5 弁慶 暗躍す
まぎれもなく、弁慶のにこやかな顔写真のついた運転免許が、譲の前に差し出された。
譲は一瞬、弁慶の手にしているものが、何なのか分からなかった。
「?」
譲の思考停止は、九郎の声で破られる
「これが『免許』という物か!?
弁慶、お前の似姿まであるのか、すごいな」
「待っ……待ってください。これ、いったいどうしたんですか?」
「ふふふ、取ったんですよ、去年の暮れに。
と言ってもまだ、ほんの何日か前の事ですが」
「取った、って?」
「教習所に通うとか、学科と仮免許の試験に、本試験、救急講習まで受講……と、
そんなに日数を費やす事は出来ないので、ちょっと、いろいろ手を尽くしました」
「ちょっと、って? どうやったんです?」
「ふふふ、申しわけありませんが、それはお話しできません。
でも肝心なのは、これがお上の発行した本物の免許証、と言うことですよね。
本物でありさえすれば、譲君の悩みも解消するわけですから。
これは間違いなく、正真正銘の本物ですよ。 ね、景時」
「兄上、いつの間に?」
「いや〜、別に隠してたわけじゃないんだけどさ。
譲君に怒られた日、『免許』っていうのを調べたんだよ。
そしたらさ、これが結構、手に入れるの難しいって分かって、
途方に暮れたんだ。そしたら、弁慶が」
「景時、おしゃべりはそれくらいにして、出かけることを急ぎませんか。
車で行くにしても、夜遅くなればなる程、
姫君達を館の外へ連れ出すのは、感心できませんからね。」
譲は納得がいかなかった
(交通法規はいつ学習したんだ!?
教習所に通ってないのだから学科試験だけでなく、
仮免許の試験と5日以上の運転練習、運転技能試験も課される。
最低でも1週間は必要だ。
弁慶さんの免許証の発行日は12月28日だった。
官公庁が年末年始の休業に入る前日。
逆算すると、クリスマス前から動かなくては間に合わない。
あり得ない!
7人乗りのバンパーをこすった景時さんを注意したのは……いつだったか?
少なくともクリスマス後だ
八幡宮の茶吉尼天に辛くも勝利した後であるのは間違いない。
あり得ない!!
いろいろ手を尽くした……? そう弁慶は言った。
考えても考えても分からない。
そもそも戸籍も住民票も無いのに、どうやったら免許を手にすることができるんだ?)
「『春宵一刻 値千金』ともいうからさ。早く行こうぜ」
「お前には『免許』がないだろう」
「やだなぁ、九郎」
にっこり笑うヒノエの手にも免許証が……
「え? ヒノエまで???」
譲は混乱した?
「お前も弁慶たちと?」
「そんな面倒なこと、勘弁だね」
「では??」
「九郎、良く見てください」
と、弁慶が微笑む
「何なに?」
望美が興味津々、覗き込む。
「交付の数字が僕のものと同じです」
「と、言うことは……」
「へへへ、将臣、お前のも偽造っといてやったぜ」
「お、サンキュ♪」
「兄さん!お礼言ってどうするんだ!!」
「でも、ヒノエ君、どう見ても18歳以上には見えないよ」
望美が明るく笑う。
「それに、どうせなら私のも偽造ってくれればよかったのに」
「先輩!」
「麗しい姫君の手を煩わせるなんて、オレには出来ないね」
「え〜、だって欲しいもん」
「車の運転なんて、野郎に任せときなよ。
姫君は花の笑顔を、隣で振りまいていてくれりゃ、十分だよ」
「ヒノエ君ったら」
そんな無邪気な望美とヒノエのやりとりを聞きながら、
釈然としない譲は、思った。
(どうせなら、俺のも作って欲しかった……)
いざ2台の車に分乗して出発、という段になって、また一騒ぎとなる。
まず、誰が運転するか
これは、自分の家の車をこれ以上傷付けられてたまるかと、将臣が7人乗りの運転を断固主張。
残った春日家の車を誰が運転するか、に争点は絞られる。
そして、誰が望美の隣に座るか
一番の理想は、自分が運転して、隣の席で望美がナビする。
ヒノエは強引に
弁慶はさりげなく
景時は物欲しそうな目線で
それぞれ、運転をアピールする。
決着がつかない。
「じゃぁ、神子の家の車は、神子が運転すれば?」
と無邪気に白龍が言う
「うん、いいよ」
と望美。
「冗談じゃない! 先輩が事故でも起こしたら、どうするんですか!!!」
と断固反対する譲。
「お前が運転だと?
前後を走るのですら、ゴメンだぜ。
それに乗るなんて、そんな命知らずな事をするくらいなら、
お前の作った飯を残らずたいらげる方が、まだマシだぜ」
将臣のその言葉は、八葉の心を凍り付かせるのに十分過ぎた。
「神子、お前にはまだ早い」
とリズが厳かに断言する。
「えぇ〜! 何故ですか?」
「答えられない」
「ナビの操作とか、道路の指示とかは、こちらの世界の人でないと難しいと思いますよ。
譲君と望美さんは、是非ともナビをお願いします」
と弁慶。
「で、隣の運転席に自分が座ろうっていうのは認めないよ」
と、ヒノエ。
「そこまで考えてのことでは、無いのですがね」
将臣がヒノエに向かい
「お前は、どう見てもオレより年下にしか見えない。
この国では(見た目が)18歳以下の運転はNGだゼ」
「そうだよね、譲君より年下に見えるもん」
「それは譲が老け顔だからだろ」
「お、俺は年相応だ!!!」
「そうですね、ヒノエは実際より幼く見えますからね。ふふ」
それでも食い下がるヒノエに
何かあったら神子に迷惑がかかるからと、
敦盛が説得した。
これで残ったのは、弁慶と景時。
どちらにするか、それを望美に求めた。
望美は決められず
「……仲良く、かわりばんこ!」
じゃんけんで、往きが弁慶、帰りが景時ということになった。
「ところで譲、俺が事故るっていう可能性は、考えないのか?」
「こうなったら、俺が何を言おうが、兄さんは考えを変えないだろ。
好きにすればいいさ。」
「望美の心配はしても、実の兄はどうなってもいい。立派な八葉だな」
「譲君は、将臣君を信じているんですよ」
無免許の実の兄と、免許をもった源氏の軍師。
そのやりとりを聞きながら譲は決心した。
熊野育ちの荒法師くずれの隣になど、
先輩を座らせるわけにはいかなかった。
譲は身を切る思いで、弁慶のナビを主張した。
結果、神子は将臣のナビに落ち着く。
「珍しいじゃん、あんたが外すなんて」
「別にそういうわけではないですよ。ただ、たまにはこういうのもいいかな、って」