弁慶さんの休日 〜 紺屋の白袴 〜  前編













  「お母ちゃん……お腹、痛い……」



  「く、薬師様ぁ〜! この子を! どうかこの子をお助け下さい!」



  「薬師様ぁ!」



  「祖母ちゃんが、四日前から熱が引かなくて」



  「お父ちゃんの足の腫れがひどくなって」



  「コホコホ…コホ」



群がる人々







京の街は病んでいる。

しかも日に日に、その病状は悪化していますね。



それでも、貴族は塀を高くして見ないふりですか。

武家は、平家と木曾と鎌倉で三つ巴の戦ばかり。

寺社も鎮護国家の高尚な読経には、市井の人々は含まれていないのでしょうね。



ま、僕が言えた義理ではないですね。

そう

僕こそが

京の市井を荒廃させた悪しき元凶





その僕が施薬小屋などという笑止







源氏からの禄や、貴族や寺社からの施し

そんなものを薬や生活に必要な品に換えて、

五条の橋のたもとの施薬小屋で市井の人々に施す……

右から左に金品を動かしているだけだというのに

人々からひれ伏され……

それが僕に科せられた罪だと言うのならば

あまりにも惨い

僕のせいで、他の罪もない人々の日常が壊れていくことの惨さ



いっそひと思いに僕を殺してくれるなら、

市井の人々の生活と僕の命が対価なら、喜んで差し出しましょう。



なのに、今日も僕は死ねずに

施薬や治療などと言う偽善を……







  「弁慶様」



  「はい?」



  「どうかお休みください」



  「?」



  「ここ三日、弁慶様はロクに床にもついていらっしゃらない御様子で」



  「僕もまだまだですね」



  「え?」



  「フフ、皆さんを心配しているはずが、心配される側になってしまうなんて」



  「そんな…」



  「ありがとうございます。

   でも、またあと数日で出掛けなければなりませんので。

   それまでに出来るだけのことはしておきたいのです」



  「そんな……もったいない」



止めて下さい

僕はあなた方に頭を垂れられるような人間ではないのです



僕は……











  「まったく!」



  「? 九郎さん、どうしたんですか?」



  「ああ、望美ちゃん心配しないで

   ただ、弁慶がまだ帰って来ないもんだからさ〜、昨日からああなんだ」


  「じゃぁ、九郎さんの態度あれって、怒ってるんじゃなくて」



  「心配してるんだよ〜」



  「判りづらいですね」



  「そう? もうオレ、慣れちゃってるからね〜」



  「ああ、そういえば初めて九郎さんと会った時も」



  「橋姫神社?」



  「はい。あの時は何で朔の事を怒るのか分からなくて、食ってかかっちゃったんですけど」



  「ハハハ〜、弁慶から聞いてるよ〜。朔の味方、してくれたんだよね〜」



  「今にして思えば、あの態度って朔の事、心配してたんですね」



  「だろうね〜」



  「やっぱり分かりづらい!」



  「それより望美ちゃん、知らないかな〜」



  「弁慶さんの行き先、ですか?」



  「そうそう。このままじゃ、九郎、本当に誰かに当たり散らしそうだからね〜」



  「う〜〜ん……」



  「やっぱり、分からないか…」



  「いえ、一カ所だけ。確証はないんですけど……」



  「どこどこ?」



  「五条大橋」











  「それではこれが薬です。お大事にしてください」



  「ちゃんと煎じて、日に三度ですよ」



  「はい。ああぁぁ、ありがとうございます。本当に、本当に」



  「いいんですよ。それより早くこの薬を奥様に飲ませてあげてくださいね」



  「はい」



  「では、次の」



  「弁慶様」



  「この後は軽い怪我の者が続きます。それなら私達にも治療できますから

   その間だけでも、どうかお休みください」



  「そうです。いくら弁慶様でも、もう四日。身体が保つ筈がありません」



  「そう……ですね。それではお言葉に甘え……て…」



急に世界から色が消失していく。

目の前の助手を務めてくれている者の声が遠くなる。

ああ、いけない、これは貧血ですね。



  「僕としたこと……が……」



  「弁慶様!」



  「弁慶!!」



遠くで聞き覚えのある声がしたような気もするのですが…

倒れ込む時に、とりあえず身体を庇おうと腕を出……











  「……慶」



  「……」



  「気付いたか」



  「リ、リズ先生……! ぼ、僕は」



  「まだ寝ていなさい」



  「! ここは?」



  「五条。施薬小屋近くの家だ。

   神子が場所を求めたところ、快く提供してくれた」



  「神子…、そうですか……望美さんが…

   ! 五条! 九郎はいないでしょうね!」



  「九郎は今、施薬小屋で作業中だ」



  「まずい! 急いで九郎に、屋敷に戻れと」



  「まだ寝ていなさい」



  「五条ですよ。橋の向こうはすぐに六波羅」



  「別に平家の屋敷があるわけではない。心配ない」



  「しかし、平家ゆかりの者も多いはず」



  「九郎は大丈夫だ。それよりも今は、自分の事に専心しなさい」



  「……先生」



  「うむ?」



  「僕はどれほどの時、こうして伏せっていたのでしょう」



  「二刻ほど」



  「二刻……そうですか。でも、どうしてここに僕がいると」



  「神子が」



  「望美さん…、失敗したな。彼女にここを紹介したことは」



  「弁慶」



  「はい?」



  「人は誰しも他人に言えない『運命』を背負っている。…しかし」



  「『しかし』?」



  「無理をしてはならぬ。お前が倒れて一番困るのは、施薬を求めて集う人々の筈」



  「しかし、僕など海に投じる小石ほどの力もありません」



  「諦めてはならぬ。…それに、お前という者の代わりはどこにも居ないのだ。ただ」



  「ただ?」



  「『両人対酌開山花』」



  「『我酔欲眠 卿暫去』ですか……そのような甘えが許されるものなのでしょうか?」



  「『明朝 有意来抱琴』。弁慶、甘えではない。我々の『意』なのだ。

   独りでは無理でも十人ならば出来よう。十人で無理なら百人で」



  「先生」



  「フ…、神子の受け売りだ」



  「望美さん、ですか」



  「負担と思ってはならぬ」



  「はい」



  「我々は得難い仲間だ」



  「仲間……」



  「いま少し眠るがよい」



  「九郎は今、何を?」



  「景時と二人で『浄水器』というものを造っている」



  「じょうすいき?」











  「そうだ、みんな! もう少し上に! せぇーの!」



  「よいしょ!」



  「よし!! 景時! こっちは出来たぞ!」



  「はいはい〜、こっちもここを固定すれば。九郎、こっちも出来たよ〜!」



  「よ〜し!! 完成だ!」



沸き上がる歓声



  「これで穢れ無き神子の神水が飲めるのだな」



  「この水を飲むんか?」



  「ああ、望美ちゃ…龍神の神子様の言うことには、

   口にするのは全部、この水を湧かして湯冷ましを飲むようにって事だったよ〜」



  「口にするって、煮炊きや炊飯もかい?」



  「火は穢れを払うんだってさ〜〜」



  「それでも面倒だな」



  「バカ! あの龍神の神子様がわざわざ、

   俺達の病気治癒や病魔退散のためにしてくださったことだぞ!」



  「『面倒』なんてバチが当たる」



  「バチなんて当てませんよ」



  「おお! 龍神の神子様!」



  「この水は『浄水』なんです。これを飲んだり食事に使って下さいね」



  「ありがとうございます」



  「勿体ない」



  「望美」



  「何? 九郎さん」



  「造った当の本人が聞くのも何なのだが、この川の水も十分綺麗だと思うが」



  「でも」



  「川には目に見えない虫や雑菌が生息しているんです。

   綺麗に見えても、そうした虫や雑菌が腹痛の原因になるんです」



  「そうなのか、譲? 目に見えない虫や雑菌?

   目に見えないものがどうして分かるのだ?」



  「そ、それは(顕微鏡って言っても分からないだろうし。どう説明すればいいんだ?)」



  「それが分かるのが、龍神の神子の力なのだと思って下さい」



おお! と九郎を含め、譲と望美を取り囲んだ人々が感嘆の声を上げる。



  「しっかし不思議だよね〜」



  「え?」



  「だってさ、この大きな樽の中って、炭とか木の葉とか砂利とかでしょ〜〜。

   それなのに、こ〜〜〜んな綺麗な水が下から出てくるんだものね〜〜」



  「譲君、良く知ってたね」



  「先輩も、昔行ったじゃないですか。箱根の子供自然キャンプ」



  「うん」



  「そこでやってたんですよ、浄水装置の作り方」



  「そうだっけ?」



  「さすがに、あの時は口に出来ませんでしたけどね。

   基本的には水道の蛇口に付いてるようなタイプの浄水器と原理は一緒です」











  「望美姉ちゃんは外で遊んでるぞ」



  「こ、こら! 申し訳ありません。龍神の神子様に向かって」



  「いいのです。望美は外にいてくれた方がこっちの作業もはかどりますから」



  「そのような」



  「まったく望美ったら。

   譲殿に申しつけられた『ますく』というものを2つ縫う間に、針を三つもダメにして」



  「御自分の御手も四度ほど刺されて」



  「血が出てらっしゃった」



  「望美には私が徹底的に、料理裁縫といったことを教え込まないとならないようだわ」







望美が身震いする。

それを、珍しいものでも見たかのように九郎がしげしげと眺めて



  「望美、どうした? 身震いなどと、風邪でも引いたか?」



  「まっさかぁー? ただ」



  「ただ?」



  「何だかすっごく恐ろしい計画が練られているような気がしたの」







  「あの、黒龍の神子様?」



  「何だか私では無いみたい。朔と呼んでください」



  「そのような恐れ多い」



  「朔ぅ」



  「朔姉ちゃん」



  「こら!! ほ、本当に申し訳ありません」



  「許してやってください。子供らは喜んでるんで」



  「喜んでる?」



  「ええ、こんな綺麗な神子姫様がお三方も、こんな汚い橋のたもとで

   私達みたいなモンの為に働いてくださってるなんて」



  「御自分達を卑下なさらないでください。

   さ、それより後二十は『ますく』を作らないと譲殿に叱られてしまいます」



  「あのお若い方が、黒龍の神子様をお叱りになるなど、とても信じられません」



  「いえいえ、ああ見えて譲殿は剛の者、

   弓を持っては源氏の那須与一殿にも勝るとも劣らない方で」



  「まぁ、そうは見えないわ」



  「荒武者なのですね」



  「止めて下さいね。俺の変な噂は」



  「あ、譲殿」



  「どう? 朔、マスクはどのくらい出来た?」



  「(まぁ、朔ですって)」



  「(呼び捨てよ、龍神の神子様を)」



  「(でもでも、龍神の神子様も、そのことを敢えて咎め立てなさらないわね)」



  「(お熱いこと!)」



  「内緒話はもう少し小さな声でお願いします。筒抜けだと、どう対処していいか分からない。

   そうだろう、さk…黒龍の神子様」



  「ゆ、譲殿」



  「(ぎこちなさがまた可愛いわ)」



  「(素敵じゃない)」



  「ああ、そうだな」



  「!」



  「誰?」



  「敦盛殿!」



  「敦盛! いつからそこに」



  「先程からずっと。ほら、『ますく』というものも十ほど縫えた」



  「え? ああ、本当に。望美より余程上手だわ」



  「あら? 綺麗な運針」



  「ホント、上手。お針子で十分食べていけるよ」



  「褒められるのは、嬉しいことだな」



  「ヒノエ殿と一緒だったのではなかったのですか?」



  「ヒノエに『外にいると風邪を引くから』と、こっちを手伝うように言われて」



  「(誰? 誰?)」



  「(さぁ…、でもこんな綺麗な顔で、こんなに裁縫上手なら十分『女の子』で通るんじゃない)」



  「(え!? 女の子じゃないの??)」



  「ああ、だから先程『お三方』だったのですね」











      無印三巡目、弁慶さんルート攻略後の設定です。











      文中の漢詩は李白の「山中にて幽人と対酌す」です。



      「 両人対酌すれば山花開く       (二人で酒を酌しつ酌されつすると周り中に花が咲き乱れる)

        一杯一杯又一杯            (一杯、一杯、更に又一杯と盃を空けると)

        我酔ひて眠らんと欲す 卿暫く去れ  (僕は酔っぱらって眠くなったから あなたはちょっと帰ってくれ)

        明朝 意有らば琴を抱いて来たれ   (明日の朝 まだ僕に会う気があったら琴を抱えておいでよ)」



      一句目をリズ先生が引用することで「少なくとも周りは幸せになっているでしょう」と肩の力を抜くように諭すと

      弁慶さんは三句目を引いて「そんなワガママを言っていいのでしょうか」と反駁するのです。

      するとリズ先生は、我々はここに集う「意(気)」があって居るのだからと言って、

      弁慶がそのことを気に病む必要はないと言っている、……つもりで引用しました。













09/02/11 UP

続く