「どうしてだ」
「住所不定の体操のお兄さんなど、イメージダウンもいいところです」
「そ、そうなのか?」
「ええ」
「ならば、体操のお兄さんなど辞める」
「え?」
「俺は弁慶のまんしょんを出るときに決めたんだ。
誰にも迷惑をかけずに、一人でこの世界で生きていくと」
「それで、体操のお兄さんを辞める、と?」
「ああ」
「意地を張るのもいい加減にしなさい、九郎」
「意地など…」
「では聞きますが、誰にも迷惑をかけずといいながら、
君が今、体操のお兄さんを降板したら、番組に迷惑はかけませんか?」
「そ、それは…」
「ま、自分に与えられた仕事をその程度にしか考えていないのならば
早々に辞退した方がいいのかもしれませんがね」
「あ、ああ」
「でも、そんな君の体操のお兄さんでも、楽しみに待っている子供達には
何と説明するつもりなのですか?」
「え?」
「『楽しかった』と一文字一文字、懸命に書いて、
手紙やファックスで感想を送ってくれる子供達がいることは
君だって承知しているではありませんか。
その子達の気持ちはどうするのですか?」
「……」
「九郎…。何が一番大事なのかを、一時の感情から見間違えてはいけません」
「……それに、弁慶とて俺がいない方がいいのではないか?」
「どうしてです?」
「誤解しないでほしい。決して根に持っているというのとは違うのだ」
「だから、何をです?」
「お前が藤沢にまんしょんを買って引っ越した時」
「ええ、……ああ、そういうことですか」
「呼ばれてもいないのに、俺はお前のところに転がり込んでしまった。
本当は迷惑だったのではないか?
俺は、それがずっと気になって、自立しよう、独立しよう、と焦っていた」
「……そうでしょうね。君の性格なら、厚顔無恥にはなれないでしょうね。
そこが君のいいところなんですけれど」
「おだてるのは止めてくれ。
俺は、正直なところが知りたい。弁慶、本当のところ、どうだったんだ?」
「本当のところ……、いいでしょう、包み隠さず話しましょう」
「ああ、そうしてくれ」
「敦盛君がどういう状態か、君も知ってますね」
「敦盛…、ああ」
「こっちの世界に来てから、彼の発作は小康状態にあります。
治まっている、と言ってもいい」
「違うのか?」
「どうでしょう。そうだと良いのですが、それは希望的観測に過ぎません。
だから僕は藤沢に移るにあたって、彼を引き取るつもりでいたのですよ」
「そうなのか。しかし」
「ふ……」
「何を思い出し笑いなどしているんだ?」
「男の子なんですね、ヒノエも。
妙に男らしく彼に敦盛君をさらわれてしまいました」
「?」
「『何があっても、オレが敦盛と暮らす』と。
まぁ、それも敦盛君は最初、辞退していましたけど。いろいろありまして……。
それで、申し訳なかったのですが、君を誘う機会を逸してしまって。
それでも、君の方から来てくれましたからね。
こういった事情を言い出す機会は失ってしまいましたが、結果オーライで……」
「そうだったのか」
「だから、君が藤沢のマンションのことで気に病む必要など無いのですよ」
「しかし…。それに…」
「まだ、何か?」
「俺は……、何も成していない…のだ」
「はい?」
「こっちの世界でも俺は、役立たずだ」
「も?」
「ヒノエや弁慶のようには『ぱそこん』だの『ねっと何とか』だのは理解できん
大金も稼ぎ出せん。せいぜいが、この身体を使って日銭を稼ぐくらいだ」
「そのネットトレードで、僕はかなり痛い目を見てますけどね」
「景時のように如才なく客商売などできん。
先生や敦盛のように誇るべき一芸も、持ち合わせてはおらん。
人を斬ることと、戦をすることしか知らん人間だ。何ものも生み出せないのだ。
それに、これが最も問題なのだが……」
「何ですか?」
「俺の成すべき『何か』が、まったく見えないのだ。
こんな俺など」
「『こんな俺など』?」
「……いない方がましだ」
「本当に、そう思ってるんですか?」
「……」
「あまり僕を怒らせないでください」
「弁慶…」
「君がただの血に飢えた蛮勇の将なら、何故あれほど多くの将兵が君に従ったのですか?」
「それは、頼朝公の名代だから」
「本当にそれだけのことで、人が他人の為に命を投げ出そうとすると思いますか?」
「それは…」
「では、こう言い方を変えましょうか。
今回の件で君の知っている人達が、どれだけ心配していると思っているんです?」
「え?」
「まさか僕だけが君のことを探していたと思っていたんですか?」
「と、言うと…?」
「ヒノエも敦盛君も、景時も、それからたぶんリズ先生も、昨夜から君の居場所を探して、
この広い東京を走り回ってるんですよ」
「!」
「敦盛君など、迷子にまでなってしまって」
「え!? べ、弁慶、ならば敦盛を探しに行かなくてはっ!!」
「大丈夫ですよ。
望美さんも将臣君も、学校があるから探しに来られないことをすごく気にしていました。
譲君は、夢でここの池を見たと知らせてくれました」
「みんな………」
「みんなの気持ちは察してくださいね。
それに、分かっていたことじゃ、ありませんか」
「な、何を…」
「君には君の……、いや、いいです。君自身が実感するまで、僕は言いません」
「弁慶」
「それに、君が何と言おうと、もう僕は決めていますから」
「な、何を?」
「だから、君に二度と一人暮らしはさせません」
「し、しかし俺も、この世界で自立せねば」
「僕と一緒では、自立できませんか?」
「だ、だってそれは変だろう」
「別に変だとは思いません。
自立とは精神的なものであって、
一人暮らしをしたから自立しているというものではないでしょう。
そんなのはせいぜい自炊ぐらいが関の山です」
「それに、また弁慶に迷惑を…」
「迷惑かどうかは僕が決めることですよ。
それとも僕とでは何かご不満ですか?」
「い、いや、滅相もない。では藤沢へ」
「本当に君は人の話を聞いていませんね」
「?」
「君と僕のマンションを探そうと言ったじゃないですか」
「え?」
「僕もマネージメントを本格的に取り組もうと思いまして。
それには、藤沢ではちょっと不便なのですよ。
やはり都内に事務所兼で居を構えた方が良いでしょうから」
「そうなのか?」
「ええ」
「そうか、それでは世話になる」
「嫌ですよ」
「え? だ、だが弁慶、いま2人で共同生活を、と…」
「ええ、そう言いました。だから僕は君の世話などしません。
君は共同生活の中で自立するんでしょ。
だから、ルームシェアするんですよ」
「るぅむしゃぁ?」
「君の仕事が軌道に乗ったら、ちゃんと部屋代と生活費は天引きさせてもらいますから
御心配なく」
「軌道に乗らなかったら?」
「大丈夫です。誰が君のマネージメントをしていると思ってるんですか?」
「ああ、そうだな」
「死なない程度に、しっかり働いてもらいますよ」
「べ、弁慶」
「その前に…」
「?」
「少し身体が鈍ったのかな? 安心したら、眠くなりました……」
「ああ、俺も何だか……」
小鳥のさえずりが聞こえる。
そのさえずりに紛れて、携帯に内蔵されたカメラのシャッター音が小さく鳴る。
戦場なら耳敏い九郎も、平和な七月の午前の太陽の下では、気付かなかった。
普段なら耳敏い弁慶も、二晩完全徹夜、しかも歩きづめの今、残念ながら気付かなかった。
そしてそのことは後日、弁慶をして後悔させることになるのだが。
「おそろしく珍しいツーショットじゃん。
九郎と弁慶の2人が寄り添って池の畔で微睡む姿、なんてね」
笑いをこらえて、木陰から盗み見る影が二つ
「ヒ、ヒノエ、まずいのではないだろうか?」
「何で?」
「い、いや…、何でと言われても…」
「おもしろいから、望美と、それからリズ先生にも、この写真を送っておこう。
2人が無事落ち合えた証拠、いや、九郎が無事捕獲された証拠に、ね」
「ヒノエ…」
「『それから、この木と水のエフェクトがね。
たいしたものじゃないが、なにしろ東京のまん中にあるんだから ―― 静かでしょう。
こういう所でないと学問をやるにはいけませんね。
近ごろは東京があまりやかましくなりすぎて困る…』……か」
「ヒノエ? それは?」
「この池の由来となった小説の一節さ」
「そうなのか」
「ま、九郎は『三四郎』って言うより『坊ちゃん』の方がお似合いだけど。
何にせよ、雨降って何とやら……かな」
「元の鞘におさまった、と言うのだろう」
「へぇ敦盛、お前にしては色気のあることを言うね」
「そ、そうだろうか?」
「せっかく東京に来たんだ。青山か代官山辺りに行ってみるかい?」
「実は、行ってみたい所が…」
「珍しいね。どこだい?」
「渋谷の」
「へぇ、意外だね」
「観世能楽堂という所に」
「あはは、お前は本当に」
「何だろうか?」
「お前らしいね。
じゃぁ、あの2人に見つかる前に退散するよ」
1ヶ月後
九郎主演の『不屈の闘志・超人戦隊タオレンジャー』第一回放送がオンエアされた。
「これでやっと…、九郎も独り立ち…だな」
リズヴァーンはゆっくりと杯に酒を注ぎながら、独り言ちたのだった。