いざ! 潮干狩り!! 前編
「だるいな……」
「お前!! ま〜た、サボってる。そんなことだと、今日もまた、譲にどやされっぞ!」
「面倒……だな」
「知らねぇぞ、俺は忠告したからな」
「還内府殿も、兵糧責めは……恐いとみえるな」
「当ぉ然!」
「フ、有川弟は、何事にも……真摯に取り組まれる……。
本人は好きで懸命なのだから…よいだろうが……、
付き合わされるこちらは…、…身が持たない…ククク」
「だったら、何で付いて来たんだよ」
「さぁ…な…」
還内府殿は、慣れた足取りで離れていった。
水平線以外には、これでもかと健康的な雲と空。
まだ卯月になったばかりだというの、何が悲しくて海など入らねばならぬのか。
それも、いっそのこと泳ぐならまだしも、
この『ながぐつ』とやら言う、歩くたびにやたらとボコボコするものを履かされた上に
農夫のように麦藁で編んだ物まで被り、
『熊手』とか言う、熊野別当殿お得意の武器のようなものを手に、
海岸線をあっちにボコボコ、こっちにボコボコ……。
「あ〜〜〜!、知盛、なにレジャーシート広げて寝てるの?」
還内府殿よりうるさい奴が来た…
「まずは…、休息だ…ククク」
「望美、そんなやる気の無い者など放っておいて、
取り方の教授を早くしてくれ」
「なにぶん経験者はさ〜、望美ちゃんと将臣君に、譲君の3人だけなんだからね〜」
「あれ? 譲君は?」
「何でも、『バケツ』というか? このぷらちっく??で出来た桶が足りないとかで、
ヒノエとそこの店に買いにいっている」
「そっか〜、考えたらそうだよね。この人数にバケツ2つだけじゃ足りないね」
「こうやって砂に小さな穴の開いている辺りを、ここくらいまでそっと掘る」
「そ、そっと…ですか」
「うむ。力任せでは、貝の殻を傷つける場合がある」
「なるほど」
「で、これがアサリだ」
2回ほど砂を掘っただけで、リズ先生の熊手の先に大きなアサリがゴロッと4つほど現れた。
「アサリは意外と一カ所にかたまっている場合が多い。それと、小さいものは海に返してあげなさい」
「おお、さすがリズ先生、要領はだいたい分かりました。御教授、ありがとうございました。
望美にも教えて貰ったのですが、さっぱり分からなかったもので」
「問題ない。さ、九郎、アサリを持っていきなさい。見本だ」
「見本……。分かりました、ありがとうございます」
「うむ、頑張りなさい」
「はい!」
「では、敦盛」
「はい」
「ここのものは、お前が採りなさい。もう少し掘れば、まだ出てこよう」
「え? よろしいのですか」
「うむ、まだまだ見つける時は十分にある。私は、あちらに行ってみよう」
「リズ先生、ありがとうございます」
「九郎さん、潮干狩り、どうですか?」
「意外と難しいが、でも、もう大丈夫だ」
「その割には、まだ少ししか採れてないみたいですね」
「なに、要領は掴めた。これから一気にたたみかけるさ」
「へぇ、強気な発言ですね」
「リズ先生に御教授していただいたのだ、採れないわけがない。
そういうお前もまだ空ではないか。そんなことでは、俺は兄弟子として心配だ」
「そういうなら、どっちが多く採れるか、勝負します?」
「ハハハ、よし、望むところだ」
と、貝を捨てようとする九郎を制して
「ダメですよ、勿体ない」
「しかし、条件を五分にしなければ、勝負が不公平になるではないか」
「これは…、ハンディキャップです」
「何だ? その『はんで』…なんとかとは?」
「え〜と、アドバンテージって言っても分からないですよね」
「ああ、まったく」
「う〜ん、何だろう…。あ、譲君! ちょうど良い所に」
と、望美は、買ってきたバケツを皆に配っていた譲に声をかけた。
「はい、先輩のバケツです。で、何ですか? 先輩」
「ねぇ、『ハンディキャップ』って、どう説明する?」
「『ハンディキャップ』ですか…。強い者が弱い者に与える有利な条件、ってとこですかね。
でも、それがどうしたんです?」
「ううん、何でもない。ありがとね」
「いえ、……変なこと、九郎さんに教えないでくださいよ。すぐ、本気にしちゃうんですから」
「は〜〜い」
と、九郎にもバケツを渡して、譲は去っていった。その直後、
「ちょっと待て、望美」
「え? 何ですか?」
「今、譲は『強い者が弱い者に』と言わなかったか?」
「ええ、言いました」
「では、この貝はお前に遣る!」
「? 何でです??」
「そうしなければ、兄弟子の俺が『弱い者』と自分で認めたことになる。それは断固として断る!」
「え〜〜〜、ヘヘヘェ」
「お、何だ、その変な笑い方は」
「そんな格好つけて、大丈夫ですか?」
「当然だ!」
「分かりました。捨てるの勿体ないし。その代わり、後で後悔しても知りませんよ」
「その言葉、そっくりお前に返してやる」
「分かりました。…源九郎義経! いざ! 勝負よ」
「おう、望美! 勝負だ」
それは、周りで聞いていた他の者達全員の闘争心に火を点けた。
そして誰もが理由もなく、固く心に誓ったのだ。
「自分が一番多くのアサリを採る」と。
そして譲だけは、遠くからこの会話を聞いて
「また、馬鹿なことで張り合って」
と思ったが、周りにいた他のメンバーも妙に戦闘モードに入っていることに気づいて
「それで、より良いアサリが採れるなら、今は口を出さないでおこう、今は」
と思い直していた。
「何、敦盛に話しかけていたんだい?」
「別に…」
「教えてくれないのかい? つれないね」
「従兄弟同士の…楽しい語らいだ」
「気になるね」
「ククク、別当殿も……従兄弟殿と語らえば……よかろう」
「あいつは従兄弟じゃなくて叔父さん、だぜ」
「いいや……、もう一人…、いるではないか」
「……! 九郎…かい?」
「ククク、よく似た……親戚でいらっしゃる……」
「何か、嬉しくないね」
「……大夫殿に」
「え?」
「大夫殿に、効率の良い……アサリの『とりかた』を……お教えしてさしあげたのさ……」
「へぇ、本当かい?」
「……ああ」
「ふ〜ん、じゃ、そういう事にしておいてやるよ」
「ククク……」
「教えてくれたから、いいものをやろうか?」
「ほぉ…、冷たくて気持ちがいい…」
「こいつは、こうして『プルリング』を引いて、ほら、飲み物なんだ」
「こちらの世界の飲み物は……、やたらと甘いだけだと…思っていたが、これは……美味いな」
「しかも『酒』、だからね」
「ああ、身体に沁みる…ようだ。ククク、これは……別当殿に借りができた…かな」
「俺への借りは、高くつくぜ」
「こ、これは……、まさか…」
「朔? どうしたの?」
「望美、あの…こ、……い、いえ、何でもないわ。アサリでは無かったものだから」
「そう、それは残念だね。アサリじゃない貝もけっこうあるから、用心してね」
「ええ」
「昔、我が家と有川家で潮干狩りに来たときは、
ウチのお父さんが例のシオフキばっかり採って、お母さんに怒られてたな」
「先輩、それ採ったの春日のおじさんじゃなくて、先輩でしょ」
「譲君、それ、内緒!」
「譲殿」
「もう、乙女に恥をかかせないの。私、向こうに行くね」
「あ、望美…」
「朔、ファイト」
「別に私は…、もう望美ったら、変に気を遣って…」
「朔、何を持っているんだ?」
「え? あ、そうそう、譲殿にお尋ねしたかったのです。実は、これ」
「こ、これは!……」
「せっかくの美しい指が海水で荒れてしまっては大変です。よかったらこれをお使いください。
あ、ハンドクリームです。肌にやさしい特別製ですから、ベタつきもありません。ええ、どうぞ」
「ご主人はどちらで?」
「ああ、今日はお仕事で御一緒できなかったのですか。それは残念なことですね。
このような美しい方と可愛らしいお嬢様が二人だけで潮干狩りとは……。え? 男の子?
ああ、お母様に似て整った顔立ちで、お嬢様かと、…すみません。でも良くお嬢様と間違われませんか?」
「お住まいはお近くなのですか? いえいえ、お子様と二人、バスで来たとも思えなかったものですから」
「ああ、お友達も御一緒で。え? あちらの方? お姉様かと思いました。同い年ですか、見えませんね。
失礼、あなたの方がずっと年下なのだと、さっき拝見していてそう思ったものですから」
「いいえ、お世辞など、僕はいいませんよ。だから、内緒ですよ、お友達には。
ええ、僕の真実の一言でお二人の友情に亀裂など生じさせたくないですからね」
「え? このアサリですか、いえいえ、悪いですから。ええ。
せっかく、採ったものなのに、僕などがいただいては……、お気持ちだけいただいて……。
え? まだあるから大丈夫、……そう、ですか…。では、ありがたく頂戴いたします」
「あ、あの、もしよろしければ、携帯かメールをお教えいただけないでしょうか」
「いえいえ、そうではありません。実は僕、芸能マネジメントをしておりまして、
ええ、あそこで、ほら、なにやら必死に砂に穴を掘っている髪の長い…」
「あ、やはり男のお子さんですね。そうですよ、体操のお兄さん。ええ、彼のマネージャーです。
あの番組に出演しませんか? ええ、来週にでも……。お時間があれば、ですが」
「いろいろありますので、またゆっくり、御連絡いたしますね、必ず。ええ、そうですね。
早く来週が来ないかな、僕もまたお会いする機会を楽しみにしていますよ」
「あ、携帯番号と、それから、アサリも、ありがとうございました。いえいえ、こちらこそ、
では、来週、はい、必ず。期待してお待ち下さい、いろいろな意味で、フフフ」
08/05/05 UP