帰らないの? 九郎さんルート・9月 10
〜 SASUGA特別編 ・ 10 〜
「1時間という約束だったよな弁慶、……? あれ? 弁慶、どこ行ったんだ??」
「それより、急いで出走順を決めた方がいいんじゃん。時間がもったいないからね」
「え? リズ先生と弁慶さんはいいの?」
「弁慶はともかく、先生は。ほら、あそこを見てごらん、神子姫」
「え?」
そうヒノエ言って指さした彼方を、望美は仰ぎ見た。
それは遥か彼方の、第3ステージと呼ばれる鉄骨群の頂、
それもリニューアルされた『クリフハンガー』と呼ばれるセクションのその一番突端部分で
緑丘スタジオの作業員やスタッフと思しき集団を従えて、
その中央で、そこここを指さしては何やら語っている、大柄なリズヴァーンの姿であった。
遠くて良くは判らないが、
周りの作業員やスタッフは、リズヴァーンが何かを言うたびに頷いたり、メモを取ったり
幾度かに1度は、数人がかりでボルトを締めたり、ハンマーで何かを叩いたりしているのだった。
「リズ先生……」
「神子、先生はお忙しいのではないのだろうか?」
「う〜ん……、敦盛さん、先生は忙しいって言うより、充実してるんでしょうね」
「充実……?」
「敦盛。ま、先生はどこへ行っても『先生』だってことなんじゃん、望美が言いたいのは」
「そうそう。あんなに充実して活き活き動き回る先生、久しぶりだな」
「私には遠目でよく分からないのだが、そういうものなのだろうか?」
「ええ、先生うれしそう」
「その割には神子が少し……」
「え?」
「あ、いや……何でもない。ただ、神子の気が沈んで……。
い、いや、やはり私の気のせいなのだろう。神子、今の私の言葉は気にしないでくれ」
「私は……、ちょっと先生がSASUGAをやるところも見たかったなって思っただけなんです」
「ああ、そうだな」
「鬼の跳躍は無しで、な」
「ヒノエ」
「果たして、師は弟子の記録を凌駕するのか?
確かに興味はあるね。オレが言ってこようか? 神子姫様たっての頼みだからって」
「いいよ、ヒノエ君」
「どうしt」
その時、後ろからかけられた声の主が近づく気配に、3人とも気が付かなかった。
「止めておきなさいね、ヒノエ」
「お、弁慶」
「弁慶さん」
「弁慶殿」
弁慶は
「さすがはリズ先生ですね」
「え? どういうことですか?」
「先生は、望美さんや朔さん、そして我々八葉の安全を気に掛けて、
この後すぐに解体されるはずのSASUGAのコースを、『それでも』と補修なさっているのですよ」
「何でそんな……」
「何で? 望美さん、先程あなたは『ローリング丸太』でガイドレールが外れそうになったのを、
先生に助けていただいたのではなかったですか?」
「そうです。……!」
「先生は常に望美さんを気遣っておられるのです」
「先生……」
渋い顔でそっぽを向いているヒノエを横目でチラッと見てから弁慶は言葉を続ける。
「ただ遊んでいるだけの誰かさんとは違って、
いつでも、どんな時でも、望美さん、あなたの安全が最優先される方ですからね」
「! ただ遊n」
「ヒノエ」
敦盛が、何も言うなというような顔でヒノエを制した。
「チッ」
ヒノエが再びそっぽを向く。
「さ、SASUGAのセットをお借りできるのも、あと30〜40分ですからね。
先を急いだ方がいいと思いますよ。最終関門まで行く予定なのでしたら」
悪戯っぽくヒノエをチラッと見てから、弁慶は続けた
「順番は、先程の第1ステージをゴールした順でかまわないのではないですか?」
「そうですね。さ、急ごう」
そう言って駆け出そうとする望美達に向かって
「ああ、ヒノエ、ちょっと」
そう言って弁慶は人気の無い屋外セットの隅にヒノエを誘った。
「じゃ、あたし、みんなに伝えてくるね」
「ええ、そうしてください。
ああ、それと準備ができたら、すぐにスタートすることもお願いします。
あと40分もないですからね。何があっても、すぐに始めてくださいね」
そう弁慶はにこやかに望美に告げた。
「はい、分かりました」
そうにこやかに頷いて、望美は駆けていった。
「あ、あの……」
敦盛は右手に走り去る望美と、左手に遠離る弁慶、その後ろを頭をかきながらついていくヒノエとを
おろおろしながら見比べて、その場に立ちつくした。
「みんな! 急いで第2ステージ、始めるよ!」
「え? 弁慶さんとリズ先生はなさらないの、望美?」
「先生はあっちで忙しいから」
「あっち……」
その場にいた者は全員、第3ステージの地上から10m以上高所に組まれた鉄骨の上を、
190cmを超えた身長には思えない軽やかな身のこなしで、十数名のここの作業員やスタッフを従え
ある時は足下を木槌で叩き、ある時は腰を屈めて何かをレンチで締め付け、
ある時は両足で鉄骨にぶらさがり鉄骨の下部の何かを付け替え、キビキビと動き回っていた。
「望美……。先生、楽しそうだわ」
「ね。それに先生、私達の競技の安全の為にしてくれてるんだから」
「ええ、先生はいつも先生でいらっしゃるのね」
「だから、借りてる1時間であそこまで行けなかったら、先生の好意を無にしちゃう」
「そうね。急ぎましょう……。ああ……」
「朔? どうしたの?」
「残念だけど、私はもう出られないわ」
「いいんじゃない。第2ステージからまた参加しても」
「ダメ。それは出来ないわ」
「え〜、SASUGA本番じゃないんだし」
「望美らしくないわ。それはルール違反よ。
遊びだろうと本番だろうと、次のステージに立つ事が出来るのは、前のステージをクリアした人だけ。
それを無視したら、SASUGAがSASUGAでなくなってしまうわ。
それに」
「それに?」
「もともと弁慶殿の尽力で、本来私達が使用できないここを使わせていただいているのだもの。
本当のSASUGAで、第1ステージに立てなかった多くの方達や、
次のステージに進めなかった方の無念を思うと、私が次のステージに立つ事など出来ないわ。」
気が付くと、朔と望美の会話を聞いていた周りの人々、
八葉の仲間や緑丘の関係者、オールスターズとその家族・友人、通訳を介して見知らぬ外人さんの集団までが
朔の言葉に対して、惜しみない拍手で称えたのだった。
「え? な、何なの??」
返ってその拍手に朔は驚いている。
『朔、見事な心がけだ』
どこかは分からないが、スピーカーを通して九郎の声がした
『朔〜〜、お兄ちゃん、感動ぉしたよ〜』
「九郎殿!? 兄上も? い、いやだわ。恥ずかしい」
『朔の言う通りだよ。次に進む資格は、残念だけどオレや朔には無いね〜〜』
「ええ、兄上。仰るとおりです」
『だからこそ、次のステージに進んだ人には、
前のステージで残念ながら消えていった人達の思いってのが、背中を押してくれるんだろうしね〜』
「どうしましょう、望美」
「?」
「あ、兄上の仰ることに心から賛同できてしまうなんて」
『朔〜〜……』
「ゴメンネ、朔」
「え? どうしたの? 望美」
「私、朔と一緒にSASUGAやりたいって、それしか考えてなかった」
「望美。それは嬉しいわ。でも」
「うん。朔の分も、私、頑張るから!」
望美が朔の手を強く握った。
「ええ、頑張って」
また拍手が一段と大きくなった。
「おいおい、本番でもないのに感動させてくれるじゃないか」
「あ、あなたは!」
「の、望美……?」
船長・永野が人垣をかき分けて登場した。
「な、永野船長ですよね」
「お、嬉しいね。知ってるんだ、オレのこと」
「そりゃぁ、小さい頃から観てましたから」
「ハハハ、生粋のSASUGAファンなんだ……、って『小さい頃』ぉ!? オレって、そんな歳?」
「10年もSASUSAに出続けてますからね」
そう言葉をかけたのはオールスターズの武田であった。
「た、武田さんまで」
「オレもいるんだけど」
そう言ったのは同じくSASUGAオールスターズの山元であった。
「10年か……。そっちのお嬢さん、10年前って幾つだった?」
「え? わ、私は…その……」
尋ねられた朔は言葉に詰まってしまった。
(10年前……、私はこの世界には……)
「あはは、女性に年齢聞くの、マナー違反ですよ」
望美が、困惑している朔を助けて言葉を受けた。
「おっと、そうか。こりゃ失礼」
「ちなみに私は小学1、2年……かな」
「え〜〜!」
「何、永野さん、驚いてるんです? そんなもんでしょう」
「そうか……。この娘が小学生の頃から……。確かに歳なのな、オレたち」
「『たち』って。一緒にしないでください。な、武田君」
「いつまでも若いと思っていない方がいいですよ」
「え〜、そりゃぁ、そっちもでしょ」
明るく笑うオールスターズの様子に、
この番組がどうして長らく人気を保っていられるのかが分かったような気がしたギャラリーであった。
「さ、それじゃぁ、急いでください。先輩からですよ」
「うん、そうだね。私の次は譲君だね」
「いえ。申し訳ありませんが、俺はリタイアします」
「え!? 何で!」
「朔にはさっき言ったんですが、眼鏡が壊れてしまったので」
「でも眼鏡無しでも、そんなに生活出来ないって程じゃないはずでしょ。譲君」
「ええ、そうなんですけどね……。
でも、はっきり見えない視界で何かあったら、俺だけでなく、それこそ他の人に迷惑かけてしまうから。
それに、最初に言いましたけど、俺、明日も朝練があるんです。
ま、もう1人で帰るっていうのは諦めましたけど」
「ごめんね、譲君」
「ああ、譲殿」
譲の引き際の潔さに感動し、顔を赤らめる朔であった。
『九郎、第2ステージを簡単に紹介しておこうか〜』
『あ? い、いや、見れば分かるのではないか?』
『え〜〜、折角だから、ね〜』
『そ、そう言うものなのか? いや、しかし……。で、では景時、よろしく頼む』
『え〜〜! オレ? 九郎の方が詳しいんじゃないのかな〜』
『(頼む、景時。俺にはあの、なんたらというカタカナの名前が上手く言えんのだ)』
『あ、そうか……。アハハハ〜。じゃ、じゃあ、オレ、やろっかな〜〜』
『(ああ、そうしてくれると助かる)』
『え〜〜と、第2ステージは制限時間・95秒。6つの関門で構成されてるんだよ〜』
『六つ…?』
と、九郎は思い出しながら指折り数えて
『い、いや、景時、確か八つではなかったか?』
『え〜〜! でも、このエリア・ガイドには6つって。
まず最初が、鉄の棒にぶら下がってレールを滑り降りる【スライダードロップ】だよね』
『ああ、スーと滑っていく途中に段差があるので身体がぶれるやつだな。初めての時は驚いた』
『2つ目が【ダブル・サーモンラダー】ってやつだね』
『握った棒を、下半身と腰の反動で上にある突起まで振り上げて登っていくやつだな。
前回の大会では上に辿り着けば終わりだったのだが、
今回は、身体の向きを変えて反対側にあるもう一組の突起を登らねばならなくなった』
『けっこうキツそうだよね〜。だから【ダブル】の【サーモンラダー】なんだ〜。
で、それが終わるとすぐに3つ目のエリアが【アンス・テーブルブリッジ】』
『ああ、鎖で吊るした板にぶら下がって渡るやつだな。
板そのものは、幅が二尺程で、確か長さは六尺はあっただろうな。
それと、1枚目の板は鎖で四隅近くを吊しているので前後にしか揺れんのだが、
2枚目は鎖が前と後の中央部にあるだけなので前後に加えて、左右にも傾くので
握る場所と、重心の移動のさせ方が大事となる。
その上、2枚目と向こう側までは距離があるので、反動をつけて跳ばなければならんのもやっかいだ』
『その次が【バランス・タンク】、4つ目のエリアだね〜』
『【ばらn、ばらんす……】、何だそれは?』
『ほら〜、あの木で出来た樽みたいな上に乗って〜』
『ああ、あれか。しかし景時、あれは樽ではない。円柱というにはゴツゴツした柱だな。
足で回すと、ガタンガタンと進むので妙に揺れて踏み外しそうになる』
『経験者ならではの感想だね〜〜。そして5つ目が』
『【めたるすぴん】というのだったな、確か』
『え〜〜! 九郎、何で言えるの〜!?』
『何故だかは分からぬが、これだけは前回から言えたのだ。
グニュッと伸びる紐の先についた鎖に飛び移り、その勢いを上手く活かして向こう岸に飛び移るのだ。
鎖は鉄か何かの金属で出来ているので、掴む時に手が汗で濡れていると滑るから要注意だ』
『ああ、そう言えば今回も何人か滑って落ちちゃったもんね〜。
そして最後が6つ目の【ウォールリフティング】だね〜』
『ああ、そういうことか』
『え? 何、何?』
『いや。景時が、種目は六つと言ったのは最後の壁を持ち上げるやつを一つでまとめていたからなのだな』
『ああ、そうだね〜。30kg、40kg、50kgの3つの壁を持ち上げなければならないんだから、
最後に来て力技が必要なのって、辛いよね〜〜。
みんな〜〜、九郎のアドバイス、聞いてたかな〜〜』
「参考になったか? テレビ観てれば分かるようなことだけじゃ無ぇか」
「将臣君、そう言っちゃ可哀想だよ」
「じゃ、望美、何か参考になったのかよ」
「ま、目新しいモノは無かったね、残念だけど」
「そういうものなの、望美?」
「うん……、残念だけどね。やってみないと分からないって事だけは分かったから」
『トホホ、九郎……』
『こういう時は【呑米】と言うのだったな』
『九郎……』
「何をやっていたのですか? ヒノエ」
珍しく怒気を隠さない弁慶に首をすくめながら、ヒノエは
「この短時間でリモコン・カメラと屋上カメラを潰しただけでも上出来なんじゃん」
「ヒノエ……、僕は君の実力を正当に評価しているつもりです」
「そりゃあ、どうも」
「その君が4つくらいの標的に、何をモタモタしているんでしょうね」
「弁慶こそ、まだハンディの連中、動いてるんじゃない」
「僕は、もっと根本的な対処に忙殺されていたのですよ。
それなのにヒノエ、あなたは」
「どんな『根本的な対処』なのか、想像するのも恐ろしいね。
ま、後で後悔するようなやり方じゃ無いことを祈ってるよ」
「ヒノエ」
「分かった分かった、第2ステージ終わるまでには、何とかするよ」
「ええ、当然です。ああ、あと第2から第3にかけてのレール・カメラも追加でお願いしますね」
「!! 何でそこm」
「ペナルティですよ。じゃ」
上から目線で指図して去っていく弁慶よりも、
その弁慶に何も言い返せなかった自分に、腹立たしいヒノエであった。
「じゃ、じゃあ、弁慶! あんたはいったい何をするんだい?」
振り向いた弁慶の笑顔に、ヒノエは一歩退くのだった。
満面の笑みで
「秘密、ですよ。フフフ」
そう言って去っていく弁慶の後ろ姿に、背中に冷たい汗の流れるのを感じるヒノエであった。
「弁慶……」
『さあ、望美ちゃんのスタートだよ〜〜!』
10/08/15 UP