーローモノがどうしたんだい?」



  「その『何々レンジャー』の後を受け継ぐ子供向けの番組で、主役と同じ戦隊ヒーロー役なのですが」



  「ということは、男、なのかな。お探しの役者というのは」



  「ええ。僕の友人というのは、先刻あなたからも出た」



  「源九郎」



  「そうです。で、彼と遜色ない身体能力の持ち主を捜しているのですが」



  「いなかったのか? ほら、その危険な演技を専門に担当するような」



  「スタントマン、ですか」



  「ああ」



  「残念ながら。スタントマンや格闘家、現職の自衛官やSWATといった方々も当たってみたのですが、
   『これは』と思える身体能力の持ち主は、演技に難があったりして」



  「スポーツの分野では? 最近のアスリートは引退後に芸能界に進むというのも珍しく無いだろうし」



  「僕は、そちらの方面には疎くて」



  (格闘家や自衛官といった方面は詳しいのだろうか)


そう思う如月だったが、表情すら少しも変えることは無かった。



  「そう…。スポーツ……、ああ、そうか」



  「『そうか』とは?」



  「1人、心当たりがないでもないのだが」



  「え! それは」



  「ただ」



  「ただ?」



  「問題が3つある」



  「3つも、ですか?」



  「1つは、僕の心当たりのその人物は、現在日本には居ない」



  「そう……ですか」



  「もう1つ。僕はくだんの源九郎氏の運動能力がどれ程なのかを知らないから、僕の心当たりの人物との比較ができない」



  「ああ、そうですね」



  「さらに最後の1つ。現在の彼は身体を故障した直後でね」



  「故障…、ですか」



  「ああ。それでもほぼ完治していて、一般人などよりは余程、跳んだり跳ねたりはできるのだが。
   メディカルチェックでも、そのことは証明されている。
   しかし、それが所属チームのフロントに信じてもらえず、契約の更新はないと通告されたらしい」



  「そうですか……」



  「信じられないというのも無理はないのだが。
   肋骨と内臓、それにサッカー選手にとって命とも言える膝と靱帯とアキレス腱をやってしまってね」



  「そんな大怪我を……」



  「しかも、サッカーの試合や練習中ならよかったのだがね」



  「え? 交通事故か何かで……?」



  「まあ、マスコミ発表はそうなっている」



  「事情は別にあるのですね。で、ちなみに、その方はいったいどなたなのでしょう?」



  「そうだな……」



  「教えてはいただけませんか? 絶対に他言無用ということで」



  「……やるかどうかも五分五分だが」



  「では、どういう経緯での怪我かの詮索はしません。せめて名前だけでも」



  「名前だけ……、ふむ…」



如月翡翠は猪口に残った酒を眺め、それをクッと飲み干して、言った。



  「……黒崎隼人。ドイツ、ブンデスリーグのヴェルダー・ブレーメンに在籍しているサッカー選手だ」



  「サッカー選手……ですか」



  「ああ、それもただのサッカー選手じゃない」



  「『ただのサッカー選手じゃない』? と言いますと?」



  「そうだな、まあこれ以上の事は怪我の経緯も含めて、本人の承諾を得てから、と言うことにしてくれないか。
   ただ、敢えて付け加えておくなら、彼は戦隊ヒーローには適任だ、ということかな」



  「どうして、そう言いきれるのでしょう?」



  「それは……。ま、彼とは付き合いが長いから、とでも言っておこうか。
   ああ、それと1つ条件があるだろうな」



  「まだ、何かあるのですか?」



  「彼は『ブラック』役でしか承知しないだろうな」



  「『ブラック』ですか…(「テレビでは」観たことが無いわりには、戦隊モノに詳しいですね)」



それにしても、と弁慶は思う。



  (それにしても、逃がした魚は大きかったと言わざるを得ませんね。
   僕としたことが……。本当は他の誰でもない、如月あなた出演てくださると助かったのですが……)


そう思う弁慶だった。


  (あなただったら、九郎の暴走を抑えてくれるに違いないのですが……)



そう思った瞬間に次々に疑問が湧いてくる。


  (『ただのサッカー選手』の『ただの』が気になりますね?)


  (先程の戦闘あれを行った如月ひとの太鼓判ですからね、その黒崎なにがしはどんな能力の持ち主なのでしょう?)


  (何故、黒崎某かれが『戦隊ヒーローモノには適任』なのでしょうか?)


  (その黒崎某かれと話してもいないのに、『ブラック』指定と分かるのはどうしてでしょうね?)


  (出演料の交渉はどうするのでしょう? プロのスポーツ選手の年俸は高額だと聞いたことがあります。
   ああ、あまりに法外な値段では……)


  (それにしても、スポーツ選手が、骨に腱に内臓まで損傷を受けるような怪我ですか……)


  (どのような、事故だったのですかね?)


  (そんな大怪我をした人が、今現在『ほぼ完治』ですか? いつ怪我をしたのかにもよりますが……)


  (骨はともかく、内臓や腱はそんなにも早くは『完治』できないのではないでしょうか?)


  (ああ、だから『ふろんと』という方も信じられなかったのでしょうね)



弁慶は、目の前の男に問い質したい気分は山のようにあったのだが、
何かこの骨董品店店主めのまえのおとこの、思い出し笑いなのか、含み笑いなのか分からないが、
それでも妙に自信に満ちた様子を目の当たりにすると、問いかけるのは得策で無いように思われた。



  「それでは、その黒崎隼人という方が、上手くこの話を承諾して下さることを祈って」



そう言って恭しく猪口を高く掲げたのは、平敦盛だった。



  「え! あ、敦盛君」



  「君、何時の間に」



  「御安心下さい。現世界こちらでは私はまだ酒は御法度ということは承知致しております。
   ゆえに、この猪口の中はお茶です」



  「まあ、この家の中でなら」



  「いえ、それでもいけません」



  「僕はかまわないが」



  「そうではありません。敦盛君はこう見えて、ザルなんです。
   酒を飲んでも良いなどとうっかり認めようものなら、それこそ、あっという間にこの家の酒をすべて飲み干してしまいますよ」



  「べ、弁慶殿、いくら何でもそのような」



  「怖いですよ」



  「ああ、人は見かけではないのだな」



  「ひ、翡翠殿まで!」





弁慶は、こちらの世界で初めて八葉以外の人間と、
利害関係の絡まない個人的に談笑しながら酒を酌み交わしていることに驚きと喜びを禁じ得なかった。



  (油断をしてはいけない)



そうは心の中で己を戒めるのだが。











  「ああ、もしもし。僕だ」



  《ええ!! き、如月さん! お、お久しぶりです》



  「どうだい? 体調は」



  《送っていただいた『神水』と『救急キット』のおかげで、順調に回復に向かってます》



  「贈ったわけじゃない。手紙にも書いたが、後日きっちり徴収させてもらうからね」



  《……如月さん》



  「で? ブレーメンのフロントは?」



  《難しいですね。メディカルチェックではOKが出ているんですが、フロントとオーナーに、どうしても信じてもらえなくて》



  「まあ、無理もないか。サッカー選手にとっては命とも言える膝と十字靱帯とアキレス腱をやってしまったのだからね」



  《ICUに搬送された時は俺もそう思ってましたからね。翌朝の医者の驚いた顔を、如月さんにも見せたかったですよ》



  「亀急便のおかげだ。しかし君をそこまでにするとは、随分と手強かったんだね」



  《ま、きっちり倍返ししてやりました》



  「ドイツも侮れない、ということか」



  《いえ、こいつは第3帝国の亡霊で》



  「ハーケンクロイツの…。黒崎、まさか君はその為にブンデスリーグに?」



  《そこまで壬生に肩入れしてはいません、申し訳ないけど。これはほんの偶然で》



  「偶然…。ふ、まあ、そう言うことにしておこう。
   ところで前にも話したが、一旦日本こっちに帰って来るというのは考えてくれたかい?」



  《そうですね……》



  「実は、仕事を1つ頼みたいんだが。まあ、君のお気に召すかどうかは、定かではないのだがね」



  《如月さんの頼み! 喜んで受けますよ。断るわけ無いじゃないですか》



  「だがこれはサッカーとは無関係なんだ」



  《かまいません。2日待って下さい。取り急ぎ、帰国の手続きを取りますから》



  「そうか、すまない」







そしてまさか、自分がその数ヶ月後にサッカー選手以上にメジャーになるとは夢にも思わずに
この電話から2日と17時間後に、黒崎隼人は成田に降り立ったのだった。











10/01/26 UP

NEXT→