帰らないの? 九郎さんルート・9月 11

〜 SASUGA特別編 ・ 11 〜










  『望美! 前半の種目はほとんどが腕力勝負だ! どこまで握力が持つかが鍵だからな!』


  「はい! 九郎さん、分かりました!
   春日望美、行きま〜す!」


望美は2、3度その場で屈伸をして、ゆっくりと右手を挙げてスタートの合図を送った。
そして、しっかりと鉄パイプを握り、前方を見据えて足場を蹴った。


望美の握った鉄パイプが、ガイドレールの上を滑りながら加速していく。


  『さあ〜、望美ちゃんのスタート〜〜!』


  『いけ! 望美!』

 
  『最初は【スライダードロップゥ〜〜】だよ〜!
   あ! そこ! もうすぐ段差だよ〜!』


  「望美…!」


朔が胸に手を押しあてたまま、祈るように言った。
その声をモニターで拾った九郎が落ち着いて言った。


  『大丈夫、望美はあそこでは落ちん』


段差でガクンと大きく身体が揺れる。
しかし九郎の言ったとおり、望美は難無くバランスを整た。


  『さすがは九郎、良く望美ちゃんがあそこの段差を持ちこたえるって分かったね〜』


  『ああ、リズ先生に教えを受けた者なのだからな、あの程度の衝撃で落ちるワケがない。
   望美の試練は、次……』


  『え〜〜!? く、九郎ぉ〜〜不安なこと言わないでよ〜。
   望美ちゃ〜ん! 頑張れぇ〜!』


その景時の声に呼応するように、観客席の声援も一段と大きくなる。


  「OK! 望美! ファイトォォ!!」


  「先輩、いけます! 落ち着いて!」


  「いいぞ、お嬢ちゃん!」


  「ああ、神子……」


  「Marvellous!」


スライダードロップをクリアして、望美は着地し、一つ大きく深呼吸した。


  『その問題の〜、【ダブル・サーモンラダー】に到着ぅ〜!』


  「望美! 落ち着いて!」


  (朔、大丈夫。意外とあたし冷静だから)


そして、ダブル・サーモンラダーの麓に走り寄り、見上げた。


  (クッ! ……この【ダブル・サーモンラダー】って、思いっきり高いんだぁ……
   !  !ダメダメ! やる前から飲まれちゃ。大きく息を吸って…
   成功するイメージを思い浮かべて……)


  『さあ、望美ちゃんが1段目に棒を掛けた!』


  『望美! 落ち着け! 滑り止めの粉をつけろ! 落ち着くんだ!』


九郎の声が聞こえたのか、一旦望美は手を離し、
サーモンラダーの傍らに置かれた粉入れの箱に手を漬けた。


  「九郎さん! ありがと!」


  『礼にはおよばん! それより、落ち着いけ。
   それから汗を拭ってから粉は付けた方がいい』


  「はい! (落ち着け私、落ち着け……)」







ジッと粉入れを見つめたまま動かない望美の様子に、
望美を知らない観客達は心配し始めた。


  「おいおい、お嬢ちゃん、大丈夫か?」


  「相当、プレッシャー、キツイでしょうからね」


  「リタイアか?」


  「ここまで来たんですから、どこで終わっても充分でしょう」







しかし、望美を知る者達は


  「先輩、気合い入りましたね」


  「ええ譲殿。望美の目の色が変わったわ」


  「さすがは九郎殿だな。あの『たいみんぐ』での『あどばいす』が、神子を我に返した」


  「OK、OK、結果オーライだぜ。さあ、望美! ここからが勝負だ!」







きっちり10秒静止した後、
望美はシッカリとした眼差しで【ダブル・サーモンラダー】の頂上を見つめた。


  「行きます!」


  『さあ、仕切直し終了! 望美ちゃん、1段目に再び棒を掛けた!』


  「先輩! リズムです! リズム!」


  「分かった! せ〜の! えいっ!」


  『左右とも綺麗に2段目に掛かった〜!』







  「春日……望美って、言ったっけ、あのお姉ちゃん?」


オールスターズの永野が、視線は望美から逸らさず、隣の朔と譲に話しかけた。


朔は、たぶん永野の声が耳に届いていないらしく、胸に手を当てたまま望美を凝視している。
譲はそんな朔の様子を見てから、永野に答えた。


  「ええ、そうです」


譲が、永野の顔を見た。
しかし永野は、譲も朔も見ていなかった。
ジッと【ダブル・サーモンラダー】と格闘している望美を見たままだった。
譲は一瞬、自分達に話しかけたのでは無かったのかとさえ思った。
相変わらず望美を見たまま、永野がボツリと言った。


  「すげぇな」


  「え?」


  「あの【サーモンラダー】を、あそこまで行った女子は今まで皆無だ」


  「そうですね」


  「『そうですね』って、そんなに落ち着いてるってことは
   あんた、あの嬢ちゃんがこの第2ステージも成功するって、そこまで信じてんだ」


  「信じたいですが……、難しいと思います。先輩の問題は」


  「5段目、だろうぜ」


  「に、兄さん」


  「へえ」


  「望美は、腰と下半身の反動を、タイミング良く上昇の力にして、巧く体を持ち上げてる」


  「だからそれまでと高さが違う5段目へ上昇するエネルギーを、先輩がどう作るか」


  「それと、その衝撃を受け止めるだけの握力が望美の手と指に残っているかどうか。それが課題だ」


  「ほう……。で?」


  「『で』?」


  「あんた達兄弟の読みでは、嬢ちゃんは5段目を越えられるのかい?」


  「それは……」







  「せ〜の! えいっ!」


  『よし、良い調子だ、望美!』


  『望美ちゃ〜〜ん!』


  「望美」


  「神子……」







  「いいとこ、半々じゃねぇか」


  「ま、将臣殿! なんてことi」


それまで永野との会話が聞こえていたのかも怪しかった朔が突然、将臣に向かって言った。


  「俺もそう思う」


  「ゆ、譲殿!」


  「朔、聞いていたのか」


  「譲殿がそんな無慈悲なことを言うなんて」


  「でもね、ほら。朔、先輩の指を良く見て」


  「望美の指?」


  「OK、さすがだぜ。お前も気付いてたんだな」


  「ああ、兄さんも?」


  「ま、望美あいつとは長い付き合いだからな」


  「どういうことなのですか? 将臣殿? 譲殿?」


  「朔、先輩の指から手の甲にかけて」


  「腕から血の気が無くなって白くなってきてるだろう。分かるか?」


  「もともと、望美は色白なだけで」


  「先輩の握力、かなり限界なんだと思う」


  「だから……。OKか?」


  「え?」


  「ああ、兄さん」


  「じゃ、ぶちかますぞ!」


  「先輩!! 頑張れ!!」
  「望美!! 頑張れよ!」


  「そうね、譲殿。将臣殿。
   望美! 頑張って!」







  『会場の声援が一段と大きくなったみたいだね〜』


  『望美、頑張るんだ!』







  「せ〜の! えいっ!」







  「4段目クリア! OKOK! 軽いぞ、お前なら軽くクリアだ、望美!」


  『そうだ! 将臣の言うとおりだ! 望美! 頑張れ!』


  『次で前半の【サーモンラダー】が終わるよ〜〜!』


  『(しかし、望美はかなり……。)頑張れ!』







  「せ〜の! えいっ!」


  『よし! 五段目成k、ああ!』
  「ああ!」
  「ああ! 神子!」


歓声と声援が、一瞬にして悲鳴に近い絶叫に変わった。


望美の握ったバトンは右側は五段目のフックに掛かったが、左側が掛からず、落下しかかった
が、辛うじて左側は、四段目のフックに掛かって落下だけは免れていた。


しかし、右は五段目・左は四段目という、斜めのかなり厳しい状態に陥っているのも事実だった。







  「せ〜の! えいっ! くっ! せ〜の」


  『望美! 焦るな! 落ち着け!』
  「望美! 焦って無駄に体力使うな!」
  「先輩! 焦ると返って、腕が消耗します!」


  「はい! (そうだ。落ち着いて。深呼吸して……、落ち着くのよ、望美わたし。深呼吸して)」


  「の、望美……、ああ、何てこと…」


  「先輩!」


  『の、望美ちゃ〜〜ん!』


  「み、神子……」


  『ここがこらえどころだ、望美!』


  「OK! 望美! 呼吸を整えて、まずは無理せずに、右を巧く四段目に戻せ!」


  『そうだ! 望美! 将臣の言うとおりだ! 慌てず戻せ!』


  『…だ、そうだよ〜〜、望美ちゃ〜〜ん!』


しかし望美は右手に重心を移して、左手を一旦離した。


  「え!?」
  「お前! 何やってんだよ!」
  「先輩!」
  『望美!』


驚いた誰もが、望美の名を叫んだ。
しかし、望美は離した左手をダラッと下に垂らし、2、3度ブラブラと振ってから、またバトンを握り直し、


  「せ〜〜の! やぁ!」


右手を支点にして、左手側のバトンを上へ持ち上げた。


ガタン!


場内に音を響かせて、バトンの左側も5段目に掛かった。







  『やった〜〜! 成功〜〜!!』


  『よし! よくやったぞ!』


  「冷や冷やさせやがって!」


  「ああ、望美……」


  「先輩、無茶な戻し方を……」


  「すげぇ、ホントすげぇ嬢ちゃんだよ。
   ああいう状態になった奴ぁけっこういるけどよ、男でもあんな戻し方した奴ぁいままで誰もいないぜ。
   兄ちゃん達の言う『半々』は、吉と出たのかな?」


  「いや、残念だがな」
  「いえ、残念ですが」


  「?」


  「今の、4段目から5段目への動作で、特に先輩の右手は、かなり消耗してしまったはずです」


  「望美あいつがどんなに鍛錬を積んでたとしても、望美あいつの握力や腕力の限界は熟知しているからな」


  「残念ですが、【ダブルサーモンラダーここ】の5段目が先輩の限界かと……」


  「そんな……。ああ、望美…」


それでも、いや、それだからこそ一瞬たりとも目を離さず、
胸に組んだ両手の指は、望美以上に血の気が失せているのに、少しも離さず祈り続けている朔であった。


皆が望美に注目していて誰も気付いていなかったのだが、この時、敦盛が静かに観客の一群からそっと離れたのだった。












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