帰らないの? 九郎さんルート・9月
〜 SASUGA特別編 ・ 16 〜
どうしようもない睡魔に、その場に立っていることもできなくなった。
次々とその場にへたり込む。
その都度、手にしたコーヒーの紙コップをキャッチし、
倒れて怪我をしないよう、相手の身体をそっと支えて横たえてやる弁慶だった。
「どうされました? 大丈夫ですか?」
「え、ええ……。藤……aら……さんは大丈……b………」
柔らかな微笑みを浮かべて、弁慶がそのカメラマンを見下ろす。
「申し訳ありませんね、こんな僕の事まで、ご心配頂いて。さて、と」
音もなくレールカメラが一斉に動きを停止した。
残念ながら、そのことをサーチするADは副調整室で寝息をたてているため、
誰もそのことに気付かなかった。
「昼間なら簡単に、ここが断線してるって分かるだろうからね。
修理は簡単に済むんじゃない。悪く思わないでくれよ」
そう緑丘の屋外セットに組まれた鉄骨の最上部で、ヒノエは一人つぶやいた。
「これでレールカメラ全部、かな。もう動くことはないだろうね」
眼下ではちょうど将臣が、
望美や譲、それにSASUGAに出演していた人達多くから祝福されているところだった。
「さてと、敦盛との約束もあるから、そろそろ行かないと、かな。
それにしても弁慶、随分なノルマを課してくれたものだね」
「ふう、僕としたことが、これくらいの事で息を切らせるとはまずいですね。
明日からは少し、九郎と鍛錬でもしましょうか」
弁慶は横たわるカメラ・チーフとハンディカメラ1、そしてハンディ4の3人を
近くの、人目につかない大道具用のプレハブ小屋に、手際よく担ぎ入れたのだった。
「最近はお疲れのご様子でしたからね。
あなた方も、のんびり休む間もないと嘆いておられたではないですか。
狭い場所ですが、ゆっくりとここでお休みください。
……ああ、『休む』の意味が違うかもしれませんが、それは、ご容赦くださいね」
辺りに人のいないのを確かめてからプレハブの扉を閉めると、
そっと懐から携帯を取り出して
「ええと、最近はご無沙汰でしたからねぇ。ここ暫くはご連絡を差し上げていなかったので……」
と携帯のアドレスをあれこれスクロールしながら
「ああ、ありました」
と通話ボタンを押した。
「こんな夜分に申し訳ありません。今、大丈夫でしょうか。
ああ、ありがとうございます。プロダクション Ben - Kの藤原です。はい。
御無沙汰いたしておりまして、申し訳ございませんでした。
いつぞやは、お世話になりまして。
いえいえ、そう言っていただけると、僕も努力した甲斐があったと……」
「さて、次は敦盛の番だぜ」
祝福の人垣の中で将臣が言う。
「将臣殿。す、すまないが、私は『棄権』ということで」
「え〜、何でですか、敦盛さん」
「ええ、私も敦盛殿のご活躍を期待いたしておりましたのに」
「ね〜、朔や望美ちゃんも、こう言ってるんだから」
「いや、しかし、……申し訳ないが、これ以上、水に落ちるのは」
「衣装が汚れるのなら心配ないですよ。着替えなんて、いっぱいあったじゃないですか!」
「そうでは無」
「望美の言うとおりです。
あちらの塗籠に、たくさん衣装はあったではないですか。
それと、この将臣殿のシャツだって、まだお召しになっていただいてはいないのですから
次の水没の際には是非これを」
「いや、それはヒノエが『もえ』とやらの対象になるからやめておけと……」
「ヒノエ殿…」
「まったく、ヒノエ君たら余計な事を」
「おいおい、とんだとばっちりがこっちに降り懸かってきてるね。
それに朔ちゃん、話が第3ステージを敦盛はクリア出来ないって前提じゃん」
「それは……、ああ、敦盛殿、申し訳ありませんでした」
「ヒノエ。朔は、衣装の心配は無用だと敦盛に言っただけだろう」
「譲殿」
「それより、お前、今までどこに行っていたんだ?」
「ま、ちょっとした野暮用ってことで。
それにしても敦盛、これだけみんなが期待してるのに……」
「しかし…、私はこれ以上は…」
「お前……。
ああ、そうだね。分かった。残念だが、せっかく治りかけの風邪がぶり返してきたんだね。
熱もやっと下がったと思っていたのに」
そう言うとヒノエは敦盛の額に自らの額を当てた。
「何を…、ヒ、ヒノエ。そうでは無いのd」
「(シッ、いいから任せておきな)やっぱりね、熱、上がってきちゃったじゃん。
37度ちょっと、かな。
やれやれ。お前、すぐ39度を超えるからね。
これでも着て暖かくしていないと、明後日からの雅楽の練習に差し支えるんじゃん」
そう言い終わらないうちに、ヒノエは
着ていた、というより肩にかけていたジャケットを、敦盛の頭からかぶせた。
「そ、そう、なのだろうか」
『敦盛、そういうことならヒノエの言うとおり暖かくしているべきだ』
『みなさぁ〜ん、可愛娘ちゃんの水没シーンに何ぁに、期待してるんすかぁ〜?
深夜枠の放送じゃぁないんすよ〜!
ホラホラァ、もぉ、ドンダケェ〜っすよ』
『亜紀も見てみたぁい』
『こらぁ〜!』
「……ヒノエ、すまない。こちらに来てからは、まだ一度も変生したことは無かったのだが」
その敦盛のつぶやきを耳にした八葉達は皆、敦盛が今どういう状態かに気付いたのだった。
「あ! 敦盛さん、ごめん」
「ああ、敦盛殿、何とお詫びしたら」
「敦盛、朔や先輩を許してやってくれ」
「譲、そんな、許すなどと。私は……私の身体が恨めしいだけのこと」
「だったら、これも使ってくれ、敦盛」
そう言って譲も肩にかけていた毛布を敦盛に渡した。
「時間が惜しい。敦盛は棄権、ということで、次、ヒノエだろう。急げ」
「将臣殿……」
「じゃ、お前はその毛布でも被って暖かくして、オレの活躍を観ていておくれ、いいね。」
そうヒノエは言うと、
近くにあった箱の中から自分のサイズの地下足袋を取り出し、ブーツを脱いで履き替え始めた。
「九郎、悪いけど、敦盛との約束だからね。ここからは本気を出させてもらうよ」
放送ブースで九郎が嬉しそうに答える。
『ヒノエ。望むところだ』
『きゃ〜、あの子も亜紀、好みぃ〜』
「敦盛」
「ヒノエ、どうかしたのだろうか?」
「お前『一番ヒノエらしい戦い方を見せてくれ』って言ったね」
「ああ、確かにそう言った」
「いろいろ考えたけどね、『ダラダラやりながら勝つ』とか『遊びながら勝つ』とかも」
「フッ…、ヒノエ。『勝つ』のは前提なのだな」
「当然じゃん。
で、結論から言うとね、『本気で勝ちに行く』ってことにするよ。
お前が観ていてくれるんだからね、手を抜くことなんて出来ないじゃん
そんなのはオレじゃないからね。
いつでも、オレはお前に本気なんだから、いいね」
「ヒノエ……」
『ヒノエ、将臣の言うとおりだ。時間が惜しい。急いだ方がいい』
「やれやれ、『趣』の分からない野暮な連中だね」
「ヒノエ」
「はいはい。じゃ、いってくる」
そうウインクを敦盛に投げかけて、スタート位置に向かうヒノエだった。
12/08/11 UP