帰らないの? 九郎さんルート・9月 6

〜 SASUGA特別編 ・ 6 〜










  「さあ! 次は我が弟だぜ! 有川ぁぁぁぁ譲ぅぅぅ!」


  「譲ということで、将臣も気合いが違うな」


  「そうか? そんなこたぁ無ぇぜ、九郎。さあ! 譲ぅ、ぶちかませぇ!!」


  (ああ、俺も兄上にこのように慕われていたら……)


  「? 九郎、何か言ったか?」


  「い、いや、別に。 譲! 行けぇ!!」


  「OK! ヒア ウィ ゴォ!」










  「兄さん…、まったく。格闘技のリングアナじゃ無いってば! 恥ずかしい」


  「譲殿ぉ!!」


そこへ息を切らして朔が走ってきた。


  「朔!? 景時さんの着換え、終わったのか?」


  「はい! 兄上も譲殿の出走前にと大急ぎで」


景時も走ってやって来た。
まだ生乾きの髪をバスタオルで包み、どこかで見たことのあるようなジャージの上下、
しかもサイズが二回り程小さくて、妙に腕やすねが見えているのが笑えるのだが、
それも自分の応援にと慌てていたからだなのだろうと思うと、譲は嬉しかった。
『TBB SASUGA』と派手なロゴの入ったスタッフジャンパーを着て、

  「譲君! 頑張ってね〜〜!」

と声を限りに観客席から叫んでいるのが聞こえる。


  「景時さん! わざわざ、ありがとうございます」


  「そんな〜〜、お礼は〜、ゴールしてからにしてよね〜」


  「譲殿! 私達兄妹の分まで、是非!」


返事の代わりに譲は大きく1回、朔に向かって笑顔でうなずいて、前方を見据えた。










  「さあ、スタートだ! 3!、2!、1! GO!!」


  「良い飛び出しだ!」


  「そうだ! リズムよく! 4! 5! 6!」


  「よし! 七段飛び石は問題なく通過した!」


  「OKOK、そうこなくちゃぁな! さあ、ローリング丸太だ! しっかりしがみつい……ア! ヤバ!」


  「どうしたというのだ? 将臣!? 今のところ、難なくこなしているではないか」


  「眼鏡!」


  「めがね?」










  「おいおい、このあんちゃん、このままじゃ、まずいぜ?」


モニターを暢気に眺めていた船長・永野が、意外と真面目な声で言ったので、
他のオールスターズが永野を見つめた。


  「え? 永野さん、どうしたんです」


帰りかけていたレスキュー武田が言う。


  「ああ、本当だ。誰も言ってあげなかったんですかね」


  「何です?」


  「ほら、眼鏡」


と永野が指さしたモニターには、譲の顔のアップが映っていた。


  「ホントだ。僕も視力悪いから分かるけど、遠心力で外れちゃいますよ」


  「え? 山元、目ぇ悪いんだ」


  「そうですよ。SASUGAの時はコンタクトにしてるけど、普段は眼鏡と半々ですかね」


  「さすがは地域統括マネージャー。事務方に眼鏡はよく似合う」


  「からかわないでくださいよ」


  「俺なんか、眼鏡に憧れるけどな」


  「何故です?」


  「インテリっぽいじゃん」


  「インテリ……。でも、眼鏡だと、外れるのって気になって目の前の障害に集中できないっすね」


  「そんなもんか。俺は視力良いから気にしたことも無いけどな」


  「どっかで外すでしょ」


  「どうかな……」










ローリング丸太にしがみついた譲は、段差の衝撃も難無くこなして対岸に着地した。


  「眼鏡は大丈夫だったようだな」


  「……ああ、今のところは、な」


  「それにしても、さすがに弓でならしているだけのことはある。握力は申し分ない」


  「当然だ、ポテンシャルなら俺や望美に引けを取るわけがない」


  「ぽて…? 何だ、それは」


  「九郎、またかよ……」










  「へえ、このあんちゃん、意外と体幹がぶれないんだな」


  「ええ、身体の中心軸がしっかりしている、だから頭が動かない、だから眼鏡がズレたり飛んだりしない」


  「ハハハ、心配して損したぜ。何の事はない、眼鏡をしてるのは、外し忘れたとかのボケじゃなく」


  「外さなくてもゴール出来るっていう、こいつの自信かよ!」


  「見た目、真面目で大人しそうな奴なのにな」


  「足はそんなに速くなさそうだけど」










  「走れ! 譲! GOGOGO!!」


  「ダメだ、加速が足りない!」


  「ジャンプだ!」


  「跳べぇ!!」


  「ダメだ! 低すぎる!」


  「譲!!」


クォーターブリッジの壁を蹴った譲の身体は
どう考えても向こうに下がっているロープを掴んだ瞬間に着水してしまいかねない高さだった。

その時だった

譲は壁を蹴った瞬間から身体の上下を180°回転させ、頭を下にしてロープを握ったのだった。
更には、掴んだ衝撃と、飛びついた際の身体にかかる慣性力を、
巧くロープに逃がして着地地点であるフロートへの推進力に転換させ、
ロープそれ自体の意志のように、譲を対岸着地地点のフロートに運んだ。

タイミングを量って、上になっている足の方からまた180°回転しながら倒れ込み、
まるでフロートに、背負い投げの受け身をするかのように、譲は着地した。










  「巧い!」


  「クォーターブリッジの攻略に、あんなやり方があるとはね」


  「無理無理、普通の人間にあんな器用なこと、できないって」


  「奴ぁ、体操の選手かなんかじゃねぇか」


  「それでも、綱を握り損ねるか、握っても滑るか、体重や遠心力に負けて水没するはずですよ、普通は」


  「だろうね。レスキューでもあの高さで頭を下にした垂直降下姿勢には咄嗟になんて、できません」


  「その前に、咄嗟の判断でやろうとしてった握力がついてこねぇって。
   そんな事言ってて武田、お前、帰らなくて大丈夫か? 明日も仕事なんだろう」


  「帰ろうとは思ってるんですけどね、なんか、見ちゃいますよね」


  「ホント、何度も言うけど、九郎の仲間はただモンじゃねえのばっかだぜ」


  「やっぱり普通じゃないんだ、彼も……」


  「ミスターSASUGAの田山さんが早々に筋トレに帰ったのも肯ける」


  「ああ、こいつらが次回のSASUGAに大挙して出場してみろ」


  「僕達は隅に追いやられて」


  「見事、世代交代完了」


  「負けてらんねぇ」


  「今日の出場者に彼らがいなくて、良かった」


  「だがな、こういう連中がいるって、今日知ることができて良かったぜ」


  「ああ、次回いきなり登場して驚かされたんじゃ、たまらない」


  「城鳥……、とんでもない奴をSASUGAに引き込んでくれたもんだ」


  「船長、そのわりには顔、笑ってますよ」










  「『そり立つ壁』に1度手こずったが、2度目でクリア!! ターザンロープだ!!」


  「さすがに息が荒くなってきているぞ。譲! 後、二関門だ! 頑張れ!」


  「応援席からの譲コールも熱が入ってきた!」


  「走り込んで!」


  「ロープをガッチリとキャッチした! OK!」


  「そのまま、縄梯子に!」


  「なるべく上だ! 上のロープに! 跳べ!!」


  「ああ! 低い! なんでそんな下を!」


  「OKOK! 掴んじまったモノはしょうがない! 時間はまだある! ハリアップ、譲!」


  「あ! 眼鏡が!」


先を急いだためか、縄梯子の上の段を掴もうと譲ののばした腕に、眼鏡のフレームが当たってズレたのだった。
さらに間の悪いことに、そのズレたフレームが縄梯子のどこかに当たり、
眼鏡が完全に顔から外れて落下してしまった。
右手を差し出して落下する眼鏡を掴もうとしたが、中指の先にかすっただけだった。
譲に落下する眼鏡を見送る余裕は無かった。
上を見て、一心に縄梯子をよじ登る。
観客席から聞こえる、彼女さくの懸命な声援に応えるためにも。


  「あと2段!」


  「あと1段! 急げ譲、時間が迫っている!!」


  「OK! 慎重に足をかけて…」


  「そうだ、立ちあがれ!」


  「走れ!」


  「急げ!」


  「ボタンだ!!」


プシュー!


ゴールを告げるスチームの祝福


  「やった! 朔! やったぞ!」


ゴール地点の櫓の上で、有川譲は叫んだ。










その時、朔は


  「ゆ、譲殿の素顔、初めて見ました……」


とモニターに大写しとなった譲を見て、顔を赤らめるのだった


  「ああ、眼鏡の譲殿も素敵だけれど、素顔の譲殿も凛々しいわ……
   え? あ、兄上! いつの間に!」


モニターには、せっかく着換えたというのに、
また全身ずぶ濡れで、最終関門のロープクライム下の水たまりからはい上がる景時の姿が映された。


  「な、何で!? まったく兄上!」


その景時は、自分の濡れているのもかまわずに、何かを叫びながら櫓を登っていく。
モニターがその姿を追っている。


  「兄上、いったい何を……あ」


そう、景時の左手にはしっかりと、譲の落として眼鏡が握られていた。


  「こぉ〜〜んな泥水の中に落っことしちゃったらさ〜〜、見つかんなくなっちゃうでしょ〜〜
   ハハハ〜、ハックション!」


  「景時さん、ありがとうございます。でも、せっかく拾ってくれたのに、フレーム、歪んでしまって」


  「大丈夫大丈夫〜〜、後で修理できるから〜〜」


  「それは助かります」


  「ド〜〜ンと任せといてよ〜〜」






  「ああ、兄上」


また、着換えさせなくては


そう思いながら、嬉しそうにバスタオルを手に、景時と譲の元へ走る朔であった。










  「この喫茶店のマスター、ホント面白いですね」


  「だがよ、このマスター、最前列とはいえ観客席のスタンドにいたんだよな」


  「有川譲の落とした眼鏡を、着水する前にキャッチしてたとしたら」


  「落とした位置から水面までどう多く見積もっても6mも無いぜ」


  「マスターのいた位置からあの水面までは、10m近く離れてますよ」


  「……有り得ないでしょ」


  「何モンだ? あのマスター……」










  「どうも御苦労様です。ハンディーの皆さん、お疲れでしょう。温かいホタージュスープとおにぎりです」


  「ああ、藤原さん。こりゃぁすみませんね。先輩、はい」


  「おう、藤原さん、すみませんね」


  「いえいえ、こちらこそ。僕のところの子たちの我が儘につきあっていただくことになってしまって
   本当に申し訳ないと思っているんですよ。
   せめてものお詫びに、僕の事務所で用意したケータリングです。
   どうぞ冷めないうちに召し上がってください」


  「こりゃ、助かります。ああ、温かい」


  「陽が暮れて、急に気温が下がってきましたからね。
   あちらのテントには食事の用意もありますので、手が空いたところでどうぞ」


  「どうも、ありがとうございます。じゃ、後で遠慮無く」


  「ええ、そうしてくださいね、是非


去っていく藤原慶二の後ろ姿に向かって
ハンディー班の2人は


  「噂ほどおっかない人じゃないですね、藤原慶二って」


  「ああ、そうだな。ま、敏腕マネージャーっていうのは、だいたいそういう噂が…出るもん……だっ……」


  「あれ……先輩…? どう……し…… まし……  た……」


  「おま……え…こそ……、ふぁ〜〜…、疲れたの……かな……、眠くてたま……   ら……     」










  「あれ? ハンディー1と3、連絡が途切れました」


  「何? ちょっと貸せ」


ミキサーからインカムを引ったくるようにして、ディレクターは耳をすませる。
そこから聞こえるのは、規則正しい呼吸音


  「寝息?? 2人とも寝てんのか?」


  「さあ……」


思えばADの時代から長いこと、このTBB緑丘スタジオに務めて
ここまで不測の事態が続いたことがあったろうか。

俯瞰カメラとリモコンカメラが故障。

3チームいる修理班は偶然の事故への対応で全員出払っている。

音声も半分ほど、ラインが復旧できずにいる。

そして今度はハンディーが2台、連絡不能……。

長い下積みを経たディレクターの勘が危険信号を発していた。



  「何が起こってるんだ、この緑丘で……」












10/01/01 UP

NEXT→

←SS TOP