3 景時 落胆す
それからの景時は、大忙しだった。
ヒノエに命じられるまま、有川家の車を借りる事を将臣に頼むと、
「ま、電車じゃ厳しいしな。しかたない。OK!」
意外とあっさり承諾された。
「わぁ、本当かい。ありがとう」
「ただし、運転はオレがする」
「ああ、お願いするよ。もう一台の方をオレが」
「ちょっと待て!!!!!」
「な、な、何? 何? そんな大きな声出して」
「景時、お前、今何て言った? あぁ?」
「何てって、お願いするよ。もう一台の方は」
「誰が2台とも貸すっていった!」
「え〜、だって1台で11人乗るなんて、無理だよ」
「無理だろうが、何だろうが、もう1台はNGだ!!」
「えぬじーって?」
言いかけた言葉を飲み込む景時。
こんな恐ろしい顔の将臣を、景時は今まで一度も見たことがなかった。
平家の還内府として戦場でまみえた時にも、
あの迷宮で茶吉尼天と死闘を繰り広げた時にも。
景時は思わず
「御意ぃ〜、
じゃじゃあオレ、もう一台の車、工面してくるから……」
と、退散するしかなかった。
廊下の隅で考えあぐねている景時。
そこに通りかかる望美、
「景時さん、将臣君はOKしてくれましたか?」
「あ、あぁ。う、うん……」
「やっぱり」
「え? やっぱりって?」
「将臣君、どうせ駄目だって言ったんでしょう?
前に景時さんが車こすって傷つけたの、すごく怒ってたから」
「そ、そうなんだ……」
「私からも頼んで」
「あ、いや。望美ちゃんありがとう。
でも、将臣君は、自分が運転するって条件で貸してくれたんだ。」
「じゃぁ、どうしてそんな浮かない顔を」
「まだ、全員乗り切れないからね」
「あ、そうか。BMWは貸して貰えなかったんですね。
おじさん、すっっごく大切にしてるから
当然かな」
「そうなんだ……。あ、でもね、大丈夫だから。
ちゃぁ〜んと、考えてるから、楽しみに待っててね」
「景時さん、
景時さんの嘘は聞き飽きましたっ。
一緒に来て下さい。」
望美は景時の腕をつかんで歩き出す。
景時が連れられてきたのは、春日家だった。
「お母さぁ〜ん!」
玄関を入るなり、大声で望美は母親を呼んだ。
「何なの、望美。帰ってくるなり、大声出して」
「あのね、え〜と、
実は、朔ちゃんのお兄さんが、車を貸して欲しいんだって」
と言いながら、望美は肘で景時をつつく。
「あ、あぁ、はい。と、突然で申しわけありませんが、お車を頂戴、
じゃなかった、お貸し願えないでしょうか?」
「え? うちの車、ですか?」
「は、はい。突然ですが」
「何か急用でも?」
「い、いえ、急用って事ではないのですが、お台場まで行くことになりまして」
「お台場?」
「ねぇ、お母さん。いいでしょ」
「は、はぁ……望美、あなたも行くの?」
「もちろんっ」
「そう……、ちょっと、こっちにいらっしゃい。望美」
「え? 何?」
と、景時を玄関に残し、中に消える春日母娘。
部屋に入るなり、母親は
「あなた、朔ちゃんのお兄さんと二人で行くんじゃ、ないでしょうね」
「違うよ、みんなでだよ。でも、何で?」
「何でって……朔ちゃんは、今時のお嬢さんにしてはとってもきちんとした娘よ。
でもね、なんだかお母さん、あのお兄さんって人は、ちょっと軽い感じがして、心配なの」
玄関からこのやりとりを聞いていた景時は
(あぁぁ…、オレ、政子様だけが苦手なんじゃないんだ。
女の人全般がダメなんだ
分かってた、分かってたけど……)
うなだれて、独り有川家に戻った景時。
(オレじゃあダメだ。他の誰かに望美ちゃんの助勢に行ってもら……)
その景時を敦盛が玄関で迎えた。
「どうしたの? 敦盛くん」
「景時殿、すまない。私などのような者のために」
「嫌だなぁ、そんな。みんなで楽しむためじゃないか。
そんなに、君だけが気に病むようなことじゃないよ。
まかしておいてよ、うん。こういう交渉事には慣れてるんだからさ」
(そうだよね、みんなで楽しむんだものね。それに、
こうして心配して待っていてくれた敦盛くんの為にも、
頑張らなくちゃ)
「忘れ物を取りにきただけなんだよ。また、望美ちゃん家に行ってくるね」
気を取り直して景時がもう一度、春日家にお願いに行こうとする。
「景時殿、忘れ物は……」
「僕が持ちましたよ。」
弁慶がいつの間にか立っていた。
「弁慶殿……」
「弁慶……」
合わせたかのように、敦盛と景時が言う。
「参りましょうか、景時」
にっこり微笑み、事情の飲み込めない景時を促して二人は春日家にむかう。
少し前、リビングにいた弁慶に朔が
「どうか、弁慶殿、兄に御助力してはいただけませんか?」
と声をかけたのだった。
「珍しいですね……
いいでしょう、他ならぬ朔殿の頼みですからね。喜んで。」
リビングを出ようとした弁慶は、その場にいたヒノエにそっと
「朔殿に口添えを頼むとは、あなたもなかなか、ですね」
「バレバレかよ」
「喜んでお手伝いさせていただきますよ。
望美さんのお母様と懇意にさせていただく、絶好の『チャンス』ですからね。
ふふふ」
「あんたって人は……」
それから5分とたたずに、望美がリビングに飛びこんで来た。
「行くよ! 急いで!! お母さんの気持ちが変わらないうちに!」
「オレって、そんなに信用ないのかなぁ」
しばし落ち込む景時であった。