一時帰宅     -- だって持っていきたかったんだもん! -- 



          全滅エンド後、望美ちゃんだけ現代に帰って来たところから、この話は始まります。







   ガチャ! バタ!



慌ただしく玄関の扉が開く。


   「望美! 帰ってきたの?」


   「うん!」


ドドドッと音を立てて2階に駆け上がる望美の足音に向かって


   「何をそんなに慌ててるの! まったく……」


こんながさつな娘に育てたつもりは無いのにと思って、母親は溜息をつく


   「はあ……、まったくあのったら!」




机に鞄を投げ出し、急いで着替えて、なにやら部屋の中を引っかき回して捜し物をしているらしい。




真下の居間にいる母親は

   「あの子が2階のどこを歩いてるのかまで分かっちゃうわね。まったく」

と、半分呆れてパソコンの買い物情報を検索していた。



時々ドスっという大きな物音と、「あ痛たたたた」という望美の声が2階から降ってくる。

2度までは「大丈夫なの!?」と2階に声をかけたが、何を探しているのやら娘からは返事がない。

しばらくして、また嵐のようなけたたましさで2階から駆け下りて来たかと思うと、母親のいる居間に飛び込んできた。


   「何なの! そんなにドタドタと!」


   「ごめんなさい! それよりお母さん、パソコン貸して!」


   「え? あ! ちょっと!」


ネットであちこちを見ていた母親からマウスを引ったくるように奪い、


   「ゴメン! ホントにゴメン! 緊急事態なの」


   「十分過ぎるくらい分かってるわよ、まったく」


呆れてキッチンに向かう。

その背中に向かって

   「何か食べる物ある? あ、それから飲み物も!」


   「冷蔵庫に昨日買ってきたシュークリームが残ってるわよ」


   「シュークリーム!!?」


パソコンに向かう手を止めて、キッチンに歩き出した母親をダッシュで追い越し、
冷蔵庫を、扉が壊れる程の勢いで開け、中からシュークリームの箱と牛乳とリンゴジュースを掴み取り
更に食卓の上に置かれたポテトチップスの袋も抱え、またバタバタと居間のパソコンの前に座る。


   「望美! 牛乳とジュースはコップで」


飲みなさいと叱りに戻った母親は、パソコンの前でシュークリームを頬張りながら涙を拭うという
およそ尋常ならざる娘の姿を見て言葉を失った。


   「……、望美……学校で何かあったの?」


ようやく口にした言葉に、愛する娘は泣いたすぐ後だというのにもかかわらず、満面の笑みで


   「ううん。驚かしてごめん。でも、心配しないで。学校で何かあったわけじゃないから」


   「そう? だったら何で」


   「シュークリームが甘くて美味しくて、つい」


   「???」


昨日は「またスーパーのシュークリーム!?。たまには西鎌倉のレ・シューとかのにしてよ」などと
さんざんけなしていたはずではなかったろうか。

牛乳をパックのまま一気のみしてプハーという娘に目眩を覚え
   「コップ!!」
と、叱りつけながら手渡し、そのついでに何をパソコンで検索しているのかチラリと覗くと

   『護身用具』

の検索一覧画面が見える。


   「『護身用具』って、あなた、何なの?」


   「え? あ、うん。ちょっと必要で」


   「何に? 何に必要なの?」


   「あ、え〜と……ほら、総合学習でちょっと」


   「どんな総合学習なのよ」


   「いいじゃない! 勉強の邪魔しないで!」


   「勉強……ね」







暫くキッチンに退いて夕食の支度をしていると、さっきまでとは打って変わった様子で望美がキッチンに入ってくる。


   「ねえ、お母さん」


こういう声の時は小遣いの前借りと相場が決まっている。


   「今月分はもう渡してあるでしょ」


   「そうなんだけど……。お願い、お年玉貯金下ろして後で返す! 必ず返すから今日必要なの!」


   「まったくもう。いくら必要なの?」


   「4、5万円あれば助かるんだけど」


   「4、5万! そんな大金、急に言われてもあるわけないでしょ!」


   「そうか……。そうだよね…、ゴメン」


   「望美、あなた今日は『ゴメン』ばっかりね」


   「うん」


おとなしく引き下がって、2階に上がっていく足音がする。











   「ちょっと買い物に出てくるから」


   「お金は?」


   「たぶん大丈夫」


   「そう。お父さん帰って来たら夕御飯だから、なるべく早めに帰ってきなさいよ」


   「は〜い」


   「! 望美」


   「何?」


   「あなた、まさか将臣君達にお金を借りに行くんじゃ」


   「まさか! 違う違う。でも、その手もあったか」


   「止めてよね」


   「冗談だってば」


    お母さん、ゴメン。本当は、将臣君も譲君もこっちの世界にいないから、借りられないの。

    でも、きっと今度こそ!

そう思いながら、極楽寺の駅に急ぐ望美であった。











夜。





案の定、遅く帰って叱られた望美であったが、
夕御飯の食卓に座ると、茶碗のご飯に感動し、シチューに涙し、並んだ皿の一つ一つにテンションを上げ
大袈裟とも思える程の「美味しい」を連発したために、両親を意味もなく不安がらせた。


その上、いつもなら両親と一緒にテレビを観ている時刻に

   「勉強があるから」

と、2階に上がった娘の様子を、階下で両親は不安がった。



   「え? 望美がお金を? 珍しいね。え! 4、5万って言ったのか」


   「どこに、何を買いに行ったのか分からないのか。ふむ、どうしたんだろうね……」


不安の解消には至らぬまま、


   「あの娘のことだから、余程のことがあるなら相談してくるだろう」


万が一、両親じぶんたちに相談しなかったとしても、お隣の将臣君か譲君経由で何時かは分かるだろう。

そう、楽観視する事で話を打ち切ったのだった。











2階では


   「これがスタンガン。これが防犯スプレーとスペアのガス。
    それとこれが防刃グローブ。2つ買えたから1つはリズ先生にお土産!」

そう言って、SWATも使用しているというコピーに引かれて買った高性能防刃グローブを大切そうに鞄に詰めた。

   「これで真剣白刃取りもOK! …かな?」





これらを買うために藤沢のキャッシュディスペンサーに飛びこんで、貯めていた貯金をおろし、
そのほとんどを使ってしまったのだった。





   「こっちはみんなへのお土産。将臣君にはレトルトのカレーでしょ。

    譲君にはハンドクリームとフライ返し。むこうの世界でオムライス、作ってもらおう!
    あとお隣から借りてきたスペアの眼鏡も。

    九郎さんにはブラシと髪ゴム。ヒノエ君には『シルバーコンパス』」


この『シルバーコンパス』は藤沢の山岳用品店で購入したものだった。


   「弁慶さんには『家庭の医学』。景時さんには筆ペンと洗濯洗剤。

    敦盛さんにはリコーダーと中学校の音楽の教科書。

    それと朔にコンパクト。私は、あんまりお化粧しないけどね。

    あ! 白龍の忘れた……」


ふと、目の前に積まれた菓子の山を見て


   「ミル○ーはママの味♪ これ、喜んでくれるかな?」


何とか自分の分の菓子も詰め込んで、


   「段ボール箱と、あともう一つ大きな鞄が要るなぁ。確かキャスター付きのスーツケースが下の押入に……」


まだまだ残った荷物の山を前に呟いた。





他にも買ってきた物があった。

携帯用歯ブラシなどの入った、所謂トラベルセットを朔とおそろいで2人分。

自宅まで持って帰ることのできる限りのインスタントラーメン。

   「インスタントラーメンの大人買い……。う〜ん、あんまり感動無いなぁ」





日本史の教科書を見て、「あの」時代があまりにも簡略にしか記載されていない事に狼狽え
高校の図書館から借りてきた『日本史事典・平安、鎌倉編』、『平家物語』、『源平盛衰記』、『愚管抄』、『吾妻鏡』。

古典はどれも現代語訳が全文なされているものを、図書館司書にチョイスしてもらった事は言うまでもない。



譲のスペア眼鏡を借りに行った時に、将臣の部屋で見つけたトランシーバー。



さっき1階でかき集めた、消火器、懐中電灯、電池、チャッカマンライター、傷薬、絆創膏、それから救急箱。

   「ゴメン、お母さん。あとで将臣君に買って返させるから」





帰ってきてすぐに、部屋を探して見つけた、中学の時の日本地図帖、小学校の時の防災頭巾。

メモ帳とシャーペン。着替え。ジャージ。

   「やっぱり、動きやすい恰好が大事だよ」











早朝、昨日は1日降り続いていた雨もあがり、東の空も白み始めた時刻に、
ゴロゴロとキャスター付きのスーツケースを右手で引き、左手に大きな段ボール箱を持ち、
右肩に大型トラベルバックを提げ、更に入りきらなかった物を布団袋にまとめて突っ込んで背中に担ぎ、
極楽寺から鎌倉高校前まで電車に乗った制服姿の少女に、
いくら始発とは言え、同じ車両に乗り合わせた人々が奇異の眼差しを向けたのは、やむを得ないことであったろう。


   「文化祭?」


   「いやぁ、普通、12月に文化祭は無いだろう」


   「じゃあ、家出?」


   「あの恰好で? かえってしんどいだろう」


早朝出勤なのか出張途中なのか、スーツ姿の中年男性2人の会話に、
顔まで赤くなりながらも、必死で平静を装い、聞こえないふりをする春日望美であった。











よろけながらも、やっとの思いで高校の渡り廊下に到着し、両手の荷物を床に置く。

しかし置いた荷物が身体から離れるのが不安で、段ボール箱とスーツケースを紐で縛り直してその端を握りしめた。



一つ、深呼吸をして


遥か遠い昔の昨日、小さな白龍が立っていた所を見つめながら、空いた右手に逆鱗を握りしめる


   (今の私は初めて時空を越えた時とは違う。

    剣で戦う力もある。

    それに、思いつく限りの準備もした! 今の私なら、みんなを助けられる)

   「きっと、なんとかしてみせるから!」


そう呟いてから


   「お願い 白龍の逆鱗よ! 私に時空を越えさせて! みんなの所へ私を戻して!」


きっと今度こそ! 

今度は準備も万端なのだから

そう思い、時空の彼方に消える望美であった。











   「ん、んん…… 


    はっ……

    ……ここは?」


   「おはよう、姫君。もう少しで姫君の寝顔を見られたのにな、残念」


   「ヒノエ君…… ! ヒノエ君だ! ヒノエ君!」


   「うれしいね、そんなにオレに会いたがってくれるなんて
    うん? どうせ来るなら夜の方がいい? じゃあ、次は期待に応えt」


望美の右ストレートがヒノエの顎を


   「おっと、危ない。なにもそんなに照れなくてもいいじゃん」


と、右の拳を左の掌であっさり掴まれる。

そのヒノエの左手の暖かさが、望美の目頭を熱くさせる

   「温ったかい……温ったかいね、ヒノエ君の手」


   「オレの心はもっと温かいぜ。いつ飛びこんできたってかまわないからね、姫君」


   「生きてるヒノエ君にまた会えた」


   「おいおい、勝手に殺さないでくれないか」


   「あ! 待って、ヒノエ君! ここは、どこなの?」


   「はあ? 熊野に決まってんだろ。熊野川が増水して……」


   「熊野……、熊野のあの夏……」


   「神子、起きたの? 私の神子」


   「望美? 起きたの? 今ね、今日はどうしようかと話していたところなのよ」


   「白龍! 朔!」


   「で、まずは腹ごしらえってわけだ」


   「将臣君! 帰って来たんだ! 私は帰ってきたんだ……私……」


   「おいおい、気は確かか、望美。
    お前は昨日ぶっ倒れて、そのまま今日まで、ず〜〜っと眠りっぱなしだったじゃねぇか
    ま、おかげでこっちも骨休みができてラッキーだったけどな」


   「! そうだ! みんなに渡したいものが………、あれ?」


   「何なの、望美。渡したいものって」


   「あれ? 私の荷物、知らない?」


   「荷物? あなたは京を出る時からずっと手ぶらだったはずよ」


   「白龍、私の荷物は!?」


   「み、神子の荷物? 私は知らない」


   「そんなぁ〜! キャスター付きスーツケースは? 段ボール箱は? ピンクのトラベルバックは? 深緑色の布団袋は?」


   「きゃすたぁつきすぅつけぇ……望美、何なの、それは?」


   「ピンクのトラベルバックって、修学旅行用に買った、あれか?」


   「そう! 大事な装備! みんなへのお土産! ……あああ」


   「お前、何、夢見てるんだ? 寝惚けてねぇで、顔でも洗って」


しかし、夜具を鷲づかみにして泣き叫ぶ望美の姿に、その場にいた全員が凍り付いた。

その望美の泣き声を聞きつけてリズヴァーンが駆けつけた。


   「神子……どうした?」


   「リズ先生……。お土産、消えちゃいました」


   「……神子……………戻ってきたのだな…」


なおも諦めきれないでいる望美であった。


   「ちょ……、ちょっとは、そうかなぁって思ったけど……、だから、わざわざあんなにきつく縛ったのに…
    ……いけるかな、って思ったのに……」


   「の、望美?」

   「おいおい、しっかりしろよ」


   「だからって、……だからって、全部って……少しくらいは残してくれたって……」


   「姫君?」

   「…………」


   「……白龍のバカ!」


   「み、神子……。私は何か、神子の機嫌を損なうような事をした?」


八つ当たりだとは分かっている。

けれど、おろおろする白龍を見るにつけ、平家物語だけでも読んでから来れば良かったと思う望美であった。











暑い熊野の夏が、これから再び始まる。
















09/09/30 UP
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