いざ 大運動会! in 常世





23 第3レースの出場選手は大至急、招集場所に集合してください!











    「ウギャァァァァァ〜〜!!


誰もが予期せぬ事態に、ある者は驚き、ある者は身構え、そしてある者はその声の方に走り出していた。







    「何だ? 景時、何が起こったと言うのだ?」


    「さぁ〜〜、九郎、ど、どうしたのかなぁ〜??」


    「兄上、御用心ください」


    「ぎょ、御意ぃ〜」







    「布都彦、油断するな」


    「はい、葛城将軍!」







    「ナーサティヤ様、い、今の叫び声は?」


    「聞いたことがあるような……、エイカ、お前はどうなのだ?」


    「そうですね…」


    「お前達、存外、薄情なのだな!」


そう横を駆け抜けるアシュヴィンが言った。


    「え? アシュ、いったい何がどうしたのだ?」











本部テントの裏では、千尋が叫んでいた。


    「どうしたの! 大丈夫!? いったい何が」


千尋に抱きかかええられた声の主は


    「ヒ、ヒィィ……」


    「どうしたの? しっかりして!」


傍らに立った風早が、落ち着いて言う。


    「千尋、これを飲ませなさい」


    「ありがとう、風早。さ、シャニ、これを飲んで」


    「ごふっ! ギャァァ!!!」


    「シャニ!」


    「熱い! 火傷、舌、火傷したぁ!」


    「おやおや、常世の王子は猫舌ですか。では、こちらを」


と渡された水を飲み干して、シャニは溜息をついた。


    「ンクンクンク…、ハァァァ」


    「どう? 落ち着いた? シャニ」


    「お姉ちゃん、ありがとう」


    「どうしたっていうの、いったい?」


    「シャニ、無事か?」


    「あ、兄様」
    「アシュヴィン」


    「あの悲鳴はいったい何だったのだ?」


そこにおっとりとナーサティヤも歩み寄ってきた。
彼だけではない。
大伴道臣をはじめ、ゴール付近にいた者も、
第3、第4レースの為に招集されていた者も、何事かと本部席に集まってきた。


ただ2人、いまだにどれが薬草なのか言い当てられない半ベソのサザキと、
そのサザキの差し出す当てずっぽうな草や木の葉を、にこやかな笑みで否定し続けている弁慶を除いて。





    「シャニだったのか!?」


    「あの声を聞いて気付かないとは、存外サティは薄情だな」


    「シャニがあんな叫び声をあげるなど、今まで一度として聞いたことが無かったのでな。
     許せ、シャニ」


    「で? どうしたのだ?」


    「有川譲おにいちゃんのお兄ちゃん、スッゴイ嘘つきだよ!」


    「どういうことだ?」


    「おいおい、オレのどこが嘘つきなんだ?」


    「有川」


    「将臣君! こんな子供に何したの!!」


望美が低い声で将臣に迫った。
こんな時の望美は当然怒っている。


    「ま、待て! 望美! 落ち着け! オレは何も」


    「白龍の神子様、この方を庇う訳ではありませんが、
     この有川将臣殿はたった今まで、私やそこにおられる平惟盛殿、平知盛殿といっしょでした」


    「道臣さん……。でも、だったら何でシャニがあなたを嘘つきだって言ってるの」


    「そんなの、オレにだって分からねぇよ!」


    「兄上は…、誰にでも厳しい……お方…だから……な、ククク」


    「てめ! 知盛、いい加減な事を言って、状況をかき回すんじゃねぇ!」


    「有川君のお兄さんは『嘘つき』だって」


    「嘘つきだぁ! お前! ……OK! オレがいつ嘘をお前に言ったってんだよ!」


    「将臣のことだからね、どうせまた、ハッタリでもカマしたんじゃん。
     ただ、その相手がスレてない神代の子供だった、ってところかな」


    「ヒ、ヒノエ、将臣殿に失礼ではないのだろうか?」


    「そうかい敦盛? 別に将臣に悪気は無かったって言ってるんだけどね」


    「知盛殿とはまた別の意味で、ヒノエも場をかき回しているだけではないのだろうか?」


    「へぇ、鋭いじゃん」


    「ヒノエ……」


    「将臣君! 子供に何またいいかげんなことを吹き込んだの!」


    「どっちにしろ、オレを怒るのかよ!」


    「当然でしょ」


    「こ、これ、これが世界で一番美味しい食べ物だって」


そう言って、シャニはその場に集まった人々に、自分が手にしたモノを差し出した。
そこには『HOME デリシャスカレー』と書かれた箱があった。
その箱が開けられて、中のレトルトパックが顔を出していた。


    「シャニ、これ、どうしたの?」


    「千尋お姉ちゃんが渡してくれた」


    「借り物競走の紙に書いてあったから」


    「で、その紙書いたのも」


皆が将臣の方を見る。


    「やっぱりオレかよ!」


    「やっぱり兄さんが大元なんだ」
    「やっぱり将臣君なんだ」
    「さすが……、兄上……だな。ククク」


21世紀人、並びに21世紀を知っている人々は、どういう事態がシャニの身に起こったのか、
おおかたの想像がついた。


    「あ〜あ、囓って開けちゃったんだ」


    「運が悪かったようだな」


    「そうだね〜、九郎。『激辛』だからね〜、アハハ」


    「私も初めて食したのが有川家だったので、いささか面食らいました」


    「そういえば朔、あの時何度も水を飲んでたもんね」


    「ええ、望美。あなたと譲殿は幼い頃から将臣殿に鍛えられているから大丈夫なのよ」


    「あんまり、大丈夫じゃないし、一緒にしないでね。朔」


    「そうなの?」


    「兄さんの味覚は、激辛カレーとカップメンで作られてるから」


    「『作られてる』って言うより『壊れてる』んだよ」


    「あの頃は、こっちの世界の人々は悪食なのかとさえ、思いかけたわ」


    「激辛なんて、私は今でも無理だよ」


    「先輩だけじゃないですよ。それに、あの時のカレーって、異世界むこうから帰って初めてだったから、
     兄さん、気合い入れてガラムマサラだ黒胡椒だ唐辛子だ、ターメリックだ、って、
     ルー以外の香辛料もかなり入れたかなら」


    「それで……。私も、今でこそカレーは好きだけど、それでも中辛がやっと」


    「朔、無理して辛いカレーを食べる必要はないから」


    「ええ、そうね、譲殿。今なら分かるわ」


    「それにしても」


疑問を挟んだのは望美だった。


    「このレジ袋に入った買い物って、将臣君のじゃ無いよね」


    「ああ神子、それは私とヒノエの」


    「え! 敦盛さん『激辛』カレーなんて食べるんですか?」


    「いや、私は無理だ。それはヒノエの」


    「敦盛のカレーは、レトルトでも『甘口』に生クリームと卵を入れるからね」


    「ヒノエ君は大丈夫なの」


    「ああ、オレは辛いのもあまいのも、何でも美味しければ好きだからね」


    「ホント、熊野の頭領の環境への適応能力は凄いよね」


    「褒め言葉と受け取っておくよ、神子姫様」


    「で、不運な常世の第3王子は」


    「2分の1の確率のヒノエ君の『激辛』の方のレトルトカレーを」


    「食されたわけですね」


    「私の『甘口ほう』だったならよかったのだろうに……」


    「違う! そういう問題ではないだろう」


    「サティ兄様」


    「サティ、何を怒っているのだ?」


    「アシュ、分からないのか。
     他の人様の食べ物を勝手につまみ食いするなどと、常世の王子として情けない!」


    「まあまあ、シャニは『つまんで』は食っていないのだから」


    「アシュ、そうやってお前が甘やかすから」


    「兄様、ごめんなさい! 持ち主のヒノエさん、ごめんなさい!」


    「シャニ…」


    「ホントに、ホントにごめんなs……」


後は嗚咽で言葉にならない。


    「ホラ、これ」


そういってタオルを差し出すのはヒノエであった。


    「大丈夫さ、気にしてないから」


    「ヒノエさn……ごめn……ありがt……」


    「それにレトルトカレーの代金は」


そう言って、ヒノエは将臣の方にウインクした。


    「え? 本当にオレかよ!?」


    「当然じゃん。将臣が『この世で一番美味い』なんて言わなけりゃ、
     こんな騒ぎにはならなかったんだからね」


    「まったく、兄さんのカレー好きにも困ったもんだ」


    「アハハ、将臣君。帰ったらおとなしく払うのね」


    「望美! なんで、そうなるんだ!」


そう叫ぶ将臣であった。







    「サティ、どうだ?」


    「いや、こ、これは……辛い、というか口が痛い」


    「リブは?」


    「や……、ナーサティヤ様の仰るとおりで……、なにやら舌の先から喉の奥まで辛さが……」


    「エイカはどうだ?」


    「ナーサティヤ様……、これは何かの毒薬か劇薬なのでは?」


    「あ〜あ、みんなして何やってるのかと思えば」


    「那岐」


    「仕方ないよ。それ、向こうの世界で市販されてるレトルトカレーで一番辛い部類に入るから」


    「そうなのか。ところで、アシュ、お前はどうなのだ?」


    「オレ? オレは慣れているのでな」


    「慣れて? 兄様、どういうことなの?」


    「以前、向こうに行った時に連れていかれた『ねいずみぃ』なんとかでな」


    「え? あの時は一緒だったが……」


    「あの巨大な船を横切って筏で島に渡ったろう」


    「…ああ」


    「その筏に乗る前に、な」


    「え? あ!」


サティとシャニは、あの時、列の後ろの方から漂ってきた不思議な香辛料の香が、
今、自らの手元でしていることに初めて気付いた。


    「あの時…」


    「あれ、『かれえ』の匂いだったんだ」


    「そうだ。それから」


    「!」


アシュ以外の人間が、そっとその場を離れた。


    「? ……! あ、あの」


状況を素早く察したアシュヴィンだったが、時はすでに遅かった。


    「へぇ、『それから』よく向こうの世界に行ってるんだ」


    「あ、いや、あの後は1回だけだ」


    「へぇ、1回は行ったんだ。しかも、美味しいモノを食べてるんだ」


    「そ、それh…」


    「私は、1度もまだ、連れていっては、貰ってないのに」


    「だかr…」


    「いっつも『忙しいから、落ち着いたらな』って、言ってたくせに」


    「す、すま」


    「で、自分は行ってるんだ、1回


    「千ひr」


    「アシュヴィンの、馬鹿ぁぁ!!!」


千尋の必殺アッパーが炸裂した。











    「さ、第3レース! 行きます!」


マイクを掴んだ千尋が、アシュヴィンへの怒りも覚めぬままに叫んだ。


    「(千尋、声が怒っていますよ)」


そっと耳元にささやきかけた風早に


    「いいの!」


と怒りの矛先を向ける千尋であったが、すぐに自分の理不尽な行いを反省して


    「ごめん、風早……」


    「いいですよ。その聡明で謙虚なところが、あなたの魅力なのですから。
     さ、これでも飲んで、一息つきましょうね」


と芳しい香を放つカップが、千尋の前のテーブルにそっと置かれた。
その香に促されて、スッとそのカップを口に運ぶ千尋は


    「おいしい……! これ、お茶なの? こんなおいしいお茶、初めて」


    「ささくれた気分は治りましたか」


    「うん。ありがとう、風早」


    「それは良かった」


    「このお茶、ホントに、とっても美味しい」


    「そう言っていただけると、苦労した甲斐がありますね」


    「色も不思議……。緑茶なんだろうけど、紅茶のようでもあるし」


    「それが究極の『おいしいお茶』です」


    「これが」


その言葉を聞きつけて


    「風早殿のゴールが認定されました!」


そう高らかに大伴道臣が宣言した。















10/09/26 UP

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