帰らないの? 九郎さんルート・9月 4
〜 SASUGA特別編 ・ 4 〜
「あ〜〜あ、トホホ〜」
「まったくもう! 兄上ったら!」
「仕方ないよ、朔。景時さんだって精一杯やったんだから」
二度目の泥水からやっとの思いではい上がってきたと思ったら、
案の定、妹・朔の仁王立った姿と対峙した景時だった。
第1ステージ制覇直前
『ターザンロープ』までは、景時は巧くやっていた。
(ひょっとしたら九郎のタイムより良いんじゃないかな〜〜♪)
そんなことまで考える余裕すらあった。
朔の苦労した『そり立つ壁』も、身長とリーチの長さを利用して、1回でクリアした。
なのに……
ちょうどその時、兄を応援する朔の声にちょっとだけ得意になって反応してしまったのだ。
間の悪いことに、『ターザンロープ』に跳び移る瞬間に……。
「兄上! 頑張って!」
「ハイハ〜イ、お兄ちゃん頑張ってるでしょ〜〜♪」
「兄上!! 綱! 綱を見て!」
「え? 綱? あ〜〜〜〜〜〜〜〜」
落水音
「何も跳び上がった瞬間に、こちらを向いて、こともあろうに手まで振ることは無かったのではありませんか!」
「朔、許してあげなよ」
「優しいこと言ってくれるね〜、望美ちゃん〜」
「景時さんだって、朔の応援が嬉しかったんだろうから」
「譲君〜〜♪」
「そうやって、望美も譲殿も兄上を甘やかすから」
「ヘックション!」
「兄上?」
「朔、景時さんを更衣室に連れて行かないと、風邪引いちゃうよ」
「先輩の言うとおりだよ、朔。朔を助けてからずっと、濡れたままで頑張ってたんだから」
「え!? そ、そうなの? ああ、…なのに私ったら……。ごめんなさい、兄上」
「大丈夫、大丈夫〜〜〜ってね。ヘックション!」
「兄上……」
「さ、景時さんも立って下さい。朔、一緒に連れていってあげよう」
「ええ、譲殿」
「先輩は次のスタートなんですからね、準備、急いでください」
「あ、譲君譲君、朔もだよ〜。望美ちゃんの応援をしてあげててよ〜。オレは1人で大丈夫だからさ〜」
「そんなこと言って、景時さん、更衣室が何処かも分からないでしょ」
「さ、兄上」
「え〜〜、でも〜〜…」
「望美なら大丈夫」
「そうですよ。ね、先輩」
「うん、暖かい恰好して第2ステージから応援してください」
「望美ちゃん」
「お願いよ、私達兄妹の仇をとってね」
「当然!」
「何も兄妹して同じところで脱落しなくても……」
「朔、よっぽど悔しかったんだ……」
「ま、まあまあ。ほら、朔、行くよ〜〜。じゃ、望美ちゃん。第2ステージ、楽しみにしてるからね〜〜」
「任せてくださいっ!」
「さぁ! ギャラリーの声援が一段と大きくなった!」
「ぎゃ、ぎゃらり?? ああ、望美の番なのだな」
「そういうこと! 我らがヒーロー! 春日望美の登場だぜ〜!!」
「将臣君、酷〜〜い! そこは『ヒロイン』でしょ!! 後で覚えてなさいよっ!」
「の、望美がこっちを見て何か叫んでいるぞ、将臣?」
「OKOK! 気にしない気にしない、ハハハ。ま、何言ってるのかは、だいたい想像つくけどな。
それよりモニター見ろよ、九郎! この望美のやる気満々な顔! 不敵な笑みまで浮かべてるぜ!」
「ああ、こんな顔の望美は久しぶりだ」
「こいつは、期待できるかな?」
「そうだな。『第1すてじ』での女性歴代1位の時間は」
「違う違う」
「? 『違う』とは、どういう事だ、将臣?」
「俺が期待してるのは、女性歴代1位じゃ、無い」
「違うのか? では何を期待しているというのだ?」
「分からないか、九郎?」
「え?」
「そんなに想像したくないか? お前の記録を弟弟子が破るかって事は」
「何だって! い、いや、そうではない。そうではないが、しかし……」
「無理、と言い切る自信があるか?」
「そ、それは……。そうだな」
「OK! そういうことだから、九郎の記録をスッパリ塗り替えちまえよ、望美!」
「弟弟子? いや、どう見ても女の子だろう?」
「いや、結構あり得るんじゃない? 九郎も髪が長いし」
「田山さん、冗談キツイですよ。武田君が本気にするでしょ」
「永野さん、いくら何でも分かりますよ。それより彼女に失礼でしょ」
「え、やっぱり本当に女の子なのか?」
「田山さん……」
更衣室に向かう朔が、ふと足を止めた。
「朔? どうしたのかな〜〜」
「そういえば兄上、リズ先生はどちらに?」
「さ、さあ〜、あ! ほら、あそこ」
「あそこは……、ローリング丸太の所ですね」
「譲殿、先生は何を眺めていらっしゃるのかしら」
「さあ……?」
「リズ先生〜〜」
「あ、兄上」
と3人はリズヴァーンに近付いていく。
「何か先生の興味を引くものが見えるんですか?」
「いや……ただ、気になることが…」
「気になること?」
「譲、ここの保全を行う係の人間を呼びなさい」
「保全…ですか?」
「うむ」
「わ、分かりました」
「将臣君! 『弟』ってどういう事! それに勝手に期待値上げないでよね!」
「将臣殿は神子を信じているのではないのだろうか」
「いや将臣の事だからね、単に神子姫をからかっているだけじゃん」
「そういう事! さあ、望美! セットオン!」
「え? この会話、聞こえてるの?」
「さすがは還内府殿なのだな」
「おいおい敦盛、いくら将臣が地獄耳でもそれは無いね。
どうせ、そこで担いでるマイクが復旧して、この会場全体の音声を拾ってるんだろう」
「え? 音声が再開……? ああ、モニターも復旧していますね。弱ったな」
「弁慶、ノーギャラだからね。当然、マネージャーとしてはまずい事態なんじゃない」
「違いますよ、ヒノエ。どうやら調整室は君達のお遊びを、番組にしようと企んでいるみたいですよ」
「そいつは……」
「君にとっては良かったですね。これで九郎同様、君も晴れてSASUGAのアイドルです。
街を歩けば、女の子にキャーキャー言われる身分です」
「……まずいね」
「え? ヒ、ヒノエ……」
「意外な言葉が君の口から聞こえましたね。ほら、敦盛君も驚いているじゃないですか。
どうしたというんです?」
「女の子のファンが増えるのは悪い気分じゃ無いけれど、敦盛にこれ以上ヤキモチを焼かれたく無いし、ね」
「わ、私はヤキモチなど……」
「だから今はまだ、オレの美しい顔をメジャーにしちゃ、まずい…かな」
「…ヒノエ」
「そうですか、では、利害は一致したわけですね。
では、君には、あれとあそこの屋上のと、それからあの『2』と『3』のナンバーのカメラをお願いします」
弁慶が顎で示したのは、クレーンの上に置かれた2カメと3カメ、
それからセットの上に張り巡らされたワイヤーを伝って移動するリモコン・カメラと、
屋外特設セットの俯瞰から各ステージの上からのアップまでを担当する屋上カメラであった。
この2台はどちらも、副調整室からのリモートコントロールで操作されている。
「面倒なのばっかじゃん!」
「僕は、あちらで働いていらっしゃるハンディー班の方々を説得して回りますので」
「説得? 脅しの間違えだろう」
「何か言いましたか? ヒノエ」
「別に」
「そうですか。では早急に処理してくださいね」
「やれやれ」
そう言い終わるなり、弁慶もヒノエも走り出していた。
ピ! ピ! ピー!
「さあ! 注目の望美のスタートだぜ!」
09/09/13 UP