「兄さん!
いくら兄さんでも、やって良いことと悪いことがある。」
「何の話だ!?」
「車、勝手に乗って、こすったろう」
「車ぁ?」
「とぼけないでくれ」
「待て、譲! 車ってどっちだ」
「7人乗り」
「良かった。 BMWの方だったら、俺たち、父さんに殺されるとこだ」
2人が1番最初に問いただしたのは、景時だった。
「うちの車で、どこに行ってきたんだ?」
「あれ、分かっちゃった? ゴメンゴメン、別に隠すつもりじゃ、なかったんだけどね。
ただ、ほら、藤沢でね、朔と買い物をするつもりだったからさ
荷物を抱えて江ノ電に乗るの、辛いじゃない。
いやぁ、ほっんとに便利だね。
おかげで、帰りに、江ノ島まで、回ってさ、生シラスまで買ったんだよ。」
「兄上! 譲殿や将臣殿に許可を得ていたのでは、なかったのですか!」
「で、どこで車をぶつけた。」
「ぶつけた? オレじゃないよ。」
「とぼけないで下さい!」
「景時ぃ、正直にゲロしろよ。」
と凄む還内府。
「ゲ、ゲロって何?
そ、そんな恐い顔して睨むの、やめようよ、ね。将臣君。」
「景時さん、景時さんって、何か都合の悪い事を誤魔化そうとする時
ちょっと早口になった上にどもる癖がある事、御自分では気づいていらっしゃいましたか?」
「い、嫌だなぁ、ゆ譲君、誤魔化すだなんて。
あれは〜、ほら、……ちょっとだけ、そう、ほんのちょっとだけ
曲がる時に『がーどれーる』にさ、コリコリって、ね」
「『ね』じゃ、ないですよ。本当にそれだけなんですか!」
「本当さ」
「まったく! 自損事故だからまだ良かったけど
他の車や、まして人にでもぶつけたら、『コリコリ』や『ね』じゃ、済まないんですよ。」
「大丈夫だって、そんなヘマはしないから、さ。信じてよ、譲君。」
「本当にガードレールなんだろうな。」
「本当だって。
こんな事、嘘ついてどうするの。」
「車のキズを黙っていた事は、嘘をつくのと同罪ですよ、景時。」
突然現れた弁慶が、哀しそうな顔を景時に向けた。
「や、やだなぁ。弁慶まで……ゴメン。 ホント、ゴメンナサイ!」
「ok、信じて、いいんだな、景時。」
強く、何度も首を縦に振る景時。
「あのでかい7人乗りで、ガードレールをこすっただけ、か。
ま、ラッキーだったな、譲。」
「私も謝りますから、許してはいただけませんか、譲殿。」
「朔、万一ってことはあるんだ。
この国では、1年に何千人もの人が車の事故で死んでいる。
万の数の家族や友人が、哀しい思いをしているんだ。」
「そんなにも……」
「加害者にも被害者にも、なるのはゴメンだ!
それに、車を運転するには、免許というものが必要なんだ。」
「免許……」
景時はつぶやいた。
「譲君や将臣君は、その免許というもの、お持ちですか?」
優しい笑顔で弁慶が尋ねる。
「いや、僕も兄さんも、まだ免許の取れる歳じゃないので。」
「一定の年齢も、免許の必要条件なのですね。」
「そ、18歳。俺もまだ、戸籍上は17だからな。」
「理由はともかく、BMWの方じゃなくて良かった。」
最初に詰問されたのが景時だったことは、ヒノエと弁慶には幸いした。
詰問された景時が、あっさり事故のことを話したので、それ以上、他の者が追求されることはなかった。
しかし、車のキズをじっくりと観察すれば、1度こすっただけではないのが分かる。
この何日かの間に、彼らの目を盗んで車を乗り回す者が
別にまだいるなどとは、将臣も譲も、想像しなかった。
車のキズの、というより、人間の観察が、甘いとも言えた。
確かに景時は機械に強い興味を示す。
車にも、興味があると公言していた。
しかし、その景時以上に「好奇心」を持ち、景時以上に適応能力に優れた者が、
この八葉の中に、少なくとも二人いることは
有川兄弟にも分かっていたはずである。
……そして、すべてはここから始まった。