リターン8 景時 迷走す2






 






   「景時の車、見えるか?」


ついてくるはずの景時車が見えない事に、不安を感じた九郎が言う。



   「いや、まったく」



   「こっちからも全然見えないよ。朔に連絡してみようか?」



   「景時のことだ。どうせ運転ドジって、発進に手間取ってるか何かだろう」


その通りだった。



そして、その将臣の言葉に、ヒノエが追加する。



   「運がないからね、景時は。

    信号待ちにことごとく引っかかってるって可能性も、あるんじゃん」


それも正しかった。



   「ま、どっちにしろ、そんなに心配することは無いって、九郎」



   「そうなら良いのだが」



   「そうだよ。それに何かありゃ、むこうから連絡してくるって」



   「……そうだな。こっちの世界には携帯電話という便利なものがあるのだったな」









   「ヒ、ヒ、ヒ〜クション!」


   「兄上、風邪ですか?」



   「いや、これは誰か、オレの悪口を言ってるんだよ〜」



   「心当たりがありすぎて、かえって見当もつきませんわ」



   「朔〜」



首都高に入って5分ほど経つ。

将臣達の車に追いつこうなどという考えは、高速に入った最初から景時には無かった。

大黒SAで合流すればいい。

今は出来るだけ安全に、

そして後部座席の2人の為にも、出来るだけ静かに走行することに専念していた。



高速湾岸線に入っている。

あとはこのライン通りに走れば、いやでも大黒SAに向かって行く。



それを見届けて安心したのか、譲は先程から寝息を立てている。



   「余程疲れているんだね〜」



   「こちらには那須与一殿がいらっしゃらないので、大変なのでしょう」



   「僕も慣れない運転に、眼鏡のせいか、今日はちょっと疲れました」



   「大黒に着いたならばお知らせしますので、どうぞお休みください」



   「ええ、そうですね。それでは、朔殿のお言葉に甘えて。景時、後はよろしく」



   「白龍、あなたも寝ていいのよ。…白龍?」



しかし白龍は何故か、ワクワクしながら後部座席の中央に陣取り、

フロントガラスから見える景色を、瞬きもせず凝視していた。



   「白龍? …まあ、静かならいいわ。

    『しいとべると』は……しているわね。

    眠くなったら、寝てしまって良いですからね」



そう言うだけで、朔は隣の運転手に注意力の全てを注いだ。










   「ったく! 高速道路で時速80kmなんてスピード、教習車でもなきゃ出さないだろう」



   「それでも景時さんの車、見えてこないね」



   「景時、意外と小心者だからね。同じように80で走ってるんじゃん」



   「『意外と』はいらないだろう。な、九郎」



   「……」



   「九郎?」



九郎は眠っていた。



   「何だよ、寝てんのかよ」



   「九郎殿は、お疲れのようだ」



   「そう言うけどな、敦盛。

    九郎が今日、やった事と言えばだぞ

    車に乗って興奮して、

    隣の車線の車に抜かれたと言って興奮して、

    首都高から見た東京の夜景に興奮して、

    お台場の観覧車に乗って興奮して、

    あとは、ボーリングでピンを粉砕したくらいだ」



   「興奮しまくりだね、九郎さん」



   「十分なんじゃん? 疲れるのには」



   「おいおい、九郎だぜ。ヒノエ」



   「う〜ん、ま、そうだね」



   「だろ」



   「あ、あの」



   「ん? 何だ、敦盛?」



   (それだけではないのです、将臣殿。

    九郎殿は、弁慶殿とお二方で、私のような者のために、

    30人以上の『ぼうそうれんごう』の狼藉者達と闘ってくださったのです。

    しかも、素手で……)



   「あ……(しかし、そのことは……言えない……)い、いや。すみません、何でも……」



   「トイレ、行きたかったとしても、もうちょっと我慢してくれよ。

    大黒SAまで、あと10分くらいだから」










その頃、景時は車内で軽くパニックに陥っていた。



   「さ、朔ぅ〜、どうしよ〜」



   「どうしようと言われても……」



   「来たときって、こ〜んな長い隧道なんて、あったっけ?」



   「はっきりとは言えませんが、無かったかと」



   「変だよ〜、変。絶対、変だよ〜」



   「どうしましょう、兄上……」



   「カーナビ通りに運転してきたのに〜」



かれこれ数分、景時はトンネルの中を走り続けている。



   「わ、私達、またどこかの迷宮に迷い込んでしまったのかしら!?」



   「え! えええええ!!!! そそそそんな〜!!!」










   「見えて来たぜ、この先が大黒SAだ。

    SAで、ゆっくり景時達の車を待とうぜ」



   「神子姫の母上様に、スイーツの土産物を探さないとね」



   「私の来月のお小遣いなんだよ、酷いと思わない?」



   「アハハ、安心してよ、神子姫様を悲しませるような事、オレがすると思うかい?」



   「わ〜い、ホント? ヒノエ君大好き!」



   「本音でそう思ってもらえてたら、もっと嬉しいんだけどねえ。

    現金な神子姫様だからね。

    でも、言葉だけでも嬉しいよ」



   「ヒノエ君ったら。アハハ」



   「ヒノエ…、前から思ってたんだけどな」



   「何だい? 将臣?」



   「お前さ、望美相手に、よくそう、次から次へと歯の浮く台詞、言えるな。

    聞いてるこっちが恥ずかしくなるぜ」



   「そうかい? オレは少しも歯の浮く台詞だなんて思ったことないね。

    全部、オレの本心だからね」



   「将臣殿…、ヒノエのそれは病気なのです」



   「おいおい、敦盛、つれないね」



   「やれやれ」










   「い〜っくらなんでも、おかしいよ〜! 変だよ〜!」



   「でも兄上、『かぁなび』はずっと進行方向を示しています」



   「でもさでもさでもさ、この道以外、な〜んにもこの画面には無いよね。

    ふつうはさ、下を走っている高速じゃない道路とか、

    建物とか、いろ〜んなものも画面には表示されるじゃないか〜」



   「わ、私には……あ、兄上、どうしましょう?」



   「し、仕方ない。非常事態かもしれないから……」



   「……ええ、そうですね」



   「ゆ、譲君! すまないが起きてくれないか!」

   「ゆ、譲殿! すみませんが起きていただけませんか!」



   「……朔、景時さん? どう、しまし…

    え? ? ここ、どこですか?」



   「先ほどからずっと、この隧道の中を」



   「こぉ〜んなに長い隧道、ありえないよ〜。何かの幻術に、はまっちゃったのかなぁ〜」



   「譲殿、わ、私達、またどこかの迷宮に迷い込んでしまったのでしょうか!?」



前方のトンネル上部の「海ほたる3km」の標識を、譲は目聡く見つける。



   「!?」



慌ててナビを見る譲



   「な、何!? 何でアクアライン走ってるんですか!!!」




弁慶が静かに目を覚まし



   「どうしました?」



   「アクアラインなんですよ、ここ」



   「悪荒いん?」



   「弁慶殿、この車は何故か『悪魔らいん』という隧道を、さっきから走り続けているのだそうです!」



   「朔殿、落ちついてください。『さっきから』とは、どのくらいのことですか?」



   「もう、かれこれ10分近くは……」



   「当然ですよ。『アクアライン』なんですから」



   「譲君〜ん、ね、『悪魔ライン』って、何かな〜?」



   「『アクアライン』ですよ、『アクア!』

    神奈川県の川崎と千葉県の木更津と繋ぐ海底トンネルです」



   「海底トンネル?」



   「海の底を掘ってトンネル……隧道で繋げた高速道路です」



   「千葉まで、ですか。凄いですね」



   「ちちちち千葉ぁ〜? ちちち千葉って?」



   「安房の国のことですよ、昔風に言うところの」



   「安房の国〜ぃ!! でもさでもさでもさでもさ、な何だってそんな道に〜」



   「兄上! カーナビの操作を間違えたのですね! だから」



   「いや、朔。それは無い。景時さんは、操作を間違えたりはしていない」



   「ですが、譲殿」



   「景時さんがこのナビを操作した時は、俺も兄さんもチェックしてる」



   「ちぇっく?」



   「あ、ああゴメン、確認、さ。俺と兄さんが確認しながら、景時さんが操作したんだ。

    間違いはなかった」



   「では……どうして…」



譲がカーナビの音声ガイドをオンにする。

その途端に

   《目的地まであと1kmです。次の分岐を左に曲がって下さい》

と、抑揚のない女性の声が「行き先」を告げる。



   「目的地って?」

   「どこかな〜?」

   「どこなの?」

   「何処でしょう?」



   「『海ほたる』…だよ」

それまで無言であった白龍が、誇らしげに答える。



   「白龍!?」

   「は、白龍〜」

   「白龍…あ、あの時…」

   「この子ったら……!!」










停止線に従って車をバックさせ、ゆっくりとブレーキを踏む。

ギヤをパーキングに入れ、サイドブレーキを引く。

キーをOFFにして、引き抜く。



   「フ〜〜〜」



深い溜息を吐き、シートベルトをはずす。




海ほたる3Fパーキングスペース




譲と景時はドアを開けて外に出る。

と、真冬の海風が寒い。



   「あの灯は、どこでしょうね?」



車から降りるなり、弁慶が言った。



どこの街の灯だろう。

譲も目を凝らして見るが、さっぱり分からない。



   「とりあえず、休憩を、とりましょうか……」



   「そ、そうだね〜。ね、朔。

    白龍も、もう反省してるだろうからさ〜」



   「兄上! そんな風に、みんなで白龍を甘やかすから」



ドアが閉まる。

声は聞こえなくなったが、車内では、まだ朔の御説教が続くらしい。

身を縮めて朔の御説教を聞く白龍。

こうして車外からその様子を見ていると、白龍が神様だなんて、とても思えない。



   「やれやれ。どこか座れる場所を探しましょうか」



   「そだね〜。譲君、行こうよ」



と、弁慶と景時は、例のコンビニで買った大きな袋を抱えて

エスカレーターを上がっていった。



   「兄さん達には俺が連絡しておきます」



   「そ〜だね〜、一休みしたら出発するってね〜」



   「譲君、お願いします。僕と景時は」



姿が見えなくなった弁慶の言葉の

最後の方はよく聞こえなかった。









そして、譲は



朔の横顔と


暗い海の向こうに瞬く灯とを


いつまでも飽くことなく、交互に見詰めていた。










いざ お台場! リターンズ 完


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