いざ 大運動会! in 常世
21 第2レースの着順を発表します!
「あ、あの、風早殿……」
「申し訳ありませんが、今、大事な所なのです。話しかけないでもらえますか」
「す、すみません」
「こうしてゆっくりと急須と湯飲みも温めて……」
その場を去らずに、何かを訴えかけるようにジッと風早を見つめる布都彦の眼差しが
チクッと風早の罪悪感を刺激する。
それでも敢えて『おいしいお茶』作りに集中できるほど、風早は冷徹ではなかった。
「……ああぁ……、分かりました。そんな悲しそうな顔で見つめないでください。
『おいしい』はずのお茶が水っぽくなってしまうでしょう」
「す、すみません」
「で? 何の用なのです?」
「あの……、これを…」
と布都彦は借り物競走の紙を風早に差し出した。
「なんです? ふぅ……『白麒麟のたてがみ』ですか……。
誰でしょうね、こんな事を書くのは。白麒麟は仮にも神なのですが、まったく」
「わ、私では…」
「君で無いことは分かってますよ。こんなことを書くのは…」
風早がアシュヴィンの方を溜息まじりに見遣ると、
その風早の視線に気付いたのか、アシュヴィンが風早の方を向いて笑いながら片手を上げた。
「ったく……。……布都彦、こちらへ」
そう言って風早は、布都彦をこっそりと校舎の裏へ連れて行った。
それから間もなく、
「風早殿! 恩に着ます!」
そう言って布都彦は校舎裏から飛び出してきたのだった。
「神子…、貸して貰いたい物がある」
「何でしょう。私の持っているモノならなんでも言ってください」
「神子の持ち物にある『自動琴』を」
「『自動琴』?」
「このくらいの大きさで、確か天の青龍に夢の中で譲り受けたという話だったが」
「天の青龍って、将臣君にですか? ……あ、ひょっとして『オルゴール』のことですか?」
「ああ、それだ。神子が大切にしているモノだということは充分に分かっている。
決して粗雑には扱わぬので、貸してはもらえぬだろうか」
「どうぞ。そこまで大したモノではありませんから、気楽に扱ってください」
「すまぬ」
「それより、先生。頑張ってください」
「うむ。神子の為にも全力を尽くそう」
そう言って、リズバーンは跳躍を使わず、全力でゴールを目指して疾走を始めた。
ようやく銀と惟盛が紙のところに到着した。
「おや、これは」
そう言うなり、銀は何を思ったのかスタート地点に戻り始めたのだった。
借り物の紙の所へダラダラと歩いて行ったのとは打って変わった信じられないスピードで、
スタート地点にいた望美の所へ走り戻ったのだった。
「? 銀? どうしたの?」
息一つ切らさず、満面の笑みで銀が言う。
「ああ、やはり天は私をお見捨てではなかったのですね」
「?」
「そのたおやかで甘美な笑顔と共にあるようにと、天は私に御下命なされたのです」
「あの……、銀、私から何か借りたいの?」
「何か、ではなく神子姫様御自身が、私の欲するモノでございます」
「?? ……え〜と、それはつまり、私が銀と一緒にゴールするってこと?」
「さすがは神子姫様。御聡明でいらっしゃる。さ、御手をどうぞ」
そう言って差し出す銀の手に、一瞬寒いものを背筋に感じて
「手を繋いでると走りづらいから。行くよ!」
と勢いよく走り出す、春日望美であった。
「御意」
そういって軽やかに望美の直ぐ後ろを、それこそなびく髪がかかる程の真後ろを銀は走るのだった。
一方、惟盛は逡巡していた。
「く! この私としたことが『お父さんぽじしょんの人』などと!
『ぽじしょん』という言の葉の意味は分かりませんが、
『お父さん』と言えば『父上』のことでないですか!
何という屈辱!」
惟盛はそう言うと
「な、なななんという屈辱!」
そう叫ぶと、辺りを見渡し、あろうことか将臣に向かって走り出したのだった。
「惟盛さん! どこに行くんです!?」
そう走りながらすれ違った望美が叫ぶ。
「いちいちうるさい小娘ですね!」
「惟盛……、ククク」
「なななんですか、新中納言殿! その笑いは」
「別に……。ま、無理は……するなよ」
励ましなのか、単なるからかいなのか知盛の真意は分からなかった。
ただ、知盛がどういう意図で発した言葉なのかを斟酌する余裕は、今の惟盛には皆無だった。
「く! 無理など……。そうですよ、これはお遊びなのですからね。
私が認めたわけではないのです。
ただ世間の風評がそうなっているのですから、私がそう思っているわけでは」
将臣に向かって走りながら、惟盛は自分の気持ちに整理がつかないでいた。
「惟盛! 何をブツブツ言ってんだ、お前!?」
突然目の前に、若かりし頃の父の顔をした
(と、必ず言われるので惟盛自身もそう信じ込んでしまっている)
将臣が立っていた。
「あ、あなたを認めた訳では無いのですよ! これだけは良く覚えておいて下さいね」
「何? 何のことだ?
人の所に走って来るから何か借りたいモノがあるのかと思って待っていれば、
いきなりワケの解らねぇ文句かよ!」
「借りたいモノがあるから来たに決まっているではないですか。
そうでなければ、どうして私があなた風情の元へくるのです?
さ、参りますよ」
「へ? 借り物は?」
「いいから! 参りますよ! これだから愚図な下賤の者は嫌なのです」
「え? 俺?」
「そうですよ! この状況で他に誰がいると言うのです。だから嫌なのですよ」
「で? 何て書いてあるんだ? その紙? まさか『有川将臣』とかって書いてあるのか?」
「そんなわけ、ないでしょう!」
「じゃぁ……、OK、分かった! 『還り内府』だ」
「違います!」
「じゃぁ…」
「何でもいいでしょう。それより急ぎますよ」
「何、その紙を隠すんだよ」
「何でもありまs! あ! お返しなさい!」
「へえ、ラッキー。『お父さんぽじしょんの人』ね」
「ですから、何度も言っているでしょう。私は認めてなど」
「呼んでみろよ、惟盛」
「え?」
「『父上』ってよ」
「な!!」
少しも動こうとしないどころか、楽しそうに(?)話をしている2人に
いつの間にか銀とゴールを目指していた望美の苛立った鉄拳がとぶ。
「痛いではないですか! 小娘が!」
「痛ぇだろう! 望美!」
「この2人は! レース中なのが分からないの!! 早くゴールに向かいなさい!」
鬼の形相の望美にクビをすくめて走り出す2人だった。
葦原千尋が指し示した体育倉庫に駆け込んだ有川譲は、倉庫の中をガサゴソと探し、
「ああ、やっぱりあった」
そう言ってその『やっぱりあった』ものをズルズルと引っ張り出すと、肩に担いで
急いでゴールを目指して走り出した。
ゴールではアシュヴィンに遅れをとったものの、シャニとリズヴァーンとほぼ同着でゴールラインを駆け抜けた。
3人とも、大伴道臣を注目し、判定を待った。
「に、2着は……、シャニ殿下!」
観衆、特に常世の人々は1着のアシュヴィンに続いて2着も常世の殿下だったことで、
割れんばかりの歓声となった。
「品物も間違いないでしょうし、2着は確定といたします」
割れんばかりの歓声が、嵐のような大歓声となって観客席で轟いている。
「品物の確認はしないのか? 存外、適当な判定だな」
「鎌倉側の言葉を受けて、龍の神子様が指示されたモノですからね、間違いは無いかと……。
そうですね、では念のために確認いたしましょう」
そう言って道臣はシャニの手にした物を受け取った。
そこには『HOME デリシャスカレー』の文字があった。
「『HOME』も『デリシャス』も意味は分かりませんが、
『カレー』という同じ文字があるのですから、間違いないでしょう。
よろしいですか、アシュヴィン殿下?」
「ああ」
「では改めまして、第2位、シャニ殿下!」
場内の大歓声をよそに、シャニは道臣から受け取った『HOME デリシャスカレー』を持って
スタスタと本部席テントの裏に歩いて行くと、そのテントの日陰部分に座った。
「シャニ、どうしたの? 大丈夫?」
放送席にいた千尋が声をかけると、シャニは
「うん、お姉ちゃん、大丈夫だよ。ただ」
「ただ?」
「ちょっと疲れただけだから」
そう言って向こうを向いてしまった。
「本当に大丈夫なの、シャニ?」
「うん、大丈夫。ちょっと休んだら、向こうに行くから心配しないで」
「そう……、別にずっと此処にしてもいいけど」
「ありがとう、お姉ちゃん」
そう言いながらも、シャニは全く別の事に心を囚われていた。
それは、将臣が言った一言
「この世で一番美味い食い物だ」
将臣は本気だったのか、シャニをからかっただけの冗談なのか、判然としないが
シャニにしてみれば、龍の神子の世界の食べ物は
有川譲の作ってくれたハチミツプリンとフルーツクレープ、
その有川譲が置いていった『さとう』という魔法のような甘さの白くキラキラした粉で
龍の神子が作ってくれたホットケーキやクッキー
そして風早に無理を言って、時空を超えて連れて行った貰った異世界で味わった数々の品
クリームソーダ、アイスココア、クロックムッシュ、
そして、『ねぃずみぃ・りぞうと』とかいう超巨大な祭で口にした数々の品……。
そのどれ一つをとってみても、思い出すだけで常世で口に出来ないことに身悶え、
手に入れられるなら、自分の持っているすべての宝石と交換しても惜しくないと思えるのだった。
そんなシャニにとって、今、手にしているのは
「この世で一番美味い食い物だ」
しかも、事もあろうに有川譲の実の兄が、そう言ったのだ。
(これが……、プリンよりもクレープよりも……)
「この世で一番美味い食い物だ」
そんな将臣の一言が、頭の中をグルグル廻るのだった。
(これが……、お姉ちゃんやお兄ちゃん達の世界で一番美味しい………)
「3着はリズヴァーンさん。
そして惜しくも4着となったのが有川譲君でした! 譲君、お疲れ様!」
ちょうど惟盛と一緒にゴールした将臣が言った。
「譲〜、お前、最近モテモテだな」
「兄さん、羨ましいのかい?」
「いや、ただ」
「『ただ』? なんだよ!」
将臣は何も言葉を続けず、ただ向こうを指さすだけだった。
「なんだy……、あ、朔」
「譲殿……」
「べ、別に何でもないんだからな、朔」
「わ、私はなんとも思っておりません」
「リズヴァーン殿、これが『琴』ですか?」
「うむ」
「琴……。して、どうやって奏でるのですか?」
「それは……」
「これが琴であることを証明していただかない事には、
正式にゴールしたものとは認められませんので」
「そうか……、分かった」
リズヴァーンは、銀を追い立てるようにしてゴールに向かって来る春日望美の姿を見遣った。
「神子……」
「あ、リズ先生。もう、銀! 速く歩きなさい」
「ああ、その華の唇から漏れる言の葉ひとつひとつが、私の心をとらえて離さないのです」
「いいから歩いてよ!」
やっとのことでゴールして溜息をつく望美に、リズヴァーンが道臣を伴って近付いた。
「神子、頼みがあるのだが」
「リズ先生。どうぞ、何なりと言ってください」
「ああ、神子様。どうか、この乾ききった私にも、その慈雨の如き御言葉をお与えください」
「銀、ちょっと黙っていて」
「御意」
「すみません、先生。で、なんですか?」
「神子、この『自動琴』を動かしてもらえないだろうか」
「え? ああオルゴールですね。いいですよ」
そう言ってリズヴァーンから自動琴を受け取った望美は、さっそくネジを巻いた。
「こうして、っと」
望美は自動琴を持って放送席に向かって歩き出した。
「神子、どこに?」
放送席に到着すると、自動琴を机の上に置き
「こういうところの方が掌の上より音が響くんです。
そして……千尋ちゃん、ちょっといい?」
「え? あ、どうぞ」
そう言って望美は千尋の使っていたマイクを自動琴に近づけた。
オルゴールの音が優しく響く。
そしてその音が、放送スピーカーを通して、運動会のグラウンド中に伝わる。
「これが」
「あちらの神子の世界の琴の音」
「なんて柔らかく優しい音色なの……」
会場中の興奮が静まり、白龍の神子のオルゴールに聞き入っているのだった。
「なるほど、これが白龍の神子様からお借りした『自動琴』なのですね
誰が奏でるのでもなく『自ら動く琴』。なんと不思議な……。
リズヴァーン殿の3位が確定いたしました」
オルゴールに聞き入っている観衆は静かに、しかし心から、リズヴァーンの3位を祝福した。
10/07/28 UP