帰らないの? 九郎さんルート・9月 7

〜 SASUGA特別編 ・ 7 〜










  「さあ次は敦盛の番だぜ」


どこからか慌ただしく帰ってくるなり、ヒノエが敦盛に耳打ちをしてシューズを渡した。


  「ほ、本当に私もやるのだろうか?」


  「今更、何言ってるんだい。皆、期待しているじゃん、早く支度してスタート場所に行くんだね」


遠くから望美の声も聞こえる。


  「頑張って〜〜!」


  「ほら、神子姫の期待を一身に受けて、羨ましい限りじゃん」


  「わ、分かった…」


  「へえ、オレの言うことではゴネても、神子姫の言の葉には従うのかい。ちょっと妬けるね」


  「いや、そんなことは……」


  「あはは、冗談さ。じゃ、ゴールの櫓の上で待っていておくれ。
   間に邪魔なのが1人入るけど、すぐにオレもゴールするからね」


  『おいおい、邪魔って言うのは俺のことかよ!』


  「やれやれ、どこのマイクで拾っているのか分からないけれど、
   愛する2人のささやきを盗み聞きするのは野暮なんじゃない」


  『悪ぃが、ちょっかい出す奴がいると、経正兄上に俺が説教されそうなんでな』


  「へぇ、オレを『奴』呼ばわりすると、後で高くつくからね」


  「ヒ、ヒノエ」


  「分かった分かった、お前の尊敬する還内府殿だ、喧嘩なんてしないから安心してスタートしてくれないか」


  「いや、別に将臣殿と還内府殿は別だと思っているから……」


  「へぇ、じゃそういうことで。将臣殿、高くつくかどうかはレースの結果次第、かな」


  『おもしれぇ、OK!』


  「これはお前の為にも、ちょっと本気にならざるを得ないかな」











  「じゃ九郎、俺も行ってくるからよろしく」


  「え? あ、ちょっと待て将臣! 『よろしく』とはどういうことだ?」


  「決まってるだろう、実況のアナウンスだ」


  「え? いや、それはちょっと。お前のように流暢には俺は出来ん!」


  「だったら誰か助っ人を頼んだらどうだ?」


  「だ、誰を??」


  「知るかよ! 自分で考えろよ」


  「え! あ、おい! 将臣……。行ってしまった…。どうすれば良いのだ、九郎おれ?」


九郎のその時の頭に浮かんだのは、長年苦楽を共にしてきた源氏の2人だった。


  「べ、弁慶! 景時! 力を貸してくれ! ああ、もうすぐ次の競技が始まってしまう!」











シューズの紐をしっかりと結び、上に羽織っていたジャケットを脱ぎ、傍で応援していた望美が受け取る。


  「大事なのは、勢いと慌てないことだけですから」


  「神子」


  「大丈夫。落ち着いてさえいれば必ずゴールできます。私が保証しますから」


敦盛は、そんな望美の真剣な表情を見て

  (神子は何事にも懸命になられるのだな)

そう思うと微笑ましかった。
軽くその場で何度かジャンプをして、シューズが身体に馴染んでいることを確認すると、
望美とヒノエに向かって言った。


  「神子」


  「はい」


  「感謝する」


  「え?」


  「神子が保証してくれて、嬉しかった。神子の言の葉を裏切らぬよう、全力をつくしたい」


  「はい! 期待してますから!」


  「ではヒノエ、ゴールで」


  「ああ、待っていておくれ」


2人に話しかけ終わると、敦盛は目の前の七段飛び石やローリング丸太では無く、
遥か先に僅かに見える第1ステージのゴールの櫓を見据えて、言った。


  「参る!」


そして勢いよく飛び出して行った。











  「おいおい、またひよっこい女の子が出て来たな」


  「大丈夫かな? なんか色白で、泥水に落ちたら泣いちゃうんじゃないか?」


  「どうかな。何たって九郎の仲間だからな。さっきのネエチャンにも驚かされたから」


  「そんなに何人も九郎レベルなんてありっこないでしょう」


  「じゃ山元、賭けるか? 彼女がゴールするかどうか」


  「いいですよ。でも、無理でしょう、いくらなんでも」


  「じゃ、今夜の飯代な」


  「あ、1人2000円までってことで」


  「ケチだな、お前」


  「嫌ですよ、何と言われても。
   昔もそんな賭けをやって焼肉2人で30,000円以上かかったって、城鳥さんボヤいてましたからね」


  「城鳥は公務員だからな、金持ちなんだ」


  「どんな理屈ですか」


  「2人ともそんなこと言ってる間にこの子、ローリング丸太終わっちゃいましたよ」


  「え?」
  「嘘!」


武田の言葉に慌てて画面に目を向ける永野と山元であった。











  「ああ、あ、今、『ろ、ろうりん具、丸太』を終えて、ええと、立ち上がって、
   『くお? くおたぶ? ふおたぶりじっい??』……ええい! 何て言いづらいんだ! 弁慶! 景時!」







  「やれやれ、九郎。助けてあげたいのはやまやまですが、今はちょっと」

そう言って弁慶はケータリングのスープと握り飯を盛ったトレーを手に、調整室に上っていくのだった。







  「兄上、そんなに慌てなくても」


  「だだだけどね〜〜、あんなに苦労してる九郎、見てられないからね〜〜。早く行ってやらないと〜」


  「『じゃーじ』の上が、裏返しです! ああ、その前に下に着ている『ていしゃつ』も後ろ前ではないですか!
   よく苦しくなくていられますね。落ち着いてください! かえって時間がかかってしまっています!」


  「だけどね〜、朔〜」


  「もう! 兄上が行ったところで状況は大して変わるものではないのではありませんか!」


  「さ、朔〜」


キツイ朔の一言に落ち込む景時であった。











クォーターブリッジを全速力で走り抜け、目の前に見える綱に飛びつくタイミングを測る。

   綱が果てしなく遠くに見える。
   一歩ずつ確実に近付いているというのに……とてもあそこに飛びつけそうもない
   泥水に落下するイメージ
   それを振り払うように、思う。
   九郎殿も神子も、朔殿も景時殿も、何の苦もなく飛びついていたのだ
   しかし譲は……。
   ああ、器用に掴んだのだったな。
   しかし、私にはあのような器用な軽業はできない……。ああ、やはり私はダメなのか…
   「大事なのは、勢いと慌てないことだけですから」
   神子……。そうだ、神子は私を信じてくれた。このような穢れた私を…。
   ならば、私も私を信じよう!
   大事なのは! 「勢い」と! 「慌てないこと」!


「慌てないこと」と呟くのと同時に最後の1歩を力強く蹴って、敦盛の身体は宙を舞った。
あたかも、舞の1シーンを見ているかのようであり、誰もがその敦盛の空中姿勢の優雅さに見とれた
一瞬
綺麗にロープを掴み、その勢いを殺すことなく対岸のフロートに着地した。
観客席の声援が本番収録時以上に轟く。

  「やったぁ〜!」


  「その調子だ!」


  「ナイスじゃん!」


神子と譲の声が聞こえる。そしてヒノエの声も。
この時初めて敦盛は、皆が自分と並行して走りながら、
自分に向かって声の限り叫んで応援してくれていた事に気付いた。
考えれば当然なのだ。
自分も先程まで同じように、朔殿の時も景時殿の時も神子の時も譲の時も、走って声援していたのだから。

しかし、この時の敦盛には胸の中に熱い思いが込み上げてきたのだった。

  (ああ、このように皆に声援を受ける私は独りではないのだな。なんと身に余る幸せなことか。
   ならば、皆の期待、裏切るわけにはいかない!)







調整室ではADが懸命に寝息を立てていると思われるハンディー2つと連絡を取ろうと奮闘していた。
ディレクターは復旧しない俯瞰カメラとリモコンカメラの遠隔操作に苛つきながらも、
モニターに映っている平敦盛の容姿に見とれていた。

  「おい、ちょっと見てみろ。この、急に加速したような」


  「今、ハンディーに連……、え? 誰です、この娘?」


  「さあ、名前は分からないが、藤原ン所のタレントだろうよ、ここに競技でてるんだから」


  「藤原さんところのタレントって、けっこう美人ツブ揃ってますよね」


  「お前もそう思うか?」


  「ええ、本人だってその気になりゃ、かなりのモデルにくらいなれるでしょうし」


  「源九郎だけの零細プロだと思っていたけどな」


  「最初のショートヘアのといい、ロングのといい、このといい、そこらのアイドルよりよほどいいですよ」


  「藤原のことだから、何かレッスンして鍛えてるとか、売り出すタイミングを計ってるってところだろう」


  「男性陣だって、元ブンデスリーガーの黒崎隼人もそうなんでしょ、びっくりですよ。
   春のSASUGAの時には、『プロダクションBENーK』なんて聞いたことも無かったのに。
   それなのにあの人、この業界以外でも意外と顔広いんですよね」


  「敏腕通り越して辣腕だからな。爪の垢でも煎じて飲むか、俺達。そういうことだから、分かってるな」


ディレクターはモニター画面を指さした。


  「ええ、しっかり録画とっておきます」


  「ああ、これで1本特番作れる。万一それがダメでも、彼女たちがデビューした後での貴重な記録映像だ」


  「TBBの独占映像ですからね」


  「上手くいきゃあ局長賞もんだぞ」


そんな彼らの会話を外でしっかりと聞いてから、弁慶はドアをノックしたのだった。


  「失礼します」


  「え? あ、藤原さん」


  「だいぶ冷えてきましたから、こんな物でもお腹に入れてもらえると、少しは違うかと思いまして」


  「ああ、美味しそうですね」


  「すみません。うちの子達のお遊びに付き合っていただいて。さ、一緒にどうですか」


そう言って弁慶は自分用のカップのスープを一口飲み、皿に盛られた握り飯を1つ掴むと食べ始めた。


  「ああ、もう少し塩味が利いていてもいいのかもしれませんね。まぁ、好みの問題ですが。
   さ、どうぞ、スープの冷めないうちに召し上がってください」


  「それじゃあ、遠慮なく」


  「ええ。ああ、このスープ、美味しいですね」


  「そうですか、ありがとうございます。ここのケータリング、僕の好みなんですが
   ああ、こんな風にモニターが複数あるのですね。調整室というところには」


さも珍しそうにモニター画面を見やる弁慶の動作に、
まさか勝手に録画っているとも言えず、握り飯を頬張りながらドギマギするディレクターとADであった。











  「走り込んで掴まる縄のところから、綺麗に対岸に着地して、この後は『そり立つ壁』だ。
   ここは上背がある方が有利なのだが、敦m」


  「九郎〜〜、お待たせ〜〜」


  「おお、景時。待ちわびたぞ、助かった」


  「そ〜〜んなに喜んでもらえると、来た甲斐があるね〜〜。あっ〜と、そう言っている間に〜!」


  「あぁ、そうだな。もうすぐ『そり立つ壁』だ!」


  「落ち着いてね〜〜!」











  「一度、停まって呼吸を整えるんだ!」 そう譲が叫ぶ。


  「そこから跳んでも大丈夫です! ジャンプ力は十分あるんだから!」 望美が叫ぶ。


  「一番後ろまで下がって、そこから加速すると上手くいきました!」 朔が自分の経験を叫ぶ。


  「『一度、停まって呼吸を整え』てから、『ここから跳』ぶのか? し、しかしそれでは『一番後ろまで下がって加速』できなくなるのだが???
   ……ああ、どうしたらいいのだ!」


敦盛は混乱した。


  「大丈夫! 自分の力を信じて! 跳んじゃってください!」


  「み、神子……。わ、分かった!」


敦盛は『そり立つ壁』半ばまでゆっくりと走って来て、その場から両足で地面を蹴り、跳び上がった。
それは跳び上がったというには桁外れで、そのまま『そり立つ壁』の頂上に着地してしまったのだった。


観客席のどよめきは、雷鳴のような拍手となった。







  「おいおい、余計なアドバイスして、かえって敦盛を混乱させてるだけなんじゃねぇか!」

真面目に全員の意見を聞き入れようとする敦盛に、将臣は少しだけ同情するのだった。







  「な、何者ンだ、彼女?」


  「人間離れした跳躍力だぜ」


  「サージャント・ジャンプで身長の倍は楽に跳びましたね」


  「いや、いくら何でも走りこんだんじゃねぇか? それにしたって信じられねぇぜ。まったく九r」


  「九郎さんの仲間はとんでもない、ですね」


  「武田、お前ホントに帰らなくて大丈夫か?」


  「う〜〜ん、休暇取っちゃおうかな」


  「いいのか、レスキューの訓練」


  「だって見逃すのはもったいないですしね……。これ、オンエアされないでしょう」


  「どうかな…」







  「やったぁ〜、成功だよぉ〜〜。九郎ぉ〜〜っ!」


  「ああ、景時。さ、急げ!」


  「『ターザンロープ』だよ〜〜!」


  「一、二の、三! 跳べ!」
  「1、2っ、3! 飛んで〜!」


  「掴め! 離すな!」
  「そこだよ〜! やった〜〜!!」


  「今度は縄梯子だ!」


  「急いでね〜〜」







  「おいおい、アナウンスこっちアナウンスこっちでなんて実況だよ。単なる声援じゃ無ぇか」

そう言いながら将臣はスタート地点に到着した。







  「さ〜、最後だよ〜! 『ロープクライム』!」


  「落ち着いて、急げ!」


  「時間はまだ大丈夫だからね〜!」


  「ああ! 急げ!」







  「大丈夫、まだ時間は充分ありますよ〜!」


  「あと2段だ!」


  「急いで! 後1段です!」


望美とヒノエと朔が櫓の下で叫んでいる。







  「よし! 登った!」


  「ボタンだ! 赤いボタン!」


  「飛び込め!」


SASUGAオールスターズも思わず叫ぶ。







  「お帰り!!」


ヒノエが満面の笑みで、赤いボタンを押した敦盛に抱きついて出迎えた。


  「ヒ、ヒノエ?」


  「何だい?」


  「私が待っていて、ヒノエを迎えるのではなかったのだろうか?」


  「まあ、いいじゃん。オレの時にはちゃんとそうしてもらうから」


  「ヒノエ」


  「まだ、何か?」


  「もう、いい加減離してはくれないだろうか」


  「フフ、照れるお前も可愛いね」


プシュー!


1拍の間があって、ゴールが認められたことを示す祝福の霧が噴き出した。







  「あ、良い画面だ! あの2人、アップにしろアップ!」


  「あれ? あの子、彼女がゴールする直前まで櫓の下で応援してなかったっけ?」


ADが疑問を差し挟んだ。


  「そ、そうでしたか? (やれやれ、ヒノエにも困ったものですね)
   それよりこちらのおにぎりはいかがですか? 中身は本場博多の明太子ですが」


  「ああ、オレ、明太子、大好きなんですよ」







  「やったぁ〜〜!」
  「やったぞ!」


アナウンスルームでは景時と九郎が、肩を叩き合って喜んだ。


  「残り時間は!?」


  「13秒33!」


  「惜しい〜〜、望美ちゃんの記録に後チョットだったね〜〜」


  「『そり立つ壁』手前の減速が無ければ望美の記録を抜いただろうに」


  「そうだね〜〜」







  「ああ、私が余計な事を言ったばかりに、敦盛殿を混乱させてしまって」


  「朔、それなら俺も同じだ」


  「ドンマイドンマイ、良い記録でゴールしたことには変わりないんだから、おめでと〜! 信じてました〜!」







  「神子姫に華を譲るなんて、ずるい目立ち方するじゃん」


  「い、いやヒノエ、これが精一杯なのだが」


  「謙遜するね」


  「いや、謙遜などではなく」


  「いいよ。期待を裏切らずゴールしてくれたのだからね」


  「次はヒノエの番だな」


  「ああ、お前より派手な見せ場を作らないとね」


  「え? どういうことだろうか?」


  「ま、期待してここで待っていておくれ」


  「わ、分かった」


そう言いながらも、なにをヒノエがしでかすのか不安な敦盛であった。











  「いやぁ藤原さん、凄いですね。お世辞抜きで、本当にお宅のタレントさんたちの運動神経には驚かされます」


  「そうですか? ありがとうございます」


  「あの、最後に櫓に登ってきた子、あの子もちょっと並はずれたものがあるんじゃないですか」


  「え? ああ、あれは僕の甥ッ子でして、うちのタレントというわけでは」


  「え! 甥ですか、それはそれは。さすがは藤原さ……んの、あれ?? ヘンだ……ぞ」


  「ディレクター? どうしました! 誰か……? あ…れ? 身体が…重……、
   藤……、藤原さ……んは、大……丈夫…………です……か…………?」


  「ええ、おかげさまで。僕は以前からこういう薬には多少の耐性がついていますから」


そう早くも寝息を立てているディレクターと、椅子に倒れ込むADを見下しながら
黒く微笑む弁慶であった。












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