忘れ物 -- だって持っていきたかったんだもん! 4--
校門を出ても、誰も口を開かなかった。
段ボール箱を抱えた弁慶も、布団袋を担いだリズヴァーンも、ピンクの大型トラベルバックを手にした白龍でさえ、押し黙ったまま、
何を考えているのかすら分からない無表情で歩いている。
仕方なく、キャスター付きのスーツケースを両手で引きずりながら譲もその後に付いていくしかなかった。
「手伝います」と言って付いてきたものの、荷物も無く所在なさそうな望美は、更にその譲の後ろを歩いていた。
大の男が4人で運ぶ荷物……
(この荷物を先輩は1人で担いで、たぶん混雑前の早朝に江ノ電に乗って学校まで運んだんだ)
その姿を想像すると笑えるようでもあり、また必死な望美の表情が思いやられて哀しくもあった。
(どういう経緯かは分からないけど、みんなを助けようってだけで運んだんだろうな、多分。まったく先輩って人は……)
譲は聞きたいことが山のように湧いてくるのを感じた。
何故先輩は白龍も知らない間にこっちの世界に戻っていたのか? 何故先輩は白龍がいないのに向こうの世界に戻れたのか?
前を歩く3人は、将臣からどんな『策』とやらを授かって来たのか? リズヴァーンの身長に合うスーツを何処から入手してきたの
か? 白龍は何故チャイナ服なのか? この3人はどうやって極楽寺の有川邸から学校まで来たのか? 電車に乗って? 切符
はどうやって買ったんだ? その前に自動券売機のシステムって聞いただけで理解できるものなのか?? 考えれば考えるほど
???は山のように膨らんでいく。
後ろを歩く望美にとっても湧いてくる疑問は同様だった。
いや、それ以上に深刻だった。その疑問のほとんどが、逆鱗についてだったのだから。
自分が現代に戻ったり、異世界に行ったり出来たのは逆鱗のおかげだけれど、それはみんなに言ってもいいのかな? それを言
うって事は、みんなが平家に全滅させられたってことを言わなければならないし……。そんなこと言ったら敦盛さんと将臣君の立
場ってどうなっちゃうんだろう? それに、そもそも白龍の逆鱗についてはどう説明したらいいのかな? 自分でも良く分かってい
ない部分ばっかだし?? 今までそれほど真剣に悩んでなかったけど……。 こうなると、やり残しばっかりで試験日になっちゃっ
た気分だよ。 あの燃える櫛笥小路の梶原屋敷の中で、最後の力を振り絞って白龍が私を助ける為に渡してくれたのが、この逆
鱗。 でも、目の前を歩く白龍には、ちゃんと逆鱗が付いているでしょ!? と言うことは私の持っているこの逆鱗って誰のなの??
前を歩く白龍とは別人の白龍って事なのかな? でも、熊野で目が醒めた時に白龍はちゃんと私のこと分かってくれてたし……。
ひょっとして白龍って何人もいるの? それとも神様ってそういうものなの? そう言えばリズ先生も逆鱗を持ってるけど、あれは?
たぶん鬼の隠れ里で幼いリズ先生が私から手に入れたのだろうけど…… それにしても逆鱗が現在3つ!? こんなに逆鱗てあって
いいものなの?? これってタイムパラドックスってやつかな? あり得るのかな、こんな事って? って現にそうなってるんだけど
…… あああああ! 分っかんないぃぃ!!!
駅のホームに立つ。
相変わらず3人は押し黙っている。
「あ、あの……」
この沈黙に耐えきれず、望美が声をかける。
しかし、3人とも荷物を抱えて、じっとホームの向こうの道路と、その更に先の海岸をじっと見ているだけだった。
学校帰りの高校生達で駅校内はそこそこ混んでいる。その中の何人かは顔見知りだ。
波音に混じって、遠くで踏切の音が聞こえる。
「あの、先生」
そう望美が言うと、リズヴァーンは穏やかな瞳で、しかし、こう言った。
「sorryぃ」
「………先生」
電車がやって来る。
皆、押し黙ったまま、開いたドアから車内に乗り込む。下校時刻だからだろうか、江ノ電は程よく混雑していた。
入り口近辺に陣取った一行は荷物を床にも置かず、そして一言も発しなかった。
「もう、弁慶さんってば…」
「弁慶さん、いい加減に…」
そう望美と譲が同時に話しかけたのだったが、意外なことに弁慶は
「シィ」
とだけ言って、段ボール箱を抱えたまま、それ以上は何も聞いて欲しくない、といった様子で
流れ行く車窓の景色に目を向けているばかりだった。
これには望美も譲もどうしようもなかった。
仕方なく2人とも黙らざるを得なかった。
何も分からず、言葉も発せないまま、電車は極楽寺の駅に到着した。
「では、お願いします」
「うむ」
事前に何らかの取り決めがあったのだろう。そう言うと、弁慶は電車から降りてホームを歩き出した。
「え?」
「白龍と先生はどうするの?」
「私とリズヴァーンは大丈夫だから」
「神子……降りなさい」
「え? でも…」
「先輩、行きましょう」
そう言って、譲に促されて望美は頭の中を?????だらけにして、ホームに降りた。
窓越しに、にっこり微笑む白龍と、ウムとでも言うかのように頷くリズ先生の姿が遠離って、トンネルに消える。
それでも何だか狐にでもつままれたような顔でホームに立っている望美に、譲が声をかける。
「大丈夫ですよ。あの2人は何か考えがあってのことでしょうから」
「それは、そうなんだろうけど……」
「それより、早く家に戻った方が良さそうですね」
「……そうだね………。うん! そうだね」
そう言い終わると望美は、走り出した。
先に改札を出ていった弁慶はもう極楽寺に向かう橋の上を、軽やかな足取りで歩いていた。
その後ろを、望美が追いつこうと走って行く姿が、まだホームにいる譲から見えた。
「まったく……」
今日の練習を途中で抜けたまま戻らなかった事を、明日、部活の先輩にどう言い訳しようか考えながら改札へ向かう譲であった。
「弁慶さん!」
振り返ると、頬を紅潮させて走ってくる望美を、弁慶は幸せな気持ちで見つめて
「のぞ…」
危ない危ない。僕としたことが、詰めが甘いですね。ここは心を鬼にしてでも我慢です。
でも、ここで望美さんに追いつかれたら、絶対に質問攻めにあうのは火を見るよりも明らかですしね。
困りました……。
かくなる上は
そう思った弁慶は、望美に追いつかれないようにと走り出したのだった。
「あ! 弁慶さん! 何で走り出すんですか! ねぇ!」
望美も弁慶に追いつこうとして走り出した。
「まったくもう! 何で2人して追いかけっこしてるんですか!」
そう叫びながら、付き合いの良い譲も走っているのだった。
気が付けば有川家の門の前だった。
「ふぅ! の、望美さんがここまで速いとは、思いませんでした。さすがは白龍の神子、ですね」
「はぁはぁはぁ……、べ、べ、弁慶さん! な、何で待ってくれないんですか」
「ふ、2人とも、…はぁはぁ、…な、なんでそんなに…ほ、本気で走ったんですか」
「…だ、だって、…弁慶さ…はぁはぁ…弁慶さんが逃げるんだもん」
「ぼ、僕は…」
そこで言葉を止めて、弁慶は息を大きく一つして、呼吸を整えた。
「僕としては、望美さんに話しかけられてもお答えできないのが心苦しくて、それぐらいならと」
「だからって、あんなに全力で逃げなくても」
「そんなことより弁慶さん! 先生達にどういう話をして応接室にいたんですか?」
「そうですよ。スーツ姿の弁慶さんとリズ先生を見たときは俺、目が点になりましたよ」
「それより望美さん、あの箱の中のモノはいったい何だったのでしょうか?」
その時、門の木戸が開いて将臣が呆れたように言った。
「お前らうるさい! 人の家の玄関先で、何、騒いでるんだ!」
「やっと、この騒動の張本人が出てきた」
「おいおい、譲。いきなりこっちに矛先を向けるのか?」
「どうせ、兄さんの入れ知恵なんだろう」
「壁に耳あり、障子に目ありって言うからな」
「神子!」
江ノ電に乗って遠離っていったはずの白龍が玄関の中から現れた。
「白龍!? どうして……って言うまでもないか。リズ先生だね」
「うん。リズヴァーンの跳躍で」
「良かったわ。望美、無事だったのね?」
何かとんでもない事に巻き込まれているとでも思っていたのだろう、涙目の朔が飛び出してきて望美の手を握って
「良かったわ、本当に良かった」
と言い続けた。
とても自分がしでかした単なる忘れ物で、ここまでの騒動になったのだとは言いづらかったが、心配してくれる朔が嬉しかった。
「朔」
「お前達、玄関先での立ち話も何だろうから、中に入った方がいい」
「九郎、ここはあんたの家じゃ無いだろ」
「ははは、ヒノエ、すまん」
そう言いながら、わらわらと一同は室内に移動する。
「やっと神子姫様の御帰還か。待ちくたびれたね」
「神子、無事で良かった」
「望美ちゃん、お帰り〜〜〜。待ってたよ〜」
「神子……」
玄関で出迎えたのはヒノエと敦盛、リズヴァーンに景時だった。
「お待たせ! みんな」
「で? どうだった」
「まあ、兄さんの作戦はおおむね先生には通用したみたいだけどね」
「ラッキー!」
「将臣君、短期間の海外留学だよ」
「無茶苦茶な設定だな。で、俺はいったい何処にいったんだ?」
「それより神子姫、この大きな荷物は何だい?」
「それはね」
「ストップ! それより望美。お前、一度現代に戻ったんだって?」
「そう、それは俺も聞きたいですね。どういう事なんですか? 先輩」
「それは……」
「それは僕も是非お聞きしたいですね」
望美は一瞬、躊躇した。天井を仰ぎ、その拍子にエアコンが稼働している事に気づいた。
瞬間、何故か肩の力がフッと抜けるのを感じて、床にペタリとしゃがみ込んだ。
「帰って来たんだな………。長くなるかもしれないけど、いい?」
「お、おお。OKOK。思う存分説明してくれ」
そして望美は一言一言、確認するようにゆっくりと語り始めた。
鎌倉へ九郎が直訴に言った事
腰越で足止めされている間に京が平家の怨霊に蹂躙された事
櫛笥小路の景時屋敷が襲撃された事
そして……みんなの思い
白龍の思い。
遥か昔の昨日……
泣きながら、たった独りで雨の渡り廊下に帰って来てしまった事
だからこそ、覚悟をして
だからこそ、出来る限り、考えつく限りの準備をして
遥か遠い昔の今朝……、更に新たな、そして強い覚悟で、八葉の待つ世界へ跳んだ事を。
「そんなことが…」
「それで……」
「! リズ先生は知ってたんじゃん?」
「…うむ」
「だからあの時『戻ってきたのだな』とかって言ったんだね」
「ヒノエ、あの時とは?」
「ほら敦盛、夏の熊野で、増水に足止め食ってた時、神子姫が過労で倒れた事があったじゃん」
「ヒノエ、お前良く覚えているな」
「まあね、九郎。神子姫の寝起きを初めて見た記念すべき日なんでね。
それに、その時の彼女の言葉が余りに突拍子の無いものだったんで、ね」
「突拍子も無い?」
「朔ちゃん、憶えてないかな。望美がオレの手を握って『生きてる、温かい』って連発して」
「そうだったかしら?」
「その上、いきなり『ここはどこなの』って宣ったからね。いくら寝起きで寝惚けてる神子姫でも、こいつは変だって思うだろう?」
「OK。で、その直後のリズ先生の言葉に繋がるってわけか」
「ああ、何だこの2人? って思うじゃん」
「ところで望美さん、その僕達への贈り物とは何だったのですか?」
「ああ、そいつはオレも興味があるね」
「神子、見せてはいただけないだろうか?」
「うん、いいよ。すっごく遅くなったけど、みんなに渡すはずだったものだから」
そう言うと、望美はピンクのトラベルバックのチャックを開けた。
「これはリズ先生へ」
「神子、これは?」
「防刃グローブです」
「ぼうじんぐろぉぶ?」
「刃物を素手で掴んでも切れないように、特殊繊維で作られた手袋なんです」
「それは……」
「すごいね〜〜!」
「兄上!」
「マジで? あのSWATだか海兵隊だか仕様のやつか!?」
「神子…………感謝する」
「先生、そんな…。つ、次ね。これは九郎さんに」
「これは?」
「ブラシと髪ゴム。こうやって髪の毛を梳くんです。で、このゴムでこうして留めるんです」
「く、九郎の髪が…!」
「アハハ、OKOK! けっこうフワフワになるんじゃねぇか? 九郎」
「ああ、兄さん。キチンとシャンプーとリンスそれにトリートメントすれば、九郎さんって
けっこう良い感じにサラサラヘアーかもしれない」
「しゃんぷにりんすそれにとりぃ……。何だそれは? 舌を噛んでしまいそうだな」
「気に入ったみたいですね」
「そ、そのようなことは! か、髪などどうでも良い! 女性でもあるまいに! それより俺には先生のような物は無いのか!?」
「その『ぶらし』とやらを握りしめたまま怒鳴っても、説得力無いんじゃない」
「そ、それは」
「九郎、素直にお礼を言いなさい」
「べ、弁慶」
「じゃあ…、先生とお揃いの防刃グローブ、要ります?」
「こ、これを! ……い、いいのか!? すまん、恩に着る!」
(いいのか、望美? けっこう高かったんじゃ無ぇか、あれ)
(まあね。でも、みんな無事だったし、私にはもう不要の物だから)
「将臣君にはこれ」
「何なのかなぁ〜〜、その小さな箱は?」
「景時さん、これはレトルトカレーです」
「くぅ〜〜! サンキュー……って言いたいけど、向こうで貰ってたら有り難み百万倍だったろうな」
「そうだね、今日、これからみんなでキャラウ○イにでも行く?」
「ナイス! 俺が奢るぜ!」
「え!? どういう風の吹き回し?」
「ね、熱でもあるのか? 兄さん!」
「失礼だな、お前ら」
「だって、ねぇ」
「ケチの代名詞だった兄さんの口から『奢る』なんて言葉が出たんだ。驚かずにはいられないさ」
「で、これが譲君」
「これ…ハンドクリームとフライ返し。兄さんといい俺といい、先輩、戦より食べること優先なんですね」
「え! そんなこと、無いよ。それにほら『腹が減っては戦は出来ない』って言うじゃない」
「うむ」
「ほら〜! リズ先生も同意してるじゃない」
「やれやれ、先輩、目が笑ってますよ」
「本当だよ、ほら。これも2人にと思って」
「トランシーバー! ってこれ、俺のじゃねぇか!」
「ああ、スペアの眼鏡。これは本当に助かったでしょうね」
「これが朔への」
「わ、私のもあるの? 開けてもいいのかしら」
「うん、どうぞ」
「綺麗。でも、これは……?」
「コンパクト、ですね。先輩」
「『こんぱくと』? 譲殿、これは」
「そこを持って、そう、でハマグリの貝合わせを開くように」
「か、鏡なのね。すごいわ、こんなに綺麗に映る鏡を見たこと無い」
「ただ、割れやすいから、気を付けてね」
「ええ、ありがとう。あなたからの贈り物ですもの。大事にするわ」
「あと、これは贈り物って言うのとは違うんだけど、朔とお揃いのものにしたかったから」
「? これは何?」
「トラベルセット」
「『とらべるせっと』?」
「使い方は、後でゆっくり教えるね」
「ええ、分かったわ」
「そしてこれは、ヒノエ君に。『シルバーコンパス』っていうの。冒険家や、海の男の必需品ならこれだってお店の人に勧められて」
「これは! ひょっとして『羅針盤』?」
「ううん、シルバーコンパス」
「先輩、同じものです」
「え! そうなの?」
「そうか、これが常に南北を指し示すっていう『羅針盤』か。凄いな」
「使い方は私も良く分かってないの。でも、箱の中に取り扱い説明書が入ってるから良く読んでみてね」
「ああ、大事にする。こんな大事なものを……。神子姫、感謝するよ」
「そんなに、改まって言われる程のものじゃ」
「いや、平安末期の12世紀じゃぁ、まだまだ日本では数少なかったはずだからな」
「そうなんだ。じゃ、私ナイスな選択だったの?」
「ああ、あのヒノエが真顔で感謝するくらいにはな」
「良かったですね、ヒノエ。望美さんは君のことを冒険家で海の男と認めてくれたのですよ」
「悔しいかい、弁慶」
「で、次は弁慶さんに」
「ありがとうございます。うれしいな。……おや? 何でしょう? 他の方のものより大ぶりな包みですね」
「開けて見て下さい」
「こ、これは! 書物、ですね。『家庭の医学』…い、医学書…ですか!」
震える手で、弁慶は頁を繰る。
「どうなんだ、弁慶?」
「弁慶?」
そんな九郎やヒノエの声などまったく耳に入らないのか、一心不乱に『家庭の医学』を読み耽っている。
「だめだ」
「ああ、こうなったら弁慶は自分の気が済むまでは、他人の声なんか耳に入らないからね」
「で、では次に。これは私のお古で申し訳ないんだけど、敦盛さんにリコーダー。こっちの世界の笛です」
「わ、私に! いや…、いけない神子。私の様な者が、神子の楽器など拝領できるわけが無い」
「敦盛、そんなこと言うなって」
「いや、将臣殿」
「いいから、いいから。貰っとけって。何なら俺のアルトリコーダーもあるぜ」
「私、敦盛さんが横笛以外の楽器を演奏するの、聞いてみたかったんです。
それと、これが音楽の教科書。リコーダーの指の位置とかも載ってるので」
「み、神子……。……分かった。神子の希望が叶うよう、この敦盛、精進しよう」
「あ、ありがとうございます」
「いや、礼を言うのは私の方だ。すまない、神子」
「神子? 私には?」
「白龍には、これ」
「ハハハハ」
「将臣? 何を笑うの?」
「いや、悪ぃ悪ぃ。ただ、龍神様にミルキーとは、恐れ入った」
「これは、何?」
「その包みの紙を開いてみて」
「分かった。……ああ、優しい甘い香りがする」
「飴なの。舐めてみて」
「飴……。! 甘い! 譲のプリンとは違う甘さだけど、美味しい」
「気に入ってくれた?」
「これ、全部、私に? いいの? ありがとう」
「気に入ってくれたなら、こんどは別の味の飴もあげるね?」
「え? 別の味? どこにあるの?」
「何処にって…、お菓子屋さんかコンビニだけど」
「行こう、神子」
「おいおい、やたらと食い意地の張った神様だな」
「ちょっと待ってね。後で必ず連れて行ってあげるから」
「分かった」
「で、これは景時さんへの、筆ペンと」
「『ふでぺん』?」
「筆の中に墨が仕込んであって、それが無くなるまでは墨をすらなくても、いつでもすぐに書けるんです」
「あ〜〜、なるほど。言われると確かにそうすれば便利だね〜〜。
でも、どうして仕込んだ墨がいっぺんに垂れてこないんだろうね〜〜。不思議だぁ〜〜」
「もう一つ、洗濯洗剤です」
「洗濯…何だって? もう一度言ってくれるかな〜」
「洗濯洗剤。お洗濯の時、これを汚れた所にちょっと付けて泡立てて洗うんです」
「泡立てて……??」
「これも後で、実際にやって見せますね」
「ウォゥ! ありがとう〜〜っ! 今からわくわくするね」
「兄上ったら」
「そういう朔だって、望美ちゃんに貰った『とらべるせっと』ってやつを握りしめてるじゃないか」
「わ、私は、無くさないように、大事にしているだけです!」
その時、
「はぁ!」
と弁慶が大きな溜息をついた。
「弁慶」
「弁慶?」
「ど、どうしたのかな〜〜?」
「すごいですね」
「弁慶さん?」
「分からない言葉も多々ありましたが、それでも僕の知りたかったことの多くについて掌を開くが如く示してあるのですね。
さすがは望美さんの世界……」
「もう読んじゃったんですか」
「え? ええ。斜め読みですが」
「そっちの方がすごいですよ!」