帰らないの? 九郎さんルート・9月 9
〜 SASUGA特別編 ・ 9 〜
「そんな………バ…カな……」
ディレクターは現在の状況を忘れて、モニター画面とその下に自動的に流されるテロップのタイムを凝視していた。
そして瞬時にマイクを掴んで叫んだ
「ハンディー班! 固定カメラ! クレーン!
誰でもいい、今の画像、録画えた奴いたら、テープやメモリー媒体を死守しろ!
いいか! 絶対に藤w……」
言い終わる前にディレクターは床に崩れ堕ちた。
首筋に後ろから忍び寄り、手刀で気絶させた当の本人は
「ふう。こちらの世界の方にも、この薬の効きが弱い人がいらっしゃったとは。
僕としたことが、驚きました」
そう言ってにっこり極上の笑顔を振りまくのであった。
「マジ……」
「す……すげ…」
SASUGAオールスターズの山元、永野も言葉が見つからず、呆然と画面を見つめた。
「まだ信じられないですね」
「九郎がホンの数時間前に作った新記録だって、ちょっと尋常じゃなかったはずだよな」
「ええ、もう第1ステージはリニューアル必至だろうってスタッフも言ってましたけどね」
「それをこうもあっさり更新されるとな……
まったく、オフィス・BEN−Kだっけ? 九郎の事務所」
「そんな名前だったですね、多分」
「とんでもねぇ隠し球ばっかじゃねぇかよ! どうやったらこんな連中かき集めて来られるんだぁ??」
「そう言ってる割には、船長、ホントに嬉しそうですよ」
「そうかぁ? ま、どうせだったら、生で見りゃあ良かったぜ。
こんな控え室の十…何インチだか分からねぇけど、ちっこいモニター画面で見てるなんて、間抜けだったぜ。
あれ? 武田は?」
「今の彼がクォーターブリッジ通過した辺りで、外に行っちゃいましたけど」
「あいつ……。行くなら一言言って誘えってぇの。なぁ、そう思うだろう、山元」
「あの…、武田さん、行く前に船長に声かけてましたよ。『表行って観ませんか』って」
「ああ?? 覚えが無ぇ……、そうだったか??」
「船長、そのモニターにかじりついてたから……」
「あいつ、明日の有給は決定だろうな」
「でしょうね」
「こうなると、とっとと筋トレしに帰った田山さんが正解か」
「でも…」
「見ちゃうんだよなぁ……。ホント、面白れぇ連中だぜ、ったくよぉ」
「Great……」
「unbelievable」
「ninjya……、He is a ninjya of ninjyas」
観客席に残ってテンション高く見物していた『SINOBI WARRIOR』の外人軍団も、愕然としていた。
そして
一番衝撃を受けていたのは、九郎だった。
ゴール直前までは大声で「頑張れ」とか「そこだ」とか叫んでいたのだが
赤いボタンをヒノエが押すと同時にモニターに流れる経過タイムを見た瞬間に
「何ぃ!!」
と言ったきり、固まってしまったのだった。
120秒という制限時間のある第1ステージの新記録は、九郎がホンの数時間前に叩き出した。
その九郎の新記録にしてからが、
『驚異の』という修飾語句や
『今後この記録を破る者は現れるのだろうか?』と疑問符で、語られたばかりだった。
スタッフの間では当然のように、
2回連続で九郎に最短記録を塗り替えられた第1ステージもリニューアルが必要だろうと囁かれていた。
しかし
その九郎のステージ記録をあっさりと息一つ切らせることなく、
しかも、SASUGA常連組のオールスターズや海外選抜組をして言葉を失わせる程の圧倒的なスピードで
ヒノエは駆け抜けたのだった。
「ヒ、ヒノエ……」
ヒノエがゴールした直後の姿勢のまま、
歓びの絶叫と瞬時後の驚愕に凍りついた姿勢のまま微動だにしなかった九郎が、
やっと口にしたのは、ヒノエの名であった。
「九郎、ショックなのはわかるけど、
あ〜、でもさでもさ、ほら〜、ヒノエ君はスピード勝負には強いけど
第2ステージ以降はパワー勝負だから」
「景時、慰めてくれているのだろうが、半分も意味が分からん」
「だからね〜、速さだけならヒノエ君に分があるかもしれないけど、そんなに落ち込まなくても」
「俺は落ち込んでなどおらん!」
「ヒノエ……。まったく……、君が面倒事を増やして、どうするのでしょうね」
モニターの右下の第1ステージ残り時間を示す数字と
画面に映った、敦盛の肩に手を回し得意満面の笑顔を振りまくヒノエの顔を見て、
弁慶は、自分の顔がヒクツクのが分かる。
「ヒノエ」
ゴールの櫓の上では、約束通り敦盛がヒノエのゴールを出迎えていた。
「へぇ、敦盛。お前、約束を守ってくれたんだね」
「ヒノエにつられて先程、降りてしまったのだが
下に降りたってからすぐに思い出して、登り直したのだ」
「一緒にスタート地点まで来てくれても良かったんじゃん」
「そ、そうなのか? そうか……そうだな。いや、しかし私は、ここで待っていないと、
ヒノエのゴールを私自身が信じていないような気がして、それは良くないと思っただけなのだが……」
「フッ、お前のそんな律儀なところが、たまらなく愛しいね」
「ヒノエ?」
「で、どうだった? オレの走りは?」
「ああ、凄いな。しかし」
「『しかし』?」
「本気では無かったのではないのだろうか?」
「へぇ…。どうしてそう思うんだい?」
「いや、理由など……。ただ、このような遊び事にヒノエが本当の本気を出すとも思えないのだが」
「そう言われて悪い気はしないけど、お前、オレの事を買い被ってやしないかい?」
「そ、そうだろうか……すまない」
「おいおい、褒めてくれたんだろう、謝らないで欲しいね。……ああ」
少しの間、ヒノエは考え込むように右手を顎に当て、そしてゆっくりと敦盛に尋ねた。
「……そうだね……敦盛」
「何だろうか?」
「お前、どっちが見たい?」
「?? どっち……、とは?」
「遊びながらあの最終関門の頂に立つオレと、本当の本気であの最終関門の頂に立つオレと」
「……どちらでも」
「ちぇっ、せっかくヒトがお前好みのオレを見せてやろうっていうのに」
「どちらであっても、ヒノエはヒノエだから。……そうだな、敢えて言えば……」
「敢えて言えば?」
「一番ヒノエらしい戦い方を見せてはくれないだろうか」
「オレらしい…ね。そいつが、一番難しいかもね」
「こちらクレーン3カメ、こちらクレーン3カメ。調整、聞こえてますか!?
ダメか……」
クレーン第3カメラは『そり立つ壁』から『ターザンロープ』にかけての選手をサイドから録画っていた。
カメラマンの高瀬は、このSASUGA放映開始時からいる古参のカメラマンであり
SASUGA出場のすべての選手を見続けてきた数少ない人間の1人でもあった。
今回の後収録(と高瀬は思っているが、実は望美達のわがままから始まった単なるお遊び)のメンバーは全員、
その彼をもってしても、驚嘆すべき存在であった。
高瀬は夢中になって録画続けた。
その最中、インカムに飛びこんできたディレクターの声
「ハンディー班! 固定カメラ! クレーン!
誰でもいい、今の画像、録画えた奴いたら、テープやメモリー媒体を死守しろ!
いいか! 絶対にふじw……」
「あれ? もしも〜し? 調整室?」
テープを死守しろ?
何が起きたんだ?
インカムは回線がoffしたらしく、ノイズすら聞こえない。
どうしたものかと考えていると、胸ポケットの中の携帯がバイブしている。
インカムを外して、携帯のスイッチを押すと
「次の奴、絶対に録画えろよ!」
「はぁ?」
「いいから! 今は録画に集中しろ!」
そう言って携帯は切れた。
確か今の声は今日の第2クレーンカメラ担当だった同僚の、明らかに興奮した声だった。
何、そんなに
考え終わらない内にその『次の奴』が信じられないスピードでカメラのフレームにinしてきた。
瞬間的に高瀬はカメラを回した。
は、速い!!
スピードが尋常でないからか、フレームアウトしそうになる。
船長・永野よりも、アメリカ『SINOBI WARRIOR』のプロ・フリーランナーよりも、
しかもチャンピオン・源九郎よりも、
いや、元世界陸上短距離ファイナリストの岡山義之よりも、速い。
高瀬はカメラマンの本能としてカメラを回し続けた。
躊躇いも無く駆け抜けるように『そり立つ壁』を飛び越えると、
タメも仕切直しも無く『ターザンロープ』に飛びつき、
向こう岸に着く間も惜しんでロープをよじ登っている。
器用すぎる、その身体能力。
対岸の『ロープクライム』用縄梯子に着く1〜2秒の間に、身長の倍は『ターザンロープ』を登ってしまっていた。
縄梯子の最上段を、こともなく掴むとあっという間に壇上に姿を消した。
「何者だ? あの子……」
櫓から降りてきた敦盛とヒノエに、1人の男が駆け寄る。
本能的に敦盛を庇うように、駆け寄る男と敦盛の間に立つヒノエ。
「あんた、いったい」
「到底汝是何人?(君はいったい何者なんだ?)」
「へ? あんた、……汝是中国人?(あんた、中国の人なのかい?)」
「回答(答えてくれ)!」
「我是日本人、是普通的大学生、(オレは日本人で、普通の大学生だぜ)OK?」
「我不能相信汝的記録……(君の記録は信じられない……)」
「那个対我来説最高的褒言、并且是説言(オレにとっては最高の褒め言葉だね)
敦盛、行くよ」
そういって立ちつくすリュー・ミンツゥに、軽く手を振って後にするヒノエと
その2人を見比べて、リューに一礼してヒノエの後を追う敦盛であった。
「ヒノエ、よ、良かったのだろうか?」
「いいから、放っておきな。台湾の英雄……ね
さて、それ以上に厄介な連中がお出迎えだぜ」
「え?」
そう敦盛が言い終わらない内に、望美が最大スピードで2人に飛びついて来た。
「すごーい!! 2人とも!! 敦盛さんもヒノエ君も!!」
「み、神子」
その後を朔や譲、将臣に、『SINOBI WARRIOR』のメンバーやその家族・友人、
その上に、緑丘スタジオ修理班の一部のスタッフまでもが取り囲み
まるで最終関門をクリアしたかのような騒ぎが、ヒノエと敦盛を中心に、爆発したのだった。
そんな中で、誰にともなく将臣が宣った
「OK! 第2ステージも、やらせてもらえるんだろうな」
「当然じゃん。 な、敦盛」
「『な』と言われても……」
返答に困る敦盛ではあったが、
『一番ヒノエらしい戦い方』をするヒノエを見てみたいとも思う敦盛であった。
10/07/03 UP