パーティしましょ 〜景時さん お誕生日SS〜
弁慶は狼狽していた。
つい先日、
「ここは京ですからね。ちょっとは僕の顔、利くんですよ。
お望みの品で入手出来ない物など無いと思いますよ」
と豪語したまではよかったのだが
譲から渡された「れしぴ」の中に書いてある、
調達品の一覧を三度読み返して、一瞬、気が遠くなったような気分がした。
「これだけの物を揃えなければならないのですか?
この計画の為に、どのくらいの金額がかかるか分かっているのでしょうか…」
しかし、言ってしまった手前、調達せざるを得ないだろう。
譲の後ろに控えて、瞳をあんなに期待でキラキラさせていた白龍の神子の手前
「やれやれ、まずは資金調達に苦労するとしましょうか」
と独り言ちて重い腰を上げ、パトロンとなりそうな破戒僧がいる法住寺へと出かけて行った。
ヒノエは困惑していた。
つい先日、
「俺の熊野に調達出来ない物なんて有りっこないじゃん。
神子姫様の御所望の品なら、唐、天竺まででも速船で出かけさせるさ」
と豪語したまではよかったのだが
譲から渡された「レシピ」の中に書いてある、調達品の一覧をマジマジと見詰め、
裏返しては表に戻し、その動作を三度繰り返して
自分の言った言葉に、ひょっとすると生まれて初めてかもしれない後悔を感じた。
「前回と今回の宋との貿易船の蔵、ひっくり返して探すしかないか…」
もし、それでも無かったら……、急遽、貿易船を出しても間に合わないぞ……。
譲の後ろに控えて、瞳をあんなに期待でキラキラさせていた白龍の神子の手前
「やれやれ、用心の為に九州と瀬戸内の鴉にも動いてもらうとするか」
とぼやきながら重い腰を上げ、庭に出て鴉を招集する合図を送った。
弁慶もヒノエも知らなかったのだ。
手元の「れしぴ」の品書きのほとんどを占める、こっちの世界の貴重な漢方の品々も、
望美達の世界では何処にでもある、ありふれた食品や調味料でしかなく、
これから譲が作る物が、単なる菓子でしかないということを。
将臣は憔悴しきっていた。
つい先日、
「景時さんの誕生日に、バースデイ・ケーキを作って上げたいんだけど」
という、望美の21世紀の人間としては極めて当然の希望を耳にした時、
「ああ、良いんじゃねぇか」
と、無責任にも口にした一言が、
ここまでの事態を引き起こす事になろうとは夢にも思っていなかった。
午後になって、譲から渡された「レシピ」の品目を見てもピンとこなかった将臣に、譲が付け加える。
「兄さん、いいのか 本当に?」
「何が?」
「俺達の世界なら、鎌倉駅前の『KINOKUNIYA』にでも行けば全部揃うような材料だけど」
「あ、そうか!! やっべ! ここは鎌倉時代なんだよな」
「まだ平安だっていうツッコミは置いておいて」
「もう取り止めはききそうにない……な。望美のあんな顔を見ちまったら」
「先輩、ケーキ食べる気200%だからな」
「まずった……な」
「責任とって『砂糖』と『茶葉』だけは、必ず調達してきてくれよ」
「ああ、分かった……。なあ、譲……、で…、何処に行けば売ってるんだ? この時代??」
「『砂糖』は宋の時代にもう、精製されていたんじゃなかったかな?」
「宋?」
「そう」
「……譲…」
「何だよ」
「オヤジギャグだな」
「ち、違う! それより茶葉は……」
「緑茶だったら、天台宗の最澄が、確か日本に持ってきてるんじゃなかったか?」
「ああ、だから万一のことを考えて、弁慶さんに比叡へ行ってもらってる」
「紅茶は!?」
「さあ、兄さんの知らないこと、俺が知ってるわけないだろう」
「何でだよ!」
「あっちでは1つ年上なだけだったけど、こっちでは3つも年上なんだから」
「やれやれ、優しい弟で泣けてくるぜ」
「せいぜい弟の、いや先輩の期待に答えてくれよ、兄さん」
で、あれこれ平家の情報網を有らん限り使って、
こうして音戸ノ瀬戸まで馬を駆ってやって来ては、琉球からの交易船の到着を待っている。
『砂糖』と『紅茶』を積んでいることを祈って。
リズヴァーンは高揚していた。
つい先日、
「問題ない」
と言ったまではよかったのだ。
譲から渡された「設計図」は実寸大の大きさに書かれ、材質の説明も分かりやすかった。
「cm」という見慣れない文字が何を示すものか具体的には分からなかったが。
ただ、自分が今作っている
「ぼおる」や「菓子型」という鉄を薄く叩き伸ばした器状の物も、
「ふるい」「泡立て器」といった針金を編み込んだ様な道具も、
「へら」という杓のような物も、
「おおぶん」という平らな石を敷き詰めた炉も
リズヴァーンにとっては、どう使われるかは分からなかったが、それは大きな問題ではない。
大事なのは、この器具を二人の神子と天の白虎が欲しているということだけだった。
その、神子の望みの為に今、自分の技術は活かす場が与えられた。
その高揚感だけで、リズヴァーンは二日寝ていないことも忘れて、作業に没頭できたのだ。
リズヴァーンは知らなかったのだ。
それまでサバイバルまがいの自給自足で暮らしてきたリズヴァーンにとって
食事とは単に栄養を摂取し空腹を満たすものでしか無かったのだから、
単なる副食の菓子を、手間暇かけて様々の調理道具を駆使して調理するなどといった
おそろしく無駄の塊のようなことは。
九郎は躊躇していた。
ついさっき、
「他ならぬ景時の為だ。約束する。俺に出来ることなら何だってしてやろう」
と言ったまではよかったのだが……
乳の出る牛を連れてこい、とは!
望美達の世界では牛の肉を食すと以前、将臣から聞いたことがある。
し、しかしまさか、な……
だが、あの悪食の将臣と、口に入れば何でも食いかねない望美と、
しかも恐ろしいことに、人間の食えそうな物は何でもそれなりに料理してしまう譲がいる。
《 聖徳太子の昔より獣食いは律令によって禁止されているはずではないか 》
《 いやいや、俺だとて戦場では、イノシシや鹿を食ったことはあるのだ、
ただ、気味の良い物では無かった… 》
《 そういえば、弁慶から「薬喰い」としての獣食があると聞いたが…… 》
《 しかし……、しかしだ、龍神の神子と八葉たるものが四つ足を食うなど、
許されることではないのではないだろうか??? 》
《 「乳の出る牛」に限定しているのは何故だ??
ま、まさか!! 四つ足の乳を飲むつもりか!? まさか、な…、しかし… 》
敦盛は落胆していた。
ついさっき、
「敦盛さん、牛になったらお乳出ませんか?」
と、にこやかな笑顔で神子に聞かれたからではない。
《 あれは「水虎」。虎であって、断固として牛ではない! 》
と、きっぱりと神子に言い返せなかったからでもない。
それ以前に、
「私が水虎に変わることを、どうして神子が御存知なのだ?
私は神子の神気に出会って以来、喉も心も渇きの苦しみからは遠ざかっている。
戦場でも、変生してはいなかったはずだが……」
と、彼にとって最大の秘密を、望美が事も無げに語ったことですらない。
いや…、そのどれもが落胆の一因ではあるのだ。
だが、しかし一番の要因は、
《 わ、私には、何の仕事も差配していただけないのか?
他の八葉の方々が、あれほどまでに必死な形相で駆け回っているというのに。
やはり、神子にとって私はその程度でしかないのだろうか? 》
そう感じずにはいられない。
考えまいとしても、どうしても悪い方向に考えが流される。
悶々として、京の景時邸の塗籠の隅でうつむいていることが多くなる。
その時、望美がそんな敦盛の気持ちを、知ってか知らずか、隣に座る。
「み、神子?」
「どうしたんですか? 敦盛さん」
「い、いや…」
「ここ何日か、こうしてここに座って考え込んでいるみたいじゃないですか?」
「そ、それは……」
まさか、神子が原因だとも言えず、うつむく敦盛に
「どこか悪いんですか?」
と、何とも無邪気に敦盛の額に手を当てる望美の行為に驚き、飛び退く敦盛。
「神子! わ、私に触れてはいけない。わ、私は…」
「フフフ、平気ですよ、敦盛さん。
それより、その元気があるなら大丈夫ですね。実は敦盛さんにお願いがあって」
「え? 私? 私に 何なのだろうか」
思わず、頬がゆるみ、目の前の神子に後光が差して見える。
《 きた! 私にも、ついに仕事の差配が!! 》
この喜びは何物にも変えられない。
そして、言ってしまったのだ。
「何なりと申しつけて欲しい。
神子の願いなら、この身に代えてでも、実現しよう」
そして延々、リズ先生お手製の泡立て器とボウルを手に、譲の指導の下、クリーム作りとなるのだった。
「もっと小刻みに!」
「こうだろうか?」
「もっと丁寧に!」
「わ、分かった…」
「もっとスナップを効かせて!」
「え? あ、あの、『すなつぷ』とは?」
「もっと手首のひねりを使って、速く!!」
「小刻みに、丁寧に、手首のひねりを使って、速く……、
む、難しいものだな…」
朔は期待していた。
いつにも増して気合いの入った調理への思いを示す譲と、
あの大食漢の望美の期待に満ちた瞳の輝きと、
兄以外の八葉の面々が、平家も怨霊もそっちのけで、東奔西走している様子に。
そして
景時は哀しみに暮れていた。
自分以外の八葉は譲君か望美ちゃんの指示で、何やら忙しそうに飛び回っているのは知っている。
つい先日までは、「仲間はずれ」の仲間であった敦盛と二人仲良く、塗籠の隅で膝など抱え、
愚痴をこぼすでもないのだが、何となく運命共同体意識で満たされていた
はずだったのだが……
今日はその敦盛も、景時と顔を合わせるなり視線を逸らし、
そそくさと、どこかに立ち去ってしまった。
式を使って、皆が何をやっているのか探らせようかとも思ったのだが
あまりにも寂しい
アンド
あまりに虚しい
陰陽を習っていた安倍家でも
落ちこぼれ武士としてあった平家でも
寝返り者と陰口を囁かれる戦奉行の源氏でも
味わってきた疎外感
それが、神子と世界を救う指命を帯びた八葉にあっても
「またか」
という気分で、心が哀しさで一杯になった。
しかも、
「今日は、望美ちゃんの言うところの『オレの誕生日』だっていうのに……」
寂しくて、哀しくて、やるせなくて、
涙が落ちそうになる
そんな気分を変えようと
「洗濯、してこようかな〜っと♪」
殊更に明るく振る舞って立ちあがったその時、
「景時、こっちに来て」
「何かな〜、白龍」
「こっち、こっち」
「これから洗濯しなくちゃ、ならないんだけどね〜」
「いいから、こっちに」
「はいはい」
と、チビ白龍について行った部屋の戸を開けた途端
ポン! ポン! ポン!
立て続けに、空気の破裂するような音と同時に
Happy birthday to you♪
Happy birthday to you
ハッピィ バースディ ツゥ ユウ〜
はっぴばーすでい つう ゆう
はぴぃばぁすでぃ つぅ ゆう
法被ぃ 婆ぁ須泥 通ぅ 夕ぅ
はぴい ばあすでい とう よう
は、はっぴばすでい つぅ ゆぅ
……………………………ゅぅ
「え? え?? え??? え〜!!」
わけが分からず狼狽えながら、多少身構える景時に
「景時さん、お誕生日、おめでとうございます♪
この歌は、私達の世界でお誕生日を祝って謳うんですよ」
そう望美が言い、もう一度みんなで謳った
耳馴染みのない、しかしみんなが自分を祝ってくれているのが伝わる唱名(?)
Happy birthday to you♪ (照れながら歌う譲君も)
Happy birthday to you (笑いながら歌う将臣君も)
ハッピィ バースディ ツゥ ユウ〜 (どこか有川兄弟と音色が違う望美ちゃんも)
はっぴばーすでい つう ゆう (嬉しそうに歌うヒノエ君も)
はぴぃばぁすでぃ つぅ ゆう (幸せそうに笑う弁慶も)
法被ぃ 婆ぁ須泥 通ぅ 夕ぅ (何だか言い辛そうな九郎も)
はぴい ばあすでい とう よう (何か後ろをやたらと気にしている朔も)
は、はっぴばすでい つぅ ゆぅ (照れながら頑張ってくれてる敦盛君も)
……………………………ゅぅ (……………………………リズ先生も)
何だかさっきまでの疎外感も哀しみも、嘘のように綺麗さっぱり忘れて
景時は嬉しくて感動している。
「景時さん、それとね、私達の世界では誕生日の人に、
『おめでとう』の気持ちを込めて
プレゼントという贈り物を渡すんです」
「ええ〜♪ これだけでも、もう十分だよ〜♪♪」
「冗談ではないぞ! これを貰ってもらわないことには」
「この十日余りの僕たちの苦労が」
「無駄になるからね」
「OK! 譲、準備だ」
「ああ。朔、手伝ってくれ」
「ええ、もちろんだわ。譲殿」
「さあ、景時殿 こちらへ」
「こっちこっち」
「問題ない」
そこに現れたのは
二本のちいさな和蝋燭に火の点いた、小さなデコレーションケーキ
Happy birthdayの歌の中、
「さあ、景時さん、この蝋燭の火を吹き消してください」
「え〜…、なんだか照れるな〜」
「ダメですよ、景時さん。
主賓が吹き消さないと、パーティが先に進まないんですから」
「そ、そうなの? ……じゃぁ フーーー!」
蝋燭の火が消える、その瞬間に皆からの拍手とおめでとうの声
「こんな嬉しい気分になるんだ…、誕生ぱあていって」
「さ、次はケーキカットですよ」
「望美! お前、仕切るのはいいけどな、ケーキカットっていうのは違うだろ」
「良いじゃない、どっちにしろおめでたいんだから」
「かっとって、何かな〜」
「ああ、このケーキを切り分けて、みんなで食べるんですよ」
「ゆ、譲君! この白いの、食べられるのかい??」
「ケーキ食べたいって言ってたじゃないですか」
「え! これが『けえき』なんだ」
「ええ、先輩や兄さんは何て言うか分かりませんが、
みんなに手分けして集めてもらった材料と道具で作りました。
無駄には出来ませんからね、責任も重大でしたし」
「そうそう。譲が失敗したら、望美が逆上するだろうぜ」
「ですから、この世界で俺の出来る限りのことはしてみました。
自信作です」
「だから、ここ何日かみんな忙しそうだったんだ…
オレなんかのために…
みんな……」
「兄上、めでたい場なのですから、泣かないでください」
「ゴメン、朔。でも、お兄ちゃん…、こんな嬉しいこと……」
後は言葉にならない景時だった。
「さ、『けいき』を切り分けましょう。
どうやら譲君の自信作は、これだけでは無いようですからね」
「弁慶さん、知ってたんですか」
「嫌だな、厨房のあの芳しい香りは、この『けいき』のものだけではないでしょう」
「甘い香り、甘い香り、どちらも甘い香り」
「白龍、分かった、分かったから。では、まず景時さんからどうぞ」
「わあ、外にも中にも橘の実が使われているんだ」
「でも、このミカン、甘いね〜」
「当然! 熊野の橘は格別さ」
「じゃ〜、ヒノエ君が?」
「ま、それを『コンポート』って言って、砂糖で煮た物を使ってますから」
「砂糖? 砂糖? えええ!! さ、砂糖!?
あの先帝の時に、宋の国から献上されたっていう『砂糖』!!」
「ええ、卵白のメレンゲと、牛乳で作ったクリームにも入れましたから」
「わ、私が掻き混ぜた物のことなのだろうか?」
「そうそう、けっこう腕の力がいるからな。
それに冷やさないとならなかったから」
「へえ、まだ寒いとはいえ、よく雪か氷があったじゃん」
「いや、朔の力を借りた」
「朔ちゃんの…? あ! 月影氷刃……」
「譲殿、恥ずかしい…」
「今じゃあ、琉球でもサトウキビの栽培は進んでるんだ。
それでも苦労したぜ! これだけ極上の砂糖、
これだけの量を使ったのは、この国で初めてだろうな」
「ど、どのくらい使ったのかな〜〜?」
「え? ええとこれとあれとで…、400〜500gってところかな」
「『しごひゃくぐらむ』って〜??」
「兄上、このくらいでした」
と、朔が両掌で示す
その瞬間、他の八葉も狼狽える
「えぇ〜! そ、そんなに〜!!」
「ハハハ、さすがはオレの弟だ、全部使ったのか」
「ま、まずかったのかな?」
「ま、いいんじゃね〜の」
「そ、そうですね。でも、少し驚きました」
「弁慶さん?」
「僕たちは金の延べ棒より高い物を食しているのですね」
「そ、そんなにしたんですか!? し、知らなかったもので…」
「ま、気にするな。砂糖代そのものは後白河の禿げ爺のポケットマネーだし、
送料は……。ま、譲に請求書はいかないから」
「そうですね、将臣君」
「弁慶…」
「フフフ、呉越同舟…とでも申しておきましょう」
「ふ〜ん」
「『ふ〜ん』って望美、お前…、え! もう食っちまったのか?」
「そだよ」
「『そだよ』じゃ、ねえだろ! 望美! 今の弁慶達の会話、聞いてなかったのか?」
「聞いてたよ」
「だったら」
「美味しけりゃ、いいじゃん。『ただ』なんだし」
「さすが神子姫様だ。剛胆だね。
ところで譲、『これ』は堪能したから、
そろそろ『あれ』とやらに御登場願いたいものだね」
「じゃあ、朔」
「はい」
「せっかくの材料が余っても勿体ないから…」
「譲殿、持ってきたわ」
「アップルパイだ♪」
「望美! よだれ! よだれ!」
「弁慶さんが持ってきてくれた漢方薬材の中に桂皮があったもので」
「ああ、この香りは桂皮だったのですね。
僕としたことが、甘い香りに惑わされて気が付かなかったな」
「オレは最初から分かってたぜ」
「あの、『けいひ』って?」
「ああ、先輩。『シナモンスティック』のことですよ」
「ああ、アップルパイの香りか〜♪」
「弁慶、ナイス!」
「どういたしまして。叡山の友人で『神農本草経』に凝っている者がくれたのです」
「それと紅茶もいれましょう
ケーキと一緒だからストレートで良いでしょう
あ、先輩はお好みでミルクもありますから。それと、砂糖も」
「の、望美! そ、それは牛の乳なのだな!」
「そだよ」
「の、飲むのか?」
「美味しいよ」
「お、美味しいだと!!! つ、角が生えるぞ!」
「アハハハ、ないない。迷信迷信」
「案外、九郎も臆病なのですね」
「べ、弁慶…、お前も飲むのか!」
「『物は試し』と言うではないですか」
「『毒を喰らわば皿まで』ってね」
「ヒ、ヒノエ? それは失礼ではないのだろうか?」
「この紅茶という茶は、どうしたのですか?」
「ああ、それは譲君のお手製」
「弁慶さんとヒノエ、それに兄さんも持ってきてくれた茶葉で」
「でも、オレのもおっさんのも緑の葉だぜ」
「大雑把にしか知らないんで、適当だけど、
その葉をちょっと揉んで、暖かいところで寝かせると
発酵して紅茶になるんだ」
「手間がかかるのですね」
「ま、この国に本格的に紅茶が入るのは、明治になってからだから
あと600年程、後じゃないかな」
「私達は、600年も早くいただいているのですね。贅沢の極みかもしれない」
「朔、そうかもね」
「望美、あなた達の世界ではこういうものは、当たり前にあるものなの?」
「こういうものって?」
「紅茶とか 砂糖とか 『けいき』とか」
「うん、当たり前すぎて、改めてこうして飲んだり食べたりしないと
美味しいなんて思わないかも」
「そう……」
「どうしたの? 朔?」
「ああ、一度でいいから、あなた達の世界に行ってみたいものだわ」
「うん、是非」
「こうして美味しい物をいただけるのも、兄上のおかげです。
兄上、ありがとうござい…、? 兄上?」
「え?? え??? な、何かな〜♪」
「ああ! あぷるぱいを半分近くも!! あ!に!う!え!!」
「景時!!! みんなで分けるんだろうが!」
「当然じゃん!!」
「え? え? だって、だって、オレの誕生日ぱーちーなんだから」
「それとこれとは話が別ですよ! 景時さん!!」
「の、望美ちゃんまで〜!」
「か・げ・と・き!!」
「わ〜!! 九郎、抜刀なんてしちゃダメ!! ね、ね、落ちついて! ね〜!」
逃げる景時を追い掛けて、九郎とヒノエに、チビ白龍まで走っていく。
幸せはこのような喧噪の中にもあるのか、とリズヴァーンと敦盛は嬉しく思った。
後日談1
資金提供をしてくれた後白河院へのお礼にと
譲がケーキの余りの材料で作ったのが
ビスケットともクッキーとも、どっちつかずの焼き菓子、
それと紅茶の葉を少々。
ところがこれが、院のお気に召してもう大変。
毎日のように、また作って欲しいという使者が、法住寺から来る。
そして今日も…
後日談2
「先輩と朔にはこれを」
「譲殿、これは?」
「うわああ! クッキーだ」
「くっきい??」
「甘くておいしいお菓子だよ」
「ああ、望美……、甘いわ。でも、これはどうされたのです?」
「ああ、前の余りで作ったんだ。
と言っても、そんなに量が残ってなかったから、これでおしまい」
「ああ、勿体なくて食べられないわ」
「でも、あんまり日持ちしないからね」
「……」
「さ、朔? どうしたの?」
「本当に、本当に本当に欲深いことだとは思うの! でも…」
「でも?」
望美と譲は緊張して朔の次の言葉を待った。
「どうしても私、望美や譲殿の世界に行ってみたいと思ってしまうわ」
後日談3
「次は、是非ともカレーが食いたいもんだぜ」
譲からカレーに必要な「レシピ」を見せられたヒノエと弁慶が溜息をつく
「こんな漢方薬を全部、ぶち込んだようなもの食えるわけないじゃん」
「高くつきますね。この材料費は当然、平家持ちなのでしょうね。
ね? 還内府殿?」
「え!?…… バレてんのか!? 俺??」
背中に何か冷たいものが流れる将臣であった。
そのまた後日談
ヒノエと弁慶以外の八葉は、「誕生日ぱぁてい」というものは美味しいものだと知り、
この後、自分の誕生日が来るのを、すっ〜〜ごく期待するようになったという……。
ヒノエは《 「誕生日ぱぁてい」のたびにこの苦労をするなんて、冗談じゃない 》と思ってウンザリした。
《 景時にもやらせろ! ってか、あいつは源氏の戦奉行、物資調達の名人のはずじゃん!! 》と
怒りを顕わにした。アップルパイの怨みは、どうやらまだ収まっていないらしい。
弁慶は《 どのくらい資金が必要だか分かっているのでしょうか? 》と頭を抱え、
《 今度は誰を丸め込んで、金を出させましょうね……》
《 また法住寺の院? あの方も「くっきい」はいたくお気に召されていたので、「おっけい」でしょうね》
あれこれ次の手に思いをめぐらせているのであった。
08/03/05 UP