忘れ物 -- だって持っていきたかったんだもん! 3--
『荷物の中にスタンガンとか防犯スプレーが出てきて』
「ハァ? あいつ、何で……」
『何でも俺達の知らない間に先輩、一度こっちの世界に来たらしいんだ。で、その時に』
「こっちに来たぁ? どうして?」
『そんなこと、俺に聞かれても困るよ』
「そりゃそうだな。で?」
『何でスタンガンと防犯スプレーが必要なんだって、大熊にしつこく聞かれて』
「こっちで望美が手に入れられる、せめてもの武器ってことか」
『だろうね。でもそんなこと、どう説明するんだ、大熊に?』
「世界を救う為に必要だったって言ってみるか?」
『信じると思うかい、大熊が』
「だろうな。俺が出て行っても似たり寄ったりの結果にしか、ならねぇぞ」
『それは無理』
「ハァ? 何が無理?」
『兄さん、今日、成田からどこか海外に短期留学って事になってるから』
「へ? 俺が? 何処に?」
『知らないよ。たぶん白龍と先輩が、兄さんの姿が戻るまでの時間稼ぎでひねり出したんだろうけど』
「ヘェ、俺は留学ね。……ん!? 待てよ、そいつは使えるかも……。……いや、でも…」
『何だよ、どうしたんだ』
「あのよ、俺が何処に留学行ったか、大熊は知ってるようだったか?」
『いや。大熊先生も星先生もはっきり何処とは知らないんじゃないかな。
でなきゃ【有川はそんなに危険な地域に行ったのか?】なんて先輩に聞きはしないだろうからな』
「ラッキー。望美と白龍のザルな計画のお陰で助かったぜ。なら、……策があるかもな」
『策?』
「ま、期待しないで待っていてくれ」
『兄さん、そんな悠長なこと』
「まあまあ、慌てるなって」
そういって将臣は携帯を切った。
そして、居間にあるものすべてに興味を示している面々に向きなおって言った。
「望美が厄介なことになった」
「神子が?」
「望美が?」
八葉達に緊張が走る。
「で、望美救出を手伝って欲しいんだが」
「当然じゃん」
「是非、私も御加勢を」
「敵はやはり茶吉尼天か? それとも平家の使役する怨霊か? 将臣、教えてくれ」
「ああ、望美…、私の対を助けなくては!」
「ちょ〜〜っと怖いけど、頑張らなきゃね〜〜」
ざわめく八葉達を鎮めるように、リズヴァーンが言った。
「皆、落ち着きなさい」
「そうですよ、九郎、ヒノエ。望美さんはこの世界の学校に行ったはずですからね。
滅多なことで、生命の危機に遭遇するとも思えませんしね。
そうでなのしょう、将臣君」
「そう言うことだ。だから、九郎、気持ちは分かるが、先ず刀をしまえ」
「しかしだな、将臣」
「九郎、刀を納めなさい」
「しかし、先生……」
「……」
「分かりました」
「神子も譲も大丈夫。特に危うい状態には無いから」
「白龍もこう言っているのですから、僕達がここでとやかく騒いでも始まりません。
それよりも、将臣君の策とやらを拝聴しましょう」
「サンキュー、弁慶、リズ先生。そういうことだ、落ち着いてくれ。下手にみんなで騒ぐとかえって望美の立場が悪くなる」
「そういうものなのか?」
「そういうもんだ。で、俺の策だが、……弁慶とリズ先生にやってもらう」
「何故だ! 何故、俺を指名してくれぬのだ、将臣!」
「ああ、まったくだね。リズ先生はともかく、こんな弁慶にオレ様が後れをとるわけないじゃん」
「ヒノエ。将臣君には将臣君の考えがあってのことなのでしょうから」
「その勝ち誇った顔、あ〜あ、やってらんないね」
「悪いな、ヒノエ。ここは一見、外人ぽくないとならないんでな」
「『がいじんぽい』って」
「異国の民を……装えということか」
「ラッキー、理解が早くて助かるぜ。そういうことだ。ま、気ぃ悪くしないでくれよ」
「いや……、鬼と呼ばれた我が容姿が神子を救う一助となるのなら……誇りに思う」
「ええ、嬉しいですね。この異形と忌み嫌われた髪が、望美さんのお役に立てるなんて、ね。フフフ」
「だから、いちいちこっち見ないでくれる」
「じゃあ、いいか。あんた達にとっちゃ、馴染みの無いことばかりだと思うから、しっかり聞いてくれ」
「無論……」
「ええ、僕も命に賭けて」
「一番肝心なのは、知ったかぶったハッタリだ」
「ハッタリ……」
「ハッタリ…、ですか?」
「ああ、そうだ。あんた達は偽りの身分で俺達の学校に行って 〜
『生徒の呼び出しをします。弓道部1年、有川譲君。大至急、応接室へ来て下さい。
繰り返します、弓道部1年、有川譲君。大至急、応接室へ来て下さい』
将臣に連絡した後、この放送までの間、譲は部活動をしていた。
しかし、登校した途端に、生活指導部に連れて行かれた望美の事を考えると
それだけでなく、自分も遅かれ早かれ呼び出されるだろうことも想像していた。
気になって、弓に集中するどころか、どこか上の空で射ていた。
そして、その呼び出しがいよいよかかったのだ、が、しかし、その呼び出された所が意外だった。
「応接室? 体育教官室じゃないのか?」
足踏みも残心もボロボロで、礼も作法もすっかり忘れ果てていた譲は、指導してくれていた上級生に向かい
「いいですか?」
とだけ聞いた。
先輩部員は
「どうしたんだ? 今の放送、大熊だろ? 急いだ方が良いよ」
とだけ言って、譲を急かした。譲が頭を下げて、弓道場を出ていったのを見届けて、先輩部員のところに同じ学年の部員が集まる。
「有川、何やらかしたんだ?」
「いつものあいつらしくなかったもんな、今日は」
「温泉のゲーム射的じゃ無いっての。射法八節、まったく無視してたからな」
「あんなに綺麗な射方をする奴が、どうしてって思ったもんな。今日は」
「でも、見てみろよ」
「何を?」
「的」
「的?」
全員が30m程離れた安土の的を見る。
「皆的!?」
「あんな雑な射方で? ありえねぇ!」
「お前、有川の射る姿勢ばっか、こだわってたろう。だから、あいつの射た矢、見てなかったろう」
「……すげぇ」
「皆的だもんな」
「いや、それだけじゃ無いって」
「何?」
「あの矢、羽近くまで、めり込んでるぜ」
「引き抜くのに手こずりそう……」
「有川……、何があったんだ?」
慌てて制服に着替えて、応接室の扉を前にすると、何やら不穏な空気を感じ、有川譲は深呼吸を一つする。そして
「失礼します」
といってノックしてから、扉を開け中に一歩入った途端、目眩がした。
そこには、どこで手に入れたのかは分からないが、スーツ姿のリズヴァーンと弁慶が、望美の左右のソファーに座っていた。
しかもリズヴァーンの隣にはチャイナ服姿の白龍まで。
対座する校長と教頭、それと星教諭と大熊教諭は、この一種異様な面々にどう対処していいのか戸惑っていた。
当然、譲も何と言って良いのか、咄嗟には判断しかねた。
「あ、あの……」
その譲の声に促されるようにして、教頭が口を開いた。
「ああ、有川君。そこに座ってください。実はこちらの方々は…」
「初めまして。あなたが有川君の弟さんですか。ああ、どことなく似た顔だちをしていらっしゃる」
と、しらじらしく弁慶が話しかけてきた。
先輩も引きつった笑顔でこっちを見ている。
その様子から何となく、兄・将臣の策とやらが透けて見えた。
「あの、あなたは?」
そう言う自分にどことなくしらじらしさを感じ、大根役者という言葉が頭の中でグルグルして
心臓がドキドキしている自分を悟られまいと必死になった。
「ああ、これは僕としたことが、失礼しました。
僕は『海外の恵まれない地域の子供達に学校と医療施設を』というNGOの日本駐在員をしております
藤原・ベン・慶二と申します」
「藤原さんは日系3世だそうです。そしてこちらが」
「I'm Rid Van」
「(先生! まんまじゃないですか!!!)あ、は、初めまして」
「我 是 小白龍、だよ」
「(小じゃ無いだろ! 小じゃ!)ど、どうも」
「リズ先生は現地の学校で子供達を教えていらっしゃるそうだ。
小さんは民間ボランティア団体の現地コーディネーターをされている」
「お二人はあまり日本語がお上手ではありませんので、僕がこうして通訳を兼ねて参った次第でして」
「親戚の方だと我々が勘違いしていたんだな。だからお前と春日が怪訝な顔をしていたんだろう」
突然、大熊先生が会話に入ってきた。
「え?」
「ほら、成田から電話をしてくださった方は、こちらの小さんだったんだろう」
「え?」
「そうなんです! でも、譲君は白龍、いえ、小さんと面識が無かったから」
「先輩……。ええ、そういうことです」
「いや、それにしても大変なお仕事ですね、民間NGOの活動というものも」
「ええ、そうですね。実は昨日もイラクで活動している僕達の仲間のNGOのところにテロがありまして」
「ああ、ニュースでやってましたな」
「ええ、幸いに僕達の仲間に怪我人は出なかったのですが、現地ボランティアの……」
そう言って弁慶は言葉を詰まらせた(ように見えた)。
NGO、イラク、テロ、ボランティア……。譲は、弁慶の口から出る言葉の数々に驚きを隠すのに必死だった。
「そこで護身用にと思いまして、現地の空港まで将臣君に届けてもらうはずだった品々を
手違いでこちらの学校に置いてきてしまったと、将臣君から成田で聞いたものですから」
「そうだったのですか」
「お騒がせしました」
「しかし、この荷物は春日君が」
そう大熊教諭が言いかけた時、リズヴァーンのポケットで携帯の着信音が鳴り響いた。
「Helloぉ」
そう携帯を取るなり英語を話し始めたリズヴァーンに、譲も望美も眼を丸くした。
「Sorryぃ」
そう言ってリズ先生は急ぎ足で部屋を出ていった。
その僅かな英語を聞いて、星教諭が言った。
「あの方の英語は独得なイントネーションですね」
「(兄さん!)」
「(将臣君!)」
「え? え、ええ。…え〜、そう、彼は現地での活動が長いので」
「ああ、御苦労されているようですね。」
校長は、リズヴァーンの火傷の痕のことを言っているようだった。
「リズヴァーンは幼い頃に戦火にあって」
「白龍、余計なことは言わなくて良いのですよ」
「ゴメンなさい」
「まあまあ、藤原さん」
「教頭先生。僕のことはベン・Kと呼んでください」
「ベン・K…ですか。ハハハ、私としては、まったく違う弁慶をどうも想像してしまいましてね」
弁慶は少しムッとして、しかしその気配を悟られないように平静を装いながら言った。
「ああ、その『べんけい』は知っています。源義経と武蔵坊弁慶との…」
その時、慌てた様子でリズヴァーンが入ってきて、ベン・Kこと弁慶に耳打ちした。
「え!」
と、藤原・ベン・慶二は驚き(さすがにこれは演技なのか、そうでないのかが望美にも譲にも分からなかった)、
顔色を変えて、校長以下居並ぶ教員に向かって言った。
「お話の途中ですが、申し訳ありません。先程の話のイラクのNGOでまた……。
我々は急いで日本支部に戻らなければ、ならなくなりました。
そういう事ですので、話の途中で申し訳ありませんが、そちらが保管されている品物は、我々がお預かり致します。
間違いなく相手国へNGOを通じて送らせていただきますので」
「そういうことでしたら。な、教頭」
「ええ、そうですね、校長先生。では大熊君」
「はい! では、どうぞ。こちらの品物です」
「はい。ではお預かりします。さ、リズ先生、白龍」
「うむ」
「分かった」
と軽々と荷物を持ち、部屋を出ていった。
「あ、今、タクシーを」
「お気遣い、ありがとうございます。しかし、経費削減の折ですので、電車で」
「でも、あの大荷物では…」
「では、俺が送って行きます」
そう譲が間髪を入れずに言った。
「私もお手伝いします」
そう望美も慌てて付け加えた。
「ああ、そうですね。有川君、春日さん、お手伝いして差し上げてください」
「そうですか? ありがとうございます。助かります」
「どちらも、経費削減で大変ですな」
「ええ、校長先生。まったくですね」
そう言って、弁慶は満面の笑みをふりまいて立ち去った。
5人が消えた、その扉を、4人の教員は、しばらくの間、呆然と眺めていた。
そして我に返った教頭が言った。
「と言うことで、この件はよろしいでしょう。さ、星先生、大熊先生、ご苦労様でした」
09/11/19 UP