帰らないの? 九郎さんルート・9月 2
〜 SASUGA特別編 ・ 2 〜
「はい! OKです!」
「お疲れ様!」
「お疲れ!」
緑丘スタジオの夜を煌々と照らしていた照明が落とされ、あちらでもこちらでも、撤収の準備が始まった。
各出演者の応援団も、徐々に帰路についていた。
「じゃ、第2ステージから解体を始めてくれ」
「え? この『SASUGA』のセットって壊しちゃうんですか?」
「ええ、冬の間に新しいセットにリニューアルするのだそうですよ」
「それに、3週間後から2ヶ月ほどテレビドラマのロケがあるので、そっちのセットが組まれるらしい」
「ちょっともったいない感じがするな」
「そうですね。残念ですが、でも、このままにしておくのも防犯上やっかいらしいのです」
「ああ、弁慶の言うとおりだ」
「どういうことだい?」
「春のロケが終わってから、この秋のロケまでの間に、ここに潜りこんで捕まった人が十人近くいるそうですよ」
「潜りこんで?」
「このセットで『SASUGA』をしてみたかったのでしょうね」
「わぁ〜〜、その気持ちは分かるなぁ」
「ああ、神子姫の言うとおりだね」
「ヒノエもやってみたい、と?」
「まぁね。九郎の記録に対し、今のオレはどの程度の記録が出せるのか。実に興味あるじゃん。な、敦盛」
「え? い、いや私は…」
「ああ、そうだな。ヒノエは俺などより『第一すてぇじ』は素早いだろうな」
「『第1ステージは』? 言ってくれるじゃん。
それ以降のステージじゃ、まるでオレは九郎に勝てないような言い方だね」
「い、いや、そういうわけでは…。気に障ったなら謝るが」
「『が』?」
「『第二すてぇじ』以降は上半身の、特に握力と腕力が肝心となるからな」
「だからオレは、九郎より握力と腕力で劣る、とでも?」
「い、いや、そうではない。そうではないが、その華奢な身体では」
「言ってるじゃん」
「止めましょうね、ヒノエ」
「弁慶、悪いけど。いかに源氏の総大将でも、熊野の船乗りを見くびってもらっちゃ、困るね」
「そうは言っていない!」
「九郎。要は、このセットを使ってみたいだけですよ。ヒノエは」
「へへへ、分かってるじゃん。な、敦盛」
「だ、だから私は…」
「はぁ、分かりました……、やれやれ。
君達の後ろでそんなに瞳を輝かせていらっしゃる方の期待を裏切ることはできませんからね」
「え?」
「み、神子…」
「ちょっとプロデューサーと交渉してきますから。ただ、あまり期待はしないでくださいね。」
「〜と言うことで、1時間だけお借りできることになりました」
「おお! ラッキー」
「え? 将臣君も、ですか?」
「当然。っていうか、ここに居る奴、全員そうなんじゃねぇのか?」
「で、でも、私は…」
「朔、どうして? やってみようよ」
「の、望美。でも、失敗したら、あの泥水の中に落ちることになるのでしょう?」
「うん、そだよ」
「着替えも無いし。いくら車で帰るにしても」
「大丈夫大丈夫、落ちなければいいんだから」
「そうは言っても…」
「やるだけやってみれば? ね?」
「そういうものなのかしら? わ、分かったわ」
「最初はグー! ジャンケン、ポン!!」
「アイコでショ!」
「わ、私……」
「朔、頑張って!」
「望美……。何となく勢いでこうなってしまったけれど…どうしましょう」
「朔、こうなったらやるしかないよ。応援してるから」
「譲殿…」
「朔殿、御心配なく。衣装部の人と話をつけてきましたから、水没しても着替えはお借りできますよ」
「弁慶さん!」
「それって朔がクリアできない、って事ですか!?」
「譲君、望美さん…、弱ったな。僕は朔殿に良かれと思って」
「そうよ、望美。私が言い出したことよ。弁慶殿、お気遣い、ありがとうございます」
「どういたしまして。でも、このタイミングで言い出すべきではなかったですね。僕としたことが。
どうか、頑張ってくださいね。ゴールの櫓の下でお待ちしておりますので」
「はい」
「2番は誰?」
「ハイハ〜〜〜イ、オレオレ〜〜♪」
「兄上」
「朔、先にゴールして待っててね〜〜。お兄ちゃんもす〜〜ぐゴールするからね〜〜」
「はい、兄上」
「3番手は?」
「私!!」
「神子姫様か。これは楽しみだね」
「第1ステージの九郎さんのタイムは……、うわ、20秒残しか〜、それはちょっと無理かな」
この一連の会話を聞いていたスタッフが、呆れて囁いている。
(おいおいこの娘、ステージクリアする気満々だぜ)
(『SASUGA』甘く見てると怪我するっちゅうの。ディレクター、何で止めないんだよ)
(女でこのリニューアル1をクリアした子なんて、いないんだぞ)
そう言って、今回この第1ステージで落水していった、『SASUGA ANGELS』チャンピオンの女性筋肉ダンサーや、
体操アメリカ代表や、女性海兵隊員や、オリンピック・ソフトボール金メダリストといった面々の
無念の横顔を思い出していた。
それに比べて、どう贔屓目に見ても、
この梶原朔と春日望美という女の子2人は華奢すぎて、クリアできるとは到底思えなかった。
(可愛いけどな)
(ああ、あのアメリカ海兵隊のネェチャンなんて、オールスターズよりガタイが良かったもんな)
(オレ、あっちのショートの娘が好みかな)
(それより、いつになったら撤収開始になるんだ?)
(さっきチーフから1時間押しって連絡が)
(1時間! おいおい、この子たちのお遊びで1時間待機かよ)
(まったく上は何考えてるんだか。一度、ガツンと言ってやらんと、ダメかぁ)
そこにすかざす弁慶が歩み寄り、
「すみません。ウチの子達の我が儘にお付き合いいただくことになってしまって」
「う! 藤原……さ…ん?」
何故か、スタッフ一同、居ずまいを正して弁慶・藤原慶二の言葉を拝聴する。
「ふ、藤原さんとこのタレントっすか?」
「え? ええ。そういうことですので、よろしくお願いしますね」
「わ、分かりました!」
(先輩、何、甘いこと言ってんすか!? ガツンと言ってやるんじゃ)
(バ、バカ!! 黙ってろ!)
(先p)
他のスタッフ2人に口を押さえられ、その若手スタッフはどこかに連れ去られた。
「す、すみません。あいつ、まだ、現場に慣れてなくて」
「いえ、僕の方こそ申し訳なく思ってます。では、1時間ほどお付き合いくださいね」
「ええ、いいですよ」
「よろこんで」
(バカ! それは言い過ぎだろ!!)
(で、でも)
「あ! それから」
「は、はい!!」
「あちらに簡単なお食事を用意させていただきましたので、皆さんでお召し上がりください」
「こりゃあ、いつもすみませんねぇ」
去っていく藤原慶二の姿に、安堵の溜息をつくスタッフ達であった。
09/07/15 UP