7 九郎 興奮す




将臣はバックミラーで、弁慶の運転する車が後をついてきている事を確認する。
途端に、望美の携帯が鳴る。

 「先輩、どうします?」

譲の声だ。

 「え? 何が?」

 「ナビ、真っ赤ですよ」

 「え!」

望美が、慌てて有川車のカーナビを起動させる。
同時に将臣がカーラジオをつける。

 《 横浜新道上り線は、新保土ヶ谷インターチェンジ手前でトラックの荷崩れ。
   現在、積み荷が散乱しているため、車線規制が行われております。
   現場の指示に従ってください。渋滞は戸塚交差点から、戸塚警署前まで延 》

 「! 車の中にも『らじお』と『てれび』があるのか。
  しかし、便利なのは分かるが、いっぺんに両方は必要ないのではないか?」

 「九郎さん、これ、テレビじゃなくて『カーナビ』」

 「ま、テレビも映るけどな」

 「『かあな……』? 何だ、それは?」

 「今、どこが渋滞しているか、この画面から分かるのさ」

 「ヒノエ君、詳しいね」

 「まあね」

 「渋滞?……そうか、この赤い所は『車』が多く集まっていて進まないのだな」

 「へえ、九郎にしては察しがいいじゃん」

 《…いて一般道です。
   一般道も、藤沢市内、横浜新道渋滞の影響で迂回車両が多くなっています。
   鎌倉街道、鎌倉女子大前交差点を頭に、上下線共に渋滞。通過に40分ほどかかっています。
   国道467号線も 》

 「え〜、どうしよう。」

 「ドンマイ、ドンマイ。譲に『朝比奈から並木、で、大黒で合おう』って言ってくれ」

 「?」

 「言えば分かる」

 「はぁ〜い」






譲は携帯を切り、弁慶に告げる。

 「二つ先の滑川交差点を左折です。若宮大路を八幡宮まで直進、お願いします」

と、言いながら手元でカーナビを操作する。

 《 次の交差点を左折します 》

素早く、景時が音声ナビに興味を示した。

 「え? 何々??」

 「カーナビです。これで地図無しでも、目的地まで誘導してくれるんです。」

 「へえ〜、声でも指示してくれるのかい? ホント、譲君たちの世界には驚かされるね〜」

 「兄上、珍しいものを見るとすぐにこうなのですから、まったく」

 「でも譲、この声には『気』が感じられない。冷たい」

 「ああ、白龍、これは人工的に作られた音声だからな」

 「声まで、人工的に作るのかい!? すっごいな〜」

 「難しいことは分かりませんが、先輩の家のカーナビは新しい機種なので、操作は簡単です」

 「そうなの? 教えてよ、教えてよ、譲君」

 「兄上、よだれ」

 「いいですよ。まず地図で、出発点をマークします」

 「うんうん。今日の場合は、望美ちゃんの家ってことだね」

 「はい。そして、目的地をマークします」

 「お台場だわ♪」

 「朔だって、好きなものには声が変わるよ」

 「兄上!」

 「普通はこれで、ルートをこの機械が勝手に選んでくれるんです」

 「では、二人も優秀な案内人がいるのですから、ボクは安心して指示に従っていれば良い、というわけですね」

 「優秀なのはカーナビですね、俺は余り道路は詳しくないから。
  で、今日は、さっき先輩から指示された『朝比奈』『並木』『大黒』を順路としてマークします」

車内の全員が、譲の説明に納得した。






 「な〜んだ、そういうコースってことかぁ」

 「やっと分かってくれたか」

多少は渋滞を覚悟していた若宮大路が、意外と空いていた。
将臣は、鶴岡八幡宮前の交差点を右に曲がるウインカーを出しながら、深く溜息をついた

 「レインボーブリッジだけじゃなく、ベイブリッジも見えるんだ」

 「見えるって言うより通るんだけどな。
  このコースなら『みなとみらい』のランドマークも見えるし、ナイスなドライブコースだろ」

 「その『みなとみらい』とか『ラドンなんとか』とは何なのだ」

 「へへへ、内緒だよ、ね、将臣君。でも、期待してて」

 「ところで九郎、いい加減にカタカナ言葉に慣れてくれ。『ランドマーク』だ」

 「『らんどま』……? 『らんどうく』? 『らんまどうく』……、将臣、すまない」

 「謝ることはないさ。ただ、ここまで来ると、もうギャグだな」

 「『ぎゃぐ』?」

 「気にするな、こっちのこと」

『ギャグ』という言葉の意味があまり好ましいものでない事は感じとって、憮然とする九郎。






 「暗くてよくは分かりませんが、右側が報国寺です」

 「ということは、景時、あなたの家の近くですね」

 「あ、ああ。……ああ、そうだね……」

 (こっちの世界でも、この先に十二所神社がある。その先には……)

そう思うと、やりきれない気持ちになる景時だった。

 「まさか朝比奈で、また彼女がお出迎えってことは無いですよね? 景時!?」

 「……ええ え? !! え〜!!!! べべべ弁け」

車の天井に頭をぶつけながら、景時は狼狽えまくる。

 「冗談ですよ、景時がつまらない事を考えている様子だったので。どうです、気分が変わったでしょ」

 「かかか変わったとか変わらないとかの」

 「兄上、落ち着いてください」

 「だだだってだって、だってだよ、朔う」

 「もう、弁慶殿も冗談になってません。兄上も、涙と鼻水を拭いて」

 「大丈夫、心配しないで、景時。アレはいない、その『気』は迷宮と共に消滅した」

 「ほほ本当かい、白龍? ねえ、本当???」

 「うん。私の神子の清浄な力が浄化した。五行に還ったよ、茶吉尼」

 「ぎゃ〜!! 言っちゃ駄目だよ、その言葉!」

座席に潜りこむほど身を屈め、硬く目を閉ざし、両手で耳を塞ぐ景時。
朔は、しみじみと溜息をついた。






苛立つように、九郎が将臣に声をかける

 「何故、右側を走る車に、こうも次々と追い越されていくのだ!」

 「仕方ないだろ、九郎。ここは高速道路! 速く走っていいんだから」

 「ならば、この車も負けずに速く走れば良いではないか」

 「この車には、まともに免許持ってる奴がいないんだ。安全運転しなきゃまずいんだよ!」

 「また先に行かれてしまった!」

 「気にするなって。安全運転、安全運転」

 「ああ、あの赤い車は途方もない速さで抜き去ったぞ! 抜き返すんだ! 将臣!」

 「無理無理、3列シートのミニバンが、天下のフェラーリに勝てるわけないぜ」

 「何故、努力もせず、最初から諦める!」

 「凄いね、九郎さん。あんな熱くなってるの、戦場でも見たこと無いよ」

 「まただ! 今度は3台いっぺんに抜かれたぞ!」

 「るせえな! こっちだって辛抱してるんだ!」

 「仮にも、平家の『還内府』と源氏の『総大将』の乗った車だぞ!
  抜かれたままでは、部下へのしめしがつかない」

 「ふわ〜あ、ちょっとは静かに寝かせてくれない」

からかうように伸びをするヒノエ。

 「ヒノエ、そのような挑発する言動は、どうだろうか」

 「敦盛……、お前って奴は」

 「『熊野の頭領』ともあろう男が、お前まで抜き返す意地はないのか」

 「生憎と、車に抜かれた位でどうにかなっちまうような安っぽい意地、持ってないんでね」

 「何!!」

 「ここでこの車が事故ったら、望美に一番嫌な思いをさせることになるんだぜ、分かってるのかい?」

 「しかしだな、男には」

 「九郎、戦場で冷静さを欠いてはならぬ」

 「先生……」


その時、けたたましい爆音が後ろから聞こえてきた。

 「ち! やっかいなのが来たぜ」

将臣の緊張を察して、素早く身構える八葉達。
車列をスラロームするように抜きながら近づくバイクの一群。

 「え〜、暴走族って、まだいるんだ」

車内の緊張感をまったく気にしない望美の純粋な感想であった。

 「望美、何、暢気なこ§@*&☆£」

後の方は爆音にかき消されて、望美の耳には入らない。
ただ少しだけ戦場での還内府の顔を見せて、ハンドルを握っている。
嵐のような、というにはあまりにけたたましい轟音の群れが通過した。
最後の一台が、将臣を挑発するように車の脇でわざとアクセルをふかしていった。

 「あ〜、五月蠅かった。まだ耳がグワングワンいってるよ」

 「ああいうやんちゃな小僧は、どこにでもいるんだな」

 「昔を思い出したんじゃん? 牛若」

 「ふっ、そうだな」

何故か、つい先程までの興奮とは打って変わって、静かに笑う九郎義経であった。







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