忘れ物 -- だって持っていきたかったんだもん! 2--
「じゃ、行ってくるね」
そう言い残して望美と譲が出ていった。
有川家のリビングにいた平安人達は、不安と好奇心の入り交じった顔で辺りを見回していた。
将臣が玄関で望美と譲を見送って戻ってくる。
「将臣! 2人は」
「ストップ! ちょっと待て!」
そう言って将臣は何か言いたそうな平安人達を制して、部屋の電気を点け、エアコンのスイッチを入れた。
「何何何何!」
「兄上、落ち着いてください」
「だってさだってさ、この明るさ! ああ、あっちの梁に付いてる箱から風が出てきた!」
「!? 温かい…」
「上の灯りが『ライト』、室内照明だ。その梁の箱が『エアコン』、ま、部屋の温度を調節する機械だ」
「『らいと』に『えあこん』……」
「こういう物はどこにでもあるものなのでしょうか?
それとも、やはり龍神の神子や星の一族といった特別な人だから得られるものなのですか?」
「弁慶、望美や俺達兄弟はそっちの世界に行くまでは、ただの一般人だったんだぜ」
「つまり、市井の人々も、こうしたものを持っているのですね」
「この世界では、といってもこの国に限ればだが、『ライト』に関してはどんな形にせよ、あるだろうな」
「『えあこん』は?」
「『ライト』ほどじゃないだろうが、けっこう普及してると思うぜ」
「そうですか……」
「これが望美の……」
「神子姫の世界…か」
「そうだ、将臣。その肝心の2人はどこに行ったのだ?」
「学校」
「『がっこう』? 『がっこう』とはどんな所なんだ?」
「勉強…って言うか、お前ら流に言えば、学問を習いに行ってるんだ」
「その…『がっこう』ですか…、それもやはり市井の人々も?」
「弁慶、そんなに俺達の世界の一般人の暮らしが気になるか?」
「ええ。非常に興味がありますね」
「この国は6歳から12歳までの小学校と、13歳から15歳までの中学校は、親の義務として、子供を通わせなきゃぁならねえんだ」
「義務…ですか」
「でも譲も神子姫も17歳じゃん?」
「ああ、16歳から18歳までは高校、その上には更に専門学校や短大や大学や大学院が、お好みに合わせてよりどりみどり。
実際、高校は、九割以上の奴が通ってるからな」
「そこまでも親の義務なのですか?」
「いや、高校から上は本人の希望ってことになってる」
「希望なのに学問するんだ! へぇ、譲はともかく神子姫が学問とは驚きじゃん」
「ヒノエ、その台詞を望美の前でもう一度言って見ろよ」
「望美に?」
「望美さんのことですからね。ヒノエが言い終わる前に花断ちを叩き込まれるでしょうね、フフフ」
「弁慶、嬉しそうに言ってくれるね」
「おや? そうですか。僕は心配してあげているんですよ、君の事を。まあ、それでも『花断ち』に賭けても良いですよ、僕は」
「ヒノエは一度、神子の花断ちを受けてみると良いのではないだろうか」
「確実に死ぬじゃん、願い下げだね」
「すべての人が学問を身につけることができる……、豊かな世の中なのですね」
「ま、建前上は、だがな」
「建前……ですか?」
「ああ。行きたく無ぇ奴も、行っとかなきゃまずいんじゃねぇかなって風潮になっちまっててな」
「行きたくないのに行くんですか?」
「まるで兄上が安倍家に通ってた時みたいだわ」
「アハハハ〜、な、何のことかなぁ〜、朔」
「ところで将臣、その2人はどのくらいで帰って来るんだ?」
「早くてあと2時間ってところかな、九郎」
「『にじかん』とは何だ?」
「あっと、悪ぃ。帰って来るのは早くて申の刻くらいかな」
「今は?」
「1時半ってところだから、え〜と未の二つになったばかり」
「その間、俺達にどうしていろというのだ?」
「譲と望美が帰ってくるまでは、外には出ないでくれよ。そんなことしたら、俺が譲に殺されるからな」
「なら将臣はもう、譲に殺されるかもしれない」
「? なんでだ、白龍?」
「ヒノエと弁慶がもう外に」
「何!! チッ! ミスったぜ! 先生、お願いしていいか?」
「分かった」
一瞬の後
「痛ててて、離してくれよ、先生」
「ああ、もう少しで門の外だったのですが。どうして連れ戻されたのでしょう」
「我々はこの世界に疎い」
「ですから」
「だから」
「闇雲に動くことは、譲や神子の禍となる」
「だけど、動かないことには、望美の世界は分からないじゃん」
「こっちの世の中を知りたいのなら、ま、暇潰しを兼ねてテレビでも観てるか?」
「『てれび』?」
「ま、百聞は一見に如かずってな」
そういって将臣はテーブルに置いてあったテレビのリモコンを持ち、スイッチを押した。
部屋に入ってくるなり景時が「四角い箱」と言って指さしたものが、プチンと音を立てて光を発した。
と同時に画面が映る。
「こ、これは!」
「人が中に居たのか!」
「古典的な驚き方をサンキューな、九郎」
『では、次のニュースです。
12時35分頃、東京都中野区本町3丁目の雑居ビルの3階から発生した火災は、隣の木造住宅2棟に燃え移り、
1時間経った現在も鎮火しておりません。近隣の消防車25台が出動し、現在も消火活動が続いております。
現場ではMHK・柳瀬ディレクターが取材にあたっています。柳瀬さん』
画面が切り替わり、燃えさかる家屋の前で必死の消火活動の映像となる。
「何!!」
「火事、火事! 箱の中が燃えちゃうよ〜!」
「九郎、景時も落ち着きなよ」
と、ヒノエはテレビの上に手を置き、言った。
「へぇ、熱くないじゃん」
「そりゃぁそうだ、テレビだからな」
「『てれび』…ですか。僕としたことが、驚きました」
「そ、遠く離れた所の景色や人物の姿形や音、声を送ってくる機械だ」
『〜消防車25台が出て消火活動に当たっていますが、1時間経った現在も火の勢いは依然衰えず、
隣接する木造家屋2棟にも燃え移っております。
現場は地下鉄丸の内線・新中野駅近くの住宅地で、青梅街道を少し南に入ったところにあります。
青梅街道の下り線と中野通りは消化作業中の消防、警察の車両で通行止めとなっており〜』
「すごい…」
「機械なんだ〜〜」
「兄上、ヨダレを拭いて」
「将臣、この燃えているのは、どのくらい離れたところなんだ?」
「どのくらい? さあ? 東京の中野だろう……多分7、80Km、え〜20里くらいじゃ無ぇか」
「20里! そんなに離れたところのことが手に取るようにわかるのか」
「20里どころか、世界中どこからでも中継の機械さえあれば」
「世界中!」
「世界中って奥州とか京とかでもか?」
「九郎、お前の世界って意外と狭いんだな」
「で、では、唐とか天竺でもか? まさかな」
「唐、天竺どころか、俺の知ってる一番遠い所からの映像は月からだったぜ」
「『つき』?」
「『つき』って……え!?」
将臣は上を指さす。
「天井?」
白龍の頭を将臣が小突く
「将臣、痛い」
「つ、つ、つき、つきって、空に浮かんでるあの『月』のことかい〜〜!」
「人があそこまで行けるなんて」
「今の私では無理だ……」
「OKOK、白龍、落ち込むなって。なんたってお前は神様なんだから」
「そうよ白龍。将臣殿の言うとおり。五行の力さえ整えばあなたにもできるわ」
「将臣、朔、ありがとう…」
『続いて海外からの話題です。
日本の民間ボランティア団体とNGOの呼びかけで始まった寄付がきっかけとなり
1年前から進められていたイラク北部における水道と学校の建設が一時中止となってしまいました。
建設作業員の乗った作業車がテロの標的となり、ここ2週間で3度爆破され、現地作業員の死者〜』
「ここは…?」
「こんな荒れ果てた土地が続く景色は見たことがない…」
「ま、日本じゃないからな」
「へ〜〜、日本じゃないんだ……。え〜〜〜!!! どこどこどこなのかな〜〜」
「イラクって言っても判んねぇよな。平安の世界観にイラクなんて存在しねぇだろう」
「宋の国か?」
「いや、もっと遠い国だぜ」
「天竺よりも?」
「ああ」
「すごい…」
『こちらは午前7時半を回ったところです。
御覧になれますでしょうか? 後ろの瓦礫は、昨日自爆テロの標的となった建設途中の学校です。
この学校は日本のNGOの支援によって〜』
「ライブ中継だから、今現在の姿だ」
「どのくらい、遠いのですか? その『いらく』という国は」
「どのくらい? う〜ん、ちょっと待ってろ」
そう言うと、将臣は部屋を出ていった。
『 〜共施設の整備に努めていただけに、各国のNGOやボランティア団体の現地駐在員には動揺が広がっております。
イラク北部ではイスラム過激派の活動が活発となっており、イラクに治安維持の権限を委譲し、
撤退を開始していたアメリカ軍をはじめとする国連軍各国も現在のところ、撤退のタイミングを測りかねており〜 』
「ラッキー、あったあった。さすが譲、物持ちがいいぜ」
「何が、あったのです?」
「これこれ」
と将臣が皆に見せたのは、地球儀だった。
「これは?」
「何ですか、将臣君」
「見て、分からないか?」
「! この青い色のところ、『太平洋』って書いてあるじゃん」
「ああ、ここには『東シナ海』とある」
「ということは」
「この青いのは海……でしょうか?」
「では、これは地図なのか?」
「正解だ」
「えぇ!?」
「まさかぁ〜」
「地図ならば、何で丸いのだ?」
「その質問に答えるのは今は面倒だからパス! ただ、一番最初の質問に答えるために持ってきたんだぜ」
「最初の質問?」
「僕が将臣君に尋ねた事ですね。『いらく』という国はどのくらい遠いのか、と」
「そう言うこと」
「で? どれがその『いらこ』とか言う国なんだ?」
「『い・ら・く』です。それに九郎、その前に先ず僕達の日ノ本の国がどこなのかが分からなければ、測りようもないでしょう」
「そうだな、すまん。弁慶」
「OK、この国はこれだ」
と将臣が日本列島を指さした。
「これが? 冗談は止めて本当の場所を教えろ、将臣」
「冗談? 冗談じゃ無いぜ、九郎。これが本当にリアルなこの国だ」
「では、では京はどこだ」
「ここん所。ちょうどこのポチッとした青が琵琶湖だな」
「び、琵琶湖がこんなに小さいのか! では鎌倉は!?」
「ここが伊豆半島でこっちが三浦半島だろうからここが駿河湾、ってことはこの辺りか?」
「京と鎌倉が爪の先にも満たないほどでしかないのか! 信じられん!」
「では、この大きいのが大宋国でしょうか」
「ま、こっち側の三分の一くらいがそうだな」
「へえ、……ああ、そうだね。何となく分かった」
「何がわかったのだ、ヒノエ?」
「俺達の世界で言うところの、これが宋、ということはこれが長江、これが吐蕃、でここが天竺…、かな?」
「中国に揚子江にチベット、インド、OK、全部当たりだ」
「さすがにヒノエは詳しいのだな」
「敦盛がオレを褒めるなんてね、雪でも降らなけりゃいいんだけど」
「いや、さすがは熊野別当、海の向こうのことは詳しいのだな」
「でも、すごいですね」
「弁慶もそう思うかい」
「ええ」
「そうだね〜〜。安倍家で見た世界図要覧に天竺より西は無かったものね〜〜」
「景時も知っていましたか」
「私も驚きました」
「朔〜〜、そうだね〜〜、世界ってこんなに広かったなんて〜〜」
「いえ、私が驚いたのは、そういうことを兄上が御存知だったことです」
「朔〜〜、お兄ちゃん、泣くよ〜〜」
「それにしても世界がこんなに広いなんて、驚きですね」
「で、話を戻すと」
「そうでした。『いらく』、でしたね」
「ああ、ここだ」
「こんな遠く……」
「宋に行くまでの船旅を考えると、どのくらいかかるんだ? その『いらく』って国まで行くのには?」
「この国の普通の人間には行けないぜ」
「そうだろうな、そんな遠くにあるのでは」
「九郎、違う違う」
「?」
「現在この国は戦の真っ最中でな。一般の人間には入国の許可はなかなか下りねぇんだ」
「戦!」
「ああ、何て事なの! 望美の世界にも戦があるなんて」
「ああ、少し意外だ」
「敦盛、俺達の世界をどんな所だと思ってたんだ?」
「清浄な神子の住む世界だ。浄土のようなとk」
その時だった。将臣の携帯が軽やかな着メロを奏でる。
それだけで、八葉は全員驚き、大騒ぎであった。
携帯をいち早くつまみ上げたのはヒノエであった。
それを弁慶と景時が奪い取るようにして、順に眺める。
「こっちに渡せって!」
「将臣君、これは?」
「いいから早く! 説明は後でしてやるから!」
引ったくるように景時から携帯を奪い取り、開き、フックボタンを押す。
「ああ、悪ぃ。ちょっとこっちもいろいろあってな」
『兄さん、大変だ。先輩が生活指導部に連れていかれて』
「ああ!? 何で?」
『荷物の中にスタンガンとか防犯スプレーが出てきて』
「ハァ? あいつ、何で……」
09/10/31 UP