忘れ物    -- だって持っていきたかったんだもん! 1-- 



          この話は『一時帰宅』の後日談です。そちらをお読み頂いてからの方がよろしいかと……

                無印・大団円エンド後、現代鎌倉に茶吉尼天を追ってきたところからこの話は始まります。











断末魔の叫び

怨嗟の悲鳴を上げて茶吉尼天が消滅していく。


   「か、勝ったのだな!」


   「ええ、九郎。辛うじてですがね」


   「OK! 上出来じゃねぇか。辛うじてだろうと楽勝だろうと、勝ちは勝ちだ!」


   「これで、やっと……。終わったんですね、景時さん」


   「ゆ、譲君〜〜♪ お、終わったと思ったら力が抜けちゃったよ〜。ハハハァ〜〜」


   「朔…」


   「望美! やったのね。私達、勝ったのね」


喜びのあまり、朔が望美に抱きつく。その刹那


   「あ!」


   「どうしたの? 望美?」


   「忘れてた!!!」


言い終わらないうちに、どこかに向かって慌てて駆け出す望美であった。


   「何を? 何を忘れていたの? 望美!?」


望美の後を追い、訳も分からず走る朔。
少し遅れて、2人の後を追う白龍と八葉の面々も八幡前の交差点を走り抜け、段葛を駆け抜ける。
クリスマス目前の慌ただしさが増した鎌倉の駅前を歩く人々は、当然、この奇妙な恰好をした一団の出現に奇異の目を向ける。




   「何ていう恰好だ? いい歳をした若者が」


   「時代劇?」


   「いつの時代? あんな恰好の時代劇なんてあるわけないじゃない」


   「あら、でも良く観ると、綺麗な子達じゃない?」


   「ねえねえ、あの黒いフードの金髪の人、カッコ良くない?」


   「あたしはあの紫の髪の子、綺麗だと思うけど」


   「あたしはあの背の高い外人さんがハンサムだと思う」


   「今日って何かのイベント、八幡宮であったけ?」





道行く人々の声が耳に入ってか、一層加速する望美に向かって八葉が問いかける。


   「望美! 何をそんなに急いでいるのだ?」


   「そうだぜ、神子姫。茶吉尼天も屠ったことだし、もう少しゆっくりと、神子姫の世界を案内して欲しいものだね」


   「先輩? 何処に行くんです」


   「思い出したの! 学校!」


   「学校って……? え!? か、鎌倉高校ですか?」


   「そう!」


   「OK! 行くなら望美は行け! お前達も行くなら行け! でもオレはパスだ!」


   「兄さん! どうして」


   「譲、今の俺の姿を学校の連中に見せられるか」


   「あ……、そうか」


   「だろ、俺は家に戻ってるからな。それにお前らだって着換えた方が良いんじゃねぇか? どこのレイヤー様御一行だ?」


   「そうだな、うちに来て貰った方が良さそうだ」


   「そういう事。お〜い! 望美!」
   「落ち着いて下さい! 先輩」


   「だって! 急いでるんだってば!」


   「その恰好で今、鎌高行ったら間違いなく大熊に掴まって、体育教官室呼び出しだぜ!」


   「生活指導部!」


望美の足がピタリと止まる。


   「理解してくれて何よりだ。それにしても、何年経っても体育教官室行きは嫌みたいだな」


   「あそこの床に正座させられて、大熊の説教……。ああぁぁぁ、考えただけで嫌だぁ」


   「だから先輩! いったん着換えに帰りませんか… あ! 兄さん、まずいよ」


   「どうした? 譲」


   「どうしたって言うか。……とにかく人目の少ない路地を歩かないか」


鎌倉駅前の鳥居の下で立ち話をする異装の集団を、平成の世の人々が奇異の目で取り巻いている。
中には写メを取り出している物好きもいて、なにやら即席のコスプレ撮影会の様相を呈していた。
譲と将臣は慌てて、焦る望美を説き伏せて段葛から路地に入り、小町通りを横切り、
踏切を越え、市役所脇の閑静な住宅地の路地を抜けて、佐助稲荷裏手から大仏切り通しを通って、極楽寺へと向かおうとした。




   「この辺りまで来れば、観光客はいないでしょう。時間が中途半端だから、この辺りの人通りも少ないだろうし」


   「それにしても望美、お前、こんな恰好の集団で江ノ電に乗ろうとしてたのか?」


   「だってそれが一番早いでしょ」


   「だったらタクシー使えっての」


   「兄さん、江ノ電にしろタクシーにしろ、こっちの世界のお金、誰も持ってないだろう」


   「なるほど、さすが冷静な我が弟だ。で、譲。まずいってさっき言ったのは、何だったんだ?」


   「ああ、落ち着いて考えると、いろいろとまずいことに思い当たって」


   「だから」


   「まず、俺達、家の鍵、持ってないだろう」


   「そりゃそうだろ。何年、あっちに居たと思ってんだ」


   「分かってるさ。そもそもあっちの世界に行った時に、家の鍵どころか腕時計も学ランすら無くなってた」


   「俺の学ランは……チッ! 福原の清盛屋敷か……」


   「やれやれ、兄さんのせいであっちの世界の800年後には、歴史学者が困惑するだろうな」


   「清盛屋敷が残ってれば、だな。ま、とにかく帰っても家に入れないと言いたいんだな。しかし、お袋が居るだろう」


   「まずいこと、その2。この俺達の恰好を母さんに見せて、どうやって言い訳する」


   「あ」


   「しかも学校は、まだ午後の授業中なんだ。たぶんだけど」


   「……授業ね……。何年も前の事なんでな、今日が何曜日で、午後が何の授業だったか、なんて綺麗さっぱり忘れてるぜ」


   「更に加えて、まずいこと、その3。後ろの連中をどうする気だ?」


走り去る車に驚き、道が土でない事に今更のように気づき、辺りの異変を珍しそうに眺め、

   「これが神子達の世界……」

などと呟きながら、電信柱や電線、街路灯や郵便ポスト、マンホールの蓋から窓のサッシやガラスに至るまで、
とにかく目に留まったものすべてが珍しくてならない、異装集団……。


将臣にもやっと事態が飲み込めた。


   「お袋、腰抜かすな。絶対」


   「ここまでは、コスプレか何かと勘違いしてもらえたから良かったけど、ヘタに警官に職務質問でもされたら…」


   「かと言って、『ヘイ! タクシー!』って訳にもいかねぇときてるしな。
    多少、遠回りでも住宅街歩いて正解だった、ってわけだ」


   「それに」


   「まだ、あるのか?」


   「先輩も気づいてないけどね。兄さん、鎌高の学ラン、2着持ってるか? これがまずいこと、その4」


   「ハハハ……、どうすんだよ! 家に帰ったところで制服、無ぇじゃねぇか! 清盛ぃ!」


   「それは逆恨みだよ。それより、夏服で登校するわけにもいかないだろ?」


   「風邪引いちまうに決まってるな。ジャージは……学校か…?」


   「つまり、何も考えずに家に帰っても、学校に行っても、徒に騒ぎが大きくなるだけだってことさ」


   「大丈夫!」


   「の、望美!」
   「先輩!」


   「大丈夫だから、早く着換えて学校、行こう!」


   「お前、今の俺達の話聞いてただろう!」


   「どうするんですか?」


   「大丈夫。ね、白龍」


   「うん、言の葉に乗せた神子の願い、確かに聞き届けたから」


   「言の葉に乗せたって……先輩」


   「何時だ? 何時そんな事ができたんだ?」


   「さっき、茶吉尼天倒しにみんなで段葛走ってた時、『この件が片づいたら……』って」


   「先輩…」







有川家に帰り着くと、案の定、家の鍵は掛かっていなかった。


   「お袋……ったく。しかも、どこに出掛けてるんだ? 不用心だな」


   「学校は、先輩と俺で行ってくるから」


   「ごゆっくり。じゃ、俺は昼寝でも…」


   「冗談じゃない。兄さんは、他の連中を何とかしておいてくれ」


   「へ?」





   「ここが将臣と譲の鎌倉屋敷か」


   「意外と狭いんじゃん」


   「ヒ、ヒノエ、失礼ではないのだろうか」


有川家の玄関からリビングにかけて、物珍しくあれこれ眺めている人間が7人と龍神1柱?


   「譲君譲君〜〜♪ その四角い箱は何かな〜〜。それと、天上に付いてる不思議な物体は〜〜。それに」


   「兄上、よだれを拭いて下さい」


   「景時さん、後で全部説明しますから、ちょっと待っていてください」


譲は溜息をついて、将臣に向きなおって言った。


   「特に、弁慶さんとヒノエを外に出さないでくれよ。何をしでかすか、予想もつかないんだから。」


   「頭痛ぇな、おい」


   「油断しないでくれよ」


   「頑張って、還内府さん」


   「先輩、用意できましたか?」


   「うん、さすが白龍ね」


   「ええ、制服も学用品も、みんなありましたからね」


   「じゃ、将臣君。あとで連絡する」


   「どうやって」


   「ぼけたのか、兄さん。ココは俺達の世界じゃないか」


そう言って、譲は将臣に携帯を手渡した。


   「ああ、そうか。お、俺の携帯。サンキュー」


   「兄さんの机の上にあった」


   「どうせだったら、茶吉尼天倒した瞬間に制服姿で学校に戻してくれれば良かったんじゃ無ぇか」


   「ダメ! そんなことしたら他のみんなが、こっちの世界に放り出されて困るでしょ」


   「そうそう。こうなったのも運命、いや龍神様の思し召しだよ、兄さん」


   「じゃ、行ってくるね」











電車の中で望美はずっと無口だった。
そんな望美が、江ノ電を降りて、学校への坂を上り始めると突然、譲に話しかけた。


   「雨、上がってるんだね」


   「え?」


   「ほら、私達が向こうの世界に行く瞬間、雨降ってたじゃない」


   「先輩、よく覚えてますね。俺なんて、もうずいぶん前の事だから、すっかり忘れてましたよ」


   「本当は (その後も一度だけ戻って来てるの。燃えさかる炎の中から…) 」


そう言いかけた望美だったが、


   「先輩」


譲の緊張した声が、望美の説明を遮った。


   「え?」


   「校門に、大熊先生と星先生が…」


   「私のクラスの副担任と担任、だったよね、確か」


緊張しながら近付く2人へ、先に話しかけたのは2年6組担任の星教諭だった。


   「無事に出発されましたか?」


   「はい?」


   「成田まで見送り、ご苦労だったな」


   「成田ぁ?」


   「成田まで見送って来たんだろ?」


副担任の体育教師、大熊も何やら2人の労をねぎらっているようだ。


   (先輩、事態が把握できるまで、様子を見ましょう)


   (そ、そうだね)


   「何をこそこそ話してる?」


   「え、いえ。べ、別に」


   「途中のどこかでお昼を食べに寄り道したくらいは大目にみましょう。それにしても将臣君、突然でしたね」


   「え、ええ……(???)」


   「有川の親戚っていう人が、お前達と成田で別れた後、わざわざ電話をくださってだな、
    この位の時間の江ノ電で学校に戻るだろうということで、こうして星先生と待っていたんだ」


   「親戚… (白龍……かな)」


   (そうですね、白龍しか考えられませんけど)


   「親戚と違うのか?」


   「え、い、いえ。そうですそうです。親戚の叔父さんで」


   「叔父さん……。そんなに歳の声には聞こえなかったけどな」


   「あの、それより将臣君はどこに」


   「はぁ?  大丈夫か、春日? 短期留学ってやつだって話だったよな、なぁ、有川?
    だからお前ら、成田まで見送りに行ってたんだろう」


   「え? え、ええ、ええ。そ、そうですよ。や、やだなぁ、先輩は。何度言ってもすぐに忘れてしまって。アハハ、アハハ」


   「春日、お前、訳も分からず、成田まで見送りに行ったのか?」


   「え、いいいえ、いえ。そうじゃなくて、いつくらいにこっちに戻るのかなぁって聞けなかったから……」


   「届けによると、1ヶ月という予定ですが。ところで、春日さん」


   「はい」


   「落とし物が届いてますよ」


   「落とし物?」


   「それとも忘れ物、ですか? 渡り廊下に置いてあったそうですが。有川君に渡す物だったのですか?」


   「え! いえ……その…」


   「何ですか、先輩? 兄さんに渡す物って?」


   「今朝、そっちの事でも職員室でちょっとした話題だったぞ、春日」


   「あの……、中身は……」


   「当然、確認したさ。持ち主が誰かってことになってな。
    中学の教科書と小学校の防災頭巾にお前の名前があったから分かったんだ」


   「それにしても、スタンガンや防犯スプレー、防刃手袋まであって驚きました」


   「全部、残ってたんだ……」


   「有川はそんなに危険な地域に行ったのか?」


   「え? い、いえ。だ、だって高校生ですよ」


   「だよな。でも、だったら何で……」











将臣の携帯が軽やかな着メロを奏でる。

それだけで、その近くにいた八葉は大騒ぎであった。



それをいち早くつまみ上げたのはヒノエであった。

それを弁慶と景時が奪い取るようにして、順に眺める。


   「こっちに渡せって!」


   「将臣君、これは?」


   「いいから早く! 説明は後でしてやるから!」


引ったくるように景時から携帯を奪い取り、開き、フックボタンを押す。


   「ああ、悪ぃ。ちょっとこっちもいろいろあってな」


   『兄さん、大変だ。先輩が生活指導部に連れていかれて』


   「ああ!? 何で?」


   『荷物の中にスタンガンとか防犯スプレーが出てきて』


   「ハァ? あいつ、何で……」
















09/10/13 UP

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